というわけで今日は、十一月の中程水曜日。月日が経つのは早いもので、あっという間に合同授業の初日となった。
例にもよって専用の魔法陣を通る。四年生は慣れたものだが初体験の三年生、彼等の中には酔ってしまった生徒もいた。
「うぼえ~……」
「サネットテメエ、大丈夫か……?」
「うえ~……」
もう完全に三半規管が狂ってしまった様子のサネットの、背中をさするメルセデス。
そこに後ろから、四年生も魔法陣を通ってくる。
「メーチェー!!! 無事かー!!!」
「あ、クラリア先輩っ。私はいいんですけどサネットちゃんが……」
「どぉれ、『慰めと癒し』」
追い付いたサラがささっと回復魔法を唱える。
「楽になったぞー!!!」
「凄いです、先輩! 今のどうやったらできるんですか?」
「それはヒミツよぉぉぉぉ~~~ん」
「えーずるいですー!」
「教えちゃったらワタシの立つ瀬がなくなっちゃうものぉぉぉ~~~ん」
あの紙束に書かれていた呪文を、彼女は特に気に入っているようで、偶にこうして使っている。
「で、今後の予定はどうするんだっけ?」
「流石に数が多いから全員で移動するって話だったぜ!」
「おおーそういえばそうよ。いつもフィールドワークのノリで自由行動始めるところだったわ。では脇にはけて待っていましょうか」
「はぁーい!」
「あ゛ーい゛!!!」
今回の合同授業においては、三年生と四年生が混ざった班をそれぞれ編成されており、先輩と後輩が絡む機会が非常に多くなっている。
「あ……ああ……」
「いやあルドベック君、こんにちは。確か総合戦の時に何かしたぐらいだよね」
「うああ……」
「そうですね、聖教会に呼ばれて何かした時以来ですね、リーシャ先輩。カタリナ先輩に続いて同じ班だったとは」
「んひい……」
「あ、あまり語りたくないみたいだね……まあそれもそうか」
「おほお……」
「ねえネヴィル君、本当に大丈夫? 酔ったの?」
近付いてくるリーシャに心臓が跳ね上がる。
「どどどどどどきーん!!!」
「うわっ! ……元気そうだね? よかった!」
「もももも勿論この通りー!!!」
変な方向に四肢を動かし出すネヴィル。
「あ゛っ」
「グギッてやったね今……」
「ネヴィル、本当に落ち着かないなら魔法薬を申請するが……」
「いやいや大丈夫そこまでする程じゃないしっ!?!?」
「でも辛い時は無理せずに言ってね。私班長じゃないけど、先輩だから」
「はいっ!!!」
敬礼をするネヴィルの後ろから、釣り目の生徒がてくてく歩いてくる。
「あ、ミーナ……も、こんにちは」
「後輩なので呼び捨てタメ口で構いません。カタリナ先輩、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
名簿が事前に配布されていたので名前は把握済み。堂々とした立ち振る舞いから来る威圧感に、ちょっと押されそうになる。
「そしてリーシャ先輩」
「ん、そうだね。まさかこっちでも同じになるなんて」
「私、曲芸体操には自信ありなんですけど、実は魔法の方はそんなに……」
「……へえー、意外かも」
「あ、付け加えておきますけど戦闘を想定とした魔法ですからね。曲芸体操に用いる魔術については、もう一級品で」
「何でネヴィルが補足するの?」
「カタリナには言ってなかったっけ? ネヴィル君は曲芸体操部でマネージャーやってくれてるんだ」
「あ、そうだったんだね」
「ミーナはあれだろう。戦闘において命が掛かると足が竦むとか、そういった感じだろう」
「はい、まさにそうなんですよルドベック君」
はぁと溜息が出てしまう。
「リーシャ先輩の魔法は素晴らしいって魔術戦で認識してますから。色々と教わりたいと思います」
「ちょ、ちょっとそこまで言われると緊張するな~!?」
「あ、他の班も続々来ていますね。移動しましょう!」
「うん、班員が揃っているかどうか確認してからね」
憧れの先輩と絡んだり、初対面の後輩に優しくしてみたり。
「せんぱぁぁぁーーーーい!!! まさかイザーク先輩とハンス先輩と同じ班だったなんてぇー!!!」
「抱き着くなきんもー☆」
「……」
目の前でじゃれだす友人と後輩達に、もう目も当てられないハンス。
「いやあ賑やかですねえ」
「賑やかで済ませるな……」
にこやかに微笑みながらやってきたセシル。因みにこの班には女子がいない。女子っぽい生徒はいるが。
「ったく」
「あだっ!!」
「イザーク、きみはせめてまともでいてくれよ。ぼくの知り合いきみしかいないんだから」
「……おんやぁ~~~~~!?!?」
「だからなぁ……」
「んだっ!!」
「いいかアデル、きみもあまりふざけが過ぎるとこうだからな」
「肝に銘じまーーーーす!!!」
「さあて点呼を取りにいきましょうねっ、先輩っ♪」
「キモッ!!!」
そして、最後の班が到着した。
「……ぷはあ! やってきました!」
「商業都市ブルックー! リネスの次に規模の大きい商業都市なのですー!」
「いえー!」
きゃぴきゃぴ騒ぐエリス、ギネヴィア、そしてリティカの三人。
