暫く時間が経過し、全ての研究室の探索が終了した。連絡を取り合い、一旦集合とした場所はというと――
「ぼふー! うっえ!!」
「案の定埃を被っていたな……ほらクラリア、水を今から生み出すぞ。口を漱げ」
「うーん、数年放置されてるってことを踏まえれば、中々のふかふか具合だぜ!」
「誰かが布団干してたりしてたのかな~。よっこいせ」
そう待たずに全員が椅子やベッドに座る。ここは仮眠室の中でも、限られた魔術師しか眠れない、謂わば特別待遇の仮眠室であった。
入って直ぐに床の材質が変わり、高級感漂う木材に。照明も外の過激な白から、心落ち着くダークテイストに。それから魔術師達が研究への英気を養えるような様々な設備が散見される。
「多分、下手な宿屋より豪華。でも、キャメロットならそれぐらいやりそう」
「……あれ? 昔ってキャメロット魔術協会、なんて組織はなかったよね? だって作られたのって帝都が孤島になってからの話だから」
「ここに出入りしていた人間は、マーリン配下の魔術師とか、そのようなものだったのだろう。独自に勢力を広げていたというわけだ」
「研究を公表せずにこそこそやってた時点で、自分が皇帝になる気気満々だったってことよね」
「……」
エリスは唇をきゅっと結んだ。
「エリスちゃん……」
「……どうしたのエリス。何か面白くないものでも見ちゃった?」
「うん……ちょっとね」
「……どうすればわたしが本来の力を発揮できるか。それについての研究があったよ」
千年前における彼女の、辛い記憶の大半を占めるもの。
「……」
「……エリス、気分悪い所申し訳ないのだけど、これ読めるかしら。巨人の王についての研究の解読結果。口で説明する前に自分で飲み込んで頂戴」
「ん……」
サラからメモを受け取り、そして文章を目で追う。
やはりアーサーと同様な、色々な感情が混ざり合った果ての無表情を浮かべた。
「……どれ。貴様等も成果を教えろ。俺達は他にも、モードレッドの獲物についての情報を得た。これが役立つかと言われると……微妙ではあるが」
「武器を壊した所で腕前が落ちるわけじゃねーしな。ならまだ、ボクらが見つけたこっちの方が有用そうだ、『本魔術工房についての説明』」
「ふむ、施設全体についての解説か。そういえば一番前提となる所なのに見落としていたな」
「そもそも研究内容だけ知れればいいやのスタンスで来たからな」
「でもこの施設について知ることは、ウィンチェスターという町の本質を知ることにも繋がりそうだけどね」
椅子やベッドに座って、机や膝にメモを広げて、時には持ってきたお菓子をつまみながら、解読が始まる。
緊張感は拭えないがそれでも落ち着いた時間が流れていた。
「十中八九、極秘に稼働していた工房を隠すことが目的だろう。ならば上層には何もないのも納得がいく」
「歴史改変をしていたって事実を踏まえると、何もないってことを、帝国やキャメロットが誇張しまくってた可能性あるね」
「人を寄せ付けないようにする為の策か。姑息だが、存外人はそういうものに振り回される」
「千年前からなおさらね~。帝国絶対! 疑うのは罪! って時代でしょ」
リーシャが話す隣で、ヴィクトールは早速神秘文字の解読に取りかかる。
「あとね、こんなのもあった。『ヴァンパイアの落日』」
「何?」
「ヴァンパイアが滅亡した戦いらしい。マーリン、一枚噛んでたようだ」
「例によって神秘文字だったから内容さっぱりんぐ。壁画から読み取った内容ですと、ヴァンパイアを滅ぼした後地元の人々にケルヴィン国を建国させて、どのように国家運営してけばいいかアドバイスしてたみたい」
「ヴァンパイアの滅亡、説が様々。でも、多分これで確定」
「……そうなるな」
とはいえ、それについては、たったそれだけだと思わなくもない――たとえ自分の祖国にまつわることだとしてもだ。
「おいヴィクトール!! こっちもやれよ!!」
「何だハンス急に。っと、『悪食の風』について?」
「どうやら連中は研究を行っていたようだ。ぼくが気になるから、やれよ!」
「……まあ、特に順番は決めていないからいいか」
「ていうか神秘文字を古代文字に変換できれば、あとは私達でも解読できるんじゃねー?」
「内容にもよるというのが結局の所だ。とはいえ貴様等が暇するのもあれだから、そのようにしてみるか」
「古代文字は解読できそうっていうならこれやろうよ。古代文字の走り書きなんだけど」
ギネヴィアは見つけたメモをリーシャ達に渡す。
「ヴィクトール君も言ってたけど、周囲は神秘文字なのにこれは古代文字。何か重要なことが書いてあるに違いない」
「一理あるわね。よーし、イザーク、ルシュド。私達でこれやるわよ」
「了解」
「あいよ」
「なあなあ、集合しといてあれだけど、アタシとサラは離れてもいいか?」
「あら、ワタシを何処に連れてこうっていうの」
「紅の守護竜の術式の確認だ。カタリナやイザークと一緒に丁寧にやったつもりだけど、万が一を考えて見直ししたくて……」
「そういうことね。ならワタシは向かうわ。重要事項だもの」
「あたしも行っていいかな。確認の目は多い方がいいでしょ」
「では三人はそのように、だな」
「わたしは何してよう。何して……」
ギネヴィアは奥の方で縮こまっている、エリスとアーサーを見遣った。
「……」
「……」
黙っているうちに二人とも次第に追いやられてしまい、何か言おうにも迷っている様子だった。
「……エリス、アーサー。貴様等はその辺を歩き回ってみたらどうだ。こちらは手数が足りている」
「……そうだね、気持ちを落ち着かせるのも重要だよ。行っておいで。解読終わったらまた呼ぶからさ」
その言葉を受けて、ようやく立ち上がる二人。
