クラリアやクラリスが事前に計らってくれており、エリス達は結婚式の最中はロズウェリ家の屋敷に泊まることになった。言うまでもなく豪華な貴族の屋敷である。
よって部屋の中にあるインテリアは、魔法学園で学生やってる生徒達の興味を間違いなく惹いてくる。
「シャンデリアだー! すごーい! 複雑ー!」
「よくわかんない風景の絵だー! リアルぅー!」
「風景すげー! これがパルズミール地方かー!」
「あら、この花。魔術造花にしては質がいいわね」
「この布地、肌触りいいな……どんな素材でできてるんだろ」
クラリアは自分の部屋に向かったので、彼女を除いた女子五名。応接室に入ったはいいがあまりにも先に進まないので、ナイトメア達が出てきて急かしてくる。
「お嬢様。物品に関心を示すのは結構ですが、荷物を置きませんか?」
「重いとしゆうちゆうできないのです! つかれるのです!」
「~!」
あっはいと頷いてどかどかと荷物を置く。
そして改めて部屋を観察すると、やはりここは貴族の屋敷だと実感せざるを得ない。
「ベッドがふかふか……」
「ソファーもふかふか……」
「狼しっぽもふかふか……」
「「「森羅万象世界がふかふか……」」」
「何を言っているの? でも、ふかふかなのは事実だよね」
「これって狼の獣人さんの抜け毛とかでふかふかなのかな~~~」
「何を言ってるのってカタリナが突っ込んだばかりじゃない止めなさい」
ティーセットも用意されていたので取り敢えず紅茶を飲んで一息。
「さーて……結婚式は明日って話だったよね」
「何する? レイチェルさんとかに顔見せてくる?」
「明日結婚式で緊張しているのにいいのかな?」
「寧ろ今日しか話せないこととかあるだろうし、いいんじゃない? 無理だったら追い返されるだけだよ」
「よーし追い返されることも視野に入れて行ってみっか~」
「その前にクラリアちゃん迎えに行ってみない? こっちも断られる可能性あるけど」
「うん、まずはやってみてだね! 行こう!」
こうして一行は部屋の外に躍り出る。屋敷は四階建て、使用人が多いのでその分彼等用に取っている部屋も多い。外部の者からすると、目的地に到着するだけでも探検と呼べる規模を歩く。
そしてこの探検の目的地には、予想とは違う場所で到着することになる。
「うおっ、お前ら来たのか!」
「あれ、クラリア? じゃあ今出てきたこのお部屋が、クラリアの部屋なの?」
「いや、ここは父さんの部屋だ。アタシの部屋は別にあるぜ」
貴族令嬢らしいロングドレスに身を包んだクラリアと、エリス達五人は廊下で鉢合う。
エリスが話を切り出す前に、クラリアが翻って扉をノックした。
「父さん! アタシの友達が来たんだ。入れてもいいか?」
「……わかった! 皆、父さんが会いたいってさ! 中に入っていいぜ!」
扉を開けっ放しにし、友人達を中に手招きするクラリア。
誘われるまま五人は部屋に入る。それぞれが思う礼節を弁えながら。
「……ふふ。君達に会うのは二年ぶりかな」
「いつもクラリアが世話になっているね。仲良くしてくれてありがとう……ごふっ」
突然咳き込み出したクレヴィル。その背中をさすったのは、クラリアのナイトメアである狼幼女、クラリスである。
「父上、あまりご無理をなさらぬように……短い命とは言えど、大切にしなければなりません」
「おお、済まないな……水をくれないか。少し喉を潤す……」
音を立ててコップの水を飲む彼を見て、友人達は驚愕の表情を見せる。クラリアは悔しそうに語り出した。
「父さん……もう長くないんだって。呼吸器官に瘴気が溜まってて、上手く呼吸ができない状態。改善する方法も見つからなくて、痛みを和らげることしかできない……」
「そんな……そんなことって……」
「何、君達が気に病むことではないさ。私も年が来たということだろう……」
「年って、そんな! クライヴ様が二十代後半だから、大体五十代ぐらいですよね!? まだまだ現役じゃないですか!!!」
鬼気迫る説得を行うギネヴィア。しかし当の本人は、やはり諦めた表情で少女達を見つめている。
「……」
