ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第二百七十話 戦闘準備・前編

公開日時: 2020年12月10日(木) 17:42
更新日時: 2022年5月4日(水) 23:05
文字数:4,560

「カタリナさん、毒見草ここに置いておきますね」

「ん、ありがと」

「黒茸はどうするんでしたっけ?」

「すり潰して裏ごし……できないなら潰すだけでいいよ」

「じゃあ潰すだけで……」




 カタリナの指示の元、てきぱきと野草を積み重ねる妖精達。




「お嬢様、ナイフの準備が完了しました」

「ありがと。こっちもそろそろ……皆、鼻をつまんでいて」

「は、はい……これは」




 用意した野草を石鉢に入れて混ぜ合わせてできたのは、


 ふつふつと泡立つピンクと紫と緑の液体。






「セバスン、ナイフを」

「どうぞ」

「……よし」




 渡された二本のナイフをしっかりと掴み、




 刀身を液体の中に、ゆっくりと沈めていく。




 カタリナは液体を吸収し染まっていく様を、瞬きせずに見つめている。






「……カタリナさん、これは」

「浸透毒。これで斬り付けると、血管から毒が入ってじわじわと浸食していくの」

「ただの野草を混ぜ合わせただけなのに……?」

「ただの野草だから威力はそんなに高くないけどね……気休め程度になるけど、それでも」

「……」




「……次は麻痺毒の材料をお願い。準備してほしい物を伝えるね……」

「は、はい!」











円舞曲は今此処に、残虐たる氷の神よサレヴィア・カルシクル!」





 手を上げながら呪文を唱えると、


 周囲の木と地面が忽ち凍る。






「ふう……触媒無しでも、大分やれてきたかな」

「スノウといったいになっているのです!」

「ま、いい感じじゃないの」




 その氷を、ハンスが起こした暴風が強引に剥がし落とす。




「……こんな短時間なのによくイメージできているじゃん」

「雪国出身舐めないでよねー! あとハンスの指導がそれなりに良かったおかげー!」

「は? 順番逆だろうが」

「次はハンスの番よー!」

「……」




 シルフィに向かって顎をしゃくり、隣にいてもらう。






「――」




 雪が吹雪く様を脳裏に浮かべて――




円舞曲は今此処に、残虐たる氷の神よサレヴィア・カルシクル






 風が吹き荒れる。その中には、鋭い氷の礫も混じっていた。






「おっ、おおっ、ひょおっ」

「止めさせろ」

「――」




 シルフィが魔力を込めると、たちどころに風が止んだ。




「いいじゃんいいじゃん! やっぱりハンスって魔法の才能あるんだね~」

「……」


「最初はやな奴だって思ったけど、案外そうでもないんだね! いい所あるじゃん!」

「殺すぞ」


「そうだ! ここを脱出したらさ、魔法教えてよ! 魔術戦もあるんだしさ!」

「話を聞け……って」




 細い目をぎろりと見開く。ハンスが糸目を開く時は、大抵感情が昂っているか真面目な時だ。




「……脱出したら?」

「そう、脱出したら! 今はあの野郎をぶっ潰すのが先!」

「……脱出すること前提なんだな」

「そうだよ? だって頭いいヴィクトールだっているし、回復得意なサラもいるし、魔法が得意なハンスもいる!! クラリアも、ルシュドも、イザークも、戦うの得意じゃん! カタリナだって、絶対強いに決まってる! 勝てるよ!!」

