「カタリナさん、毒見草ここに置いておきますね」
「ん、ありがと」
「黒茸はどうするんでしたっけ?」
「すり潰して裏ごし……できないなら潰すだけでいいよ」
「じゃあ潰すだけで……」
カタリナの指示の元、てきぱきと野草を積み重ねる妖精達。
「お嬢様、ナイフの準備が完了しました」
「ありがと。こっちもそろそろ……皆、鼻をつまんでいて」
「は、はい……これは」
用意した野草を石鉢に入れて混ぜ合わせてできたのは、
ふつふつと泡立つピンクと紫と緑の液体。
「セバスン、ナイフを」
「どうぞ」
「……よし」
渡された二本のナイフをしっかりと掴み、
刀身を液体の中に、ゆっくりと沈めていく。
カタリナは液体を吸収し染まっていく様を、瞬きせずに見つめている。
「……カタリナさん、これは」
「浸透毒。これで斬り付けると、血管から毒が入ってじわじわと浸食していくの」
「ただの野草を混ぜ合わせただけなのに……?」
「ただの野草だから威力はそんなに高くないけどね……気休め程度になるけど、それでも」
「……」
「……次は麻痺毒の材料をお願い。準備してほしい物を伝えるね……」
「は、はい!」
「円舞曲は今此処に、残虐たる氷の神よ!」
手を上げながら呪文を唱えると、
周囲の木と地面が忽ち凍る。
「ふう……触媒無しでも、大分やれてきたかな」
「スノウといったいになっているのです!」
「ま、いい感じじゃないの」
その氷を、ハンスが起こした暴風が強引に剥がし落とす。
「……こんな短時間なのによくイメージできているじゃん」
「雪国出身舐めないでよねー! あとハンスの指導がそれなりに良かったおかげー!」
「は? 順番逆だろうが」
「次はハンスの番よー!」
「……」
シルフィに向かって顎をしゃくり、隣にいてもらう。
「――」
雪が吹雪く様を脳裏に浮かべて――
「円舞曲は今此処に、残虐たる氷の神よ」
風が吹き荒れる。その中には、鋭い氷の礫も混じっていた。
「おっ、おおっ、ひょおっ」
「止めさせろ」
「――」
シルフィが魔力を込めると、たちどころに風が止んだ。
「いいじゃんいいじゃん! やっぱりハンスって魔法の才能あるんだね~」
「……」
「最初はやな奴だって思ったけど、案外そうでもないんだね! いい所あるじゃん!」
「殺すぞ」
「そうだ! ここを脱出したらさ、魔法教えてよ! 魔術戦もあるんだしさ!」
「話を聞け……って」
細い目をぎろりと見開く。ハンスが糸目を開く時は、大抵感情が昂っているか真面目な時だ。
「……脱出したら?」
「そう、脱出したら! 今はあの野郎をぶっ潰すのが先!」
「……脱出すること前提なんだな」
「そうだよ? だって頭いいヴィクトールだっているし、回復得意なサラもいるし、魔法が得意なハンスもいる!! クラリアも、ルシュドも、イザークも、戦うの得意じゃん! カタリナだって、絶対強いに決まってる! 勝てるよ!!」
「……そうかあ」
リーシャの隣に立ち、空を見上げる。
大地では幽閉されている状況なのに、空の色は何一つ変わらない。普段通りのすかっとした青空。
「前向きなんだね、きみ」
「よく言われますっ!」
「……ぼくが覚えていたら教えてやるよ」
「思い出させるから平気だね!」
「……ふん」
村の中では、木が割られていく音が鳴り渡っていた。
「おんどりゃー!!」
「ぬん!!」
斧を振っていくクラリアと、籠手を装着して拳を振るうルシュド。
現在二人の装備は、ここに生えていた木で製作された簡易的なものではあるが、
「……よし! 全体的に良い感じだ! このまま魔力を高められるか?」
「わかりました。しばしお待ちを……」
「鋭さ、足りない。磨く、必要」
「これ火属性を付与しているから、内部から燃えている可能性ないか?」
「う……?」
「我々にお任せを。拝見しますね……」
他の異種族の者によって、魔法を付与され強化されていた。
