「おーおー感じる……感じるぞぉっ!!!」
「あの方と同じ魔力の奔流――聖杯が力を解放しているんだ!!!」
甲高い笑い声を発しながら、ボールスは周囲にいる魔物を駆逐していく。
「ギャアアアアア……!!!」
「あ゛!? うっぜえよ雑魚がぁ!!!」
埋まっていたマンドラゴラを引っ張り上げ――
槍で身体の中央を貫いた。
「ギャハハハハハハハハ!!! 紫!!! ホンット毒みてえな色してんな!!!」
ボールスは紫掛かった血を浴びながら、取り出した心臓を弄んでいる。まだ動いていた。
「……おいテメエ? 腰抜かしてんじゃねえか。毒回って死んでも知らねえぞ?」
「……」
「まあ死んだら心臓は取り出してやっからよぉ!!!!! ギャハハハハハハハハ!!!」
「……!!!」
イザークは何もできなかった。
何もできずに震えて、逃げ回って、腰を抜かしているだけだった。
「はーもうこの辺でうろちょろすんのも飽きたな」
グオオオオオオオオオオ……!!!
「僕もうあっち行くから。ジャアネエ♪」
「あっ、待て……!!!」
震えながら手を伸ばすももう遅い。
完全に怒り出したトレントが、イザークを喰らおうとする――
「……追い付いたっ!」
彼女は、トレントとイザークの間に割り込んだ後、
煙玉を叩き付け、ナイトメアのゴブリンに命令して周囲を殲滅させていく。
「……気配がしたからこっちに来たんだ」
「まさかこんな形で合流するとはね……イザーク」
カタリナ。全身を紫に包み、深緑の髪を解いて立ち尽くしている。
降りかかっている血も気にしていない。
「……オマエッ……」
「……」
「ゆ、許して、くれ……連中に皆がここに行ったって言ったの、ボクなんだ……」
「死にたくなかったんだ!!! アイツらに逆らっても、そうでなくても、どのみちこのままじゃ死んじまう……!!! 殺さないでくれ!!!」
「……今から訊こうと思ってたこと、言ってくれてありがとう。あとこれだけ……毒は平気なの?」
「魔力結晶買い込んで、サイリにもメチャクチャ頑張ってもらってる……で、でも、正直、きつい……」
「……そっか」
「……やっぱり死ぬのかな? もうこの時点で――カムランとかに目を付けられた時点で、死ぬの決まっちまったのかな?」
煙の効果は続いて、二人は完全に覆い隠されている。
魔物の声も聞こえなくなってきた。セバスンが上手いことやってくれたのだろう。
しゃがんで視線を合わせる。真っ直ぐな紫の瞳が今にも泣き出しそうな茶色の瞳を貫く。
「……死にたくないんだね」
「あ、ああそうさ。死にたく……ない……」
「だから、ええと――その――」
「いいさ、事実だ。ボクは友達を売った。自分の命欲しさに。でも、でもボクは……!!!」
「……はっきりと言ってやる!!! ボクは雑魚だ!!! 足手纏いだ!!! アイツの――騎士王の友達なんてやる資格、存在しない!!!」
心を言い放った残響だけは、煙を通り越して遠く響く。
「頑張ったんだぜ? 武術やろうと思って武術部に顔出して。訓練についていけなくて投げた。魔法の勉強しようと思って教科書開いた。頭痛くなって五分で止めた。できなかったんだよ……努力、しようとしてもさ……」
「……そうだったんだ」
「連中の話聞く度心臓が震え上がるんだ!!! 何も気にしない振りしようと思ってもさ――!!! そうした話が出る度に思い知らされる!!! アイツは、もう、ただの少年なんかじゃないんだって――!!! ボクなんかとは一線を隔てた存在だ!!!」
「……それが本心なんだね」
「ああそうさ!!! 友達でいようと思っても、その力も器量も備わってないんだ!!! こんな、こんな――それに比べて、カタリナはいいよなあ!!!」
「……えっ?」
時が止まり隔離される。
聖杯の友人と騎士王の友人。
立場が近いようで異なる二人は、
依然として言葉を交わす。
「だってスゴかったじゃねえか!!! あんな数の賊も、こんなヤバそうな魔物も、全部全部一人で片付けちまった!!! 沼の者だって話聞いて愕然したよ――!!! オマエは小さい頃からそう教え込まれた!!! だから戦うことが得意なんだ!!!」
「いいよなあ――オマエは、強くて――!!! アイツの隣に、立つ資格があって――ボク、ボク、オマエが、羨ましいよ――!!!」
親にも、姉にも、村の者にも、外の人間にも。
決して上げてこなかった手を、この時初めて上げた。
「――違う、それは違う!!! そんなこと言うなら、あたしはイザークが羨ましい!!!」
平手打ちの跡が彼の頬に残っている。
事実を受け止め切れていない様子も気にせず、思いの丈が溢れ出てきた。
「は……」
