フェンリル、エオスカレ、シュターデン、カリュドン、ルナール、セクメト。獣の血を引く我等守護する、大いなる神よ
我は主の名において永遠の愛を誓う
豊穣なる春も苦境なる冬も その実りを分かちその苦楽を分かち
大地に芽吹き 明朗たる詩を紡ごう――
「今の……ふへへ……やば……首筋に……」
「獣人特有の儀礼らしいよ。互いの首筋に傷跡を残すことで、誓いの証にするんだって。先に飲んだお酒は特別な魔法が仕込まれていて、それが付いた物体で付けた傷は、特別な方法を取らない限り消えないんだとか」
「や~~~んロマンティックぅ~~~ストラムは見習え~~~」
「まだ根に持っていたのそれ?」
「ねえねえリーシャちゃんもさあ、カル先輩と結婚する時にやったらいいんじゃない?」
「え゛っ!?」
「何よぉ将来を誓い合うってそういうことでしょ~~~! そもそもあれか、結婚式やるってことはウェディングドレス着るのか!」
「あー!! そうか!! そうなのか私!! だとしても首筋は噛まないよ痛いし!!」
「イズエルトに行けばまた風習も変わるんだろうね。あたし、興味あるなあ」
「わかるよぉカタリナ。そういう地域の歴史から来る風習って、何かこう、歴史の重みがあっていいよね!」
女子達が尊さのあまり感想会をしていると、儀礼は終わって披露宴に移る。
本日は雲一つない晴天、青空の元で机を引っ張り出して会食だ。
客人も親類も関係なく。一つ空の下に、食器を交えて語らい合う。
「もぐもぐ。気付いちゃったんだけどさー、ウェディングドレスってめっちゃ身体のライン際立つね! くびれから上乳までくっきり!」
「むぐむぐ。となるとやっぱり、ドレス着るなら着ても恥ずかしくないような体型を維持しないといけないんだなあ」
「何よ他人事のように。エリスもアーサーと式挙げるんじゃないの!」
「……えっ!?」
「だってさ~~~。今後も一生イチャラブする仲でしょ。やっぱり結婚式やらないと締まらなくない? 何でも噂じゃ、結婚式を挙げたカップルは破局する確率ぐっと下がるんだって! やっとかなきゃ損だよ!」
「そ、それはさ~! まだわたしには無縁の話じゃない!? むしゃむしゃ!」
「もごもご! 私ら今年で十六歳になるんだぜ!? 成人まであと二年ちょいだぜ!? そして二年なんてあっという間だってのは、これまでの日々が証明しているようなもんだー!」
「嫌じゃー! まだ大人になりたくないんじゃー!」
とか話をしながら、一口サイズの肉の切り身を食らい尽くしていくエリスとリーシャ。
女子特有の気迫に見ている者が誰も口出しできない。
「……エリスの会話、結婚式って」
「アーサーちんにも他人事ではねぇなぁ?」
「オレもまだ大人になりたくない……」
「ビームに憧れている限りは永遠に子供だと思うが」
「ヴィクトールが何を言っているのかオレは理解しかねる」
誤魔化すようにアーサーは鮭の切り身の山椒風味をぱくぱく食い進めていく。
「はーっ、汗が出るな。心なしか何か辛い物ばっかりな気がする」
「パルズミールは基本寒いからな。飯で身体温めるのが通例なんだ」
アーサーと同じ物を食べていたクラヴィルが話し掛けてくる。普段あまり見ることのない燕尾服を彼は着用していた。
「クラヴィル先生、何ていうか、新鮮で不思議な感じです」
「まっ、武術に生きていても結局は貴族の生まれってことだ。礼節を弁えるだけの教養はあるさ」
「……先生って、いつからそんな荒々しい生き方するようになったんっすか」
「うーん、思春期なって魔法学園入った頃かなあ。どうせ家は兄貴が継ぐから俺は自由にやってやろうって思って、以降ずっとこれよ」
「典型的な次男坊ですね」
「ヴィクトールよ口が悪くないか?」
「やあレイチェル嬢。こちらをどうぞ」
「キャサリン様! お手数お掛けします!」
「いいんだ、花嫁衣裳を汚す方が問題だしね」
レイチェルはキャサリンから小皿を引っ張った後、生野菜のサラダに非常に丁寧にがっつく。
「凄いなあ、ドレスが一切汚れてないよ」
「キャサリン様もこのぐらいできるでしょ!!」
「まあねー。獣人淑女の基本スキルだ」
