……
……
……わあっ!?
「あら……随分と盛大にずっこけたわね」
あ……母さん。これは、その……
「木苺の実を取ってくれようとしてくれたんでしょ? あの子の為に」
……うん。喜ぶかなって、思ってさ……
「ふふ……優しいのね」
だって、私は姉さんなのよ。姉さんは妹の面倒を見なきゃ。私がしっかりしないといけないんだから。
「……貴方のような姉がいるなんて、この子は幸せ者ね。父さんの代わりに……お願いね」
……
……お帰りなさいませお嬢様。今日のご飯はビーフシチューになります。
先ずはお手をお洗いになられてから席に着席されますように……
「ふふ、随分と板についてきたんじゃない?」
!!! 母さん、いつから見ていたの!!!
「実は最初からよ。私程にもなると、気配を感じ取られないようにすることなんて簡単なんだから」
~っ……
「……おままごと、いつも付き合ってくれてありがとうね」
……
「あの子は色々と上手だから……却って貴女ぐらいしか遊び相手がいなくてね。一人で寂しさを感じているだろうから……」
……私は姉だから。これぐらい当然よ。
「まだ九歳にしかならない貴女に、そのようなことを言わせてしまう私は罪人ね」
……どうしてそうやって直ぐに自分を責めるの。
「……」
母さんは……頑張ってるじゃない。村の皆の為に。どうしてそれを、認めてやれないのよ。どうして否定的な言葉ばかり……
「……きっと村の皆が苦しんでるのを見ているからね。私は族長として、皆が幸せになる方法を考えないといけないから」
だったら、母さんも幸せにならないと意味がないじゃないか。
「……」
母さんの馬鹿……わからずや……
「オレリア。貴女いつにも増して仏頂面だけど、どうしたの?」
……ヴィリオのこと。
「喧嘩でもしたのかしら? それとも私があの子にばかり訓練を付けてやっているのが気に喰わないとか?」
違う……そこはちゃんとわかってる。ヴィリオはとても優秀だから、しっかり育てて一族を担ってもらわないと。
「理解してくれてありがとう……でもだとすると、どうして貴女の機嫌が悪いのか見当も付かないのだけど」
まあ母さんには考えも付かないだろうから教えるよ。ヴィリオったら最近あの子に好かれてて、あの子にべったりなのよ!
「まあ……」
そりゃああの子がヴィリオと一緒にいると落ち着くってのはわかるけどさ。それはいいのよ。でもヴィリオが何か下心を持ってないか、年頃のあの子に変なことしないかがすごーく心配で……!
「……」
な、何よ母さん……その優しい目付きは。こっちは死ぬ気で心配してるんだよ!?
「そうね、貴女の気持ちはよくわかったわ。それでね……」
「……小さい頃から面倒を見てきたお嬢様を心配するメイドさんって、こんな心境なのかなって思っちゃった」
……
……はぁ!?
「オレリア……熱心に本を読んでどうしたの?」
母さんいい所に。これを見て。
前に母さんがくれた、外の世界の物に関する図鑑。ここにナイトメアっていう使い魔についての説明が書いてある。
「勿論知っているわよ。だって私が贈った本ですもの」
……だったらいいか。単刀直入に言うね。
母さん、あの子にナイトメアをつけてあげて。そうすればあの子が怯えることはなくなる。戦いとは無縁の生活を送ることができるわ。
「……」
「本当ならそうしたいのだけど……ね」
……できないの?
「難しいわ。色々と考えなくちゃいけないことがある。そしてそれらを乗り越えるにあたって、たった一人の子供の為に一族全てを不意にするのかという疑問が常に付き纏う」
……
「皆誰もがあの子を幸せにしたいと考えている。でもね、そうすることで自分が不幸になることを、それ以上に望んでいないの。オレリア、この村の者全員があの子の姉じゃないのよ」
……
……私達が、こんな、苦しい選択を迫られているのも、
全部……遥か昔に人を造った、神様って奴の意志なのか?
「……」
私達を生まれながらに虐げられる者と定めた、王族共の命令なのか?
私達を虐めて喜ぶ、川とか森って奴らの願いなのか?
私達はそのような――運命を持って生まれてきたのか――?
「……」
母さん……違う。違うよ。何も言わずに私を抱き締めないでよ……
答えが欲しいんだ……私が納得できる答えを、何か、教えてよ……
母さん……私にとっての母さんは、師匠は、貴女だけなのに……!!!