「クラリア、少し休憩だ。しっかりと休め」
「……ああ」
「そうだ。ここで体力を使い果たしてはいけないからな――武術戦の成果が出たかな?」
「へへ……」
照れるクラリアと、汗でびっしょり濡れたルシュド。クラリスとジャバウォックは甲斐甲斐しく世話を焼く。
「ほらよ、顔拭いてやる」
「ありがと……」
「ここあっちぃもんなあ。こんな状況で戦うんだ、しっかりと気を持て」
「……おれ、負けない」
「そうだ、負けられないんだ俺達は」
「絶対、勝つ、必要。これ、試合、違う」
決意に満ちた目で呟くルシュド。それに対して、力強く頷くクラリア。
「そうだ、これは絶対に負けられねえんだ。こんな戦いのために、アタシ達は訓練してきた!」
「ああ、本当にその通りだ」
「よーし……クラリス! 魔法の調整もするぞ!」
「ジャバウォック、おまえも」
「もっと休めと言いたい所だが……私も時間が惜しい。了解した!」
「クラリスに完全に同意だぜ! 行こう!」
こちらはフィオナの家。人間が数人入る大きさの家にて、他の妖精が持ってきた地図を見つめるヴィクトールとサラ。
話し合う前に、家の外で居心地が悪そうにしているイザークを見つけた。
「イザーク」
「へっ!? な、なんだよ」
「混ざれ。今から方針について話し合う」
「ボ、ボクが混ざっていいの……?」
「貴様は俺と一緒に行動してもらうからな。だから把握しておいた方がいい」
「……え、マジで?」
「それについても話す故とにかく混ざれ」
「あ、ああ。わかったよ」
「待て……」
足を引き摺るようにして、やってきたのはアーサー。
「アーサー、貴様……」
「オレも話に入れてくれないか……何か、できることがあるかもしれない……」
「構わないが……」
「オマエまさかその状態で戦闘するって言うんじゃねえんだろうな!!」
「……」
「……いい、貴様も混ざれ。どのようにして戦うかは、把握しておいた方がいいだろう」
「……済まない」
アーサーのために席を開け、イザークも座った所に、フィオナもやってくる。
「お待たせしました……すみません、遅れてしまって」
「詫びるのは寧ろこちらの方です。偵察なんて危険な仕事、任せてしまって」
「……あの男に打ち勝つためです。可能なことなら協力致します。では……」
フィオナが広げた地図の上に降り立ち、木の枝で指しながら話す。
「これがこの島の全貌になります。海岸線が一割、開拓した平地が三割、残りの六割が森になります」
「で、森の殆どと平地の一部が奴の研究施設になっていると」
「ええ……この線で描かれた人口の建造物。これがそうです」
緑を潰していくように、白い建物が建造されている。
「『俺様の最新作』、アイツはそう言ったのよね」
「はい……」
「……あんまりこういうこと言うと気が削がれるのだけど、最新作のみで襲ってくるのかしら。今までのその――作品を投入するっていう可能性はないのかしら」
「それは……」
少し考えこんだ後。
「……ないと思います」
「根拠は」
「今までも完成品だと思われる魔獣が、この森を闊歩していくのを見かけました。ですがそれらはいずれも、数日で姿を消したのです」
「消したと。自分で消滅……」
「制御できなくて撤退させるしかなかったんじゃねーの? 制御できるかどうかわからねえって話だったじゃん」
「仮にそうだとすると、次の問題が浮上する。果たしてその最新作とやらは、制御できるのかどうかということだ」
「多分制御できた方がこっちにとっては有難いわ。暴れ回られると行動が読めないもの。制御されているなら、アイツの意思が魔獣の行動原理になる」
「どのみち制御するための魔術とやらの真意がわからないとねえ」
「一緒に無敵という単語についても考えてもらいたいんだけど。仮にそうだとして、一体どうやって傷をつける?」
