ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第五百九十六話 女王と創世の女神

公開日時: 2021年5月5日(水) 07:54
更新日時: 2021年5月5日(水) 08:48
文字数:3,792

 今年は雪が降ることが多く、十二月も下旬になると流石に、それは人々の日常の一部にもなっていた。故に降神祭の日になって、毎年のように雪が降っても、だからどうした程度には人々の認識は改められている。


 でも、それはそれとして厳かな祭の日。やぱり独特の神聖で楽しい雰囲気は、代え難い物がある。





「ふっふーん……」


「えっへへー……」


「よし!」



 例によってアーサーと一緒に散策する予定のエリス。鏡の前でポーズを決めまくって、可愛い自分に酔いしれている。それを隣でやれやれと見守るリーシャ。



「そのベレー帽ほんと気に入ってるよね~」

「だってかわいいんだもん~」

「何がいいって、赤い髪に緑の帽子被ってるもんだから、ほんとの苺に……」

「わたしは苺が好きだからいいの!」



 この間のお茶会の時、服は持っている物でコーディネートしたが、唯一新規購入したのがこの緑色のベレー帽。



「リーシャも買いなよ! これ一つでどんな服でもかわいくなるんだよ!」

「それは普段の私の可愛い可愛い馬の尻尾ヘアーを踏まえてそう言ってるのかぁ?」

「偶には気分変えてストレートにしてもいいんじゃない? 普段とは違うリーシャの魅力で、カル先輩もイチコロだ!」

「……おめーさんはそうやってすーぐ……」



 学園祭の時からこうして、ことあるごとに彼の話題を振られている。



「だってわかってるの? 七年生だよ! あと三ヶ月でいなくなっちゃうの!」

「わかってる……だから今日は、もう思い切るつもりだよ」

「えっ! まさかダンスパーティか!」

「そうそう……今月入ってからずっと圧掛けていたんだけど、果たして来てくれるかどうかはわからない……」



 リーシャも自分の箪笥から衣服を取り出す。



「もしも来なかったら笑ってよ!」

「同情するからうちのアーサーを貸そう! 踊っていいよ!」

「何それ!?」








 ぶえっくし!!!







「……風邪引いたかな」

「えーうっそーこんなご時世にぃー?」

「こんなご時世だからだろ。冬なんだぞ寒いんだぞ。ほら、鏡から目を背けるな」

「……あーい」



 魔法音楽部部長としての自覚が芽生えたのかどうか知らないが、何と今年は正装をすると言い出したイザーク。


 アーサーやヴィクトールが経験者として、彼に似合うタキシードを魔法学園の特設会場で見繕っていた所だ。



「お前は青が似合う気がするのだが」

「俺は赤でもいいと思うぞ」

「あ゛ー……」

「はい、自分で判断する。鏡をちゃんと見る。着せ替え人形になってもいいのかお前は」

「いやだって……あ゛ー……」

「髪型が嫌なのか? 貴様の要望通りに、普段の癖を残しつつ仕上げているではないか」

「んがー……」



 棚から蝶ネクタイを引っ張ってきて、それも着けてみる。



「ぶっじょう゛っうぇ」

「あー似合う似合う。チープな感じが逆にお前らしい」

「嫌だー!!!」

「蝶ではないがこのネクタイはどうだ。パステルカラーの水玉だぞ」

「テメエらボクを何だと思ってやがるんだー!?!?」



      <ヘイアーサー!! 見て!!



