こうして昼食も食べて午後。アーサー達は二手に分かれて、それぞれの作業を決行する。
先に成果が出たのは島に残った組の方であった。
現在彼らは、訓練場までやってきて、あるものの試用をしている。
「……『天下無敵』」
リーシャがカタリナの目を見ながら、そう唱えると――
彼女の身体が淡い光に包まれる。控えていたセバスンもびっくりだ。
「わーお」
「す、凄い。何だろこれ、身体強化の魔法かな」
「眩しいですぞお嬢様」
「強化されるのはいいけど光ってるわね……」
「気付かれる、よくない。しょぼん」
「んー……身体強化っていうなら、ちょっと身体動かしてみる……」
「案山子、使え、カタリナ」
「そうするね、ありがとう。セバスンもおいで」
「かしこまりました」
「んじゃー次の呪文……」
「『寛大と優美』」
サラの呪文に応え、辺りに甘い匂いが充満し、訓練場を包み込むように霧散していく。
「あら、この匂い……」
「オレンジなのです!」
「柑橘系かな?」
「いい匂いだけど、下手したら持ってかれそうな感じがする」
「罠とかに応用できそうね」
「えーと、次々行こうか」
「『裕福と潤沢』」
ハンスがそう唱えても、周囲には何も変化は起こらない。
「……は? 何これ、不良品?」
「!」
「何だよシルフィ」
「……」
「すげーぜルシュド、これ壁だ!」
「そうなのか、ジャバウォック?」
ハンスの眼前で体当たりを繰り返すシルフィとジャバウォック。
何度繰り返しても、その身体は主君に向かうことはない。まるで壁によって遮断されているよう。
「目に見えない壁を作るって所かしら」
「でも見えないんじゃ結構使い所限られそう」
「ハンス、大きさとか厚さとか、そういうのわかるかな」
「……大きさは大体ぼく一人を覆うぐらい。でも厚さは結構ある、城壁をちょっと削ったぐらいはあるんじゃないかな」
「わーすげえ。扱いこなせれば実用性は高そう」
「じゃ、最後最後」
「『誘惑と後悔』」
ルシュドが唱えると、より一層きつい果物の匂いが辺りに満ちる。
「これは……林檎!」
「あっぷるなのです!」
「……!」
「どうしたのサリア」
「……」
ルシュドから若干離れて、彼の真下にある地面を花で指すサリア。
「うわ、何だそれ。ルシュド、上下共々見てごらん」
「え?」
言われた通りに見ると、確かにあった。
地面にはトラバサミのような、上空からはギロチンのような刃がじっと現れている。
「わあああああっ!?」
「罠設置……物理妨害系ね」
「甘い匂いに誘われた奴をちょばーんって感じね、把握。でもこれ一人が囮にならないといけないから、使い勝手は悪い?」
「いや、そんなこともないんじゃないかな。ルシュド、今は何も考えずに呪文使ったろ」
「うん……あっ。だから、おれ、なった」
「そうそう。支援魔法は頭の中で対象を指定しないと、自分に効果が付与されるからな。それでルシュドが対象になったんだろう」
「今物理妨害系って言わなかった?」
「支援魔法が大体そうってだけで一部の他系統魔法だってそういうことはあるわよ。まあ例えば……その辺の木に対して魔法を使えば、それを囮にして引っ掛かった獲物を釣ることができる。使い方次第で結構有用だと思うわ」
「ふむふむにゃるほどねぇ~。んでカタリナ、調子はどうだい」
リーシャが振り向くと、既にカタリナはセバスン共々五十体程の案山子を薙ぎ倒していた。
「うっえ!?」
「おや、一通り呪文の確認は終わりましたかな」
「一通り使ってみたけどいやいや調子やばない!?」
「元々あたしは戦闘ができる方だから……そこに身体強化も加わって、凄く身体が軽かった。力も出たしね」
「なら結構有用呪文じゃない、これ」
「メモメモ。これは使える方っと」
「本当に有用性の落差が激しすぎますな……」
「素人の魔術研究なんてそんなもんじゃない?」
「……まあ、今適当に素人って言っちゃったわけだけどさ」
リーシャはつい先程復元された紙束を持って、ある一節を読み上げる。
「『これで八系統の呪文を全部開発できた。やはり僕は天才だ。それが証明されたので一旦呪文に関する研究は止めにする。見てろよアルトリオス、この呪文で吠え面かかせてやる』」
「……どんだけアルトリオスに殺意抱いてんだ」
「学生時代からあの性格だと推定すると、結構多方向から反感買ってそうよね」
「反感を買う人は多かれど、表明する奴は滅多にいないよ。そういう意味ではこいつ頭おかしいんじゃないの」
「まあ天才って自分で書いちゃってるしね……実際天才なわけだけど」
「その結果が、延々とこの紙束には記されていた」
続いて復元させた紙束も、また日記であった。
内容は最初に復元させた物の続き。学生時代のあれやこれやが綴られている。
「そんな道中は別にどうだっていい。肝心なのは最後だ」
最後のページは、やけに丁寧に、濃い筆圧が復元されていた。
『帝国暦1038年 3月23日
とうとうこの日がやってきてくれた。卒業だ!
