ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第七百六話 狼一匹

公開日時: 2021年8月13日(金) 22:30
文字数:4,948

「……む?」


「何だこの声は……クレヴィルではないようだが?」




 ハンニバルは波動を纏った腕を下ろし、土壁を解除して周囲を見回す。途端にアーサーとイザークからは興味を失ったようだった。


 急転した戦況、されど好転したとは限らない。何故なら聞こえてきた叫び声は、友人の物だったからである。




「アーサー! ……おい、鎧ぶち破ってるぞ!? 平気かよ!?」

「魔法でどうにかなる程度だ……それよりも! イザーク、今の声は……!」

「クラリアだ!! アイツに何かあったんだ……!!」





「がっはっはっはっは!!!」




 何が可笑しいのか訊ねてみたくなる程に、ハンニバルは大声で笑った。


 釣られてきたのか他の商会員達も、物見にやってきては舐め腐るような目を向ける。




「小僧共!! これは傑作だ!! 見るがいい、これが連中が隠してきた罪よ――!!!」












 ある者は嵐と言うだろう。ある者は地震と言うだろう。ある者は何に例えるかはわからないが、総じて災害を示す言葉で表すだろう。



 現実に見ているのはその全てであり、或いはその全てでもない。それは災害と呼べる規模の事象を引き起こしているが、その本質はたった一人の少女なのだ。






「……最悪」



 屋敷に避難した後、中から様子を見ていたキャサリン。舌打ちをし不機嫌そうに尻尾を振り回した後、直ぐに指揮官としての立場を果たしに行く。



「そこのキミ、兎耳だから足速いね。伝令を頼むよ」

「はっ! ……レイモンド様にですか!」

「察しがいいね、その通り。『ロズウェリは事件が起こった、大惨事! 娘はこっちで守ってやっから、お前はこっちに来るんじゃねえ!』 いいね?」

「了解しました!」




 その様子を見ていた他の騎士や兵士達も、続々と命令を聞きにやってくる。




「簡易的でいいよ、物理防御ルーカス系の魔術を行使して。無傷とはいかないだろうけど、被害は食い止められる。お客様にもそう知らせて。あとわかっているだろうけど、窓の側には近付けないように。なるべく中庭からは遠ざけるんだ」

「はっ!」


「誰か魔術に詳しい人がいるなら、その人中心に魔法陣作ってもらって。とにかくあの子はこっちに向かってくる可能性がある。ここも抉られたら……あの子はまた罪を重ねることになってしまう」

