ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第五百二十六話 詰所にて

公開日時: 2021年2月6日(土) 09:44
更新日時: 2022年7月14日(木) 21:46
文字数:3,939

「カストル様。先程から一言も発されていませんが、どうされました?」

「……」


「貴女様の美貌に酔いしれてしまっているのですよ。何分女好きなものでして」

「まあそのような。い~い肌してるでしょう? 手入れは一日たりとも欠かしたことがないのよ~? うふっ♪」






 紫の森に続く、ケルヴィンクロンダインその他諸地域共同の詰所――



 今そこは、時が巻き戻ったような厳かな雰囲気が包み込んでいた。






「……」

「まあ、今度は瞼をピクピクさせて。本当にどうされたの? 普段はとてもとても信念に満ち溢れた、パワフルなお方だと聞いているのに」

「緊張のしすぎですねえ、これは。少しお薬を処方致しますので、席を外しますよ」






 カストルの後ろに控えていた、革命軍の兵士に指示を出す。



 そんなことをしていたのは他ならぬヴァイオレットであった。






 彼らに担がれ、カストルはやってきた馬車に乗り込まされる。部屋にはエリザベスとヘンリーだけが残された。



 すると時の仮面は剥がされ、本性だけが残るわけだ。






「……あのヴァイオレットって男、中々やるわね。カストルはバリバリビビってたのに」

「沼の者らしいですよ?」

「ああ、あの暗殺一族。そりゃあ肝も据わっていて当然ね」

「流石に緊張……というより、こちらの出方を窺っているようでしたが」

「沼の者は学園にも行けない貧乏の集まり。私のことについて知っているのかしら?」

「カストル殿に仕えていれば自ずと知れるのでは?」


「ああ~確かに。仮にそうだとしてもああして飄々としていられるのは、やっぱり訓練の賜物ねえ……敵にすると厄介」

「ですが味方にはならなさそうですよね」

「じゃあなるべく早急に潰すまでよ。私は優しいから泳がせてあげてるけど」




 きょろきょろと部屋の中を見回す。最低限の家具しか置かれていないことに気付くと、エリザベスはヘンリーに指示を出した。




「適当な駐屯兵脅して、ヘソクリの酒持ってこさせて頂戴。こんな辺境だもの、そういうのあるでしょ」

「かしこまりました」

「あとヴィルヘルムも探してこい。連中の計画について進捗でも訊こうか」

「直ちに」











 一方の馬車の中。








「うっ うううっ  あああああああっ」

「大丈夫ですよカストル様……もう少しの辛抱ですからね……」



 マッサージで呼吸を安定させながら、薬――魔術大麻『アスラ』を、液状にした物を飲ませていく。



「画家殿、今の状態は……」

「恐らく『マイナス』だなあ。陰鬱な性格が表に出ている状態で、エリザベス・ピュリアと来たもんだ。思考が止まるのも無理はない」


「……千年前に死んだはずでは。しかし、偽物という可能性も……」

「あいつから出ているオーラとでも言うのかな。凄まじいものがある、只者じゃないぞ。人間の寿命を超えた年月を生きていかないと、あそこまでの覇気は有り得ない」

「そ、そうですよね……自分は、呼吸をするのも精一杯でした……」

「俺も……流石にちょっと参った」

「うっ」




 ゴボゴボと息を吹き返すカストル。



 それを見て安堵する一同。




「……こ、ここは何処なんですか」

「馬車の中です」

「ヴィルヘルム殿は何処ですか」

「詰所の何処かにはいらっしゃると思いますよ」

「そ、そうですかえーと……娘です」


「……娘」

「し、四月ぐらいにアグラヴェイン殿から。教えていただきましたあの娘です。赤髪に緑の瞳の娘捕える。願い叶う革命軍アグラヴェイン殿」

「……」






 それが目的かと納得する兵士達。ヴァイオレットだけは不味いことになったと内心で思う。






「画家殿……?」

「……ああ、何でもない。そうだな……俺、この状況外してもいい?」

「ど、どこ行く許さないお前。お前お前お前          」



 持っていた薬草を強引に口に含ませる。






「……貴方は暫く休養が必要です。この睡眠薬で、どうか休んでくださいね」




 彼がカストルに対して、こういった強引な行動に出ることは滅多にない。



 故に兵士達に動揺走る。




「ち、近いんですか?」

「何がだ?」

「おしっこ……」

「……数時間は目覚めない。仮に目覚めたら連絡寄越せ。俺がいなかったらまあ……エリザベスに目を付けられないように動いてくれ」











 詰所には相も変わらず張り詰めた雰囲気が流れている。



 早く帰ってくれと思っているか、あれは本人なのかと疑っているか。



 いずれにしても、人知を超えた者に触れてしまった恐怖が、ひしひしと感じられる。








「さぁ~て、赤い髪に緑の瞳……」



 カムランから渡された人相書を、カストルが喜んで見せてくれたことがある。


 その絵に描かれた少女は、見覚えのある顔付きをしていた。



「あれ絶対エリスだよなあ……だとしたら見過ごせない。カタリナの為にもね……」


「その為に何ができるか情報を……っと」






 先程までいた小屋の中で、エリザベスとヴィルヘルムが会話をしている。




 耳を張り付け全てを溶かす。身体は周囲に、気配は風に。








「まさか貴方がこぉんな酒を持ってきていたなんてねえ……ひっく」

「……それは私のグラスですが」

「はぁ? いいじゃないあんたには過ぎた代物よ。話は聞いているわ、味覚障害なんですってねえ?」

「……」



「なのに酒に拘るとか、そんなの全く持って無駄足じゃない。酒だって可哀想よ。それを私が飲んでやってるんだから、感謝なさ~い?」

「……」

「ホンット、昔からあんた達はそう。人生捧げてもなお使命だか何だかの為に使われ動かされる。愚かだけど認めてはあげるわ~。だってそのお陰で私今ここにいるんだもの。ういっく」

