こうして意気揚々と準備を終え、フィールドワークに赴く学生達。向かう先はデルフィード村より、歩いて二十分程度の少し離れた位置にあった。
「宿の人に尋ねてみたんだけど、この森はドリアード達の為にあまり手を付けないで残してるんだって」
「へえ~、いい関係性だぁ」
「でしたら我々も、採る物を採って早急に撤退しないといけませんね」
エリス達五人と、マットとイーサンの二人が道を進む。因みにエマの面倒はナイトメアのセオドアが看ているので問題はない。
「おっと、ほら聞いてみな?」
「何か……ぴゅーぴゅー言ってます」
「ドリアードはこうやって鳴くことがあるんですよ。近くにいるかもしれませんね」
そうして森に到着、そのまま歩を進めていく。
「よっと……蔦とか苔とか多いな」
「ドリアードがおしゃれできるように残してるんだね」
「あっ……あれ見て!」
ギネヴィアが指差す先。そこには数体のドリアードが。
彼女達は現在幾つかの花を前にして、何やら話し合っている様子だ。
「どれを身に着けるか作戦会議中かな?」
「じゃあこの光景をスケッチして……」
「見た目の特徴もメモして……」
「一体ひっ捕らえてこようか?」
そう言ってアーサーが進み出た途端、ドリアード達はぴゃっと驚いて茂みに姿を隠してしまう。
「……物騒な気配がバレてしまったかな」
「そうでなくても、ドリアードは男に対して敵意を示している個体が多い。何せメスが殆どだから」
「じゃあボクとアーサーが何かするのは逆効果か~」
「マットさん達と闇の雫採りに行ってきたら?」
「おおっ、それ行っちゃっていいのか。つーわけで行きたいっす」
「オレも行きますよ」
「かしこまりました、ではついてきてください」
こうしてフィールドワークは女子達に任せて、男子一行は森の奥を進む。大分歩いて奥地の方までやってきた。
「川とか滝とか見えてきましたよ。奥まで来ましたね」
「何分結晶体なので、こういった岩の近くに生えていることが多いんですよね……ほら、ありました」
マットが見せたのは透明の結晶。それは光に当てられると、一瞬だけ紫に輝く。
「本当に闇属性なんだなあ」
「闇属性は同時に魔法妨害系の効果も内包していることが多いですからね」
「だから幻覚や精神の異常に効くと。はぁ~」
「でもこの森、闇属性の魔力は強くないですよ。なのに生えているんですか」
「一度鉱床が根付けば、あとは大気中の闇属性を吸収して勝手に大きくなります。恐らく遥か昔には闇属性が強かったのではないかと」
「成程、そのようにして生えるんですね」
「ポーション学の勉強だと思って覚えとくといいぞ。そんな授業があるのかは知らないが」
イーサンはバスタードソードの剣先を使って、器用に闇の雫を採取していく。
「バスタードソードなのに器用に使いますね」
「エルマーに手伝ってもらってるんだ。一心同体の共同作業さ」
「エルマーってその鞘っすよね。んー、何というコンビネーションだ」
「オレもこの剣で……できるかな」
切っ先を使って結晶を剥がそうとするが、これが中々上手くいかない。
「ああっ、中途半端に残ってしまった」
「慣れないと難しいんですよね。力加減とか切り込みを入れる所の目星とか。最初は専用の道具を使った方が良いです」
「何かこう、熟練の傭兵テクニックって感じっすね」
「長いこと傭兵やってるとそういうのが増える増える」
「長いこと……マットさんとイーサンさんって」
「それ以上はいけませんよ少年」
かれこれ時間が経つこと数十分、必要な量の闇の雫が採取できたので来た道を戻る。
そして最初に別れた場所まで戻ってきた時、様子がおかしいことに気付く。
「……人影? 倒れている?」
「エリス達が介抱しているみたいだ……おーい」
アーサー達が声を掛けると、待ってましたと言わんばかりに振り向く。
「アーサー君、イザーク君! 事前に決めておいた調査内容は全部書いておいたよ!」
「終わったからこっちから合流しようかってなった時に、この人がやってきて……」
「……うう」
倒れているのは軽鎧を来た男性。手にした剣は刃先から折れ、ぼろぼろで怪我の程度も激しい。エリス達が応急手当をしたのかうっすらと光に包まれている。