「――以上が今回の選抜者。今名前を呼ばれた百二十七名は、私と共に任務に就いてもらう」
「内容は事前に伝えた通り――ヘルウォーダン率いる王国軍の一員として、王家に反旗を翻す反乱軍を鎮圧する。仇成す者は容赦なく殺せ」
『知らぬ汝に苦悶の毒を 悶えて血肉となるがいい
存ぜぬ汝に窮愁の毒を 足掻いて金となるがいい
絆した汝に苦艱の毒を 裂かれて逸楽になるがいい
愛した汝に惨痛の毒を 吐瀉して骸になるが――』
待ってよ!!!!!
「……!」
「オレリアちゃん!?」
何で……どうして!!!
何で選抜者の中に……私が入っていないのよ!!!
「……」
「オレリアちゃん!! 駄目だ、母親に手を上げるなんてことしちゃあ……!!!」
「……ソール。少しやらせておけ」
「トムさん!! でも……でも!!!」
私が信用できないっていうの……私が任務を遂行できないって、そう思ってるんでしょう!!!
だから私を置いていくんでしょう!!! 私は誰よりも訓練を積んできたわ!!! 貴女の娘として恥じないように!!! なのに、貴女は、貴女は――!!!
「恥じない娘だからこそ、ここに置いていくのよ」
……!!!
「オレリア。今回はいつもの任務とは訳が違うの。どちらが勝とうとも必ず国は変わる。何かが変わる時は相応の犠牲が生じる。その犠牲はどう訪れるかわからない――ここにいる者の誰が、それになるかわからない」
……
「下手をすれば一族が滅亡する可能性もある。その最悪の事態にだけは至らないように保険をかけておくの。本当に実力者だけを選ぶっていうのなら、トムもソールも一緒に出撃しているはずだわ」
……それなら益々私は必要じゃない?
叔父さんやソールさんがいないと皆困るけど……私が死んでも戦える者が減るだけだから。だから、お願い……私も……
「……あのねえ、オレリア」
「貴女が死んでしまったら――一体誰が、貴女の妹を支えてやれるって言うの?」
――!!!!!
あああああああああ……!!!!!
うあああああああああああっ!!!!!
「オレリア……!! オレリア!!」
「ヴィリオ、あのままにしてやれ。あのままに……存分に殴らせてやれ」
「でも、それじゃあカティアさんが……!!」
「ああやって親に物申せるのも、オレリアにとっては最後の機会になるかもしれないんだ」
「……!!」
母さんの……母さんの馬鹿っ!!!
何で最後にそれを引き合いに出すの!!! 何で……私があの子のこと、大切にしていることを知った上で!!!
前に母さんが教えてくれたこと、そのまま実行しているだけなのに!!! あの子の幸せもだけど、私も自分の幸せが欲しかっただけなのに!!!
「……ヴィリオ。言いたいことがあるならこの場で言うでやんす。これが最期になるかもしれないでやんすから」
「……」
「……どうして我々は、こんな仕事をしなきゃいけないんですか」
「……」
「生きる為ってのはわかっているんです。でもその為に……毎回死の恐怖に怯えなきゃいけないのは、どうしてなんですか……!!!」
娘として、貴女に甘えたかっただけなの……死ぬ時は貴女と一緒にって、そう心に決めていたのに!!!
どうしてそれすらも許してくれないの、我儘も認めてくれないの!!! どうして、どうして……!!!
わからずや!!! やっぱり、母さんは、ずっと……!!!
わああああああああああん……!!!!!
「……オレリア。いるな」
……叔父さんはいつも、女性の部屋に入る時にノックをしないね?
「私は上流階級の生まれではないし、上流階級ごっこもしたことがないのでな」
喧嘩売ってるの? 買ってもいいんだよ?
「……置いていかれたこと、まだ根に持っているのか」
多分そうなんじゃない。だって何に対しても、やる気が起きないもの。
「それではあの子も心配するんじゃないか?」
なしだよ。叔父さんまであの子のこと引き合いに出すの。
ていうか早く本題に移ってくれない?
「……」
「ヴィリオ以外死んだ。ヴィリオは私に会った後、どこかに行った」
……
ああそう。
母さんに一番愛されていた、愛弟子は……皆を裏切ってのこのこと帰ってきたんだ。
「オレリア、生還者をそのように言うのは――」
だってそうでしょう!!!!!
どこかに行ったっていうのも……皆に合わせる顔がなくて怖くなった!!! そうに決まっているわ!!!
