<魔法学園対抗戦・魔術戦 十一日目 午前十時>
「アーサー君!!! お城が見えてきたよ!!!」
「……」
「でっかいね!!! でも僕の荘厳さには敵わないね!!!」
「……」
「ちょっと話聞いていますかねー!?!? 外ばっか見てないで僕のことも見てよー!?!?」
「キャメロン」
「御意」
「ちょまーーーーー!!! ぎゃはーーーーーー!!!」
内部から刺激が走ったのか、叫び声だけを上げて倒れるストラム。
「全く……確かに同行の許可を出したのは私だが。ここまで五月蠅いと流石に考え物だぞ」
「すみません……しかしこいつはオレ達で見張っとかないと、何をするかわかったものではないので」
「まだ二年生なのに、何たる苦労を。御苦労様でございます」
「なーなー? 生きてるかー?」
「ずばっっっ!!! 僕様元気だぜ!!!」
「そうか! なら安心だな!」
ルドミリアやキャメロンと共に馬車に乗っているのは、アーサー、イザーク、クラリアの三人。それに加えてストラムも連行してきている。
「……ルシュド、誘ったけど結局来なかったな」
「昨日のやつ気にしてるんだろーなー……」
「ハンスがガラティア観光協会の天幕ぶっ飛ばしたやつだろ?」
「アタシがもっと早く到着してれば、あんなことには……」
「結果論だぜクラリア。どうせアイツのことだ、何かしら難癖つけてたに決まってる」
「僕今朝方竜賢者にぶん殴られたけど、もしかしてそれ関係だったのかなー」
「竜賢者様がそんなことを……」
言いかけて、アーサーはストラムを凝視する。
「……竜賢者様と知り合いなのか?」
「よくわかんないけどそうだったみたい。昨日何か呼び出されて積もる話がどうたらこうたら」
「積もる程話あったのかよ?」
「正直に言うとなかった。でもあっちは僕のこと知ってたのが、なーんか引っかかるんだよねー……」
「……」
「……オマエが真面目に考察していると温度差がスゴいわ」
「何それぇ!?」
そのような話をしている間に、馬車が止まった。
到着したのは開会式を行った正門前。他の魔法学園の馬車も停車して、大勢の生徒が下りては遺跡の荘厳さに圧倒されている。
「さて……この後はどうするかな?」
「どうするよアーサー。オマエが来たいって言ったんだから、オマエの指示に従うぜ」
「ああ、それなら――」シャーーーーーーーン
「「「……」」」
例によってバイオリンを取り出すストラム。
自惚れながら即興で奏でる様を、ルドミリアとキャメロンの乾いた目が凝視する。
「ふっふっふー!! 以上!! ティンタジェルに思いを寄せたメロディーでした!!」
「……まあ、いきなりだったのはともかく。中々いい音色だったと思うぞ」
「褒めておけるなんて流石グレイスウィル四貴族の一角だぁ……」
「一応訊いておくが、あんたはどうするんだ」
「そりゃあ勿論ここの観光ー!!」
どうにか引き留める前に、ぱっぱと走り去ってしまう。
「……問題起こしてしまったら、その時はすみません」
「いや、あのような人物では君達も持て余すのだろう。そこまで気に留めることはない」
「今の隙に私の魔力を接続しておきました。少しでも不穏な動きを見せれば、私が成敗いたしますので」
「心強いぞキャメロン」
「彼らが背負っている気苦労に比べればこの程度」
「……何かボク達、アイツの監視担当みたいな扱いになってね?」
「心外だが事実なのが……」
「まあ、何かあったらその時はその時! それよりもさ、アタシ達も行こう行こう!」
「そうだな。遺跡は君達が思っている以上に広い。歩いているだけでも時間はあっという間に過ぎていくぞ」
「それなら益々止まってられないぜ! 行くぜー!」
灰色の石材を主体としている町。時々ある朽ちた建物は木で造られていたらしく、そう説明する看板があった。
多くの建物が魔術によって形を保たれている。魔力が尽きてしまえば、すぐにでも吹き飛びそうな遺構の数々。
時が止められたかのようにそこに座して、時の流れを雄弁に伝えている。地面が踏み締められる足音や感想を言い合う人々の声だけが、この街に新しい流れを吹き込ませていた。
「いやー、こういった遺跡を歩くとあれだな。センチな気分になるよな」
「何だか肩が窄んでしまうぜ……」
「確かにクラリア、ここに来てから大人しいよな」
「雰囲気っていうのを感じ取ってるぜ!」
「ふーん……で、オマエはどうよ?」
「……」
入城門から一番近い、噴水のある広場。
アーサーはそこに立って、古城をただ見上げている。
「やっぱり城が気になるか……そういえばエリスが倒れたっていうの、城の中だったっけ」
「ああ……その点で気になるのもあるが」
「何だ?」
「何だか不思議な気分なんだ……」
その後を続ける前に、アーサーの足がふらりと動く。
「ちょっ、置いていくなよ」
「まだ追い付ける。急ごうぜ」