そもそも貴女はそんなに食わないでしょうが、と悪態をついてやってくるのはロシェ。
「レイチェル様この度はご結婚おめでとうございます。そして今後ともターナ家を贔屓にお願いします」
「ちょっとー、何でさらっとボクの台詞取るわけ?」
「貴女が言わないからですよ。そういうのはさっさと言うのに限るんです」
「黒猫は自由なんだからボクのペースでやらせろよな~。ったく」
ぷいとそっぽを向いたキャサリン。
すると、どっちつかずの距離からこちらを見つめていた少女と目が合う。
「ん、君はクラリア嬢の」
「カタリナじゃないか。そんな位置からちらほら見てるんだったら、こっち来て話そうぜ」
「……いいんですか?」
「いいよ! お話は人多い方が楽しいし!」
「で、では……」
おずおずと歩み寄るカタリナ。相手は四貴族の当主とも言える者達であった為、びくびくしていた模様。
レイチェルはその顔をまじまじと見ることになった結果、あっと声を上げ両手で口を覆う。
「カタリナちゃん、貴女ってもしかして、|魔女の茶会《ヴァルプルギス・アフタヌーン》の広告に出てた?」
「え、知ってるんですか」
「勿論だよ! アグネビットでも凄く出回ってるし、パルズミール全土で話題になってるもん!」
「ああ、グロスティ商会から押し付けられたあの広告。確かに似てるってか本人じゃないか」
「へ~お前いつの間に有名人になってたんだな」
確かに名を売りたくて広告を打っているのは事実だが――
あまりにも広まると心の準備が追い付かない。カタリナ・フィルクラフトという少女が案外そんなものである。
「あ、あの……あれ、現在あたし一人でやってるようなものなので……」
「……依頼は受け付けますが、取り掛かれる時期は未定です。ご了承ください」
おおー言うねえと讃えるキャサリン。気に入ったと言わんばかりに肩を叩いてくる。
「年若いのにしっかりしているのはボク好きだよ。キミは将来大物になれる……期待してるよ」
「はい、よろしくお願いします!」
「でもしっかりしてても時には息抜きだって必要! 私、何か持ってくるよ!」
「いえ、折角のドレスを汚されるわけには! 自分で持ってこれますので平気です!」
「ドレス……あ、わかったぞ。カタリナ。お前レイチェル様のドレス見てたんだろ?」
ロシェが揶揄う口調で訊ねる。
訊ねられた方は図星を突かれて顔が赤くなってしまう。
「私のドレス? これはメルゴールっていう仕立て屋さんが作ったんだよ。パルズミールの貴族が結婚する時は、その人達が作ったドレスを着るのが慣例なの!」
「獣人って見ての通り耳に尻尾にもふもふだからさー。その特徴をよーく理解している仕立て屋に作ってもらわないといけないんだよ。メルゴールはその辺よくわかってるから、ドレス製作に引っ張りだこってわけ」
「そうなんですね……! 勉強になります!」
「勉強かあ。ふふ、広告打ってブランド始めても、まだまだ学ぶことばかりだ」
「頑張れよ! ……俺が言えた口じゃねえかもしんねえけど!」
「わかってんじゃん。キミは主に上流階級の礼儀を勉強するんだろうがよ~」
雲一つ見当たらない、環境は初夏ということでそこそこ心地よい暑さ。
まさに外で何かするには絶好の環境。会食は盛り上がりを見せていくばかり。
故に自分も盛り上がらねば――とは一切考えないのが、サラ・マクシムスという少女である。
「――!」
「ご苦労サリア。……手間掛けるわね!」
「♪」
彼女は人混みから離れて、一人木の下で食事をつまんでいる。サリアを遣いに出させて適当に持ってこさせているのだ。
「?」
「ん、この木がどうした……まあ、ひっどい傷だこと」
「クラリアがそこで打ち込みしたことがあったんだよ。懐かしいな、初めてアルブリアに旅立つ数時間前の話だ」
そう説明してくれたのは、新郎として挨拶回りを終えてきたクライヴであった。手にはある程度の料理が乗った小皿がある。
「……相変わらずね。ぶっちゃけ予想はできていたけど」
「あの子はいつだってああさ。昔から……ね」
それを言った途端、サラが睨み付けるような目付きになったのを、クライヴはひしひしと感じた。