「んん、お前わぁ゛っ」

「ギネヴィア……俺は貴様がパーティに出席できるかどうか、不安で仕方ないぞ……」



 肩と太腿を露出する赤のミニドレス、それでやることはと言えばアーサーに突進して抱き着く。


 更に奥からオールバックのルシュドも合流。一昨年と同じデザインのタキシードだ。



「お前、やることがクラリアと同じじゃないか……」

「ドレスで気分が高まってます!!」

「落ち着け。いつぞやのエリスばりに落ち着け」

「おれ、気付いた。迅雷閃渦ライトニングボルテックス、全員集合」

「こんな状況で集合しても嬉しかねえ……」



 振り向くイザーク。顔にはとびきりの嫌悪感が刻み込まれている。



「この面子で演奏会をしてもまた一興かもしれんな」

「場違いだっつーの……」

「ええ~、魔法音楽って自由なんでしょ。なら別にパーティの場に合うようなバラードとかあってもよくない?」

「……まあそういう曲もあるっちゃあるけど、ボクバラードはそんなに好きじゃないんでね」

「ありゃりゃ。良いと思ったんだけど、リーダーがそう言うなら従わないといけないね」

「これが音楽性の違いってやつか……」



 ふと時計を確認するアーサー。時間は午前十一時、まだまだ夜には長い。



「今年から礼拝の時間が変わったんだっけ?」

「そうらしいな。朝の九時から女神像に供物を捧げられるとのことだ。というわけでオレはそろそろ城下町に行く準備をする」

「エリスちゃんに四時ぐらいには学園来るように伝えてよー!今年混むの確定なんだからー!」











 今日は朝から雪が降る。しかも人が通り易いように配慮してか、ちらほらと降るだけだ。


 積もりそうで積もらない雪に見守られ、人々は今日も町を行く。そしてこの女王と騎士のカップルも。



「そーれっ」

「きゃっ」

「ふふ……楽しいな」



 城下町を歩く中、ふと立ち止まってエリスのベレー帽をぼすぼす外したり被せたりするアーサー。



「でも、オレの作ったヘッドドレスは被ってくれなくなったな」

「手元にはないけど、時々被ってはいるよ」

「ん?」

「そぉいっ」



 ちょっぴり力を込めて、頭だけオリジンを解放する。忽ちヘッドドレスが現れた。



「……もしかして剣持つ時に被るこれ、オレが作ったやつか?」

「そうだよ。わたしの一番お気に入りのアクセサリーだから、わたしが一番頑張りたい時に身に着けるの」

「全くこいつは……」



 ベレー帽を剥ぎ取って、照れ隠しに髪をわしゃわしゃする。



「ふぇえっ、髪セットしたのにぃ……」

「ぼさぼさでも可愛いぞ」

「そういうことじゃないよぉ……」







 と話している間に大聖堂に到着。




「まだお昼だけど……曇り空だからそれっぽいや」

「そういやどうして時間が変更になったんだろうな」

「そりゃあ古い体制からの改革よ」



 のっそりとやってくる黒いバフォメット。レオナのナイトメア、フォーである。



「うわっびっくりしたっ」

「おうおう俺ぁ寂しかったぞぉ。レオナの奴が出計らうことが多かったから、その間俺はずーっと聖堂警備。外に出たくても出られなかったぜぇ」

「何だか随分久しぶりな気がします……」

「そういやお前らとは二年近く会ってないのか?」

「そうかもしれません」

「肝心のレオナさんは今いずこに」

「聖堂の中で司祭様よ。つーか雪降って寒いんだから中入れ」


 

 フォーに急かされ聖堂の中に進む。カーテンが閉じられ、外の光を遮断し暗い空間が生み出されていた。



「まだ昼時なのに真っ暗」

「その方がいい感じだろ?」

「そういうもんですか?」

「もうグレイスウィルの聖教会は雰囲気でやってるからな。そこに真面目にやってる本部がやってきても、すっかり土着になっている現状厄介でしかねえんだよ」

「崇高よりも地域に根差した方がよっぽどいいです」



 地域の実情を知っていると、それに合わせた有難い言葉や行動は自然と生まれるもの。

 

 崇高であればある程権威は高まり、結果何を言ってもそれっぽくなってしまうので、荒稼ぎしてやろうという悪意が生まれる。最も連中は最初から悪意全開で活動していたわけだが。

 


「で? ここに来たってことは礼拝だろ?」

「無属性のください」

「オレも同じで」

「ええと、エリスだったか。お前一年の時それで酔ってなかったか」

「今年は成長したのでいけます」

「そうかそうか、じゃあその言葉信じるぞ」



 無色透明の球体が生まれ、広げた両手の上に置かれる。



「フォーさんありがとうございましたーっ」

「お勤め頑張ってくださーい」

「おうおう、お前らも良い降神祭をなー」












 昔々、創世の女神マギアステルはイングレンスの世界に降臨し――


 自らの下僕と共に理を造り上げた後、身を流れる血を人間に与えた。


 まだ生まれて間もない脆弱な生命だった人間に、加護を与えたのだと言われている。



(……大きい石像)



 その背中にはそれはそれは美しい翼が生えていた。八属性に呼応した翼が八枚、黎明と深淵を司る翼が二枚。


 その全てに底知れぬ力が宿っていて、故に彼女は言葉の通り、イングレンスに存在する万物の主であった。





(……)


(どうして、あなたは……)


(人間達に血を与えたの?)




 創世の女神から与えられた強大な力は、人間達が扱えるように改良され、


 それは聖杯と呼ばれる、たった一人の女性を犠牲に捧げる安寧を築き上げた。




(……最初からあなたが血を与えなければ、わたしのご先祖様は苦しい思いをしなくて済んだのに)


(人々に……顔も名前も性格も知らない、無関係の誰か。大勢のそんな人々の為に閉じ込められて、城の外に出られない。美味しい物も食べられない、結婚相手も半分決まっている、挙句の果てには次の聖杯が生まれたら使い捨て……)


「束縛の夜、運命の牢獄……ずっと囚われて、ぐにゃぐにゃの中で、ひとりぼっち……」




 そう呟きが零れた後直ぐに、温もりはやってくる。





「……『束縛の夜、運命の牢獄から飛び立って、自由なる朝、黎明の大地に翼を広げよう』」


「お前はオレが牢獄から解き放って、黎明を見せてあげただろう?」



 耳元で彼はそう呟く。


 強く逞しく、それでいて優しい腕に包まれている。





「……うん」


「そうだね……」



 辛いことは沢山あった。その度に死にたいと思ったことも。


 けれどもそれらを乗り越えて、今自分はここに立っているのだ。





「行こうエリス、後ろに人が詰まってしまう。これから塔に戻ってご飯を食べて、楽しい夜に備えような」

「うん……アーサー、アーサー」

「何だ?」

「……呼びたくなっただけ……」

「……お前は本当に可愛いやつだ。本当に――お前に出会えて、幸せだよ」

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