城は白亜の建物であったのだろうが、現在は破損が目立って緩やかな滅びの様相を呈していた。
当然のように中庭も配置されている。魔術師達が手入れをしているであろう芝生は、やけに青々しくて周囲の時間から逸脱している。
耳を傾ければ、風の音に紛れて寂しげな楽器の音色が聞こえてくるかもしれない。それどころか、吟遊詩人の亡霊が出てきて、誰も聴いていないのにこの町の興亡を語り出すかもしれないだろう。
入城門を通り、そんな城の中に入ったアーサーは、
正面には目も暮れず、城の脇道に向かっていく。
「……何だアイツ? 城内に用があるんじゃないのか?」
「こっちに何があるんだよー?」
そこには小さな小屋があった。
屋根と部屋が一つあるだけの簡素な小屋。木が一本植えられ、後は何もない小庭が広く取られているだけ。魔術師もここは気にしていないのか、僅かな保護結界がかけられているだけであとは何も存在しない。
寂れた遺跡の中で、この場所だけは一際無常感に包まれていた。
「……」
「アーサー。オマエなあ、いきなり走り出すんじゃねーよ。ビビったわ」
「っ……済まない」
「武術戦の時と同じかー? 何か思い出しちまったのか?」
「……」
「……そんな感じだな」
アーサーは小屋の前に立ったかと思うと、
そのまま大の字に寝っ転がった。
「……へ?」
「ここ、魔術師も殆ど来ないみたいだ。お前らもやれよ」
「命令形なの? 強制なの? まあ……いいけど」
「アタシもやるぜー」
丁度三角の形になるように、
三人は空を見上げて寝転がる。
「……青いな」
「眩しいな」
「雲が大きいぜー……」
日がそろそろ頂点に差しかかる。
腹が減ってきたのもお構いなしに、だらりと空を眺める。咎めてくる大人は一人もいない。
感傷的な彼らを敢えて放ってくれているのか、本当に誰も見向きもしていないのか――
「……」
「……懐かしいんだ」
誰に言われるでもなく切り出すアーサー。
「……ここにいると?」
「ああ」
「それは……どういう心境なんだろうな。今この状況ってことでいいのか?」
「そうだな……昔もこうして、空を仰いだ記憶があるんだ」
「ふーん……」
名前も知らない鳥が、三人のいる上空を颯爽と去る。
彼らにとっては遺跡の時間は関係ないのだ。
「お前らもあるだろう」
「空を仰いだ経験?」
「ああ」
「そういうねー……」
深く呼吸をするイザーク。その時柔らかい風が吹いた。
「別に関係あるわけじゃないけど、ある人を思い出したかな」
「ある人?」
「お袋」
「……母さんか?」
クラリアの耳がぴんと張る。音を漏らさず掻き集めるように。
「そうだな。お袋もこうして空を仰いでいたのかなあって思った」
「……」
「まあ、考えるだけ意味がないんだけどさあ……」
「死んだのか?」
「直球で訊くね?」
「アタシも死んだから」
「……そうか」
アーサーは口を挟まず、二人の会話に耳を傾ける。
「……身体が弱すぎたんだ。ボクを産んだと同時に息を引き取った。だから絵でしか顔を知らないんだよね、実は」
「そっか……アタシも、そうだ」
「クラリアの母さんっていうと、クレヴィル様の奥方……何かの陰謀に巻き込まれたとか?」
「いや……病気だよ」
悲しそうな声で。けれでも決然としていた。
「ほら、パルズミールって寒いだろ。だから病気もいっぱいあって、その中の一つで……うう……」
「オッケ、もういいよ。喪失体験を無理して話さんな」
「わ、悪い……」
流れる涙が地面に吸い寄せられる。
「……で、沈黙しているアーサーはどうなのさ」
「……」
「オマエの母さんは……エリシアさん? だっけ? その人と一緒に仰いだとかそんな感じかなあ?」
「母親は……多分関係ないと思う」
「マジで? ……いやそうか、ボクらが勝手に言い出しただけか」
「……」
アーサー……
「……」
アーサー!
「……」
(あの人、か……)
そう、あなたの名前だよ、アーサー!
これからあなたはある女の子の友達。
あの子が望んだ、理想の騎士さま!
本当に、夢を見ているみたいだよ、アーサー……
え……
な……
何で……?
待って!!!
!!!
アーサー! しっかりして……!
(どの人だ?)
「……おいアーサー。気分悪いか?」
「……ん」
「何だか急に溜息多くなったぜ? 大丈夫なのか?」
「ああ……」
あの人の記憶
ここはあの人に纏わる場所だ
だが、顔も名前も思い出せない
名も無きあの人
ぽつり。
肌に雫が当たる。
空からそれは降ってきた。
「ん……」
「雨か……」
「急に雲が来たな」
「特有の臭いがする……これは土砂降りになるぜ!」
「それなら濡れるのもあれだし、どっかで雨宿りすっかあ」
「ああ……行こうか」
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