これで何もかもとおさらばだ。うっとおしいエルフ連中にも、ビビり散らして何も言い出せない人間共にも、そして変わろうとしないクソ両親にも!
思えばこの七年は束縛の日々であった。僕には魔法の才能がある。だが両親はそれを認めようとせず、やれ実家を継げだの、畑仕事をしていろだの、とかくしつこかった! 僕は貴族だ、両親の言うことは絶対だ。
周囲だって先生だって友人だって皆そう言う! 誰も僕のことを理解してくれないと思っていた所に、あの連中は来てくれた!
ウィーエルで散々影響力がある貴族連中も、あいつらの言うことには敵わない。僕は実家を出る正当な理由を得た。連中が与えてくれたんだ!
来月から僕の新しい人生が始まる。貴族連中の影響が及ばない、遥か遠くのあの島で、僕は魔法を研究するんだ!
最強の魔術師にまで登り詰めてやる。今まで僕を牢獄に閉じ込めて、運命を言い訳にそれを正当化してきた連中に、僕の魔法で屈辱を味合わせてやる――!!!』
「……よし。改めて整理しよう」
「先ずここの部分だけ奇跡的に暦が復元されていたわね」
「これで表紙の模様を調べる必要がなくなったね」
「今から二十五年前かぁ。その頃のウィーエルって何かあったの?」
「まあ普段通りエルフと人間が利権争いしながら暮らしていたよ。寛雅たる女神の血族の結成は多分この後だ。この時点で結成されてたなら、今までの文章からしてこの日記の主は全力で日記に書いてるはずだ」
「でも、なかった、一つも。うーん……意味する、何を? おれ、わからない……」
「深い意味はなくて、只それだけってだけじゃないかしら。これ以上の考察には情報が足りない」
「じゃあ他の所を考えてみよう……」
ここで日光が厳しく感じられてきたので、一旦演習場から離れて洞の中に戻る。
机に座って紙束、すっかり市販のノートにまで復元したそれを広げる。
「最強の魔術師。それに登り詰めることができる」
「ならこの日記の主は、卒業後に魔術協会に入ったと考えるのが妥当ね。それなら夢が叶うもの」
「で、肝心の場所だけど……魔術協会って色々あるよね」
「……キャメロットは?」
カタリナの言葉に、全員耳を傾ける。
「影響が及ばない遠くの島……これが指しているの、キャメロットの本部だったりしないかな?」
「……有り得そう」
「まあこれだけ呪文を開発できる能力があるなら、魔法に関する知識は相当と言えるでしょうね。キャメロットから勧誘されてもおかしくはない」
「確か魔法学園を卒業する学生に直接接触するんだよね。私の先輩も、卒業研究で外出てた時に、接触されて困ったって言ってた」
「グレイスウィルは基本キャメロットを信頼してないから。だから接触されても全力で断れってことになってるけど、ウィーエルなら話は別ね」
「何をしているのかわからない魔術協会の、勧誘の誘いに乗ったと。それも実家から抜け出すために……」
そんな話をしている間、ハンスはずっと考え耽ていた。
「どうしたのハンス、何か思い出した?」
「……ああ。これを関係あるかどうか知らないけどね」
「何々?」
やはり自分の上司が関与しているからか、今回のハンスはよく喋る。そして有益な情報を与えてくれているのだ。
「寛雅たる女神の血族についてだ。純血のエルフを募って、エルナルミナスの元に人間や異種族に反旗を翻すという名目で結成された連中は、次々と従わない連中を魔法で屈服させていった。当初はただの暴徒扱いされていたけど、ある事件を切っ掛けに政治的影響も有するようになった――アントウェルペン家を潰したんだ」
