ナイトメア・アーサー

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第八百五話 魔女の茶会の準備・その三

公開日時: 2021年12月28日(火) 22:43
文字数:5,362

 一方の王城にて。ハインラインとベロアは視察を終え、帰還してきた所を大勢の臣下に出迎えられていた。






「お爺様!」

「む、皆に紛れて小さい子がいると思ったら……」

「ファルネアー!!! 貴女最近、宮廷魔術師管轄区の方ばっか行ってるから、こっちに来たの久しぶりではなくてー!?」



 すっかり洒落たロングスカートのファルネアに、問答無用で飛びつくベロア。他の臣下は話しやすいようにそそくさと元の位置に戻る。





「えへへ……そうかも。真っ直ぐ向かってきたと思ったら、横に曲がっていっちゃうもんね」

「偶にはこちらに来てもよろしくてよー!? お茶会でもいたしましょう!」

「ん、考えておく……」




 ファルネアはベロアを抱いたまま、祖父の顔を見上げる。



 まだ身長は自分よりも小さいが、それでも見上げてくる顔の位置は大分高くなった。




「お爺様……最近は反逆夢イヴィルメアの研究にも参加させてもらっています。魔力構成を保ったままの解放は難しくても、今後戦闘を行う際に有利になるような、弱体化の魔術の実用化を目指しているんです」


