ようやく町に黒味が増してきたと思う頃には午後七時半。肉眼では物体を認識することが困難になってきた。その為に街灯という発明があるのだが、悉くが壊された現状ではあまり意味を成さない。
町に蔓延る怪物は去れど、それらが遺した痕跡は無くならず。アーサーとイザークは、夜闇と腐臭が混じった不気味な町を揃って歩く。
「あー……頭痛いわ。臭いで頭ギンギンするたぁ、初めての経験だ」
「帰ったらオレ達もサラに診てもらわないとな」
「アイツには悪ぃけどな~。でもなんやかんやで、ボクらの貴重な回復担当だわ」
「多少は無茶してやろうかと思えるぐらいには頼り甲斐がある」
「本人がそれ聞いたらぶっ飛ばしてきそうだ」
友人を評価していると、目の前に人影発見。肉眼でも友人と知り合いだとわかる。
「おおっ、ばったり。アーサー、イザーク、お疲れ様」
「ルシュドーンお疲れちゃん~。いうてボクら何にもしてねえけどな。宿で休憩してたり、その辺歩き回ったりよ」
「激しい戦闘だったからね。しっかりと休むのもまた一つの判断だよ」
「ヴィクトール、それにハンスもか。お前ら何してたんだ?」
「ぼくは暇だったんでついていっただけだよーん。休んどけばよかったって死ぬ程思ったわくそが。臭えよ」
「ロシェ先輩と近況報告を行っていた。学園でのことも含めて……な」
ルシュド、ハンス、ヴィクトールの友人三人。そしてロシェとセロニムを加えた五人と、宿に向かって一緒に歩き出す。
「先生、それに先輩……あのとっ捕まえた二人はどうなりました?」
「町長宅の地下牢でがっちり捕縛中だ……後でじっくり事情聴取してやる」
「何かボクら以上に恨み辛みが強そうっすね、先輩」
「色々あったんだよこちとら……お前らにも色々あるようにな」
ロシェは小石を蹴り飛ばす。ぼちゃんと重い音を立てて、色のわからない水溜まりに落ちた。
「先生は俺以上に何か抱えてそうっすけどね……」
「まあ、同僚だったからね……でもそれも昔の話さ。あとは頼んだよロシェさん」
「お任せを。ターナ家に持ち帰ってじっくり問い詰めてやらぁ」
分かれ道に差しかかる。ロシェはじゃあなと手を挙げて、町長宅への道を進んでいった。
その後自分達が戻ってきた、目的地の宿屋には人が詰めかけている。今回負傷した人々に向けて、食料が余っているので炊き出しを行っているとのことだった。
「こりゃあいい。僕も一つ貰って帰ろうかな」
「先生この宿に泊まってるんじゃないんですか」
「町とは違う所に拠点を作っててね。仲間と一緒に寝泊まりしてるんだ」
セロニムはチキンライスの入った容器を貰って帰ってくる。
他の友人は先に部屋に戻っていくが、アーサーだけは彼を見届けるべく留まった。
「……先生。今後ウィンシュマーズはどのように動いてくるでしょうか」
「落ち着くことはないだろうね。あの……ラクスナとかいう奴。ショゴンを食わせられたあいつが、強烈な毒を生成している。それが立証されたから」
「……」
食べられる怪物、という字面の意味する力は計り知れない。
「連中の特徴は、三騎士勢力と違って表沙汰に出ないこと、そして表面上は無害に見える点だ。それを活かして日常に這い寄る」
「気を休めないようにしないと、ですね」
「その通りだ。でも……無理しない程度に。そして、今度は学園で会おう」
「……先生もご武運を」
二人はそれぞれの道を進み、行くべき世界に戻っていく――
「……ただいま」
「おかえりゃー」「お疲れ様ー」「うっすぅー」
「……狭いな」
「しょーがねーだろ、緊急事態なんだから」
イザークの言葉に頷きつつ、アーサーは空いているソファーに座る。ハンスとヴィクトールが座っている間に無理くり割り込んだ為、かなりぎゅうぎゅう詰めだ。
「てめえ何でこっち来たんだよ」
「しょうがないだろ、荷物に場所を取られてオレのスペースはここしかない」
「あ~……くそがよ」
安息を求めてだろう、宿には普段縁のない町の住民すらも押しかけている。その為なるべく一室に人を押し込めようとしており、当然のようにアーサー達は十一人揃って同じ部屋。
二段ベッドが三つしかないので、床に布団を敷きソファーに寝転がり何とかくつろいでいるのが現状だ。
「仕方ないこととはいえ、女子も一緒とかプライバシー皆無ぅ~。堂々と着替えもできないじゃん」
「でもリーシャ、昔の宿屋ってこんな感じだったって話だよ。泊まりに来た人からごった煮で相部屋」
「そんなんでよかったのか昔の人達?」
「プライバシーよりも安全重視の時代だ。衆人環境なら自然と自制心が働くからな」
「安全かあ……確かに昔って、ナイトメアがいなかったもんね」
魔術も使え、内部強化も行え、更にその姿形に応じた特性を持つナイトメアは、謂わば手軽な戦闘手段。
