ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第七百四十九話 深淵の曇天

公開日時: 2021年10月18日(月) 23:33
更新日時: 2021年10月18日(月) 23:35
文字数:5,316

<試合経過一時間十分 残り一時間五十分>



<グレイスウィル運営本部>



「……まだ目立った動きは見られてないか」

「まだですね……もう残り時間は半分切ってますけど」

「このまま何もしないでくれるのが理想だが……」



 探知器が映し出す地図を睨み続けるアドルフの、持っていた伝声器が震える。



「……こちらブルーノ! 上空から見た限りは特に不審物不審者見当たりません!」

「了解、定期連絡ご苦労。実況もあるだろうに済まないな」

「いえいえこれも私の仕事……あーっ!! ケルヴィンが第十八フラッグライトを奪取したぞー!!!」




 彼は実況をしている時が一番輝いていると、直属の上司である自分が一番思う。




 このまま何事もなく実況を完遂してほしい、と思った矢先にその願いは崩れ落ちる。




「失礼します! アドルフ先生に用があってきました!」



「……カタリナ!? ここは生徒の立ち入りは禁止だぞ!?」

「ですがアドルフ様、この子達カムランを見たって申し上げてて……!!」




 へろへろの魔術師に誘導されながら、リーシャ、ハンス、サラも部屋に突入。




「魔術師さんいきなり氷魔法ぶっ放してごめんなさい! でも緊急事態なんです!!」

「カムランが中央広場の近くを走っていってたんだ。他に気付いているのはいなくて、隠密行動をしていたよ」

「中央広場だと? もしかすると戦場に向かって……だが、探知器には……」

「あたしとリーシャしか見ることができなかったんです。きっとオリジンを使えるから……だから、あたし達の魔力を探知器に送り込ませてください!」

「……信じるぞ!!」






 アドルフは探知器の前にカタリナとリーシャを誘導する。



 そして二人に魔力を注いでもらっている間に、伝声器に指示を飛ばす――




「ブルーノ、俺だ! たった今探知器に改造を施した――もう一度上空から見てみてくれないか!?」








「……了解です! 少しお待ちを……!」


「マッキーとブルーノの観測が足りなかったってんのかぃ?」

「違うな、連中の手が上回っているだけだ――!」





 投影映像用のドローンを巧みに操作し、ブルーノは戦場全域を素早く観測する。




 ドローンに接続された探知器が、自分の前に地図を表示する――先程見られなかった、多くの人影を伴って。




「ゲゲッ、こんなにぃ!?」

「戦場の中心には出ず、周囲の森や岩場をこそこそ動き回ってるな……!!」



 フラッグライトは全部で三十、その周辺には何かしらいる。



 まるで生徒の試合を窺っているように――




「……!! アドルフ様!! 例の化物です!!」

「何――!」

「グレイスウィルで暴れ回りやがった、例の樹木みたいな奴が、ちらほら出現しています!!!」







<試合経過一時間三十分 残り時間一時間三十分>




「……戦況は?」



「なあ、戦況はどうなっている?」



「どうなっているって――訊いているじゃないかあっ!!!」




 ウィルバートは怒り気味で立ち上がり、近くにいた生徒の胸倉を掴む。



 その目は血走り兎にも角にも飢えていた。次の瞬間には胸倉を離し、頭を抱えて周囲をうろうろ歩く。




「あああああああああ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……!!!!!」



「また負けるのか、また負けるのか!!!!! グレイスウィルに……ヴィクトールにいいいいいいいいいいいいいい!!!!! ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





 聞いている方が悲痛に感じる金切り声が、本部の中に木霊する。






「……ウィルバート様の容態は!?」

「せ、先生!! それが、我々全員抑え込めず……」

「それは想定内だ!! そうではなくて、何か変な様子は見られてないか!?」

「へ、変な様子……? そういえば、目が、目が充血して……」

「充血だと……」




 教師がウィルバートの様子を確認しようと、中に入った瞬間――




 瞬間。







「……知らない、知らない、知らない……力を抑えるなんて、知らない……」




「……負けたくないんだ、負けたくないんだ、僕は……ミュゼア……!!!」









<グレイスウィル司令本部>



「占有率発表しま~す! パルズミール十八、ケルヴィン二十六、グレイスウィル四十二! 未占有は十六、総合的に言うと割と好調!!」

「いえええええええええい!!!」



 複数人の生徒が沸き立ったので、まだ半分終わっただけだと窘めるヴィクトール。



「気を引き締めていけ。対抗戦は全て占有されてからが本番だ」

「わーってますって! ……あれ? 何かおかしくね?」

「何だと?」



 ヴィクトールが探知器を見に行こうと瞬間、伝声器も震える。




 それは通常の通信とは異なり、何度か高い音で小刻みに震えていた。要は煩わしく感じる――故に早急に応えないといけない通信だ。





「特別通信っ……こちらヴィクトール!」

「あらヴィクトール! アナタが出たなら話が早いわ!」

「……サラか!? 一体どうした!?」

「先生方がカムランの対応に追われて人手不足になったから、ワタシが代理で出てるのよ! というわけで情報を伝えるんだけど、」





「カムランが樹木のような怪物を連れて戦場を徘徊してる。探知器にもこちらから魔力を流した――警戒してて! そして何かあったら連絡して!」






 



