ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第五百二十一話 星天の霹靂

公開日時: 2021年2月4日(木) 12:26
更新日時: 2022年7月13日(水) 22:44
文字数:3,649

「おーおー感じる……感じるぞぉっ!!!」




「あの方と同じ魔力の奔流――聖杯が力を解放しているんだ!!!」






 甲高い笑い声を発しながら、ボールスは周囲にいる魔物を駆逐していく。






「ギャアアアアア……!!!」

「あ゛!? うっぜえよ雑魚がぁ!!!」




 埋まっていたマンドラゴラを引っ張り上げ――



 槍で身体の中央を貫いた。






「ギャハハハハハハハハ!!! 紫!!! ホンット毒みてえな色してんな!!!」




 ボールスは紫掛かった血を浴びながら、取り出した心臓を弄んでいる。まだ動いていた。




「……おいテメエ? 腰抜かしてんじゃねえか。毒回って死んでも知らねえぞ?」

「……」

「まあ死んだら心臓は取り出してやっからよぉ!!!!! ギャハハハハハハハハ!!!」

「……!!!」






 イザークは何もできなかった。



 何もできずに震えて、逃げ回って、腰を抜かしているだけだった。






「はーもうこの辺でうろちょろすんのも飽きたな」

       グオオオオオオオオオオ……!!!

「僕もうあっち行くから。ジャアネエ♪」




「あっ、待て……!!!」






 震えながら手を伸ばすももう遅い。



 完全に怒り出したトレントが、イザークを喰らおうとする――











「……追い付いたっ!」











 彼女は、トレントとイザークの間に割り込んだ後、



 煙玉を叩き付け、ナイトメアのゴブリンに命令して周囲を殲滅させていく。








「……気配がしたからこっちに来たんだ」


「まさかこんな形で合流するとはね……イザーク」






 カタリナ。全身を紫に包み、深緑の髪を解いて立ち尽くしている。




 降りかかっている血も気にしていない。






「……オマエッ……」

「……」






「ゆ、許して、くれ……連中に皆がここに行ったって言ったの、ボクなんだ……」


「死にたくなかったんだ!!! アイツらに逆らっても、そうでなくても、どのみちこのままじゃ死んじまう……!!! 殺さないでくれ!!!」






「……今から訊こうと思ってたこと、言ってくれてありがとう。あとこれだけ……毒は平気なの?」

「魔力結晶買い込んで、サイリにもメチャクチャ頑張ってもらってる……で、でも、正直、きつい……」

「……そっか」




「……やっぱり死ぬのかな? もうこの時点で――カムランとかに目を付けられた時点で、死ぬの決まっちまったのかな?」






 煙の効果は続いて、二人は完全に覆い隠されている。



 魔物の声も聞こえなくなってきた。セバスンが上手いことやってくれたのだろう。



 しゃがんで視線を合わせる。真っ直ぐな紫の瞳が今にも泣き出しそうな茶色の瞳を貫く。








「……死にたくないんだね」

「あ、ああそうさ。死にたく……ない……」

「だから、ええと――その――」

「いいさ、事実だ。ボクは友達を売った。自分の命欲しさに。でも、でもボクは……!!!」






「……はっきりと言ってやる!!! ボクは雑魚だ!!! 足手纏いだ!!! アイツの――騎士王の友達なんてやる資格、存在しない!!!」








 心を言い放った残響だけは、煙を通り越して遠く響く。








「頑張ったんだぜ? 武術やろうと思って武術部に顔出して。訓練についていけなくて投げた。魔法の勉強しようと思って教科書開いた。頭痛くなって五分で止めた。できなかったんだよ……努力、しようとしてもさ……」


「……そうだったんだ」


「連中の話聞く度心臓が震え上がるんだ!!! 何も気にしない振りしようと思ってもさ――!!! そうした話が出る度に思い知らされる!!! アイツは、もう、ただの少年なんかじゃないんだって――!!! ボクなんかとは一線を隔てた存在だ!!!」


「……それが本心なんだね」






「ああそうさ!!! 友達でいようと思っても、その力も器量も備わってないんだ!!! こんな、こんな――それに比べて、カタリナはいいよなあ!!!」




「……えっ?」








 時が止まり隔離される。




 聖杯の友人と騎士王の友人。




 立場が近いようで異なる二人は、




 依然として言葉を交わす。








「だってスゴかったじゃねえか!!! あんな数の賊も、こんなヤバそうな魔物も、全部全部一人で片付けちまった!!! 沼の者だって話聞いて愕然したよ――!!! オマエは小さい頃からそう教え込まれた!!! だから戦うことが得意なんだ!!!」