「……紅の守護竜だけでも忙しいだろうに、そっちまで」

「授業は時間に余裕がありますから。それに……わたしは今年で十五歳です。あと三年でプランタージ家の、グレイスウィルの政に関与しなければならないのです」

「……」




 目に入れても痛くない初孫だと思っていると――



 思わぬ所で成長を実感させられる。




「……よしよし」


「……へっ? わっ、きゃっ……!」

「こういう所はまだ子供ね! メリエルのようなレディには程遠いわっ!」

「ちょっと~……それ言うの反則ですよぉ~」




 リップルが困り顔でファルネアの身体から出てくる。それと同時にベロアはファルネアの手を離れた。




「まっ、頑張るのもいいんだけどね。時には休憩も必要よ! 第二階層で行われてる描画会、貴女も行ってみてはいかが?」

「え?」

「こっちに帰ってくる途中、エリス殿を見かけてね。モデル達が準備をする化粧室に入っていく所だったよ」

「……!」



 その光景の意味する所は――



 万全の準備を終えた、輝かしい先輩の姿を見れるということ。





「あの、その……! ありがとうございます!」

「行くのね!? 行くなら行くで構わないわよー!!!」





「……風よりも早く行ってしまった」

「あの子ったらエリスさんのこととなると、ほんとに目が無くなるわよねぇー!」

「そこがまた可愛いんじゃないか。憧れの人に夢中になって……」











 午後にもなって描画会は半分を過ぎた辺り。しかし熱気はまだまだ収まる気配を見せず、服の魅力を存分に引き立たせようと集った者の試行錯誤が続いていたのだった。






「お疲れ様~。どう、順調?」

「グリモワールさん、お疲れ様です! そりゃあもう、皆揃って筆が乗ってますよ!」



 親指をばっちり上げる画家の男性。同じく休憩を取っていた仲間達も同様にサインを出す。



 しかしその中で一人だけ、神妙な表情を浮かべていたのをグリモワールは見逃さない。





「ちょっと失礼……」

「わあっ、お疲れ様です。自分に何か?」

「そりゃあ調子はいいって口では言ってんのに、表情が強張ってちゃあねえ」

「たはは……えっと。好調なのは好調なんですけど、点数を付けるなら九十点ぐらいで……」



 場の雰囲気を悪くしないように、画家はグリモワールに近付いてもらいながら話す。



「百点じゃない理由は何? それじゃカタリナに失礼よ」

「いえ、絵そのものの出来栄えは百五十点ぐらいあります。自信作です。ただ……どうしても、ね……」

「アタシにだけ話してみて? 誰にも言えないことなら、言ってしまった方がすっきりするわよ」

「……グリモワールさんだからこそ言うんですからね?」




 画家がポケットから取り出したのは、折り畳まれた広告。



 一番最初に魔女の茶会ヴァルプルギス・アフタヌーンが打ち出した、艶やかな魔女の絵。




「……自分はやっぱり、この時のカタリナさんが一番美しいと思うんですよ」

「それはアタシも同意。いい画家に描いてもらったのねえ」

「だからそっくりそのまま、雰囲気を持ってこられるように頑張ったんですけど……比べちゃうとやっぱり駄目だ。これには到底敵わない」

「ふーむ……」




 画家からその絵を受け取り、舐めるように見回すグリモワール。




「……これ描いた人は、本当にカタリナのことを真っ直ぐ見ていたのね。持ちうる魅力の全てを引き出してやろうって、そんな心意気が感じられる」

「それってつまり……」




「愛、ね……」

「愛かぁ~……」





 一銭でも金が絡んでしまえば、途端に抱けなくなる感情だ。





「本当ならこの人に描いてもらうのが一番なんでしょうけど……」

「手紙を送っても返信がないって、そう言っていたわ……仕方ないわね」

「だったら自分は少しでも代わりになるように頑張りますよ!」

「そうそう、その意気込み! それでこそアタシの部下だわ!」











 ウェーブが入ったロングヘアー。くるくる巻いて気分も上々。



 メイクは少し重厚に。可憐な雰囲気飛び越えて、今だけは優美な華に。



 仕上げに着るのは黒い衣。友人が心を込めて作った、とっておきの。






「『アラガイ』……だっけか」





 ヘアセットを担当してくれたソラが、エリスの着ている服を見ながら言う。肩をほんのり露出した、紫と黒のスパンコールドレス。





「いい名前じゃないか。そもそも名前が付いてるって時点で、余程の自信作だ。それを着せてもらえるんだから、君は最高に可愛いってことだ」


「はい……うう」

「照れなくていいんだよ! カタリナちゃんはエリスちゃんのことを思って、それを作ったんだから。自信持って!」

「自信……」

「自分が引き立つのはこの服だからこそだってね。僕だってそうなるように仕上げたよ~?」



「……ありがとうございます」






 立ち上がるエリス。裾をソラに持ってもらい、そして歩き出す。




「さあさあ皆お待ちかねだ。行こう行こう!」

「わたし、頑張ります……!」











 終いには面白いことをしているぞと人が聞き付けて、アルブリアのあちこちから様子を見にやってきた人々の大応酬。見に来る方は無責任に、モデル達に重圧を押し付けていくばかりだ。





「ふう……流石のわたくしでも、これは少々きつかったのではなくて!?」



「どっかれさんアザーリア~。あたしから差し上げる物は何もないよ。代わりにこの可愛い後輩二人が何かくれるみたいよ」

「お疲れだぜ、先輩! 魔力水を飲むといいぜ!」

「今直ぐ服を脱ぎたいかしら。そのつもりなら手伝うけど」



「いいえ……まだ余韻に浸らせていただきますわ」





 緊張から流れ出た汗を拭いながら、アザーリアは腕を組み景色を眺める。彼女は夜の着用を想定したミニドレスに身を包んでいた。


 描画会の手伝い担当だったクラリアとサラ、そして友人の活動に興味本位でついてきたマチルダ。皆揃って、次の模写の準備が進む舞台を見つめる。





「あとでカタリナちゃんにはお礼を言わなくっちゃ……このモデルの仕事を通して、わたくしの中で何か掴めた気がしましたの!!」

「もっと大勢の緊張に負けない度胸とかそんなもんか。逆に考えてみると、そこまでの期待を向けられるカタリナちゃんという学生、やっぱすげーな」

「アタシはカタリナの友達でいることを誇りに思っているぜー! なあサラ!」

「まあ……そうね。服という側面から人の心を動かすなんて、普通考えられないもの」




 四人の足は自然と見ていた舞台に向かって動く。




 ある意味真打とも言える彼女達が、登壇していったからだ。




「エリスと、リーシャと、そしてサラだぜー!!」

「わたくし達は至近距離で見る権利がありましてよー!!!」








 やはり大トリを飾っていくのは、魔女の茶会ヴァルプルギス・アフタヌーンというブランドのイメージに合った服達。優雅な午後を想像させる艶やかなドレスを纏い、舞台に立つは三人の少女。