「貴方は……高原の村の警備をしていたのでは?」
「マットさん、知り合いですか? イーサンさんも?」
「ま、同業者ってやつよ……どうだ、喋れそうか?」
イーサンにひっくり返され、息を吹き返ししたように男は目を微かに開ける。
「おお、お前らは……瞬閃のマットに、剛撃のイーサン……」
「その二つ名恥ずかしいから止めてくれないか……って話は今はいい。事の次第を話してくれ」
「ああ……マットの言う通りだ。俺も含む二十人ぐらいの傭兵で、高原にある村の警備を行っていた……でも、襲撃に遭ってしまった……タキトス、タキトスだ……」
誰もがその名に聞き覚えがある。
タキトス盗賊団。現在のイングレンスにおいて、最も凶悪と言われている盗賊集団、統制が取れていて情報網も広がっていることが特徴で、そして厄介。
「……もっと詳細に話せます?」
「タキトスの盗賊が、数十人ぐらい襲撃してきて……戦闘能力のない雑魚だったから、いなしていたんだ……でもあいつが、笑い声が汚い奴が出てきた途端、皆やられちまって……」
「っ……」
心当たりがあるのはアーサー。苦くて憎い記憶が蘇る。
次いでエリスも、ぼんやりと既視感を感じていた。
「……エリス、オレは救援に向かいたい。この人の言う笑い声の汚い奴は……巨人に関わっている可能性がある」
「え、巨人……?」
「アーサー殿達もご存じなのですか?」
「マットさん?」
「実は我々はこのような情報を仕入れてまして――」
エリス以外の学生達が知っているのは、土の巨人フルングニルは全身が石で構成されているということ。これは図書館で巨人について調べた成果だ。
一方でマットとイーサンは、フルングニルに関する情報を前提とした上で、親方と呼ばれているタキトスの統率者が強く関与していることを知っている。この情報を学生達にも共有した。
「……スルトがログレス西部に現れたという話は俺達も聞いている。となると、フルングニル――タキトスの親方とやらも、何か動き出している可能性はあるだろう」
「単純に! 村人さんとか、傭兵さんとかが危ないと思う……恐るべき八の巨人なんて相手にしたら!」
「ええ、その通りです。自分達は向かいますよ――相互扶助は傭兵の原則ですので」
「行きます! わたし達も!」
エリスの声に応じて全員がオリジンを解放する。
変貌した姿に目を見開く傭兵達。
「オリジン使い! 戦力には申し分ないですね」
「意外とやるじゃねえか餓鬼共!」
「さて……流石に彼も連れて行くわけにはいかないので、送り届けてもらいましょう。リズ!」
マットの身体から毛深い猿が一匹、雄叫びを上げて出現する。
「ウキャー!!」
「リズさん、わたしも行くよ! 状況説明できる人がいた方がいいでしょ!」
「ギネヴィア……」
「大丈夫、さっさと届けて戻るから!」
言葉も程々に、リズとギネヴィアは傭兵の男を連れて森の外に向かう。
「……結局巻き込まれたな!!」
「あーあーあー聞こえなーい!!」
「ここは魔力の残滓を追うとしますか……彼がここまで来た、経路を辿っていきますよ!」
「さっき道順を訊けばよかったんじゃね!?」
「あの状態でまともに言えたと思うか!?」
「ですよね!!」
こうして六人は、急いで森の外に出る。
「ふっふっふ~……」
「おーじちゃんっ♪」
ぐへへへへへへ!!!
「……相変わらず汚い笑い声。どうにかならないの?」
「わしはこうして笑うのが好きだからのう!! 無理って話よ!!」
「ふーん、まあいいけどね。後ろ来てるよ」
「ぐおおおおおおおおおっ!!!」
「すごい、すごーい! あんな大きいコカトリスを叩き潰すなんて、おじちゃん力持ちなのね!」
「そうだとも、ぐへへへへへへ!!! 久々に外に出て暴れているが、実に気分がいいなあ!!!」
「あはははは……! ねえ、今日はこれでおしまいってわけじゃないんでしょ?」
「当然だ!! もう休憩の時間は終わりだ……もういっちょう出るぞ!! ぐへへへへへへへ!!!」
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