「いいよなあ――オマエは、強くて――!!! アイツの隣に、立つ資格があって――ボク、ボク、オマエが、羨ましいよ――!!!」











 親にも、姉にも、村の者にも、外の人間にも。




 決して上げてこなかった手を、この時初めて上げた。








「――違う、それは違う!!! そんなこと言うなら、あたしはイザークが羨ましい!!!」







 平手打ちの跡が彼の頬に残っている。




 事実を受け止め切れていない様子も気にせず、思いの丈が溢れ出てきた。








「は……」

「あたしが得意なのは戦うことじゃない!!! 殺すことなの!!! 殺すことっていうのは、奪うことなの――命も、暮らしも、人生も!!! 相手とその周囲の人の何かを、奪ってしまうことなの!!! あたしは、奪うことしかできない……!!!」




「な……」

「でも、イザークは違う!!! イザークは……魔法音楽が好きで、演奏だってできる!!! 音楽はとても素敵なものだよ……!!! だって何も奪わない!!! 音楽は、与えることしかできないもの……!!!」











 魔物の声が完全に鳴り止んだ。




 思いの丈を交わす時間も、そろそろ幕切れだ。











「……ねえ」


「死にたくなかったから――友達を売ったんだよね?」


「だったら、そこまでして死にたくない理由って何?」






「……卒業してさ。ある程度一人で生きていける力身に付けて……自由に生きるんだ」

「魔法音楽?」

「……」


「確かリネス以外だと流行っていないって話だったよね。それで……卒業したら、好きなだけ魔法音楽やって生きていくってこと?」

「……」






 もう限界だった。



 目から雫を零しながら、彼は頷く。






「だ、だから……やりたいこと、まだやれてねえのに……」

「それなら、今からやればいいんじゃない?」








 霹靂のような言葉。




 あの時にも――魔法音楽に初めて出会った時にも体感した、世界を造り変える感覚。








「言ったでしょ、あたしは殺すことが得意でイザークは魔法音楽が得意。きっと武術とか魔術とかやろうとしても無理だったのは、得意じゃないからだよ。あたしだって魔法で戦えって言われても……弱い魔物相手ならいいけど、この状況じゃ絶対に無理」




「だったら得意なことで戦おうよ。魔法音楽でどう戦うのかは、あたしにもわからないけど――イザークはあたしよりもずっと詳しいから。どう戦えばいいのか、自然にわかるんじゃない?」




「そうして戦えるようになれば――アーサーの友達でいられる。死なずに済む。どうかな?」




「あたしは奪う戦いしかできないけど――イザークなら、与える戦いができるんじゃないかな――」






   霧が――




   視界を覆っていたそれが、とうとう晴れた。








「お嬢様!! 近くにトム様の気配を感じます――黒魔術師に襲われております!!」

「なっ……」

「今すぐ救援に行かれるのがよろしいかと――!!」

「うん――そうする。そういうことだから、イザーク」






 彼女は再び立ち上がる。



 優しくも決意に満ちたその顔を見た時、



 とっくに自分の覚悟は固まっていた。






「この辺りの魔物は殲滅しておきました。暫くは安全かと」

「でも移動はしてほしいな……降伏するなら、東に進んで! あと、紫装束の人に話しかけて!」




 そうしてカタリナはセバスンと共に去っていく。
















「……」



「……ははは」






 初めて魔法音楽を見た時、彼女らは路地裏でライブをしていた。



 知り合い達も、そして他ならぬ自分だって、街のあちこちであの旋律を掻き鳴らした。



 戦慄する連中の罵声も気にせずに。演奏を行うのに、古典音楽のようなコンサートホールを準備する必要もない。



 魔法音楽とは、自由と反抗の象徴なのだ――








「ボクは――何を逃げていたんだよ」




      背中の箱に手をかける。




「縛られたくないって思って、生きていこうとした――」




  慣れた手付きで、中に入ったそれを取り出す。




「それなのに、今から縛られる必要もねえじゃねえかっ!!! なあ、サイリ――!!!」











 <――サアサアミナサマゴハイチョウ。即興ライブが間もなく開演>


 <青天に響きしその鍵は、扉を無理矢理こじ開ける>


 <私はアナタのナイトメア。アナタに仕え、アナタの願いを叶える騎士>


 <チューニングは終了済み。合図くれれば演奏開始!>








    ***origins advent***








 ハローミナサマゴキゲンヨウ――


 今日も今日とで衆愚なよう――




 型にハマって流れ作業 安定安寧聞こえはいい?


 手足を動かし無表情 童心強心どこいった?


 皆で拒めば怖くない 疎外論外思考の停止!




 忘れていたかニンギョウさん――


 旋律奏でる静かな音色――




 それが謳うは貴族の心理 平民下民は蚊帳の外!


 思い出そうかヒトガタさん 戦慄奏でる狂った音色


 それが叫ぶは深層心理 激情鬱情内に在り!




 前口上はここまでだ、

 お待たせしましたエブリワン!


 羽目を外してよく笑え、一緒に叫べば爽快だ!


 しかと誇大に見せつけろ、鉄の旋律響く様!


 嘲り罵り追い立てろ、奴等の悔悟で飯が美味い!








「遍く全てに与えよう、心が狂う快楽を――」




「――万物全てを奪い去ろう、心に潜む平穏を!」




戦慄なる反抗、挑克なる旋律ディフィアンスメント・オーバードライブ!」

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