されど合間を置かず続ける。
「サラ・マクシムス……どこかで聞いたことがある名前だと思ったんだ。サラじゃなくてマクシムスの方だけど」
睨み付けられていた視線が丸くなるのを感じた。敵意が驚愕に変わっている。
「サリア・マクシムスはワタシの母よ。著書を読んだことあるの?」
「あるさ、彼女は有名な植物学者だからね。魔法学園にいた頃も読んだし、今も参考書として読むこともある」
「でも、それを譲ってくれたのは、私の母だったんだよ」
――まさか。
まさか、友人の真実を追っていたはずなのに、
自分の母について、生前の繋がりを知ることになろうとは。
「教えて――教えなさい、アナタの母親は、ワタシの母親を、何て言っていたの」
勿論さ、と言ってクライヴは教えようとした、
その時だった。
「うわあああああああああああああ!!!」
まだ会食が行われている方から、悲鳴にも似た絶叫が聞こえた。
「この声……!」
「クラリア!!!」
彼女の兄に負けるものかと言わんばかりに、彼女の友人は一目散に駆け出す。
「い、嫌だ! 来るな、来るな……!!」
「お断りするね~~~クラリアたん。今日こそおれ様は、クラリアたんを手に入れるんだ!!!」
発情期の野獣も引いてしまうような態度。涎を垂らして目をは明後日の方向を向いている。何か、その筋の薬でも摂取しているような、そんな表情をしていたジルが、
じりじりとクラリアに詰め寄って、今にも襲い掛からんとしている。
「いい加減にしてくれよ!! 何でアタシ、お前に手に入れなくちゃならないんだ……!!」
「それはおれ様が、クラリアたん大好きだから~~~♡♡♡」
彼女得意の正面突破も、現在は使えない状況。ジルの態度に恐れをなしているというのも大きいが、
何より二人を取り囲むように、突然蔦が生えて行動を制限しているのだ。
「うおおおおおお!!! 燃えろおおおおお!!!」
「くたばれコンチクショーが!!!」
「ぎぃちゃぁん、キーック!!!」
「「「ちょっと!? 君達は真面目に何をし出しているのかね!?」」」
「おれ、炎魔法!! 蔦を燃やす!!!」
「ギターの音色で妨害を加えようとしているんっすけどー!?」
「ぎぃちゃんキック!!!」
というかここはお前ら大人が率先して行くべき場面だろ!!! と内心で突っ込む三人。
しかしどうやら、恐らく魔術や武術を学んできた獣人の貴族や商人、その他の客人達も身動きが取れずにいる模様。
「ルシュド、イザーク、ギネヴィア……!」
「エリス、それにアーサーも! 来たか!」
「来たよ……ううっ」
「エリス、辛いならそっぽを向け」
「うん……もう、憎たらしいぐらいに、似てる……」
アーサーの肩にもたれながら、エリスは地面に這いつくばる物を睨む。
地の底から黒い液体が二種類。一つは虚無を内包する純黒、もう一つは青にも見えなくない色の深い黒。
「何か……混ざってる……奈落とあれは……けほっ」
「エリスちゃん、深呼吸深呼吸。とりあえず、何か黒魔法に混ざってるから、わたし達以外は魔力に圧されて動けない感じなんだね?」
「……うん」
「だったらオリジンも辞さなくなーい?」
杖を高く付き上げるリーシャ。イザークやルシュドもそれに倣おうとしたが、
泣きっ面に蜂を叩き込まれるとはよく言ったもので。
「きゃあっ!?」
「風……魔法だなこれは!?」
アーサーの声に答えるように、暴風の主は頭上にやってくる。
眉間に皺を寄せて深刻そうな表情をしているハンスだった。そういえば本日初めて見るかもしれない。
「ハンス! お前また勝手にパーティ抜け出して、何処かに行って――「アルビム商会だ!!!」
「……は?」
彼は庭に生えていた木と同じ高さから、客人全員に向かって聞こえるように呼び掛けたのである。
「赤いスーツを着た連中――三百人ぐらい!!! ここに向かってきている!!!」
「会長のハンニバルもいる、武器持った連中が殆どだ!!!」
「あいつら、事を起こすつもりでいるぞ――!!!」
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