秋風香るこの時節。空を行き交う様々な存在。鳥、竜、そして箒に乗った魔術師。
「ふっふーん。やっぱりこの時期は過ごしやすいから好きだなあ、ブレイヴ」
「わんっ!」
偶にはそれっぽい服装もしてみようと、親友のローザに新調してもらった魔術師のローブ。散髪がしやすいように袖口を可変できるそれに身を包み、ソラは秋空を旅する。
「でも流石にお腹空いてきたね?」
「わん……」
「よしよし、じゃああすこに見える街に降り立つとしよう」
ぴゅうと箒の舵を取り、地面に向かっていく。
最近はグレイスウィルにあるローザの家に居候することが多かったのだが、現在彼女はアルーインへ出張中。宮廷魔術師でないのに流石にそこまでお供するわけにもいかないと思い、普段通りのフリーランス旅行。
そんな彼女が降り立ったのは、何とユディという名の街。
「ウィーエルの首都に来ちゃったよ」
「ばうばう」
道行く人々は人間とエルフが半々。時々それ以外の種族やナイトメアも混ざっている。
「まっいいか。昔はこの辺拠点に活動してたしね~。何か不都合があるってわけでもないよ」
「あお~ん」
「そうだそうだ、当初の予定。ご飯を食べに参ろう」
彼女がユディの街を拠点にしていたのは五年ぐらい昔。流石にそのぐらい時間が流れれば、街も様変わりするというもの。
「前はこんなに寛雅たる女神の血族の連中が闊歩してたっけ?」
「わん?」
「いやあ、明らかにここ最近で増えたねえ」
店主が料理を手に戻って、話し掛けてくる。
「こちらが当店の名物、ロビンフッドソテーだ」
「ロビンフッド」
「そうそう……ほら向こう見てごらん」
店主は店の奥を指差す。
そこには古代の壁画が復元された物や、遺物の模造品等が設置されており、食事をしながら客が歴史の流れに唸っている。
「ここは寛雅たる女神の血族の暴挙に耐え兼ねた俺が一念発起して開いた店でな……ロビンに関する資料を何とか集めて、こうして見てもらってるんだ」
「確かロビンに関する資料って、一番大きいのは寛雅たる女神の血族にやられちゃったって話ですよね」
「加えて細かい資料も目を付けられて、な。ここも本来なら潰されるはずなんだが、白銀貨に届くかってぐらいの金出して何とか目を瞑ってもらってる」
「……足元見過ぎ」
「全くだ」
ロビンフッドソテーは猪肉と兎肉が使われたソテーであり、肉身が柔らかく口の中で直ぐに溶けてしまう。後に旨味だけが残る。
「うまいです~」
「何より何より」
「わんわんっ」
「ん、そちらのわんちゃんは生肉でいいかな?」
「焼いたのでいいですよ、ナイトメアなので」
「おおそうかそうか、じゃあちょっと待ってな」
数分程して、ブレイヴの前にもソラと同様の料理が並ぶ。
「あおんっ……!」
「美味しいって言ってます」
「どうもどうも!」
「にしてもロビンフッド。ログレスの平原に赴いて狩りをして、仲間達に獲物を配って回っていたとか」
「そうそう。その時獲物にしていたのが猪や兎だったから、それにあやかってるってことさ」
ごちそうさま、と完食したソラ。
「食後にドリンクはどうだい? パスクールオレンジを使用したジュースだ」
「オレンジジュースとは素晴らしい。ください」
「あいよ~」
オレンジはソラの目の前で絞られ、果肉も入ったジュースが出される。
「ごくごく……美味しいです。やっぱり天然はいいですねえ」
「わかるぞその気持ち」
「わん!」
「はいはい、この子の分もお願いします」
「はいよ~」
こうして腹を満たしたソラだが、暫くは店に滞在して店主と話をすることにした。ジュースのお代わりをお嬢さんは綺麗だからまけてやるということでタダで頂く。
「寛雅たる女神の血族が最近増えてきたって話ですけど、それっていつからですか?」
「ええと、ちょっと言い方がややこしかったな。寛雅たる女神の血族の構成人数はそこまで増えてはないと思う。ただ街を我が物顔でうろつくエルフが増えたってことで」
「うーん、それはそれで厄介な。要するにウィーエル全土で勢力を強めてるってことでしょう?」
「そういうことだな……あと最近って言ったけど、本当に最近なんだ。夏場ぐらいから急激に姿を見るようになった」
「夏……」
おおよそ三、四か月程度前である。
「何かあったんですかね……」
「まああっただろうな……噂も流れているし」
「噂?」
「ああ、これは声を潜めてこそこそと――」
カウンター越しに二人は耳と口を近付ける。
「何でも寛雅たる女神の血族本部に、カムランの魔術師が出入りしてるって話だ」
「……そりゃけったいな。キャメロットでも聖教会でもなく?」
「『魚のように飛び出た目、尖った鼻の老人』だそうだ。そんな醜い見た目なら間違いなくカムランだろうって」
「ああ、それは……」
ふと、一月に参戦したアルブリアでの戦いを思い出す。
あの時交戦した魔術師は魔法人間の名を上げていた。そして人間とは思えない力と巨体を持つ男を、そう呼んでいた。
人間離れした見た目なら、そちらの線も考えられるが――
「まあキャメロットや聖教会だったら、ユディにある支部に動きがあると思いますから、もっと噂になっているでしょう。カムランは隠密に行動するのには長けている、という印象です」
「俺もそう思うよ――」
店主が続く言葉を言い掛けた時。
店内の様子が一変する。
「う……ああ……」
「な、何だこれ……身体が、重く……」
様々な感情を見せていた客達は、全員が苦しそうに地面に倒れ落ちる。一部そうではない客もおり、彼等は嫌々しい顔をした後に介錯を始める。
「……悪食の風かあ」
「お嬢さんは平気なのかい?」
「平気ですよ。これでもフリーランス魔術師名乗ってますので」
「何だ、結構なやり手じゃないか。何について研究しているんだい?」
「研究はしてなくて、サービス売ってます。散髪ならお任せください」
「へえ、それはいいや。実は俺の娘がそろそろ髪切りたいなって言っててな。後で紹介するから一発頼むよ」
「はいはいご予約承りました。でも先ずはこっちですね」
立ち上がるソラに起き出すブレイヴ。店主もカウンターの下からポーションを取り出す。
「しかし、悪食の風。ウィーエルで発生したのは久しぶりだな」
「現在はアンディネの広範囲で発生しているんですよね。北はパルズミールの国境付近、南はエレナージュの砂漠に差し掛かるまで」
「その上頻度も増えた。二ヶ月に一回あるかないかぐらいだったのが、二週間に一回は確実に発生するようになった」
「……本当に、イングレンスの世界では何が起こっているんだろう」
それでも今やらないといけないのは、大いなる陰謀への思索を巡らせることではなく、目の前の患者を治療することだ。
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