彼女達の後ろからアーサーとリュッケルトが、やれやれといった面持ちでやってくる。
「はしゃぐのはいいがオレ達は先輩なんだぞ。三年生の確認をしないと」
「うむ! そうですな!」
「リティカもリティカで何生徒に絡みに行ってるんだ……僕達はこの後直ぐ合流しろって言われてるじゃん」
「え~それでもせめて生徒の皆とは話しておきたいの~」
「ほれー行くぞー君達は訓練頑張ってねー」
「きゃあー!」
リュッケルトにずるずる引っ張られていくリティカ。二人を立ち尽くしたまま見送る。
「……調査とか言ってましたけど、上手くいくといいな」
「さて、オレ達は言われた通り訓練を頑張らないといけないわけだが」
「おおーい!」
後ろで三年生達を見ていた生徒が一人手を振ってくるので、近付いていく。
それはルシュドであった。今回は髪を整髪料で整えて、キャスケット帽を被っている。
「お疲れ! 点呼、終わった、三年生!」
「ん? お前がやったのか?」
「うん!」
「すごーい、帝国語マスターだ!」
「えへへ……」
班の人数は基本十名。四年生と三年生はそれぞれ五名ずつ配属されている。一部は人数が合わず九になっている所もあるが。
この班はその九人班の一つで、四年生全員が顔見知り。エリス、アーサー、ギネヴィア、ルシュドの四人だ。
そして三年生も、一部ではあるが見知った顔がいる。
「エリスせんぱい! お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
「お、お疲れ様ですっ」
ファルネア、アサイア、キアラの三人。加えて後ろから追い付いてきた、初めて会う女子生徒が二人である。
「何という女子率だ」
「へ?」
「いや、オレとルシュドしか男が……」
すぱーんとアサイアの平手打ちが飛ぶ。因みに服装は男装の物、金髪赤目である。
「……あの二人はボクの正体知らないんで。いいですね?」
「はい……」
そして何事もなかったかのように、二人にエリス達を説明する。
「この先輩方が前から言っていた人だよ。エリス先輩、ギネヴィア先輩。アーサー先輩にルシュド先輩だ」
「キアラの彼女っすね! よろしくっす!」
「ううっ、よ、よろしく……?」
「……私のこと、三年生全体にバレているみたいで……」
「そ、そっか……」
「四年生も話題にしないだけで知ってるんじゃな~い?」
「えっ!」
「エリスちゃん、いじわる言っちゃだめだよ」
「はーい」
二人の生徒は舐め回すようにエリス達を見る。
「……お似合いっすねえ……」
「何が?」
「エリス先輩とアーサー先輩が!」
「だから何がだ?」
「カップルとしてお似合いだなあって!」
ばっとファルネアの方を振り向くエリス、アサイアを睨むアーサー。
「人の噂は七十五年……」
「わたし達は無実です!」
「あれじゃない? 週末デートの現場見られてたんじゃない?」
「ギネヴィア!!」
「週末デートって何ですかぁ!?」
という風にてんやわんやしていると。
エリス達より一つ前に到着した班の生徒が、何事かと話し掛けてくる。
「……貴様等。嗚呼、誰かと思ったら貴様等だったか」
「楽しそうで何よりだです。三年生は酔っている生徒が多くて、こちらも対応に追われてしまっただですよ~」
ヴィクトールとマイク、生徒会の先輩後輩コンビであった。
「おーヴィクトール! ねえ生徒会権限で何か言って! 不本意な噂を広めるの止めてって言って!」
「マイク! 生徒会権限で何か言ってくだせえよ! 後輩のあれこれぐらい先輩は許容すべきだって!」
「え、ええ~……!?」
「……はぁ」
慌てるマイクを横目に、軽くエリスを殴るヴィクトール。
「いてっ」
「おい」
「生徒会が知り合いにいるからと言って思い上がるな……噂についても把握できる程生徒会はできた組織ではない」
「む~!」
「だが何かはできるだろう。例えば余計に付け回すのを止めるように言うとか」
「それは考えられるがこの状況で検討することではないだろう」
前方を指差すヴィクトール。
「さっさと移動しろ。今回は普段以上に集団行動が求められる。一人一班行方不明になると何時間も潰えるのだ。心して置け」
「ええと、ここだと邪魔になるってことで、宿の方に移動するみたいだです! 引率の先生が立っているので道には迷わないと思うだです!」
「それでは俺達は先に向かうぞ、また後程」
「ばいばいだです!」
こうして生徒会二人は去っていった。
「……めちゃコワじゃないっすかヴィクトール先輩」
「でもねー、優しい所はあるよ? 今だって手加減して殴ったし」
「それはそれとして彼女に手を出されるのは気に食わないな」
「今彼女って!?」
「……もう否定しようがないぐらいに追い込まれたからな……!!」
「アーサー、怒らない怒らない。おれ達、行く」
「そうだね、早くしないと本格的に怒られちゃう! 行こう!」
「ギネヴィアせんぱいそっちじゃないです!」
「んえー!?」
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