<午後五時 宮廷魔術師天幕区>
「んっへへへへへ……」
「マーロン殿がこれ以上にないぐらいにやついておられる……」
「いやあ……観ました!? マチルダの活躍!! ナイトメア=オリジンも発現できるなんて父とて鼻が高い!!」
「あれはオリジンではありません定期」
「もーもーいいじゃないですかー!!」
「宮廷魔術師がそれ言っちゃってどーするんすかー!!」
焚き火を中心に語り合うのは、マーロンとブルーノとアルシェスの三人。座っている彼らを背に、ユフィとマキノがせっせと茶事を行っている。
「ユフィー、何か体温低くないかねぇ?」
「えっ……そう、かな……」
「うん、私の記憶にあるより冷たいよぉ。イズエルトにずっといたから、身体が適応しちゃったぁ?」
「……そう、かも……私、本質は木だから……」
「ユフィちゃんこっちおいで!! 俺があっためてやっから!!」
「……でも。まだ、お茶が……」
「もう持っていくだけじゃん。いいよぉ、私がやっとくやっとくぅ」
「……」
少し頬を赤らめながら、アルシェスに抱き着くユフィ。
「んひゃー!! 確かに冷たいわ!! ごめんな、俺が気付いてやれなくて……」
「いいよ……私、これぐらい……」
「これぐらいとか言っちゃダメダメ。お前も女の子なんだから、血行悪いと好印象持たれないぞ?」
「……ありがと……」
「お前ら本当に仲良いよなあ……まるで恋人みたいだ」
「ああうう……」
「やーめーてーくーだーさーいー!!! 俺照れちゃう!!!」
「火照った身体にアイスティーだぁ! はいどうぞ!」
マキノが淹れた紅茶を三人で仲良く嗜む。
その最中に。
「……ん」
「どうしましたかマーロン殿。その兎耳がぴくぴく反応しておりますけど」
「外から声が……ああ、ヘンゼル様がいらしたようです」
「マジかよぉ」
「来るとは言ってたけど、とうとう……んひゃー、気まずっ」
「ん? ヘンゼル様と顔見知りか?」
「俺元々医術師目指してたんすよね~。そこの面接で顔を合わせたことあります」
「いやいや軽く流してるけど、それってつまり最終試験じゃないか。前々から思ってたけど、やっぱりただのチャラ男じゃねーなおめー」
「テヘッ☆」
舌を出しておちゃらけてみせるアルシェス。そんな彼とは対照的に、マーロンの顔は険しくなっていく。
「……どうしたのぉ?」
「客人が……思わぬ客人が増えました」
「誰っすか?」
「ヘンリー八世です」
真顔になってそれを見合わせる。
そして無意識の間に、言葉がなくとも、野次馬精神が発揮された。
<午後五時十五分 運営本部広場>
「……」
「……」
「な、何だか大変な雰囲気になっちゃったね……?」
「そう、だね……」
現在、運営本部前広場は、非常に物々しい雰囲気に包まれていた。
その雰囲気の中央にいるのは、白く整われた赤い肩掛けの着いたローブを着た、中肉中背の男性。やや白が入った黒い口髭を弄びながら、ハインラインの歓迎を受けている。
「おじいさま……」
「くぅ、何たる無礼。グレイスウィルの王に向かってあの態度……許せないわっ」
「ヘンリー八世……聖教会で一番偉い人でしたっけ?」
「待てサネット、テメエ何で泡吹いてやがる」
「セイキョウカイハワガカタキィ……」
ファルネアはアサイアやキアラ、メルセデスやサネットを誘い、ハインラインに紹介しようとしていたのだが、
そこに彼らが来てしまい、物陰から様子を窺っている状況が今。
「おっと、エルフが増える増える」
「ファルネア、彼については何かご存知かい?」
「えっと……」
「アスクレピオス魔術協会の長、ヘンゼル様だよーん」
「ひゃっ!?」
もぞもぞしている五人の背後から、アルシェスが話しかけてくる。
「天幕の影でこそこそしていたら気付いちゃうもんですよ、王女殿下」
「あうう……! えっと……!」
「……宮廷魔術師?」
「おっと、俺あんまりグレイスウィル帰ってないからな。知られてなくても無理ないか。アールイン家所属のアルシェスとユフィちゃんでございますぞっ☆」
「よろしくね……」
「はへぇ……」
「ああ、それにしても。相変わらずの可憐さでございます王女殿下。俺の瞳は貴女様を視界に捉えることができて感服でありますよ」
「ほへぇ……」
「ああ……ぼーっと、してる……」
そこにマーロンやブルーノ、マキノもやってきた。
「これはこれは王女殿下。お隣の方々は友人ですかな?」
「は、はい! そうです!」
「ふふっ。楽しい学園生活を送られているようで何より……ご友人方、王女殿下がお世話になっておりますよ」
「……」
三人の対応をアサイアやキアラに任せ、メルセデスはサネットを叩き起こして耳を打つ。
「……やっぱり、ファルネアって王女なんだよなあ」
