城の夢を見た。
人の波でごった返している城。
装いも声色も様々。どこから来てどこに行くのかはわからない。
そう認識した数秒後には、どこに向かっていくのかは理解できた。
聖杯の恵みを享受しに行くのだ――
(……)
(……何で、こんな夢)
少し不満に思っていると、視界が移り変わっていく。
どんどん階段を昇っていく間にも、その光景には見覚えがあり、
最後に散々見慣れた大扉を開き、部屋の中に入った。
(ん……)
(……?)
ソファーに女性が座っている。彼女は赤い髪に緑の瞳をして、白いフリルの服に身を包んでいた。
しかし明らかに自分ではないことは理解できる。けれども懐かしく、温もりを感じられた。友達とも恋人とも違う、本能的なもの。
彼女は膨らんだお腹を大切そうに撫でていた。
(イグレーヌ……?)
自分の頭の中に、その名前が浮かんだと同時に、
漠然とした何かを求めて手を伸ばす――
(……あら。間近で見れば見る程、わたしにそっくりね)
(わたしもあなたとお話がしたいのだけど……今は時間がないわ)
(あなたの決心がついて、時間に余裕ができたら、お城まで来てちょうだい――)
「わっ、えっ、びっくりした……」
目を覚まして身体を起こした瞬間、隣から声が聞こえる。
そちらを見るとカタリナが若干驚いた様子で立ち膝を付いていた。恐らく自分を起こしに来たのだろうと、即座に推測できた。
「カタリナ……ごめん。朝練の約束だったよね」
「うん……でも、調子が悪いなら休んでもいいよ?」
「違うの……気分は悪くないの。ただ、不思議な感じ」
「不思議……?」
見た夢の内容をカタリナに伝える。
そして、自分は城に行くべきかという悩みも。
「……エリスはさ、その人に会ってみたい?」
「……会いたい。でも、お城に行くのは、ちょっと怖い」
「だったら……もう少し気持ちを整えてからでもいいんじゃないかな。対抗戦はまだまだ日程あるし。皆にも相談してのんびり考えよう」
「……」
「そうしようかな……」
鼾を掻いて眠るカヴァスを撫でながら立ち上がる。
「まずは朝練に集中しよっと。よろしくね、カタリナ」
「うん、よろしくねエリス」
<魔法学園対抗戦・武術戦 十日目 午前七時>
「今日も!!」
「元気だ!!」
「飯がおいひい!!!」
何故なら自分で作ったおご飯だからなぁー!!! と絶叫するギネヴィア。
「うおっすー! ギネヴィア、朝から元気だな!!」
「おはようクラリアちゃん!! クラリアちゃんも朝練ご苦労様!!」
「試合当日までには仕上げないといけないからなー!! オリジンも調整しねーといけねーし!」
「そうだね!! オーガに戦斧、クラリアちゃんにオリジン!! うおおおおわたしも負けてらんねー!!!」
クラリアの付き添いで朝練に出ていたサラは、無言でギネヴィアの作った朝食に手を伸ばす。ハムとチーズのトーストだ。
「あらこれ……美味しい」
「絶妙な火加減っしょー!!」
「そこは料理部といった所かしらねぇ」
少し時を遅くして、同じく朝練に出ていたエリスとカタリナが戻ってくる。因みにリーシャは現在爆睡中である。
「わぁ、いい匂い……食べてもいい?」
「当然! エリスちゃんの分もカタリナちゃんの分も作ったからねぇー!」
「一人で五人分作ったのかな? 朝からありがと……」
本格的に火を通してくれたご飯は、やはり脳がすっきり目覚める。
「ギネヴィア、貴女も今日訓練する? あたし付き合うよ」
「んあ、訓練することはするんだけど、カタリナちゃんの方こそいいの? 課題あるんでしょ?」
「ある程度は終わらせたから大丈夫だよ」
「じゃあお言葉に甘えちゃおうかなー!!!」
<午前十一時 訓練場>
「うおおおおおおおー!!!」
「待て待てー!!!このギネヴィアがお命頂戴するー!!!」
「ぬぎゃあー!!!」
カヴァスを追い掛けつつ剣を振り回すギネヴィア。傍から見るとただの追い掛けっこに見えなくもないが、一応三時間の間指令を聞いて動き続ける訓練ではある。