「罪……」



 ごくりと唾を飲んだ騎士は、猪の特徴を有していた。顔が少し青褪めている。



「……キミ、八年前の襲撃事件に関わっていた感じ?」

「あ、それは、その……」

「まあどのみち今訊く話じゃない。先ずは命を守ることを優先して」

「はい……!」





 駆け出した騎士と入れ替わりで、信頼できる臣下のロシェが戻ってくる。



 その手には太いロープがあり、数人の兵士を伴って誰かを連行してきた模様。



 猪の獣人が多数縛られていた。鎧姿やローブ姿の獣人がいる中で、その先頭は、豪華な貴族の服を着た、ラズ家当主クーゲルトその人だったのである。





「雑すぎないか? 確かに屋敷に連れてこいとは言ったけどさあ」

「こいつらが暴れ回るのが悪いんすよ!!! ……だーっ!!! 言った側から!!!」




「ぶほおおおおおおおおおおおおおお!!! わし達の邪魔をするなああああああああああ!!!」


「わし達は今、ジルがやっとのことで恋路を結ぼうとしているのを、全面的に支えてやっていると言うに!!!」


「このままではまた、ジルはクラリアを取り逃してしまうではないかっ……!!!」







夜想曲の幕を上げよ、カオティック・混沌たる闇の神よエクスバート




 呆れた口調で唱えられた呪文が、クーゲルトの口を塞ぐ。


 手足と胴体は縛られている状態である為、ここまでされればキャサリンでも胸倉を掴むのは容易だ。




「死んだよ、キミの息子」



「……まあ死んだかどうかは確認しないとわかんないけど。でも、恋路とかそんなこと言ってられる状況ではないよ」



「周りに助けを求めるな、こっちを見ろよ、クーゲルト」




 真ん丸の目を周囲に見せ付ける彼の、頬をはたいて正気に引き戻すキャサリン。拍子に爪を立てた為そこに傷が付いた。




「あ、皆ロシェを手伝ってくれてありがと。下で防護魔術の展開やってるから、そっちに合流してね」

「「「了解!」」」


「魔術ってことなら丁度いいかも。こいつら屋敷の陰で隠遁結界展開して、そこでこそこそ魔術やってたんです。多分例の蔦です」

「なるほど、どおりで姿が見えなかったわけだ。んー、でも何をしでかすかわかんないし、こいつらは地下牢にでも入れておこう。あるでしょ?」

「手配してきますよ。グレッザ、キャサリン様と一緒に見張ってて」

「!」







 天候は依然として晴れ模様が続く。大地で起こっていることが何であろうと、空にはそんなの無関係なのだ。













 言葉を失うとは、まさにこのことかと、誰もが思った。



 会食を乗せていた机、椅子、その他の装飾婚礼に用いる道具全て。



 跡形もなく吹き飛んだ。文字通り、それが存在していた形跡も、それが有していた形も、わからなくなっていた。





「ウウウウウウウウウウウウウ……」



「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!」





 失っている間も彼女は暴れ狂う。ずっと腕に嵌っていた誰かの肉体を、振り回して吹き飛ばし、


 そのまま周囲に――物体が殆どなくなったので、とうとう生命体に標的が変わる。





「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!」




「クラリア……!! だめっ、ぐっ……!!!」




 突進してきた振り下ろした腕を、剣で受け止めるのはエリス。


 持てる魔力を解放し、筋力を強めていく。拮抗状態に持っていくことはできた。






「……!!! ウ、ウウウウウウ……!!!」


「クラリア!! わたしの声、聞こえる!? ねえ、ねえったら……!!!」




 獰猛な目付きに容赦ない攻撃。威嚇するような声を出してはいるが、


 その節々に、悲しそうな気持ちが込められているように、そう見えて聞こえるのだ。






「ぐおおおおおおおおおお!!! 止めろ、クラリアああああああ!!!」





 ルシュドが飛び掛ってきて、両肩を掴んで無理矢理引き剥がす。





「グッ!!!」


「あああああああああああ!!!!!」





 彼女はその勢いのまま、ルシュドを蹴り飛ばし――




 今度は目に入ったリーシャに狙いを切り替える。




 その目で見つめられたら、筋の筋という筋が逆立ち、命の危険を察知するだろう。たとえ友人であっても――




「やばいっ!!!」

「リーシャ、氷で壁を作って!!」

「わかってるわよスノウちゃ「オラアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」




「……はぁ!?」




 両隣を颯爽と行くのは、先程まで戦っていたアルビム商会の赤スーツ達。


 その手には狩猟に用いられる網が握られていた。それでやることといったら一つ。





「グアアアアアアアアアアアアア!!!!」





 最も、やる前に首が飛んだ。胴体は数歩走った後に崩れ落ちていった。







「捕まえようってんの!? クラリアを!?」

「そんなことしている場合じゃないのに……!!!」




 見ると他にも赤スーツの男達が、何とかクラリアの方に向かおうと模索しているのが目に入る。


 三百人規模で来た連中が、一人一人戦闘不能に追いやられていく。





 そして、その頭領はどうしているかというと――








「ふんっ!!! 執拗いぞ小僧!!!」

「あんたも大概だがな、ハンニバル!!」




 同様に動こうとしていた所を、アーサーに妨害されていたのである。






