今年は雪が降ることが多く、十二月も下旬になると流石に、それは人々の日常の一部にもなっていた。故に降神祭の日になって、毎年のように雪が降っても、だからどうした程度には人々の認識は改められている。
でも、それはそれとして厳かな祭の日。やぱり独特の神聖で楽しい雰囲気は、代え難い物がある。
「ふっふーん……」
「えっへへー……」
「よし!」
例によってアーサーと一緒に散策する予定のエリス。鏡の前でポーズを決めまくって、可愛い自分に酔いしれている。それを隣でやれやれと見守るリーシャ。
「そのベレー帽ほんと気に入ってるよね~」
「だってかわいいんだもん~」
「何がいいって、赤い髪に緑の帽子被ってるもんだから、ほんとの苺に……」
「わたしは苺が好きだからいいの!」
この間のお茶会の時、服は持っている物でコーディネートしたが、唯一新規購入したのがこの緑色のベレー帽。
「リーシャも買いなよ! これ一つでどんな服でもかわいくなるんだよ!」
「それは普段の私の可愛い可愛い馬の尻尾ヘアーを踏まえてそう言ってるのかぁ?」
「偶には気分変えてストレートにしてもいいんじゃない? 普段とは違うリーシャの魅力で、カル先輩もイチコロだ!」
「……おめーさんはそうやってすーぐ……」
学園祭の時からこうして、ことあるごとに彼の話題を振られている。
「だってわかってるの? 七年生だよ! あと三ヶ月でいなくなっちゃうの!」
「わかってる……だから今日は、もう思い切るつもりだよ」
「えっ! まさかダンスパーティか!」
「そうそう……今月入ってからずっと圧掛けていたんだけど、果たして来てくれるかどうかはわからない……」
リーシャも自分の箪笥から衣服を取り出す。
「もしも来なかったら笑ってよ!」
「同情するからうちのアーサーを貸そう! 踊っていいよ!」
「何それ!?」
ぶえっくし!!!
「……風邪引いたかな」
「えーうっそーこんなご時世にぃー?」
「こんなご時世だからだろ。冬なんだぞ寒いんだぞ。ほら、鏡から目を背けるな」
「……あーい」
魔法音楽部部長としての自覚が芽生えたのかどうか知らないが、何と今年は正装をすると言い出したイザーク。
アーサーやヴィクトールが経験者として、彼に似合うタキシードを魔法学園の特設会場で見繕っていた所だ。
「お前は青が似合う気がするのだが」
「俺は赤でもいいと思うぞ」
「あ゛ー……」
「はい、自分で判断する。鏡をちゃんと見る。着せ替え人形になってもいいのかお前は」
「いやだって……あ゛ー……」
「髪型が嫌なのか? 貴様の要望通りに、普段の癖を残しつつ仕上げているではないか」
「んがー……」
棚から蝶ネクタイを引っ張ってきて、それも着けてみる。
「ぶっじょう゛っうぇ」
「あー似合う似合う。チープな感じが逆にお前らしい」
「嫌だー!!!」
「蝶ではないがこのネクタイはどうだ。パステルカラーの水玉だぞ」
「テメエらボクを何だと思ってやがるんだー!?!?」
<ヘイアーサー!! 見て!!
「んん、お前わぁ゛っ」
「ギネヴィア……俺は貴様がパーティに出席できるかどうか、不安で仕方ないぞ……」
肩と太腿を露出する赤のミニドレス、それでやることはと言えばアーサーに突進して抱き着く。
更に奥からオールバックのルシュドも合流。一昨年と同じデザインのタキシードだ。
「お前、やることがクラリアと同じじゃないか……」
「ドレスで気分が高まってます!!」
「落ち着け。いつぞやのエリスばりに落ち着け」
「おれ、気付いた。迅雷閃渦、全員集合」
「こんな状況で集合しても嬉しかねえ……」
振り向くイザーク。顔にはとびきりの嫌悪感が刻み込まれている。
「この面子で演奏会をしてもまた一興かもしれんな」
「場違いだっつーの……」
「ええ~、魔法音楽って自由なんでしょ。なら別にパーティの場に合うようなバラードとかあってもよくない?」
「……まあそういう曲もあるっちゃあるけど、ボクバラードはそんなに好きじゃないんでね」
「ありゃりゃ。良いと思ったんだけど、リーダーがそう言うなら従わないといけないね」
「これが音楽性の違いってやつか……」
ふと時計を確認するアーサー。時間は午前十一時、まだまだ夜には長い。
「今年から礼拝の時間が変わったんだっけ?」
「そうらしいな。朝の九時から女神像に供物を捧げられるとのことだ。というわけでオレはそろそろ城下町に行く準備をする」
「エリスちゃんに四時ぐらいには学園来るように伝えてよー!今年混むの確定なんだからー!」
今日は朝から雪が降る。しかも人が通り易いように配慮してか、ちらほらと降るだけだ。
積もりそうで積もらない雪に見守られ、人々は今日も町を行く。そしてこの女王と騎士のカップルも。
「そーれっ」
「きゃっ」
「ふふ……楽しいな」