「ギャオン!!」
「よしっ!! 一本取った!! 参ったか犬!!」
「てめええええええ言わせておけばあああああああ……!!」
木剣がカヴァスに命中したので、敵を討伐したという解釈で一旦終了。カタリナから魔力水を受け取り音を立てて飲む。
「ごくごくごくぷはー。生き返る!」
「試合の間もちゃんと水を飲むの、忘れないでね。倒れたら立ち行かなくなるんだから」
「合点承知ぃ!」
「おいエリスゥ~~~。ボクはキミの監視に来たはずなのに何でこんな訓練付き合わされなきゃいけねえんだヨぉ~~~」
「そりゃあナイトメアだからだよ、我慢して。我慢できないならビーフジャーキー買ってくるよ」
「アオーン!!! 前言撤回!!!」
「やっすい犬だなぁ~」
「但しギネヴィアキミは許さん!!!」
「ぬぎゃー!!!」
カヴァスの噛み付き攻撃を寸でで避け、地面に尻餅を付く。
直後に超スピードで立ち上がる。その際にカタリナの顔が目に入った。
「……カタリナちゃん? 大丈夫?」
しんみりとした表情から急にふっと笑ったので、感情の起伏に驚いたギネヴィア。
「ああ、うん……何でもないよ。いや、何かはあるかな……ギネヴィアが頑張る姿見てたら、元気出てきたってだけ」
「元気か! ということはつまり、何か元気のない理由があったんだね! ……言えないよね?」
「言えないけど、別にやましい事情があるわけじゃない。ただ言うまでもないだけだよ」
「そっか~。周りから見ればどうでもいいようなことで、悩んでた感じかな?」
「そうそう、どうでもいいことだよ」
あの男のことなんて、気にしたら負けなのだから。
「……」
「……むぅ!」
「どりゃー!!!」
突然獣のように茂みに突貫するギネヴィア。
カタリナやエリスが戸惑っていると、ギネヴィアは成果を挙げてきた――みずぼらしい服を着た纏ったスキンヘッドの男を担ぎ上げていたのだ。
「うげえ~……バレねえと思ったのに……」
「……気付かなかった。いつから?」
「わかんない!! わたしもさっき気付いたからな!! 何故ならわたしの靴の踵を豪快に踏みやがった!!」
「こ、この小娘……あはぁ……」
男がカタリナを見た瞬間気持ち悪い声を上げたので、エリスは昨日も来ていたカタリナのストーカーの一人だと思い当たる。
「ああ、もっと俺を見てくれ……頼む……」
「……」
「髪もめっちゃエロい……はぁ……」
「……何なの?」
「いい、その目、いい……!!! もっと俺を罵ってくれ……!!!」
「すごーい!!! あなたは誰にも気付かれずにここまで侵入できたんだね!!!」
「……は?」
突然の手のひら返しに当然男は戸惑う。馬乗りになった上で更に手のひらはぎゅるんぎゅるんと振り回される。
「えっとね、先ず生きてることがすごいよ!! イングレンスには魔物がいっぱいいるからいつ死んでもおかしくないからね!!」
「あ、はぁ……」
「それから大きくてすごい!! わたしよりも身長あるね!! たくさん食べてたくさん運動してきたんだね!!」
「え、いや……」
「あと腹筋割れてるね!! 筋トレ頑張ってるんだね!! そうだ何か好きな物はあるかな!!」
「……」
罵って喜ぶなら、褒めれば嫌がると彼女なりに考えた結果なのだろう。
「あはは……」
「ギネヴィア、やっぱり貴女、人を元気にさせる才能あるね……」
「カタリナ、わたし近くの騎士さん呼んでくるね。早くしないとギネヴィアの喉が枯れちゃう」
「うん、お願い」
<午後一時 中央広場>
こうしてストーカーとの一悶着カッコワライを終えた後、エリス達は昼食を取っていた。それも終わって今から演習区に向かうことに。
「ふぃ~食った食ったぜぃ」
「カーセラムもたまにはいいよね」
「流石大衆食堂って感じの安さだよね」
腹も満たしたことだし直ぐにもゴー、とはならなくなる事情が舞い込んできた。
「おっとギネヴィア! 丁度いい所に!」
「イザーク君! 何だ! 今日のわたしは訓練デーだからライブはやらんぞ!」