「「「……」」」
詰んでいる。
そのような空気に、場が覆われようとしている時に、
「……待て」
震える左手を挙げて、視線を集めるアーサー。
「そのこと、なんだが……」
発言しようと前屈みになった拍子に咳き込んでしまい、イザークが背中をさする。
「無理すんなよ」
「ああ……その魔術とやらに心当たりがあってな……魔法の鞘だ」
「魔法の鞘?」
「アイツが――間際に、言っていた。魔法の鞘を生み出したと……」
「魔法の……」
「……!」
フィオナは突然飛び上がり、一冊の本を持ってきて舞い戻る。
「どうした?」
「……ありました! これを見てください!」
彼女が開いた頁を一様に覗き込む。
それは騎士王伝説を纏めた本で、内容は数ある物語の中の一つ。
「『黒魔女モルガナと魔法の鞘』……」
鎧を着た少年――騎士王アーサー。彼に杖を向け、鞘を奪い取る、黒いローブの魔女――
「ここに書いてある通り、魔法の鞘は騎士王伝説に登場する道具です。伝説の騎士王、彼が扱った聖剣を納めるための鞘。これを装着している間は――傷を負わなくなる」
声を荒らげながらも伝える。
「そして――この物語は、黒魔女モルガナが騎士王を誑かしてその鞘を奪っていく物語――」
「鞘を失った騎士王は――傷を負うようになり、その時に負った傷が、カムランの戦いに後を引くようになったと――」
フィオナは本を閉じ、四人をじっと見つめる。
何が言いたいかわかるかと言わんばかりに。
「……賭けるか?」
「賭けるしかないでしょ」
「ゼロと一だったら、一に乗るしかねーだろ!!」
「……やるしかない」
「よし――」
改めて地図に視線を落とすヴィクトール。彼の積み重ねてきた知識が、すぐに作戦を立てていく。
「魔法の鞘の効果が、この物語の通りだとすると――魔獣の気を引いている間に、制御しているあの男を討伐する。これが最適解だ」
「つまり二手に分かれるってことだな?」
「そうなるわねえ。多分強い化物の気を引きながら、攻撃を受けないようにするの。疲れるわよ」
「私達もご協力した方が良いでしょうか?」
「頼む――と言いたい所だが、魔獣の能力がわからないという点に尽きてしまうんだよな。サラの言う通り、魔獣を囮にして小型の出来損ない――地下で見たあれを投入してくるかもしれん。そこは状況次第だな……」
「最悪ワタシ達も囮やることも覚悟しといた方がいいかもねえ」
「まあ、元々歩き回りながら指示を出すつもりでいたが――」
言いかけながら、ヴィクトールはイザークをじっと見つめる。
「……まさか、ボクの役割って護衛か何か?」
「言っとくけどワタシもセットよ。戦場を回りながら、皆に支援を行うの」
「それに加えて、探知も行ってもらうぞ。魔獣程の強力な魔力量なら、貴様でも探知できるはずだ。あと貴様は魔法妨害系だったな。申し訳程度になるかもしれないが、妨害魔法も行ってもらうぞ」
「……」
「……貴様の得意分野を分析して、貴様を護衛につけた方がいいと判断したんだ。頼めるか」
「……」
ヴィクトールに加えて、アーサーも頼み込むような視線を送っているのに気付いた。
頼まれたら断れない性分だ。のらりくらりと生きていたって、人情は断ち切れない。
「……オレが行ければよかったんだがな。こんなザマじゃな……」
「……心配、するなって。ボクやるよ。やってみせるよ。オマエとの訓練の成果、存分に発揮してやるよ――」
「……ありがとう……」
そうして頭を下げる様は、
これまでに見たことがない程に、苦しそうで、辛そうで。
「……アーサー。オマエにも大切な仕事があるだろ」
「……?」
「エリスだ。今も魘されているんだろ」
「……」
「……きっと一人じゃ不安なはずだ。傍に……いてやれ」
「……ああ」
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