一人一人、丁寧に。
自分が生きられない未来のことを、託すように。
「……クラリアのご友人達。式が終わったら、私の元に再び来てくれないか」
「話しておきたいことがあるんだ――」
クラリスは衝撃から、クラリアは疑問から目を丸くした。
「……アタシは来なくていいのか?」
「ああ、お前は来なくていい。彼女達にだけ話をしたいんだ……クラリアと仲良くやってくれている、そのお礼みたいなものをしようと思って」
「そっか。じゃあアタシはいちゃ邪魔だな」
「つまる所現段階ではもう話すことはないってわけね。出てけと」
「ちょっ、サラ! 当主様だよ相手は! 口が悪い!」
「ワタシ、この家の連中に敬意を払う気は毛頭ないから」
「は……? 何言ってんの! とりあえず、ええと、ごめんなさい!」
自分の頭と一緒にサラの頭も手で押して下げさせるリーシャ。クレヴィルは気にするなと言ってくれた。
「では私達はこれで~! 失礼しました!」
「アタシもエリス達と一緒に行くぜー! いいよな父さん?」
「式は明日だ、それまでご友人達との時間を楽しんできなさい」
「そうさせてもらうぜー! うおおおー!」
「わっ、ちょっ、押さないで!?」
六人の少女は、慌ただしく部屋を出て廊下を走っていくのであった。
話し声が次第に小さくなっていく――
「……逃げるのですか」
「あれだけ、クライヴ様にもクラヴィル様にも言われておきながら――」
「自分の口から真実を伝えるということから、やはり逃げるのですか」
彼女の口を突いて出た言葉は、言葉の端々から、沸々と怒りが煮えくり返っているのが聞き取れた。
「……君は当時を何も知らないから、そう言えるのだ」
「あの子は時が止まっているだけにすぎない。時が動き出したら、また誰にも止められなくなる。神に願うことでしかあの子を止められなくなる」
「私は、神に願うことでしかあの子を止められなかった。だが……クラリアの身近にいる彼女達なら、友情であの子を止めることができるだろうと、そう考えただけだ。その方が万が一が発生した時の被害が少なくなる……」
「……つくづく親の資格がないな、私は」
「君の瞳はあの人と同じ。君の怒りはあの人の怒りであるのだろう――」
一つの探検の後は次の探検。女子六名、軽く挨拶した後レイチェルのお部屋に続々入場。どうぞーと言われた直後に入っていったので別に無礼ではない。多分。
「いらっしゃい! 今お茶準備するね!」
「うおーそんなサービスしてもらえるなんて!」
「私今お茶を入れたい気分だったからね! 待ってて!」
せっせと準備しつつ、紅茶を注ぐ時は丁寧に。
待っている間、女子達の視線は部屋に飾られていた絵画に向けられる。そのモデルであるのは、目の前にいるレイチェル本人であると容易に想像できた。
「これ……花嫁衣裳ってやつですか?」
「そうそう、明日着るウェディングドレス! 着合わせしたらこんな風に絵を描いてもらうんだよー。いいでしょ!」
「すごくいいです!!」
椅子に座った彼女は、穏やかな笑みを浮かべて佇んでいる。ドレスの裾に至るまで丁寧に装飾が描き加えられていた。
「四時間もじっと座ってた甲斐があったってものだぜ!」
「四時間……!?」
「アタシはそんなにじっとすることなんてできないぜ! レイチェルさんは凄いぜー!」
「ふっふーん、待つのも貴族の務めですから!」
そんな話をしながら紅茶とお菓子をぼりぼり食べる。式の前日、そわそわしつつもゆったりとした時間が流れる午後。
その時間に対して、サラはかなり居心地が悪そうにそっぽを向いていた。
「サラちゃん? おーい?」
「ちょっとサラー、せめて話聞いてる素振りだけでもいいから。露骨に嫌がる素振りしてると嫌われるよ!」
「何か、この子ずっとこの調子で……折角の式なのに! ほれ笑顔笑顔!」
「……」
何も考えないでいられるお前達が羨ましい――いや、自分が考えすぎなのだろう。
「――」
「おわっ!? びっくりしたー!?」
「えっと確か! オークニー! さん!」
カタリナはレイチェルの身体から出てきた筋骨隆々な精霊に、そう呼び掛けた。