「……そうかあ」




 リーシャの隣に立ち、空を見上げる。




 大地では幽閉されている状況なのに、空の色は何一つ変わらない。普段通りのすかっとした青空。




「前向きなんだね、きみ」

「よく言われますっ!」


「……ぼくが覚えていたら教えてやるよ」

「思い出させるから平気だね!」

「……ふん」











 村の中では、木が割られていく音が鳴り渡っていた。






「おんどりゃー!!」

「ぬん!!」




 斧を振っていくクラリアと、籠手を装着して拳を振るうルシュド。




 現在二人の装備は、ここに生えていた木で製作された簡易的なものではあるが、






「……よし! 全体的に良い感じだ! このまま魔力を高められるか?」

「わかりました。しばしお待ちを……」


「鋭さ、足りない。磨く、必要」

「これ火属性を付与しているから、内部から燃えている可能性ないか?」

「う……?」

「我々にお任せを。拝見しますね……」




 他の異種族の者によって、魔法を付与され強化されていた。








「クラリア、少し休憩だ。しっかりと休め」

「……ああ」


「そうだ。ここで体力を使い果たしてはいけないからな――武術戦の成果が出たかな?」

「へへ……」




 照れるクラリアと、汗でびっしょり濡れたルシュド。クラリスとジャバウォックは甲斐甲斐しく世話を焼く。




「ほらよ、顔拭いてやる」

「ありがと……」

「ここあっちぃもんなあ。こんな状況で戦うんだ、しっかりと気を持て」

「……おれ、負けない」

「そうだ、負けられないんだ俺達は」

「絶対、勝つ、必要。これ、試合、違う」




 決意に満ちた目で呟くルシュド。それに対して、力強く頷くクラリア。




「そうだ、これは絶対に負けられねえんだ。こんな戦いのために、アタシ達は訓練してきた!」

「ああ、本当にその通りだ」


「よーし……クラリス! 魔法の調整もするぞ!」

「ジャバウォック、おまえも」

「もっと休めと言いたい所だが……私も時間が惜しい。了解した!」

「クラリスに完全に同意だぜ! 行こう!」











 こちらはフィオナの家。人間が数人入る大きさの家にて、他の妖精が持ってきた地図を見つめるヴィクトールとサラ。


 話し合う前に、家の外で居心地が悪そうにしているイザークを見つけた。






「イザーク」

「へっ!? な、なんだよ」

「混ざれ。今から方針について話し合う」

「ボ、ボクが混ざっていいの……?」


「貴様は俺と一緒に行動してもらうからな。だから把握しておいた方がいい」

「……え、マジで?」

「それについても話す故とにかく混ざれ」

「あ、ああ。わかったよ」




「待て……」




 足を引き摺るようにして、やってきたのはアーサー。






「アーサー、貴様……」

「オレも話に入れてくれないか……何か、できることがあるかもしれない……」

「構わないが……」

「オマエまさかその状態で戦闘するって言うんじゃねえんだろうな!!」

「……」




「……いい、貴様も混ざれ。どのようにして戦うかは、把握しておいた方がいいだろう」

「……済まない」








 アーサーのために席を開け、イザークも座った所に、フィオナもやってくる。








「お待たせしました……すみません、遅れてしまって」

「詫びるのは寧ろこちらの方です。偵察なんて危険な仕事、任せてしまって」

「……あの男に打ち勝つためです。可能なことなら協力致します。では……」




 フィオナが広げた地図の上に降り立ち、木の枝で指しながら話す。






「これがこの島の全貌になります。海岸線が一割、開拓した平地が三割、残りの六割が森になります」

「で、森の殆どと平地の一部が奴の研究施設になっていると」

「ええ……この線で描かれた人口の建造物。これがそうです」




 緑を潰していくように、白い建物が建造されている。




「『俺様の最新作』、アイツはそう言ったのよね」

「はい……」


「……あんまりこういうこと言うと気が削がれるのだけど、最新作のみで襲ってくるのかしら。今までのその――作品を投入するっていう可能性はないのかしら」

「それは……」




 少し考えこんだ後。




「……ないと思います」

「根拠は」

「今までも完成品だと思われる魔獣が、この森を闊歩していくのを見かけました。ですがそれらはいずれも、数日で姿を消したのです」

「消したと。自分で消滅……」


「制御できなくて撤退させるしかなかったんじゃねーの? 制御できるかどうかわからねえって話だったじゃん」