「……私が食事に執着しているのは、その伝統に抗う為でもあります」

「抗ってどうにかなるのかしらねえ。だって、もうじき『完成』するんでしょ?」

「……」



「いやーまさか私の復活と同時期になるなんてねえ。これもまた女神の意志ってやつかしら……キャハァ♪ 例のガキに伝えておいてよ? もしも君臨したら聖教会は見逃せって」

「それは存分に……」

「うっしうっしよろしい……カッカッカ……」








(……っと)




 開いた窓から鳥が一羽入ってくる。



 それは伝書鳩であった。






「手紙が……「何々私に読ませてぇ!!!」


「……なりません、幾ら貴女様であろうとも。これは個人的な内容です故」






 鳩の足に巻き付けた手紙を外し、ヴィルヘルムは早急に懐に入れる。






「見せろよ!!! 立場は私の方が偉いだろ!!!」

「領地に戻った時の夕食は何にするか事細かく書かれているのです」

「だったら益々気になるなぁ!!! 何も感じないテメエの口で何食っているかなぁ!!!」

「……こちらに持ってきた酒は全て献上致します。なのでこれにて失礼します」

「オイィィィィ!?!? 何逃げようとしてんだぁ!?!? そうはいかねえいかねえからなぁ!?!? さっさとその中身見せろやぁボケナスがぁ!!!!!!!!!!!!!!」




(これは……援護が必要かなっ!)






 煙幕を十個程度取り出し、闇雲に地面に叩き付ける。






「げほっ!!!!! おえええええええええええええ!!!!!」



 当然あの沼が湛えた毒が混じっているので、吸おうものなら只ではいかない。






「……!」



 突然現れた霧に戸惑ったのも一瞬。



 ヴィルヘルムはその場を立ち去っていった。











 そして彼が、自分が待機している小屋までやってきた後に――






「こんにちはっと」

「君は……カストル殿の」

「クロンダイン革命軍指導者カストル専属画家、ヴァイオレットですよ。以後お見知りおきを」


「……先程の霧は、もしかして君が?」

「ええ。あの女の情報を得ようと立ち聞きしていたんです。すると貴方が困っていると来た」

「……用件は何だ。この手紙について知りたいのか?」

「まあその通り。夕食のメニューなんかではないのでしょう?」

「君に教える理由はない」

「ならば手札を開示しましょう。赤い髪に緑の瞳の少女、知ってます?」




 途端にヴィルヘルムの顔色が変わる。ビンゴだ。




「……君は彼女とどういう関係だ?」

「俺が昔妹のように可愛がっていた子がいまして。その子の友達なんですよ。身内の友人だから助けたいというわけですね」

「助けるだと?」

「ウチのカストル様の目的が彼女なんです。カムランのやべえ奴に唆されて、彼女を手に入れると願いが叶うと。革命軍の願いがロクなもんじゃないって、貴方様もご存知でしょう? まあそれ以前に身内の友人ですから。大事なので二回言いましたよ?」






「……中に入れ。手紙を見せよう」

「ありがとうございます。それでは失礼しますよっと」






 窓から小屋に入る。他より丈夫とはいえ、貧相なのには変わりない。






「にしても貴族様がこんな所に泊って、平気なんですか?」

「私は慣れているからな」

「それはお強いことで。で……」

「こちらだ」



 ヴィルヘルムに身体を密着させる。誰にもバレないようにする為の配慮だ。



「これは……進行ルート。しかもこれ、紫の森じゃないですか」

「私の息子とその友人達が、訳あって中に進んでいてな。それでこれから戻る故、帰路を如何にするかという相談をしていたんだ」

「でも先程のエリザベス様の様子を見ていると、もう連絡は取れなさそうですよね」

「その通り、故にこれが最後だ。道順はこれで確定してもらって、夜にこちらに着くような時間に出てもらう」

「闇夜に紛れて逃げ帰ると」

「その通りだ。我々は……そういうことには長けている」

「よしよし……」



 ここで周囲を確認する。気配は感じない。



「……先程言った通り、俺の知り合いが関与しているので。時間になったら俺も呼んでください、援護します」

「君の本来の立場はいいのか?」

「その気になればひょひょいっと移動できますので。万が一があっても、薬であいつは操れる」

「……実に不思議だな。君は彼に忠誠を誓っているように見えて、その実は誓っていない。だというのに彼のお気に入りにまで上り詰めている」

「趣味の絵描きが大層役に立ちましたよ」






 それから偽装も兼ねて他愛のない会話をしてから、画家は静かにその場を去る。

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