そのオークニーはというと、書斎机がある方にふわふわと飛んでいく。時々サラの方を見つめながら。
「サラちゃんにお話があるみたいよ!」
「……はぁ」
「私達の話退屈なら行ってきたら~? 気が紛れたらお茶を飲もう!」
「……」
至極当然その通りだったので、椅子から身を起こす――
机の周囲にはカーテンが引かれており、物を書くには集中できる環境が構築されていた。必然的に、秘密の話もできる環境も。
「……」
オークニーは一冊の本を魔法で浮かせ、サラの前に差し出す。
それは鍵が掛けられるタイプの日記帳であった。
「……読めと?」
「レイチェル・パルズ・アグネビット……アイツのじゃない。お嬢様の秘密を知れっていうの」
静かに頷くオークニー。そしてサラがその鍵を開くのを、また静かに待っている。
「……いいわ。情報が手に入るなら有難いことこの上ない」
日記帳には、貴族令嬢らしい日常の中に、概ねサラが期待しているようなことが記載されていた。
『クライヴ様が……帰ってきてくれた。正直、もう死んでいるって思ってた。あのキール砂漠を通って、魔術大麻の輸送を行えって言われた時点で、もう……でも生きていてくれて、私、嬉しい……』
『……お父様にも言えないことだけど、やっぱりクレヴィル様のしていること、間違っていると思う。一つの過ちの為に大勢の人が危険に晒され、そして死んでいる。クライヴ様だっていつ死んでしまうか……大切な人を喪いたくない我儘だってのは、わかってるけど……』
『クラリアちゃんが連れてきたお友達。サラちゃんって子はいい子だな。クラリアちゃんのこと、本当に大切に思っている。勿論他のお友達も大切に思っているだろうけど、サラちゃんは一際大切に思っているんだろうな。だからサラちゃんには、どうか本当のことを知ってほしい……でも、それが何なのかは私もわからない』
『本当にクレヴィル様は、ロズウェリ家は、何を隠しているの? 嫁ぐ身分として、クライヴ様のお母様に、墓前でもいいから挨拶しておきたいっていうお願いも、どうして聞き入れてくれないの? そもそも最初からおかしいよね。靄でも掛かったかのように、お母様の名前が思い出せないんだから――』
「……」
まさか他人の日記帳にて自分が称賛されているとは。
正直、レイチェルが何も知らないという情報より、驚いた事実かもしれない。
「……まあいいわ。だったらアナタのご主人様に伝えなさい」
「ロズウェリ家の秘密はワタシが――」
ここで言葉を噤んで、数秒後にまた続ける。
彼女にしては珍しく、言い方に拘ったらしい。
「……この家を蝕む病は、ワタシが治療してやるわ」
それから時は流れ、お茶会も終わった六人。夕食まで時間があるので自分達の部屋に戻ろうという話になり、その途中。
「あれ? アーサー達だ!」
「ん、エリス達か」
部屋の前で立ち往生していた男子五名を見つけ駆け寄る。何の変哲もない扉だったが、『開けるな』の警告が書かれた看板が掛けられていた。
「ここに来てやっとまともな合流したじゃん?」
「扉の前に立ってどうしたの? 入るかどうか決めかねている感じだったけど」
「そ、そこは入っちゃ駄目だぜ!」
クラリアは普段見せない慌てた様子で、自分から前に出てきて男子達を押し退ける。
「そ、そこは絶対に開けちゃいけない部屋で……アタシ、小さい頃に開けようとしたら凄く怒られて……」
「まぁじぃ? 何があるんだろ」
「その様子だと、クラリア、トラウマレベルの叱られ方されたな?」
「あの時の父さんは本当の狼みたいだったぜ……あんなに怒ったのはあの時だけだぜ……うう」
「よしわかった。触らぬ神に祟りなしってことだな!!」
「女王命令だー! てったーい! 即時てったーい! この部屋のことは忘れろー!」
エリスに号令されて、ずかずか撤退していく少年少女。
その中でもサラだけは、その場に留まり扉を見つめた後――
ノブを回して鍵が掛かっていることを確認し、去っていった。
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