「ねえ、お姉ちゃん……今度のお休み、わたしに付き合ってほしいの」
そうギネヴィアが切り出されたのは、ある日の入浴中。湯船に浸かっている所に耳打ちされた。
彼女が自分をお姉ちゃんと呼ぶ時は、大体聖杯関係で深刻な悩みを抱えている時だ。故に応える。
「うん、いいよ。他に誰か誘っているかな?」
「んっとね、お姉ちゃんだけ。お姉ちゃんはわたしのこと、よくわかってくれてるから……」
「……」
考えられるだけ考えても、実際は当日になってみないとわからない。
そう心に留めてギネヴィアはエリスを抱き締めた。
指が背中の刻印に触れる――
こうして当日、エリスに連れられてきたのは第二階層の衣料品店。こじんまりとしたその店の、看板や品揃えを見てギネヴィアは口を開く。
「下着のお店?」
「……うん」
「わたしと一緒に選んでほしいって、そういうことね」
「……ビアンカさんに教えてもらったの。ここは種類も豊富で、大きいのもあるって」
「……あー」
育ち盛りの女の子にとっては、下着の買い替えは一大事。前はぴったりだったのに今日着てみるときつきつとかよくあること。
ちゃんと合ったのを選ばないと、日常生活にだって支障をきたすのだ。
「よし、そういうことなら気合入れて選ぼう。ついでにわたしのも見ておこう」
「お願いします……」
店内はやや狭めではあったが、普通の仕立て屋の規模で下着が並べられてもそれはそれで目のやりどころに困るから、狭いぐらいで丁度いいのかもしれない。店員からの説明もそこそこに品物を眺める。
「やっぱ下着って言うと、こんな感じで派手なの多いよね~」
「派手じゃないのもあるよ。でも派手じゃないと、とことん地味な感じ」
「もっとカジュアルなのはないのか! そうだグリモワールさんに作ってもらおう!」
「要相談かな……うん」
「え!? 『着るだけでバストサイズが三もアップ!』だって!?」
「胸周りの筋肉を押し寄せるんだって。まあ、わたしには関係ないかな……」
「申し訳ございません」
「でもギネヴィアには関係あるんじゃない?」
「謝りはするけどストレートにそれ言われるのは泣いちゃうよお姉ちゃん!!」
「お姉ちゃんはさ、ワイヤーはあり? 無し?」
「無しかな~。手だけで留めるのまぁじ大変だもん! エリスちゃんは?」
「わたしは……いっぱい圧迫されてるとむずむずしちゃうから、ワイヤーがいいかな」
「ああ、エリスちゃんは……そうだね」
「この魔法具のやつ……一個一万二千ヴォンドとか何……?」
「魔力回路に魔力を流せばサイズ可変可能! 成長に合わせてお好みのサイズを! それはさておき下着一つに学生が出せる値段じゃないでしょこれ」
「年単位で使えると考えれば……うーん」
ここまで見てきた物全てを保留にしておいて、別の区画に向かうエリス。
そこにはレースをふんだんにあしらった、流麗なデザインの下着が並ぶ。
「……」
色も様々、サイズも沢山、デザインも細部で異なり、気分と好みで選び放題。
それでも手を伸ばすのを何となく躊躇っているように見えた。
「エリスちゃん、このかんわい~のが一番いい感じ?」
「……そう、かな」
白い下着に手を伸ばす。しかし直ぐにその手を下ろし、溜息をついた。
「……」
「……」
「……わかった。何でエリスちゃん、この買い物にわたしだけしか呼ばなかったのか」
「あいつの……モードレッドのことでしょ?」
代弁してくれてありがとう、とでも言うようにエリスは頷く。
「……わたしのカラダは、多分これからも大きくなると思う。それはあいつ好みにどんどんなっていくって、ことだから」
「でもさ……大きくなるっていいことじゃん。小さいよりは大きい方がいいじゃん。いいってことは喜ぶべきことじゃん。でもそれを喜べなくて……」
「あとは……ちょっぴりだけ怖いな。きっとこれからは、男の人がわたしのことを見てくる。じろじろ見られるのが、ちょっぴり、嫌かな……」
「だけど、怖いからっていってカラダが言うことを聞いてくれるわけないじゃん。わたしは一生男の人から見られることと付き合っていかないといけない。全員が全員、変な気持ちで見ているわけじゃないって知ってるけどさ……」
「う~……」
「やきもきするぅ~……」
項垂れて崩れ落ちるように、エリスはギネヴィアに身を寄せる。
その身体を思いっ切り抱き締めてやるのであった。
「よしよし、よしよし、よーしよしよし……」
「……うんうん。嬉しいんだけど嬉しくない、そういう気持ちでやきもきしてるんだね」
昔してやったように髪を撫でる。吐息が胸の中で零れる感覚も、何一つ変わらない。
「その気持ちってさ……どちらもエリスちゃんが率直に感じたことでしょ。だからそれを我慢して、否定するのはまず止めようね。嬉しいけど嬉しくない、何もどっちかに偏る必要はないとわたしは思うな」
「でもカラダは大きくなっていくから、その対策みたいな物はどっちみち考えないといけないじゃん。視線を向けられた時の心構えとか、今やってるように下着の買い替えとかさ。この対策っていうのは、気持ちとは距離を置いて考えないといけないと思う」
「仮に今下着を買い替えなかったら、今後動き辛くなったりするわけじゃん。そうなったら益々深刻に悩んじゃう。何で自分はこんなカラダなんだろうって。だから冷静になって、何かできることはないか探すのは大切」
「そうした行動とは別に、やきもきする気持ちを大切にして……自分で言っててわけわかんなくなってくるんだから、きっと難しいことだと思う。でも、何かを押し込めてしまうのって、とても苦しいことだと思うんだ」
「うん、わたしが考えたのはこのぐらい……」
それから気の遠くなるような、実際は十分程度程の時間が流れて。
エリスはようやく顔を上げて、はにかみながら笑ってみせた。
「……ありがと。すっきりした」
「それはよかった。さっ、改めて下着選ぼっか」
「うん……いいなあって思ったの、買うね」
やきもきしようがしまいが、誰かに抱き締めてもらうことは愛おしい経験である。
「はむっ」
「はふはふ……」
「えへへ、美味しい」
「やっぱお買い物の後は美味しい物だね。やきもきやきもき、やきいもやきいも」
「石焼き芋、美味しいなあ……」
やきもきしようがしまいが、ご飯は美味しい。
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