「ライブやんなくていいから十分だけ時間くれ! ちょっと来い!」
というわけで特設ステージまで連行連行。
そこにいた顎髭と円形禿げが特徴的な男性とは、エリスとカタリナは初対面である。
「おや来たかギネヴィア! 俺のことまさか忘れたとは言わせねえぞ」
「勿論覚えてまっせてんちょー! そしてこちらにおわしますはわたしの友達でござんす!!」
「カタリナです。よろしくお願いします」
「エリスです。魔法音楽の楽器のお店の店長さん……ですか?」
そうだともと言って、店長は隣に立ててあった一本の棒を手に持つ。
よく見るとそれは先にマイクが取り付けられて、地面に対してしっかりと支えが取り付けられていた。
「おおこれは!! 前にわたしが欲しいと言ってたやつ!!」
「お前の要望通りに調整が完了してよ。納品しようと思ったら先に出ちまったって言うじゃねえか。なんで観戦ついでにこっちまで来たってことよ」
「うおおおおー!! ご厚意に全力感謝ー!!」
イザークがこの間に、ギネヴィアが興奮しているブツがスタンドマイクと呼ばれるものであることをエリス達に伝える。
「前に見たことある。魔法音楽歌ってる人が、両手で持ってぶんぶん動かすやつだよね」
「そうそうそれだ。で、ギネヴィアもそれやりたいと話があって進めてたわけよ」
「そっか……ギネヴィア、本格的に歌手デビューなんだね」
感慨深くなっているエリスの耳に歌声が聞こえてくる――
『涙の後には虹が架かるよ 架かってないならわたしが架ける』
『雨に降られて服がびしょ濡れ わたしが乾かしに行くから』
『イライラしちゃって攻撃衝動 わたしの肉体存分殴れ』
『世界の全てに嫌われたって わたしはきみが大好きだよ』
早速ギネヴィアが上機嫌でマイクテストを行っていたのだ。
「最高です!! この、わたしの歌声が彼方まで届く感覚!! 求めていたのはこれです!!」
「お気に召してくれて何より! わざわざログレスまですっ飛んでった甲斐があるってもんだ~!」
「この対抗戦中に歌う機会はあるので、その時はこれ使いますね!! 是非聴いてください!!」
それでそのままスタンドマイクを手に持ち撤収しようとしたギネヴィア。周囲にぶつかりそうだと誰しも思った矢先、
「ちょっと待てい! 亜空間オプションは例によって付けてるから、登録してけ!」
「あーいあざまーす!!」
こうしていいことがあったギネヴィアに、イザークは近付いて耳打ちする。
「……オマエの歌声、やっぱ最高だわ。どこまでも突き抜けるような明るさっての。ボクにはないものだ」
「イザーク君だってやろうと思えばできるんじゃない?わたしよりもセンスあるもん!」
「センスの問題じゃねえんだよ。生まれながらの天性だから、一生真似することができない。まっ、それを個性とかって呼んでいるんだけどな」
「……そういうものか!」
「そういうもんだよ。前から言ってるだろ、オマエの天真爛漫さは大切な個性だ」
とか話してる間に亜空間オプションの登録完了。念じればあんなに大きいスタンドマイクが何処かにすっ飛ぶ。
「何だか不安だから言っとくけど、ギターの方と間違えるなよ。ちゃんとスタンドマイクを出す時はそっちをイメージ! だ」
「あいあいわかってますって!!」
「仮に完璧に理解してても何かしらやってしまいそうだわ」
「イザーク君!! 何で持ち上げてから落としにかかるのー!!!」
「ギネヴィア、この後どうする? 訓練するかもうちょっとスタンドマイク試してみるか、わたしはどっちでもいいよ」
「んー、元から今日は訓練漬けの予定だったし、一緒にやる!」
「じゃあイザークと店長さんとはお別れかな。また後で会いましょうっと」
「おう、訓練頑張れよ若いの! ……あれ、ってかイザークも訓練しないのか? 武術戦に出るんだろ?」
「ぼちぼちやろうと思ってたんですぅー!!!」
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