「あたしが得意なのは戦うことじゃない!!! 殺すことなの!!! 殺すことっていうのは、奪うことなの――命も、暮らしも、人生も!!! 相手とその周囲の人の何かを、奪ってしまうことなの!!! あたしは、奪うことしかできない……!!!」
「な……」
「でも、イザークは違う!!! イザークは……魔法音楽が好きで、演奏だってできる!!! 音楽はとても素敵なものだよ……!!! だって何も奪わない!!! 音楽は、与えることしかできないもの……!!!」
魔物の声が完全に鳴り止んだ。
思いの丈を交わす時間も、そろそろ幕切れだ。
「……ねえ」
「死にたくなかったから――友達を売ったんだよね?」
「だったら、そこまでして死にたくない理由って何?」
「……卒業してさ。ある程度一人で生きていける力身に付けて……自由に生きるんだ」
「魔法音楽?」
「……」
「確かリネス以外だと流行っていないって話だったよね。それで……卒業したら、好きなだけ魔法音楽やって生きていくってこと?」
「……」
もう限界だった。
目から雫を零しながら、彼は頷く。
「だ、だから……やりたいこと、まだやれてねえのに……」
「それなら、今からやればいいんじゃない?」
霹靂のような言葉。
あの時にも――魔法音楽に初めて出会った時にも体感した、世界を造り変える感覚。
「言ったでしょ、あたしは殺すことが得意でイザークは魔法音楽が得意。きっと武術とか魔術とかやろうとしても無理だったのは、得意じゃないからだよ。あたしだって魔法で戦えって言われても……弱い魔物相手ならいいけど、この状況じゃ絶対に無理」
「だったら得意なことで戦おうよ。魔法音楽でどう戦うのかは、あたしにもわからないけど――イザークはあたしよりもずっと詳しいから。どう戦えばいいのか、自然にわかるんじゃない?」
「そうして戦えるようになれば――アーサーの友達でいられる。死なずに済む。どうかな?」
「あたしは奪う戦いしかできないけど――イザークなら、与える戦いができるんじゃないかな――」
霧が――
視界を覆っていたそれが、とうとう晴れた。
「お嬢様!! 近くにトム様の気配を感じます――黒魔術師に襲われております!!」
「なっ……」
「今すぐ救援に行かれるのがよろしいかと――!!」
「うん――そうする。そういうことだから、イザーク」
彼女は再び立ち上がる。
優しくも決意に満ちたその顔を見た時、
とっくに自分の覚悟は固まっていた。
「この辺りの魔物は殲滅しておきました。暫くは安全かと」
「でも移動はしてほしいな……降伏するなら、東に進んで! あと、紫装束の人に話しかけて!」
そうしてカタリナはセバスンと共に去っていく。
「……」
「……ははは」
初めて魔法音楽を見た時、彼女らは路地裏でライブをしていた。
知り合い達も、そして他ならぬ自分だって、街のあちこちであの旋律を掻き鳴らした。
戦慄する連中の罵声も気にせずに。演奏を行うのに、古典音楽のようなコンサートホールを準備する必要もない。
魔法音楽とは、自由と反抗の象徴なのだ――
「ボクは――何を逃げていたんだよ」
背中の箱に手をかける。
「縛られたくないって思って、生きていこうとした――」
慣れた手付きで、中に入ったそれを取り出す。
「それなのに、今から縛られる必要もねえじゃねえかっ!!! なあ、サイリ――!!!」
<――サアサアミナサマゴハイチョウ。即興ライブが間もなく開演>
<青天に響きしその鍵は、扉を無理矢理こじ開ける>
<私はアナタのナイトメア。アナタに仕え、アナタの願いを叶える騎士>
<チューニングは終了済み。合図くれれば演奏開始!>
***origins advent***
ハローミナサマゴキゲンヨウ――
今日も今日とで衆愚なよう――
型にハマって流れ作業 安定安寧聞こえはいい?
手足を動かし無表情 童心強心どこいった?
皆で拒めば怖くない 疎外論外思考の停止!
忘れていたかニンギョウさん――
旋律奏でる静かな音色――
それが謳うは貴族の心理 平民下民は蚊帳の外!
思い出そうかヒトガタさん 戦慄奏でる狂った音色
それが叫ぶは深層心理 激情鬱情内に在り!
前口上はここまでだ、
お待たせしましたエブリワン!
羽目を外してよく笑え、一緒に叫べば爽快だ!
しかと誇大に見せつけろ、鉄の旋律響く様!
嘲り罵り追い立てろ、奴等の悔悟で飯が美味い!
「遍く全てに与えよう、心が狂う快楽を――」
「――万物全てを奪い去ろう、心に潜む平穏を!」
「戦慄なる反抗、挑克なる旋律!」
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