「アントウェルペン? ……ウィーエルの貴族かな?」
「それも人間の、だよね」
「そうだ。アルトリオス様は力をつけていった後、先ずここの家を完膚無きまで潰したそうだよ。家も財産も跡形もなく燃やし、従者も当主も皆殺し。その凄惨な様を見て、寛雅たる女神の血族に対する印象が形成されていった。我儘で理不尽を散らす連中、でも逆らうと酷い目に合う」
「……酷い……」
そう言ってぶるっと身震いするルシュド。ジャバウォックが出てきて背中をさする。
「今も十分過激な連中だと思うけど、昔はもっと過激だったのね」
「……わかった。この日記の主が、もしかしてアントウェルペン家の嫡男だったんじゃないかって話?」
「可能性はある。アルトリオスだけでなく、人間に対しても怒りを抱いているからね。それも『ビビり散らして何も言い出せない』だ」
「自分は人間だけど言い出しているって事実の裏返しよね」
「それでいて貴族だって書いてある。最も人間の貴族なんてウィーエルにまだまだあるから、そっちの可能性もあるけどね」
「仮にその通り、アントウェルペン家の嫡男だとしたら……」
「……アルトリオスの品性が疑われない?」
大変なことに気付いたのか、リーシャは戸惑いを見せる。
「ん? どういうこと?」
「だって、この日記の主さ、アルトリオスに色々呪文でやってきたわけじゃん。それの……仕返しって可能性ない?」
「……」
「エルナルミナス云々って言っておきながら、結局やることはされたことの仕返しって……それすっごく個人的な感情じゃない?」
「……」
「あ、ハンスごめん……仮にも貴方が属している組織なのに、ボロクソ言っちゃった。でもこれも可能性の一部だから。たまたま襲おうと思ったのがアントウェルペン家だっただけかもしれないから……」
「いや……まあ、きみ達からはそう見えるし。別にいいよ」
「まあ、リーシャの言う通りだわ。今話していることは只の推測。確定事項ではないもの」
隅に置いてあったアーサーの鞄から、まだ復元していない紙束を取り出すサラ。全部で六冊もあり、復元したらそれなりの量になるだろう。
「これもまた……日記なのかしらね。魔術協会に入ったっていう推測が正しいとすると、研究書だったりするのかしら」
「んーどうだろう。さっきまでのこの紙束とあんま変わんないよね、その見た目」
「高級感とかある感じではない……かな。質感もあまり変わらないね」
「それなら、これ、日記?」
「研究書だったら扱いに悩むから日記であってほしい」
「それもだけどさ、こう、他人の日記からあれこれ推測するって、何かめっちゃ楽しい! だから私も日記であってほしい!」
「フフ、ワタシもそう思うわ。というかアーサー以外は皆そうでしょ」
先日こしらえたばかりの小型魔術氷室に向かい、果実水を取り出してコップに注いでいく。
「そういや紙束見つけたのってアーサーなの?」
「そうよ。ログレスのアヴァロン村にある、実家の裏庭から出てきたんですって」
「エリス、関係ある、多分。それ、調べてる」
「でもって面白そうだから便乗してますと、そういうわけだ」
「ふぅん……」
洞の隙間から光が差し込む。夏の最中に神秘を求めて。
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