「んえー……? なあに当たり前のこと言っちゃってるんですかメーチェさん……?」
「今この状況で再実感しただけだよ」
メルセデスは一旦視線を逸らし、人が集っている中央に向ける。
「げぇ……アルビム商会も来やがった」
「何か想像以上に大所帯ですねえ?」
「今回に限って大集結したのがおかしいんだよ……」
「……」
「……」
「……」
「がっはっは! そう固い顔をするな! 三騎士勢力の一つの大司教様と、医術の聖域を束ねるお方がいらっしゃったのだ! 一言挨拶しておくのが礼儀というものだろう?」
ヘンゼル、ハインライン、ヘンリー八世。彼らは一様に強張った表情で、高らかに笑うハンニバルに視線を向けている。
「……まあこちらも後で挨拶に参ろうと思っていました。逆に来てくれて、手間が省けましたよ」
「ヘンゼル殿、そのような物言いは……」
「正にその通りだ! 貴君は一端の商人、我々に敬意を払うのは当然のことではないかね?」
「……ヘンリー殿」
そのような話をしている所に、また二人程来訪者が。
「ヘンリー様、ヘンゼル様。この度は魔法学園対抗戦に来訪していただき誠に感謝申し上げます……」
学園長と主催を兼ねているアドルフ、その後ろにはハインリヒ。
「おや……」
「……お久しぶりです、ヘンゼル殿」
「……変わりましたね、貴方も」
目を丸くするハインラインを気遣いながら、アドルフはヘンリー八世とハンニバルに一礼する。
「遥々カンタベリーの地から参られて、さぞお疲れでいますでしょう。直ちに天幕を準備いたしますので、暫しの間ご辛抱を……」
「はっはっは、構わん構わん。その間に挨拶周りと参ろうではないか!」
「それでは重ねてお伺いしますが、ヘンリー様以外にも聖教会の方はいらっしゃいますでしょうか?」
「ああ、三人程連れてきている。ジャスティン、リチャード、あとはメリア……そうだな、メリアのだけ別の天幕を張ってもらいたい」
「承知しました」
「がははっ、随分と豪勢ではないか! ワシは知っておるぞ、その三人はお主の次ぐらいには地位のある人物であろう!」
「ええ、今回は布教も兼ねておりますのでな。各国でそれなりに力を持つ者を連れて来たのだよ」
「……」
ヘンゼルはハインラインとハインリヒの姿を、交互に瞥している。
そして、あるタイミングでそれを止めると、
「……ハインライン」
「……っ。はい……」
「幼少期に身に付いた癖は、大人になっても抜けないと言われています」
「……そうでございますね」
「貴方が正にそうです。もう孫も生まれている年なのに、彼の表情を窺う癖が抜けていない」
「……」
「ああ、お三方。私は少し二人と話をするので。先に行ってもらって構いませんよ」
やや自分本位とも言える姿勢で話を進めていくヘンゼルに、誰も口出しできない。
最も彼は信頼できる人間性を有しているので、口出しする必要もなかったが。
「天幕の手配はどうしましょうか?」
「適当なのを一つ。貴族区の方で部下が待機しているので、彼女の要望があればそちらに従ってください。ドワーフの血を引いている女性なので、見ればすぐにわかるでしょう」
「了解しました」
「ではワシもついていくとしよう! 暇だしな!」
「はっはっは、暇潰しは良いことだ!」
ヘンリー八世、ハンニバル、アドルフが去り、物々しい雰囲気は大体が瓦解していった。
「……ハインリヒ」
「はっ」
「顔を俯けていないで、私に見せてください」
「……」
瞼の上がらない彼の瞳を、じっと見つめるヘンゼル。
「……」
「後悔」
「貴方は未だ報われない後悔の念に捕われている……そうでしょう」
「……それは」
「人は幼少期に手に入れられなかったものを、ずっと求め続ける生物です。貴方がそうであるように」
「……」
「……そしてここから言えるのは、幼少期の経験がその後の人生を大きく左右するということ」
ほぅと息をついて、空を見上げる。
「……これぐらいにしておきましょうか。ハインラインを待っている人もいることですし」
「ん? ああ……」
ファルネアを始めとした数人の視線に気付き、ハインライン手を軽く振って合図をする。
「これから私は貴族区に向かいます。天幕の様子を見にいかなくては」
「そういうことなのでしたら、私がお供いたします」
「目を潰した人間に頼る程、私は落ちぶれていない」
「……」
「冗談ですよ。では一緒に来てもらいましょうか」
「……ありがとうございます」
「本当に丸くなりましたね、貴方……ハインラインも身体を壊さない程度に、人々に尽くすのですよ」
「ええ……先生こそ、お達者で」
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