「ローザ……」
「フッ……ご機嫌は如何かな……」
――そんなの最悪に決まっている。
「さて……じゃあ隣に行かせてもらうぜ……」
「湯気が非常に邪魔だが……近付いてしまえば……」
そうしてアルシェスはローザの隣にやってきて、
腕を通り越して左肩を抱く――
(……んっぼえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!!!)
触れ合う肌と肌、密接する心と心。すべすべとごつごつの質感の違いが、今は直接感じられる。
加えて今は下半身が猛烈に温まっている。本能が史上稀に見る不快感をビンビン感じ取る。
そう、このアルフ温泉――「てめえええええええええ近付くんじゃねえええええええええええ!!!」
「離さないぞロザリンっ☆」
「それで呼んでいいのはソラだけだボケカス!!!」
とはいえ男と女。体格差は必然的にあるもので、逃げようにも逃げられない。
「いや~にしても、案外いい身体してんなあ! 引き籠りやってた割にはさあ!」
「てめえ地雷踏んだ!!! 堂々と踏みに行きやがって!!!」
湯気がもくもくと沸き立ち、二人の関係をいい感じに演出してしまう。
「あと数秒このままでいてみろ……私の魔法でぶっ飛ばしてやる!!!」
「混浴場は魔法禁止だよ?」
「クソがああああああああ!!!」
そうしている間にもそいつは着実に距離を縮めていく。
「へっへっへ~……にしても混浴サービスなんてやってるたぁ、俺驚いちまったぜぇ。こうして合法的にロザリンとイチャコラできるんだからなぁ~!!!」
「合法的って言ったな!?!? 今までのは法に則っていない自覚あるんだな!?!? 裁かれろ!!!」
「残念時効でぇ~~~~~す!!!」
こう騒いでいる間にもローザはあちらこちらに眼球を向け、隙を探ることを忘れない。
(今こいつは温泉でハイになっている……必ず隙はあるはずだ……!!!)
(……よし!!!)
今度は右腕も織り交ぜローザに密着しようとしたアルシェス。
その際に、左腕の力が弱まる――
「あばよ!!!」
「あっ!?!?」
猛烈ダッシュで湯から上がるローザ。彼女は眼鏡を着用しているがあれは伊達眼鏡。掛けてなくても十分視界は確保できるのだが、
今回はやけに湯けむりが多く、加えて勢い重視で足が満足に上がらない。
「ふげぇ!!!」
「ローザ!!!」
顔からそのまま石の床に向かってスライディングするローザ。
それにすかさず反応しやってくるアルシェス。彼女の肉体の上に跨り、真上から顎をぐいっと向ける。
「おらおら元気かロザリ~~~ン!?!?」
「んがあっ……!!!」
「急に逃げ出そうとするんだからそうなるんだぞっ☆ さあさあ、俺ともっと楽しもうや!!!」
現在の二人の位置関係はまるで――
こう、あれですね。オスがメスの後ろに回って、腰を思いっ切り振って、メスを刺激して快感を与えて、オスも一緒に気持ちよくなるっていう、その態勢に似てますね。
「……ん?」
「何だよ急に冷静になって!!!」
「今魔法具がヴィーンと起動する音が聞こえたぞ?」
「……は?」
「待って、何か今標的になってる感じが凄くする!!!」
「……はぁ!?」
木々や壁が隠していた、何かの発射口が全てフルオープン。
そのまま勢いの強い魔力の本流、有り体に言えばビームが、
狙いを定めた二人に向かってずっぼーんと――
「「ぎゃああああああああああああああああああ――!!!!!」」
「……この混浴サービス、使用時に自分達の関係性を申告するんだけど。それって口頭での発言だから嘘か本当か保障できないんだよ」
「そうである以上、例えば強姦事件とかあったら問題になるわけで……だからその辺については厳しく監視されている」
「具体的には誰がどう見てもチョメチョメする態勢になったら、事前防止策として高威力のビームが発射される。それで無理矢理だけど食い止めようってことだね」
「……これサービス説明の注意書きにあったんだけどなあ、ロザリン?」
ロビーにて混浴から上がってきた友人の治療をしながら、ソラは窘めるように言う。
「文句はそこの赤野郎に言えや……」
「いや~……混浴ってだけで舞い上がっちゃったよね」
「ははっ、貴様はローザのことが本当に好きだな?」
アルシェスの治療を担当しているのはトレック。因みにソラとトレックは個人で入浴を済ませてきており、バスローブや薄手の半袖半ズボンを着用している。
「クソチビぶっ殺すぞ……」
「実際混浴できる程の仲ではあろう」
「その事実すらもぶちのめしたいんだが……? あっつー……」
「うーむ、本当に全身に満遍なく喰らっているね。宮廷魔術師だからこの程度で済んでるけど」
ローザとアルシェスは全身に魔力の本流を受けた影響で、全身の魔力の流れがおかしくなっており、その所為で身体のあちこちに突発性の激痛が走っている状態。外部から干渉を加えることで正常に戻そうという魂胆だ。
「宮廷魔術師は魔術訓練を行っている影響で、耐性が高いからな。逆に何の訓練も積んでいない一般人が喰らったらどうなるんだろうな?」
「伸びると思いますよ。だってあっちに転がっていますもん」
ソラが見つめる先の広間には、これまたビームを喰らったであろう人間達が、店員から同様の治療を受けている。
「にしてもなあ……対策っつったらそれまでだけどさあ、雑すぎないか……?」
「文句があったらほら、帰り際に書いていきなよ。お客様のご意見板」
「十行は恨み辛みを書き連ねてやる……」
「ローザチャァン、いい加減機嫌直してよぉ。俺と入る風呂も悪かねえだろぉ!?」
「ビームで全部すっ飛んだわボケが!!!」
叫んだ余波で激痛走るローザ。
「クソーーー!!! こうなったのもお前の所為だーーー!!!」
「はっはっはっはぁーーー!!! うっぼす!!!」
「アルシェス、こうしてだらだらしていられるのも今日だけなんだぞ。明日からは本格的に聖教会を監視する……仕事の時間なのだからな」
「へーい……わかってますよっ」
「聖教会ねえ……」
厄介事には目を瞑ろうと思っていたが、この二人が来てしまった以上どうしても受け入れないといけないと感じたローザ。
「ソラ、お前は何も関わらずに観光してていいんだぞ。お前は私が暇しているから呼んだだけなんだから」
「そんなのお断り。ロザリンが何かするなら僕はお供するよ。友達だろ?」
「……」
「だってロザリンも、僕の立場になって考えてみてよ。大切な友達が知らない所で戦闘に巻き込まれて、最期の言葉も聞けずに死ぬの。そんなの嫌だろう?」
「……嫌だな、ああ確かに嫌だ」
「ふふん、大丈夫だよ。僕だってフリーランスの魔術師だ。魔法の実力も、窮地を見極める力も、それなりに備わってるさ――」
そうして治療を続ける二人は、とても楽しそうであった。
「……トレック様も何か話して☆」
「お前、口元の髭剃ってないな?」
「うっぶっええええっ!!! そういうことを言ってるんじゃないのー!!!」
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