仲間のことを何とも思っていないんだわ。母さんの娘に死に様を伝えることすらも、どうでもいいと思ってるんだわ……!!!!!
「……」
「立てる元気と叫ぶ体力があるなら手伝ってもらうぞ」
……え?
手に持ってるそれ、何?
「ヴィリオから託された物だ。そしてヴィリオは、姉さんから託された物だと言っていた。メモ書きを読んだ所、これはナイトメアと魔法学園に関する物らしい」
は……
「これをあの子の為に準備する……あの子には自分に仕える騎士がやってきて、魔法学園に入学するんだ。それの準備を手伝え」
……
「はあ゛っ!!!」
ぐっ……!!!
「うふふ……まだ終わらないわよっ!!!」
――っ!?
「こっちよ~ん!! そんなトコ見てちゃ、ダメダメ♡」
なっ――貴様っ!!!
あああああああ……!!!
「ふ~これで勝負ありって感じかしら。アタシの勝利ね!」
……ま……
「じゃあアタシ仕事がまだ残ってるから。バーイ♡」
待て……
「あらぁ~アタシに何か言いたいこと? あいにく予定が立て込んでいてねえ、早急に頼むわよ?」
……貴様を殺すのは、私の任務だ……
「あら立ち上がった。凄い根性ねぇ~。称賛を贈るわ、チュッ♪」
ふざけるのも大概にしろ……うぐっ……
「……今にも倒れそうで見てるこっちが怖いんだけど。大丈夫? 手を貸しましょうか?」
情けをかけるなど……があっ……
「ほら~倒れちゃったじゃない! いいわ、回復魔法をかけてア、ゲ、ル♪」
……何だと? 貴様、何故私を……
「だってぇ~、貴女随分と若いじゃない! 命をこんな所で不意にしちゃダメダメ! チャンスを与えられたと思って、生きて生きて!」
……
……深緑の髪に紫の瞳と装束。知らないのか?
「知ってるわよ、人の上に立つ者だもの。だからといって命を投げ捨てていい理由にはならないわ」
……
「ああその目。今すぐにでもこの命を投げ捨てたいって、本当はそう思っているんでしょう!」
何がわかる……
「わかっちゃうのよ、アタシそういうのに人一倍敏感だから! 例えば死んだ身内がいて、その人の元に早く向かいたいとか?」
……
「んっふっふ、図星って顔してるわねぇ~……あら、まあ!」
……今度は何だ。
「アナタ、よく見たら……すっごく綺麗な脚してるのねえ!!!」
そのようなことで驚くなど……貴様、本当にイアン・グロスティの右腕なのか?
別にこの程度の脚など、私はよく見慣れている……
「見慣れているの!? ってことはアナタのお仲間には、こんな脚を持ってる女性がいっぱいいるってこと!? なんてまあ……素晴らしいわ!!!」
……おい? 私をどこに連れていくつもりだ?
「決まっているでしょう、その脚が求められる、然るべき所へよ――!!!」
「というわけで新しいメイドさん!!! オレリアちゃんよ!!!」
「……」
……
「どう!? 見てよこの脚!!! このエプロンドレスがよく似合っていると思わない!?」
「……見てくれなぞ別にどうだっていいのだがな。しっかりと仕事はできるんだろうな」
「ばーっちりよ!! だってアタシちゃんとテストしたもの!! そしたらね、慣れているようにてきぱき家事仕事をこなしてくれて……もう完璧!! アタシ気に入っちゃったもん!!」
「……まあ貴様が良いと判断したのなら、私は信用するが」
「うっふっふ~! それじゃアタシは失礼するから、ごゆっくり信頼関係築いていってちょうだい♪」
「……」
……
「……オレリア、と言ったか」
はい。
「……アリアを取り巻く噂が最近増えてな。何でも沼の者を打ち負かしたそうだ」
……
「狙いを定めた相手は絶対に殺す、恐ろしい暗殺者を返り討ちにしたそうだが……何か知らないか?」
存じ上げません。
「……そうか。もう一つ訊くが、その髪と瞳は元からの物か?」
染料で染め上げ魔術水晶を着用しております。私はこの色合いが好きですので。
「……わかった。では今から私についてこい。どのような仕事を行ってもらうか、しっかりと教えてやる……」
……
……んぐっ。不味い、うとうとしてしまった。となるとさっきのは……夢か。
……色んなことがあったな。本当に、この数年で……
母さんが死んだことはショックだったけど……それと同じぐらい、それ以上かな。
貴女がこうして一歩を踏み出せていることが、私は嬉しいよ……
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