「……ありがとう。それじゃあ、少し出てくる」
「解読お願いします……」
「うん、いってらっしゃい、いってらっしゃい。わたしここの警備してようかな」
「頼むぜ。何があるかまだわかんねーもんな」
デートと呼ぶにはどうにも気分が落ち着かない。
だが探索と呼ぶには緊張感が足りない。
どっちつかずの雰囲気で手を繋ぐ――
「……この光景、マーリンが見てたらどう思うだろ」
「いい顔はしないだろうな。奴はオレはともかく――お前のことも何とも思っていなかった」
「……そうだね」
目の敵にしないといけない人物が少なくとも三人はいる。聖教会のあいつ。カムランのあいつ。そしてこの工房を作ったであろうあいつ。
「ここで知ったこと……全部先生に話した方が、いいのかな?」
「全部は無理だと思う……下手したら戦える力を持たない人々が危機に晒されてしまう」
「帝国主義とかどう動くんだろうね。三騎士勢力は……キャメロットが粛清に走って、戦争をふっかける。騒ぎに乗じて聖教会とカムランが戦火を広げる。もう、これだよ」
「真実を日の目に晒すことは、必ずしも良いとは言えないな……」
だからといって、それが歴史を改変していい理由にはならない。
「もしも歴史がそのまま伝わっていたら……ギネヴィアがオレを造ったことが伝わっていたら。世界はどんな風になっていただろうな」
「何だかんだで結局戦争は起こりそう。ギネヴィア派と反対派でさ。騎士王伝説は……どうだろう? ギネヴィアもその中に組み込まれていたりして」
「有り得るな。というかもう、誰かそういう物語を書いてくれないものか」
とりとめがないと互いに思っていた。
本当に言いたいことがまだ纏まらない――
「……ん」
「……」
「ここは……」
「中、見てほしいな」
「え――」
「お願い――」
アーサーの静止も振り切って、エリスはその扉を開け放った。
「――」
「ああ……」
奥に見えるのは水槽。それに接続された無数の管。
粗雑に整理された書類。踏み場がなくなる程に散らかった書類。
劣化しているものも含めて、それは一人の少女について研究しているのが理解できた――
先程の話に出てきた、エリスの力を引き出す為の研究だろう。
「……」
「……辛いか」
「……」
咄嗟にいざなった両腕の中で、エリスは小さく頷いた。
「……あのね」
「うん」
「こういう研究しているってことは、わかっていたことだし、そもそも終わったことだから、それでいいの」
「……ああ」
「でもね、でも……」
「……ひっく。だめだ、涙出ちゃった……」
「……自分について調べられていたってこと、こうして突き付けられるのが……気持ち悪くて、ぞわぞわして、」
「――胸がいっぱいになる。そうだな?」
「オレも――同じ気持ちだよ、今」
忌々しい部屋からさっさと出て、再度歩き出す。
そして迷っていた言葉を、ようやく表出することができた。
「頭の中では色んなこと考えて、予測もできるんだけどな。でも実際に突き付けられると、驚くぐらい動揺するんだよな」
「……うん」
「……オレが巨人の王を殺した。そうなんだろうって覚悟していたが」
「実際に殺したわけじゃないから、何とも実感がな……」
両手を見つめながら、溜息をつく。
「……こんな気持ち、わたしとあなたしか抱いていないんだから、相談のしようがないよね」
「……それはそれこれはこれだって、もう過去の話だと思って、考えないようにすればいいのかな」
「違う。オレはあの研究を知って――そう思った」
足取りは止めないが、目と言葉は決然として。
「オレが関係ない素振りを見せた所で、事実は変わりようがないんだ。この手には強大な力が宿っていて、知らない誰かの為にそれを振るっていた。でも今ここにいるオレは、それを友達との日々の中で乗り越えてきたオレだ」
「昔を否定したら――友達との日常も否定することになる。それはしたくないんだ」
「……」
「……それは、わたしも、」
「わたしもしたくないよ……!」
「……エリス。辛いだろうが、なかったことにはできないんだよ、決して」
「だから正反対のことが正しいんだ。そういうこともあったって――認めながら。それに見合うだけの何かを持って生きていく」
歩いていた足を止め、エリスはアーサーに蹲る。
「……」
「……ごめんね。でも、そうなのかもしれないって、思った。考えないようにしたって結局向こうから追いかけてくるんだもんね……」
「……」
「またお馴染みの、口で言うのは簡単だけど、だよ。頭ではわかっているけど、わたし……その過程で何度も泣いちゃうかもしれない」
「その時はオレに泣き付きに来い。何度でも受け止めてやるから」
「……」
「……オレも、泣きたくなったら泣くよ。お前の前だけではな」
「……」
顔を上げた彼女の眼は、泣き腫らして真っ赤になっていた。それでも彼女は頑張って笑ってみせた。
それに応えるようにして、また自分も笑った――
過去が一体何であろうと、その笑顔だけは誰も否定できないだろう。
「なんか……疲れちゃった。ちょっと休みたいな……」
「なら丁度目の前にあるこの部屋で休むか」
アーサーはその部屋の扉を開ける――
そこは既に訪れた部屋。最初に魔法陣を通じてやってきた、転移に用いられていたであろう部屋。
そんなことはとっくに知っている。だがエリスとアーサーの表情は、その認知が自覚される以上の勢いで冷えていった。
――光がなくなっている。
転移してきた魔法陣が放っていた光。この壁のように白い光。
それらが消え失せ、更に発生源となっていた魔法陣すらも――跡形もなく、消滅していたのだ。
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