<試合経過一時間三十五分 残り時間一時間二十五分 運営本部>




「先生流石にちょいと疲れました!!」

「あ、あたしもちょっと……」

「二人共済まなかったな!! 休んでていいぞ!! もう帰っていいぞと言えないのが心苦しいが――!!」

「いえいえ!! このまま帰った方が寝覚め悪いんで!!」

「試合が終わるまで、協力します……!!」




 かくして運営本部と接続している探知器伝声器に、本部経由で魔力を流し終えたカタリナとリーシャ。


 魔力を使い果たしたので、部屋の外にあるベンチに座って休憩中。そこにせわしない様子でハンスが戻ってきた。




「よう、随分と頑張ってるじゃないか。まあぼくも頑張ってるけど」

「通常営業のハンス見たから、少し元気出たわ……」

「確か伝令やってて、広場にいってきたんだよね。どうだった?」

「ああ、情報の統制が上手くいってるみたいだ。先輩も後輩も一般の観客も騒いでいないよ……」



 ハンスはまだ手伝えることはあるか求めて、扉を開けて中に入っていく。



「……いい青空」

「でも戦況は、最悪一歩手前」

「何か、胸がざわざわするね……」




 彼が開けっ放しにしていた扉から、実況の声が漏れてくる――






「……ケルヴィンの部隊が纏まっていく。グレイスウィルに対して劣勢な状況、集団の力で立ち向かうつもりだな」

「でも個人を見ていくと、何か変な感じだぜぇ。目から生気が失われている、操り人形みたいだぁ……頭を抱えてしんどそうにしている生徒もいるなぁ」

「ぐぬぬ、どうやらケルヴィンの生徒に異変が起こっているらしいが……おっと、あの生徒はケルヴィンだな。ジャンプ一つで森を突き破ってきたぞ?」

「内部強化かなぁ? だとしても、目が死んでるのには変わりないねぇ――」




 中央広場の方角からは、そんな戦場の異変なぞ知らない生徒の、歓声だけが聞こえてくる。





「……何か、ヤバいことが同時並行で進んでる?」

「皆無事でいて……」








 