「小僧……見てわかるだろ? あれはお主らの手で止められる代物じゃねえ。だがワシならできる。この状況を打開する為に、ワシの力が必要だと思わんかね?」

「そうして借りを作っておいて、後で吹っ掛けるつもりだろ!!」




 刃が腕に食い込み、傷口から血を吹き出させる。


 だが少しの間に修復していき、結局元通り。先程の戦闘で得た情報だ。


 故に時間を与えぬように細かい斬り込みを与えていく。




「第一、あんたに止められるって言うなら、オレにも止める力はある!! クラリアのことはオレ達だけでどうにかする――!!」

「どうにかって、どうすると言うんだ? 殴るのか? 斬るのか? 殺すのか!?」

「それは――」





 言葉に詰まった隙を突いて、ハンニバルが鳩尾を抉ってくる。




 だがそれは、直前で震え上がり、そのまま停止し力を失っていく。





「ぬぐっ……!! この、クソガキ……!!」




「アーサー!! 生きてて何よりだ!!」

「イザーク!!」




 背後の方向から、空中をすっ飛び、そして滑らかに着地してきたイザーク。その手にはギターを引き続けた影響か、タコが幾つもできあがって痛々しい。




「ってー……悪ぃ。無理だったわ。クラリア、叫んでばっかで音色に耳を澄ませてくんねえ……」

「そうだったか……なら、まだオレを手伝ってくれないか。ハンニバルを止め続けないと……」




 態勢を戻したハンニバルは、割り込んできたイザークをぎっと睨み付ける。


 対して睨み返し、そして呼吸を整えるイザーク。




「……成長したもんじゃのう。一昔前なら、ワシが睨んでやっと、ビクビク怯え上がって話もできんかったに……」

「お褒めの言葉どーも。だけど、それはそれとしてクラリアは渡さねー。どうしてもってんなら、ボクとアーサーを倒してから行け!!!」

「ふんっ、どうやらその必要があるらしいのぉ!!!」











「……どうだー? まだ、終わんねーかぁ?」

「まだまだ、だな……」




 カタリナに急造してもらった魔法糸結界。その中に傷だらけのサラを連れ込み、ハンスとヴィクトールが入って治療しつつ待機。


 周囲には危機感が立ち込めているのに、自分達は座っていても目も向けられない。




「……やばいな。今の見たか? 屋敷の入口ぶっ飛んだぞ?」

「地面も色が変わっていたな……抉られた結果地層がでてきたんだろう」


「……」

「……」




 わかっている。戦わないといけない。でも身体が動かなかった。


 本能的な部分で、どうすればいいのかわからず脳が止まってしまった。


 だからこうして安全な場所にいる。逃げて、いる。




「……やっぱ、すげえんだな、あいつら」

「俺も……まだまだだな……」




 その時、絶え絶えに呼吸をしていたサラが、身を起こす。




「……うう」

「目覚めたかくそが。クラリアは……あれだよ」

「……」




 やはり錯覚ではない。クラリアは原始に戻ったかのように、理性を忘れて暴れ回っている。


 沢山の物を破壊した傷跡、沢山の人を絶命させた血痕、全てを身に受けても尚収まらない。痛覚では彼女を抑え込めないのだ。




「……止め、なきゃ……」

「その傷では何もできん。大人しく眠っていろ」

「……!」

「彼奴等が、どうにかしてくれることを、祈るしか――」












「ふ、んっ……!!!」



      アアアアアアアアアアアアアアア!!!



「――ああっ!!」

「お嬢様!!」





 またしても失敗。複雑に編んだ糸が音を立てて切れる。



 残っている商会員も少なくなってきた。自分達に攻撃の目が向いていない今しか好機がないと言うのに。この糸で、彼女を捕え、落ち着かせなければ。



 焦りを見せるカタリナに、ギネヴィアは声を掛けてきた。




「カタリナちゃん!! ……手から血が出てる!!」

「大丈夫、こんなの後で治るから……うっ」

「お嬢様、短時間に魔力を過剰に放出した反動でございます。これ以上の継続は……」

「ま、まだやれる……でも、ああっ」

「だったらわたしがやるから、休んでて!!!」




 くらくらと倒れていったカタリナの隣で、ギネヴィアは索敵を開始する。地面が抉れた影響で土煙も激しく、目をじっくりと凝らさないと誰の姿も見えない。





「――!!!」


「見つけた!!!」





 大声で叫んだ後に見えた光景は、



 探していた友人クラリアが、一人の男性を前に、爪を逆立てている所だった。





「……あれは!!! クレヴィル様!!!」


「クラリア!!! その人は、襲わないで!!!」





 話を聞いてくれないとわかっていても、一縷の望みに掛けて叫ぶ。それから食い止める為に走る。



 クレヴィルは橙色の波動を纏ってこそいたが、力を使い果たしたのか地面に茫然と座っていた。ぶつぶつと口が動いていたが何と言っていたかはわからない。



 爪が下ろされるのとどっちが先か。間に合え、間に合ってくれ――






 そう思っていると、頬を豪風が掠めていった。






「……えっ?」





 思わず風が吹き抜けていった方向を見る。何もない。



 何もないことを確認したら、それよりもと大慌てで前を見る。



 しかしそこにいたのはクレヴィルだけだった。怪我一つなく、彼はそこに座り尽くしているだけだった。






「……クラリアちゃん……?」






 晴天だったはずの空はいつの間にか曇り、雨が降り出していた。

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