それが普及していなかった時代、魔法はごく一部の限られた人間の特権だ。魔法に頼らず武芸を修めるとしても、かなりの訓練が必要。並大抵の覚悟と努力と、そして素質では叶い切れない。
それすらも不可能となると――淘汰されるしかないのだ。
「聖杯や帝国みたいなのが出て、それに人々が群がるのは必然……なのかなあ」
「いつだって民は安寧を求めているものだ。そしてそれと並行して、自由も求めている」
「おれ、わかる。その二つ、同時に存在するの、難しい」
安全安心安寧にはいつだって、制限が付き纏うからだ。
「帝国は安寧を求めすぎて自由に押し潰された感じだね。それがいいことかどうかわからないけど……」
「絶対にいいことだよ!!! だって帝国が残ったまんまだったら、魔法学園は生まれなかったかもしれないじゃん!!! ここにいるみんなで、こうして冒険することもなかったかもしれないじゃん!?」
割り込んできたギネヴィアの熱弁に、じわじわと笑いが込み上げてくる一同。
「……奇跡だなんて言葉、よく言うもんだねえ。確かに今この時を過ごせない可能性だってあるかもしれねえもんな」
「地域間の関係もまた異なってくるだろうしな。そうなると、ここまで友好な関係は築けないかもしれない」
「……ワタシはそんな非現実的な言葉好きじゃないのだけど。でもギネヴィアの言う通り、どう考えても奇跡としか形容できないから凄く困るわ……」
頭を抱えるサラをくすくす笑うエリス。
最後にぐすんと泣いてそれを締めた。
「エリス、泣いてるの……かぁ」
「そうだな、一番奇跡に感謝したいの、エリスだよな!」
「うん……クラリア。お姉ちゃんがいなかったら、わたし、何も浮かばれないまま人生終わってたかもしれないから……」
止めようとしても涙が止まらない。
友人達がいそいそと動いて道を開ける。そこを通ってアーサーの隣まで向かう。
「……泣きたいなら泣いておけ。今ならそれができるから」
「うん、そうする……くすん。ありがと」
大切な人が左腕に泣き付いている。愛おしいと思った。
その感情を抱けていることもまた奇跡。夏の蒸し暑さに情緒的な想いを溶かしていく――
「……さて。これからの予定だが」
「寝るべ。起きてても敵わん。体力は満タンにした状態でウィンチェスターに行きたい」
「そうじゃないと突っ込もうとしたら正答が返ってきた。オレも同じ意見だよ」
とはいえこの磯臭い町とは早急におさらばしたいというのが誰しも抱いていた感情。
「余裕を持って明日一日は休もう。その間何をしても自由だ。復興作業を手伝ってもいいが、明後日に温存しておくように」
「りょーかーい。ボクどうすっかな、突発ライブでもやろうかな」
「それならおれは付き合う。ドラム、任せろ」
「オレもベースで参戦しよう。特にやることないし、作業は疲れそうだし」
「わたしもボーカルやります!! パワフルカラフルやります!!」
「貴様等なあ、そうして俺をなあ、キーボード担当として駆り出そうと外堀を固めるのを止めろよなあ」
「勝手に乗ってきているだけだと思うのですがぁー!?」
「でさあ、ハンスもリュート弾いたらいいんじゃね? めっちゃ上手かったじゃん!」
「誰がするかよ!!!」
「……キレる所か? 今の」
「だったら明日何するのハンス君」
「……」
「よーしわたし達の舞台設営手伝いね!!」
「勝手に話を進めるな!!」
「いいのか!! 言うぞ!! ハンス君はね、実はねーーー!!!」
「わーーー!!! ったよ手伝えばいいんだろ!!!」
「ぶい! ハンス君に勝ち申したぜ!」
「勝手に戦いが始まって勝手に完結した……」
「ワタシどうしましょう。診療所に行きたいのだけど、限界まで手伝いしている未来が見えるわ」
「今日もアタシが引っ張らないと帰ってこれなかったしな! じゃあ明日もそんな風にしようぜ!」
「あーもう……頼むから魔法で引っ張るのは止めてよね」
「あたし……何してようかな。デザインやっててもいいかな?」
「むしろカタリナはそれやるべき。準備期間結構短いしね!」
「じゃあリーシャと……エリス。あたしと一緒に考えてほしいんだけど、いいかな?」
「……」
「……泣き疲れて眠ってしまった。エリスなら許可すると思うぞ」
「ん、じゃあ起きたら再度連絡しよう」
彼女の寝息を耳に挟みながら、開けた窓から空を見る。
夏に煌めく星の数々、それを引き立たせるは紺色の海。
方角や距離は教えてくれど、運命は指し示せない――
(……いよいよだな)
(何もない遺跡に一体何が眠ってるのか……それから)
(オレ達を――オレを向かうように仕向けた者は、何を望んでいるんだ?)
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