<試合経過一時間四十分 残り一時間二十分>



「……以上が報告だ。繰り返すが、ケルヴィンの生徒に奇妙な変化が見られている。謎に統制されて殆どが身体能力を向上させている」


「……イザーク、場合によっては貴様もオリジンを解放して構わん。対抗戦では瀕死に留めておけとは言われているが、敵にそのつもりがないなら意味がないのだ」




 ヴィクトールからの通信にへーいと返事を返すイザーク。緊張感のない返事だったが、それは平常心を保てていることの裏返しとも読み取れる。




「まっ、そこまでケルヴィンの生徒に異変が起こったなら、試合中止まで持っていかれそうだけど……そうともいかねえんだろ?」

「ああ……先生方がカムランの対応に追われている。生徒まで注意が向かない状況だ」

「カムランねえ~……マジで厄介サムシングが重なっちまったなあ」




 木陰に隠れて通信中、部隊長が呼ぶのを聞いたイザーク。



 健闘を祈ってろと伝声器を切り、演奏求める観客の元へ――








「オラァ!!! イザーク様のお通りだ!!!」



「刮目しておけ、この旋律になぁ――!!!」




 大気震わす小気味よいビート、統制乱す激しいサウンド。



 それらを引っ提げて、堂々入場してきた先には――





「……! ルシュド、クラリア!」

「おおーイザーク! 無事か!」

「会えて嬉しいぜー!」



 ケルヴィンの部隊がそうしているように、グレイスウィルの部隊もどんどん一纏まりになっていく。


 イザーク達の部隊の過半数が休息していた所に、まだまだ血気盛んなパルズミールの部隊が襲来。奇襲に困惑していた所を、ルシュドの部隊とクラリアの部隊が救援に参上。




 現在三つの部隊が混合して戦っていることになる。





「うおおおおおー!!」

「ぐっ、くそっ!! 構えのかの字もないのは相変わらずだな!!」

「力こそパワー!! ぐおおおおおお!!」

「ジル様の為に俺達は戦うのだー!!」




 その名前が聞こえた途端、三人の手が止まりそうになったが――



 関係ないことだと言い聞かせて、再び武器に楽器を握る。




「ジル? ジル・パルズ・ラズのことか? なあ、答えろ!!」

「テメッ、嫌がらせのつもりか!?」

「そうだ、少し動きが鈍った――うっ――」




 交戦していたケルヴィンの生徒は、突然武器を離し、頭を抱えて縮こまる。義足がギシギシ曲がる音がした。




「……戦士として凄く変だぜ。強いけどその分苦しむことも多い……」

「望まない力を与えられた。そんな気がする」

「まー突然パワーアップした時点でそんな感じだろうが……」





                    >)(&’!=>={$””!





「今の、聞こえたか?」

「聞こえた!」

「アタシも聞こえたぜ……!」




 その言語化できない音の、発生源を探そうにも、



 まだまだケルヴィンの生徒は残っているので集中できない。




「ふんっ!! お前達、恐れるに足らない!! 行くぞ!!」

「クラリスー!! オリジンを少しだけ解放だー!! 出力上げるぞー!!」

「了解っ!!」





 拳に斧を振るう友人を鼓舞するべく、イザークはギターを奏でる。



 途中、サイリを呼び出し伝声器を持ってもらい――通信を試みた。





「おいヴィクトール、聞こえるか、奈落が――「イザーク!!! 今の戦況は!!!」



「……!? 複数の部隊と交戦してるけど……!?」



「それが終了したら直ぐに第十六フラッグライトだ!!! ティンタジェル正門の近く!!! わかったな!!!」




 彼が禄に説明もせずに伝声器を切るということは、非常に不味い事態に陥っているということを示す――



 それが何なのか気になっても、目の前をどうにかしなければどうにもならないのだ。




「……ああクソが!!! 不味い事態になってるのに、直接手出しできねえのかよ――!!!」








<カムラン魔術協会本部>




「そこっ!!!」


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「ウェンディ、背後を警戒!」

「了解ッ!!」




 小柄な体格を活かし、目の前の化物を駆逐していくウェンディ。



 枝の代わりに触手が生え、葉っぱの代わりに球体が生え、頂点には牙の鋭い口が開く、



 カムラン魔術協会が『ザイクロトル』と呼ぶそれを。




「お疲れーウェンディ。何体倒した?」

「……八」

「数えてるとか余裕綽々だね」

「貴女が訊いてきたんでしょうが、レベッカ……」



 たった数秒でも貴重な休息だ。



 その後聞こえた化物の声に、ウェンディとレベッカは急いで加勢に入る。





「覚悟しろ、深淵の者――!」

「カイル、ダグラス! ポーションを受け取って!」




「「……恩に着る!」」




 レベッカのポーションを頭から被り、回復したカイルとダグラスは突貫していく。



 ウェンディの増援もあって、その場を凌ぎ切った――





「……ねえカイル君、ここに来るまでの間で黒魔術師に遭った?」

「いや、見ていないな……一人もだ」

「じゃあ……逃げられた?」

「だろうな……くそっ!」



 現状は、騎士団の不手際がどの角度から見ても証明されているとしか言い様がない。


 化物を相手取っている最中に、化物を操る者共には逃げられてしまったのだ。



「戦場の方には団長達が向かっているけど……」

「合流しなきゃ益々大変なことになる」

「そうだな、行こう。我々の手で、事態を食い止めなければ……」





 もぬけの殻となった本部から、王国騎士達が続々と出ていく――












 

「むっふふー、ばーっちり登場! 王国騎士が来る前に何とかなった!」



「どうかなー!? 生徒共は、ザイクロトルに恐れ慄いているかなー!?」




 甚く上機嫌な様子で、キャッチーな動きを交えて戦場を見回すルナリス。



 彼の機嫌がいいと周囲には多大なる被害が及ぶということになる。




「いやあ、それがすんません、まだザイクロトルは戦場に到達していないんですよ」

「何とっ!? でもまあ、これから間もなくということだな、その口ぶりはっ!?}

「そうなりますねえ。まあ見ててくださいって、へっへっへ……」




 ルナリスも配下の黒魔術師達も、これから起こり得ることを想像して、愉悦に溺れた笑いを浮かべまくる。




 その隣にモードレッドは立ち――戦いの行方を興味有り気に見守っていた。






「……いやはや。派手に壊れてくれたよ」



「この力は……一度表出したら、今後君の周囲にどのような影響が及ぶか」



「何せ他の生徒はともかく、あの子の行動すらも制限しているのだぞ――」








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