というわけで数日後。魔女の茶会は無事に当日オープンを決めることができた。
開店前から大行列。広告に引かれた一般人から話題を求めてやってきた記者まで、分け隔てなく受け入れる。
とはいえそんなことすると流石に手が回らないので、今日限りで頭数を増やしてどうにかすることに。
「はいはーい! お買い求めの方はこっちに並んで! 整理券貰わないと買い物はできないわよー!」
「取材の方はこちらにー! 設立者が一人ずつお話をしてくださいますのでー!」
「割り込む奴はアタシが速攻で処罰すっから覚悟なさいッ!!!」
事情を聞いたグリモワールが数名の従業員と共に出陣。流石熟れているだけあってスムーズが客が流れていく。
その光景を店の三階からぼーっと眺める沼の者達。
「すげえ……すげえっす……やっぱ都会人はあたしよりもやべえっす……」
「呆然としてないでフローラ。貴女もいずれああなるのよ?」
「あたしには無理っすよメリッサぁ……」
「やってやるっすって言ってたのはどうしやの、本当に……」
びえーと泣きそうになっている所に、トムとソールが部屋に入ってくる。
「何だ皆いたのか。まあ、ここにいるしかやることが無いのだがな……」
「如何に我々が商売というものと無縁だったかが思い知らされますね……カタリナさんの手伝いができないなんて」
「そう焦るな、今から学んでいけばいい。我々が暗殺術を会得していったのと同じようにな……」
ここで一発ぐすっと鼻水を啜るトム。
「汚いですよ族長。でも、気持ちはすっげわかります」
「あれだけ心が荒れていたカタリナちゃんが服を作りまくるなんて……くーっ!」
「族長! 実は第二階層の方で、いい酒を仕入れてきたんです。やりませんか!」
「ああ……もうそうだな。昼間だが飲んでやる。
一階全部が販売区画になっており、農村地帯を彷彿とさせる開放的な風景画が壁一面に描かれている。風も吹き込み素敵な異世界に誘われたよう。
「……成程、こちらのスカートに合うトップスを。でしたらこちらは如何でしょう?」
タキシードを着用した執事のような男性が、店内の客を優しくエスコートする。
「ラメを使用した薄手のカーディガンでございます。春に似合うデザインに仕立てております。体温調整も手軽にできるお薦めの一品でありますよ」
「他にもこちら、赤紫のカットソーもございます。色が似ているので合わせやすいと思いますよ。そちらにあるのは背中を緩やかに露出したものとなっております」
「……かしこまりました。カットソー一つにアクセサリーもご覧になると。貴女の細い首にはトパーズのネックレスがお似合いになるでしょう……」
と、何処から学んできたのか服飾知識を存分に振るって接客を続けるセバスン。
二階の応接室から、そんな店内の様子を見てのんべんだらりとくつろぐ騎士王一行十名。。折角のオープンだからとこの店のオーナーカタリナにお呼ばれしたのだ。
「……カタリナ、すっごい。何がすっごいって、秘密裏にこんなのやってったってのがすっごい。私に色々あった間にこんなねぇ~」
「おれもびっくり。カタリナ、行動力の塊」
「ルシュド君のその表現にわたしはびっくり」
「……」
まさか自分達が掃除をさせられた建物がこのようなことになるとは――
と思い至る度に感服の溜息をつくハンスとヴィクトール。
「何だい貴族ボーイズ。お疲れかな?」
「変な呼び名を増やすんじゃねえよ……あのさあ、サラはこのこと知ってたんだよな?」
「そうよ。ワタシなら冷静に協力してくれると判断してくれたみたい」
「全くもってその通りだぁ……」
エリスとリーシャは尻餅つくぐらい驚くだろうし、クラリアはよくわかんないだろうし、ギネヴィアは多分そのどっちもだろう。
「で、イザークも知ってたと」
「いやーマジで驚いたわ。何事かと思ったらグロスティ商会に金を出すように頼めって」
「カタリナの提案だったのか……本当に行動力の塊だな」
そんな行動力の塊さんが、十人のいる応接室に入ってくる。
「お~お疲れえ゛っ」
「その格好で取材受けたのかカタリナちゃん」
戦闘においてはよく見慣れたオリジンの衣装である。ファシネーターを置きながらカタリナは茶菓子をつまむ。
「これはあたしの勝負服だからね。最初はこれで決めておきたいなって。ふう~」
「紅茶、入れてた。美味い?」
「ルシュドが入れてくれたの? ありがと」
「えへへ」
恐らく取材の休憩に来たであろうカタリナに向かって、
えーんえーんと啜り泣きながら抱き着くエリス。
「わっ、エリス……何?」
「カタリナが……カタリナが遠くに行っちゃう……」
「へ?」
「わたしの最初にできた友達のカタリナがぁ~……」
嬉しいような淋しいような、どっちともつかない声色で甘えるエリス。カタリナは微笑みながら優しくその手を握った。
「大丈夫だよエリス、あたしは何処にも行かない。だって今日の営業が終わったら百合の塔に帰るもの」
「……ほんとにぃ?」
「本当だよ。今は百合の塔があたしの家だから」
「うう~……」
安心したのかカタリナの背中に頭をぐりぐり埋めるエリスであった。
「……休日には店に顔出す感じなの?」
「原則としてはね。実際は授業もフィールドワークもあるし週に一回顔出せればいい方かな」
「服作るのもそうだけど、従業員の教育もしないといけないわね」
「そこはセバスンに頑張ってもらうつもり。だから、今後はあたしの傍にいないことが多くなるかな」
「今のうちに頑張ってねって挨拶しなくっちゃ!」
「他に何か……ボクらでも手伝えることってある?」
「色々あるよ~」
カタリナはリングメモを取り出してぱらぱらと捲る。完全に仕事をこなす女性のそれだ。
「先ず広告をアルブリア中に貼り出してほしいな。あと品物の売り上げも記録してほしいし、店の装飾も手伝ってもらうかも。それから値札かな、値段を書いてほしい。豪華に飾り付けてさ。あとは書類の整理と素材の管理表に……「結構やること多いっすね!?!?!?」
「そりゃあもう、始まったばかりだしねっ?」
数年前までは自信がないことが目立っていたとは、到底思えないウインクがカタリナから飛び出してきた。
「よし!! とりあえずここにいる間はわたし頑張る!!」
「じゃあ事務室に案内するから……わっと、もうちょっとで時間だ。一旦下に顔出してくるね」
「あいよー! お茶も貰ったことだしわたしもやるよ!!」
「私も勿論やる!」「おれも!」「アタシも手伝うぜー!」
「……騎士王命令だ。一緒にやるぞハンス」
「けっ……」
「ボクは販売員の仕事ならできるんすけどねぇ~……似合いそうな音楽奏でてるとかダメ?」
「駄目に決まってるでしょおっ坊ちゃぁ~ん」
「んげえええ首根っこ掴むなサラ先生ぃぃぃ!!!」
「事務仕事なら……まあ」
「多分書類運びとかやらされると思うよヴィクトール?」
「……」
自分達が魔法学園に通う五年生であることを、思わず忘れそうになる程今日は忙しかった。
忙しいのは繁盛の裏返し――魔女の茶会の滑り出しは好調と言えよう。
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