城下町を歩く中、ふと立ち止まってエリスのベレー帽をぼすぼす外したり被せたりするアーサー。
「でも、オレの作ったヘッドドレスは被ってくれなくなったな」
「手元にはないけど、時々被ってはいるよ」
「ん?」
「そぉいっ」
ちょっぴり力を込めて、頭だけオリジンを解放する。忽ちヘッドドレスが現れた。
「……もしかして剣持つ時に被るこれ、オレが作ったやつか?」
「そうだよ。わたしの一番お気に入りのアクセサリーだから、わたしが一番頑張りたい時に身に着けるの」
「全くこいつは……」
ベレー帽を剥ぎ取って、照れ隠しに髪をわしゃわしゃする。
「ふぇえっ、髪セットしたのにぃ……」
「ぼさぼさでも可愛いぞ」
「そういうことじゃないよぉ……」
と話している間に大聖堂に到着。
「まだお昼だけど……曇り空だからそれっぽいや」
「そういやどうして時間が変更になったんだろうな」
「そりゃあ古い体制からの改革よ」
のっそりとやってくる黒いバフォメット。レオナのナイトメア、フォーである。
「うわっびっくりしたっ」
「おうおう俺ぁ寂しかったぞぉ。レオナの奴が出計らうことが多かったから、その間俺はずーっと聖堂警備。外に出たくても出られなかったぜぇ」
「何だか随分久しぶりな気がします……」
「そういやお前らとは二年近く会ってないのか?」
「そうかもしれません」
「肝心のレオナさんは今いずこに」
「聖堂の中で司祭様よ。つーか雪降って寒いんだから中入れ」
フォーに急かされ聖堂の中に進む。カーテンが閉じられ、外の光を遮断し暗い空間が生み出されていた。
「まだ昼時なのに真っ暗」
「その方がいい感じだろ?」
「そういうもんですか?」
「もうグレイスウィルの聖教会は雰囲気でやってるからな。そこに真面目にやってる本部がやってきても、すっかり土着になっている現状厄介でしかねえんだよ」
「崇高よりも地域に根差した方がよっぽどいいです」
地域の実情を知っていると、それに合わせた有難い言葉や行動は自然と生まれるもの。
崇高であればある程権威は高まり、結果何を言ってもそれっぽくなってしまうので、荒稼ぎしてやろうという悪意が生まれる。最も連中は最初から悪意全開で活動していたわけだが。
「で? ここに来たってことは礼拝だろ?」
「無属性のください」
「オレも同じで」
「ええと、エリスだったか。お前一年の時それで酔ってなかったか」
「今年は成長したのでいけます」
「そうかそうか、じゃあその言葉信じるぞ」
無色透明の球体が生まれ、広げた両手の上に置かれる。
「フォーさんありがとうございましたーっ」
「お勤め頑張ってくださーい」
「おうおう、お前らも良い降神祭をなー」
昔々、創世の女神マギアステルはイングレンスの世界に降臨し――
自らの下僕と共に理を造り上げた後、身を流れる血を人間に与えた。
まだ生まれて間もない脆弱な生命だった人間に、加護を与えたのだと言われている。
(……大きい石像)
その背中にはそれはそれは美しい翼が生えていた。八属性に呼応した翼が八枚、黎明と深淵を司る翼が二枚。
その全てに底知れぬ力が宿っていて、故に彼女は言葉の通り、イングレンスに存在する万物の主であった。
(……)
(どうして、あなたは……)
(人間達に血を与えたの?)
創世の女神から与えられた強大な力は、人間達が扱えるように改良され、
それは聖杯と呼ばれる、たった一人の女性を犠牲に捧げる安寧を築き上げた。
(……最初からあなたが血を与えなければ、わたしのご先祖様は苦しい思いをしなくて済んだのに)
(人々に……顔も名前も性格も知らない、無関係の誰か。大勢のそんな人々の為に閉じ込められて、城の外に出られない。美味しい物も食べられない、結婚相手も半分決まっている、挙句の果てには次の聖杯が生まれたら使い捨て……)
「束縛の夜、運命の牢獄……ずっと囚われて、ぐにゃぐにゃの中で、ひとりぼっち……」
そう呟きが零れた後直ぐに、温もりはやってくる。
「……『束縛の夜、運命の牢獄から飛び立って、自由なる朝、黎明の大地に翼を広げよう』」
「お前はオレが牢獄から解き放って、黎明を見せてあげただろう?」
耳元で彼はそう呟く。
強く逞しく、それでいて優しい腕に包まれている。
「……うん」
「そうだね……」
辛いことは沢山あった。その度に死にたいと思ったことも。
けれどもそれらを乗り越えて、今自分はここに立っているのだ。
「行こうエリス、後ろに人が詰まってしまう。これから塔に戻ってご飯を食べて、楽しい夜に備えような」
「うん……アーサー、アーサー」
「何だ?」
「……呼びたくなっただけ……」
「……お前は本当に可愛いやつだ。本当に――お前に出会えて、幸せだよ」
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