「仮にそうだとすると、次の問題が浮上する。果たしてその最新作とやらは、制御できるのかどうかということだ」

「多分制御できた方がこっちにとっては有難いわ。暴れ回られると行動が読めないもの。制御されているなら、アイツの意思が魔獣の行動原理になる」

「どのみち制御するための魔術とやらの真意がわからないとねえ」

「一緒に無敵という単語についても考えてもらいたいんだけど。仮にそうだとして、一体どうやって傷をつける?」




「「「……」」」






 詰んでいる。




 そのような空気に、場が覆われようとしている時に、






「……待て」




 震える左手を挙げて、視線を集めるアーサー。




「そのこと、なんだが……」




 発言しようと前屈みになった拍子に咳き込んでしまい、イザークが背中をさする。






「無理すんなよ」

「ああ……その魔術とやらに心当たりがあってな……魔法の鞘だ」

「魔法の鞘?」

「アイツが――間際に、言っていた。魔法の鞘を生み出したと……」

「魔法の……」




「……!」






 フィオナは突然飛び上がり、一冊の本を持ってきて舞い戻る。








「どうした?」

「……ありました! これを見てください!」




 彼女が開いた頁を一様に覗き込む。


 それは騎士王伝説を纏めた本で、内容は数ある物語の中の一つ。




「『黒魔女モルガナと魔法の鞘』……」






 鎧を着た少年――騎士王アーサー。彼に杖を向け、鞘を奪い取る、黒いローブの魔女――








「ここに書いてある通り、魔法の鞘は騎士王伝説に登場する道具です。伝説の騎士王、彼が扱った聖剣を納めるための鞘。これを装着している間は――傷を負わなくなる」




 声を荒らげながらも伝える。




「そして――この物語は、黒魔女モルガナが騎士王を誑かしてその鞘を奪っていく物語――」




「鞘を失った騎士王は――傷を負うようになり、その時に負った傷が、カムランの戦いに後を引くようになったと――」






 フィオナは本を閉じ、四人をじっと見つめる。


 何が言いたいかわかるかと言わんばかりに。











「……賭けるか?」

「賭けるしかないでしょ」

「ゼロと一だったら、一に乗るしかねーだろ!!」

「……やるしかない」

「よし――」




 改めて地図に視線を落とすヴィクトール。彼の積み重ねてきた知識が、すぐに作戦を立てていく。




「魔法の鞘の効果が、この物語の通りだとすると――魔獣の気を引いている間に、制御しているあの男を討伐する。これが最適解だ」

「つまり二手に分かれるってことだな?」

「そうなるわねえ。多分強い化物の気を引きながら、攻撃を受けないようにするの。疲れるわよ」

「私達もご協力した方が良いでしょうか?」


「頼む――と言いたい所だが、魔獣の能力がわからないという点に尽きてしまうんだよな。サラの言う通り、魔獣を囮にして小型の出来損ない――地下で見たあれを投入してくるかもしれん。そこは状況次第だな……」

「最悪ワタシ達も囮やることも覚悟しといた方がいいかもねえ」

「まあ、元々歩き回りながら指示を出すつもりでいたが――」




 言いかけながら、ヴィクトールはイザークをじっと見つめる。




「……まさか、ボクの役割って護衛か何か?」

「言っとくけどワタシもセットよ。戦場を回りながら、皆に支援を行うの」

「それに加えて、探知も行ってもらうぞ。魔獣程の強力な魔力量なら、貴様でも探知できるはずだ。あと貴様は魔法妨害フェンサー系だったな。申し訳程度になるかもしれないが、妨害魔法も行ってもらうぞ」

「……」




「……貴様の得意分野を分析して、貴様を護衛につけた方がいいと判断したんだ。頼めるか」

「……」





 ヴィクトールに加えて、アーサーも頼み込むような視線を送っているのに気付いた。


 頼まれたら断れない性分だ。のらりくらりと生きていたって、人情は断ち切れない。






「……オレが行ければよかったんだがな。こんなザマじゃな……」

「……心配、するなって。ボクやるよ。やってみせるよ。オマエとの訓練の成果、存分に発揮してやるよ――」

「……ありがとう……」




 そうして頭を下げる様は、




 これまでに見たことがない程に、苦しそうで、辛そうで。








「……アーサー。オマエにも大切な仕事があるだろ」

「……?」


「エリスだ。今も魘されているんだろ」

「……」


「……きっと一人じゃ不安なはずだ。傍に……いてやれ」

「……ああ」

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