「先輩お似合いですよ」

「ありがとうミーナ。まあこれぐらいはね? なーんてことはない、のよっ!」

「なのです!」



 背中が開いた細いデザイン、フリルがそれとなく引き立たせる群青色のドレスを、リーシャは我が物のように着こなしている。表情もそれに似合った自信満々なものに様変わり。



「あ~あ、この姿を見せたいなあ……」

「誰にですか?」

「そんなの決まってるじゃない。カル先輩よ」

「やはり残念ネヴィル君……」


「え?」

「ネヴィル君もここにいればよかったのに、何で来なかったのかなーって「ぶしゅううううううううううううう」






 噂をすれば泡吹いて気絶しているネヴィルがご登場。セシルとルドベックが呆れ顔で白目剥いた彼を起こしている。




「あ、ネヴィル君だー。今更来たの?」

「今、更っ……!?」

「いや、最初から来るもんだと思っていたから……忙しかったの?」

「!!! そうです!!! 僕は最近仕事が立ち込めていて、父からの圧力も凄まじくてですねえ!!!」




 まあここで本音は早々言えるもんじゃないね。




「へーい兄さんと兄さんは何用でーい」

「ネヴィルを引っ張ってくると一緒に、カタリナ先輩にご挨拶を。まだ来てませんか?」

「んー、そろそろ来るとは思うけどどっちが先に来るか……」




「あ、エリスの方が先に来た」






 リーシャはその場で手を振り、やってきたエリスを誘導する。裾をソラに持ってもらっている他に、ローザとアルシェスも付き添うようにやってきた。




「お、お待たせしました……」

「やっほい! エリス、黒着ててもやっぱり可愛いね!」

「か、開口一番に褒めるぅ~……?」



 人差し指を突き合わせる様子からは、まだ上手く自信を持てていないようだった。



 そこでフォローしてやるのができる大人ってものさ。



「おらエリス、何着ても可愛いって褒められてるじゃねえか。だったら素直に受け入れろ」

「ローザさん……」

「ソダヨーエリスちゃん!! 似合うかなって疑問に思うぐらいなら、似合ってますと胸を張れ!! でないと服にも、服を作ったカタリナちゃんも、そしてモデルやるって選択した自分にも失礼だ!」

「アルシェスさん……」




 決め顔を見せるアルシェスを、ローザは音が聞こえるぐらい強めに殴る。




「いでえ゛っ!!! 俺今めっちゃいいこと言ったよね!? 殴られる筋合いないよね!?」

「……私よりもいい感じに励ましやがって、ムカつく」

「イッツソー理不尽ー!!! ぎゃあーっ!!!」


「……ローザさんは存在自体が励ましになってますよ」

「は!?」

「だって三年前お世話になりましたし……」

「お、おうそうか。うん……そっか。もう三年も経つんだな」



 流れでローザはエリスの頭を撫でようとするが、ソラにその手を力づくで止められる。



「セットしたんだよぉ~……? 僕の最高の仕事結果を台無しにするのぉ~……?」

「悪い、悪かった、ノリでやろうとしてた、だからもう止めて爪が腕に食い込む!!」






「皆、お待たせしました」






 信念を滾らせながらも、しかし艶やかさも秘めたその声に、一同は待ってましたとばかりに微笑む。




 カタリナ・フィルクラフト。ロングスカートの割かれた正面から素足を見せながらも、大切な部分は薄いベールで隠す。鎖骨と肩の周囲を宝石で上品に彩り、色香すらも懐柔させる。




「カタリナ……」

「あはっ、エリス可愛い。でもそりゃあそうだよね、あたしがエリスに似合うように作ったんだもん」

「……」




 このブランドを立ち上げてから、内緒でこっそり作っていたのだそう。大切な友人に着てもらいたい服を。




「『アラガイ三部作』だっけ~。凝ってるよね、ホント!」

「実は六部作なんだよね。クラリアとサラと、ギネヴィアの分。でも三人はドレスなんてあまり着ないだろうから、今はデザイン調整したのを作ってる。一先ずはドレスの方だけ……ってことで」

「それは今から楽しみだぜー!!!」




 カタリナにようやく追い付いたクラリアとサラ。それからアザーリアとマチルダの先輩達。



 加えて目を輝かせた小さい後輩も。





「エリス先輩……!」




「……ファルネアちゃん。来てくれたんだね……」

 



 抱き締めようとするが、ドレスを汚さまいと堪える。





「……先輩。綺麗です、すごく……」

「……ありがとう」



「ひょっとしてわたくしよりも似合ってるのではなくて?」

「えっ、アザーリア先輩。そ、それは言い過ぎですよぉ……」





 もじもじするエリスの両隣に、カタリナとリーシャが立つ。





「先輩のは万人に向けたデザインだけど、それはエリスの為の服だよ? 似合ってるのは当然じゃん!」

「……そっか。そう言われると、そうかも」


「さあ行こう、エリス。最後の戦場だよ。肩の力を抜いて、リラックスしてね」

「……うん!」






 顔を上げて女王は進む。






「向こうがざわざわしてきたな。こりゃあオーディエンスがいっぱいいるぞ~」

「何が楽しいんだが、ワタシには理解できない世界だわ。ま……本人がそれでいいなら、口を挟まないけど」

「サラちゃんもモデルやる? モデルが無理ならヘアセットだけでもいいよ?」

「何を企んでやがるソラァ」




「あー、いいねえ。マイケルの奴も迅雷閃渦《ライトニングボルテックス》を褒め千切ってたし、やりたいことがどんどん思い浮かぶよ!」

「手始めは舞台衣装を作ってもらう所からですわー!!! お父様に支援を検討していただくように話を付けておかないと!!!」

「アザーリア先輩、翅が輝いています……!! 眩しいです!!」








 これは儀式。その完成には程遠いが、大切な過程の一つ。




 新しいことに挑戦して、過去の自分も運命も否定してやるのだ。






(――見ていろ、モードレッド。見ていてね、お母さま)




(これが本当のわたし――)

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