<魔法学園対抗戦・魔術戦
十八日目 午前七時 天幕区>
「ううーん……」
サラは天幕で目覚め、のっそりと身体を伸ばす。サンドイッチを半分だけ食べ、必要なエネルギーを身体に齎す。
そこからすぐに制服に着替え、杖とノートと羽ペンを持ち、肩からポシェットをかけて外に出る。
「……」
その前に。
三日前からちびちび飲んでいる、ポーションを一口。これで飲み干したようだ。
「ふう……」
「全く、随分と質がいいわよね……」
その独り言を、天幕の外にいた二人は聞き逃さない。
内緒でガッツポーズをしたが、出てきたので慌てて隠す。
「……ってあら。何事?」
『おはよ』
「おはよう。二人揃ってどうしたの」
人影に気付いてのっそり出て行くと、そこにはアーサーとエリスがいた。制服ではなく緩めの上着と薄手のカーディガンを羽織っている。
ぼーっとした頭で言葉を探している間にカヴァスもやってきて、元気に尻尾をばたつかせた。
『サラ 最近籠り切りなんだもん』
「どんな訓練しているか気になって、こうしてやってきたってわけだ」
「……悪いわね。魔法の研究するのに嵌っちゃって。大体天幕にいるか演習区にいるかのどっちかなの」
「そうなのか。道理であまり見かけなかったわけだ」
「そういうことよ。ああそうだ――」
天幕の中に戻り、空になったポーションの容器を持ってくる。
「これ、中々良かったわよ」
「飲んでくれたのか」
「まあ折角頂いたんだし」
『何か 素直だね』
「五月蠅いわね……」
「♪」
勝手に出てきて、微笑みながら花を回転させるサリア。
「っ、この……」
『嬉しいんだ』
「……フン」
「――」
「ワン!」
サラは紙束とペンを手にそのまま歩き出す。
「今から演習場に行くんだけど。来るかしら」
『もちろん』
「付き合うつもりで来たからな」
「そう。まっ、精々迷惑はかけないで頂戴ね……」
そして肩にかけたポーチの中身を確認して、はっとした表情になる。
『どうしたの』
「……魔力結晶を切らしていたわ」
「ああ、粉末状のやつか?」
「そうそう、魔法陣の生成に使うやつ。仮の魔法陣生成に使っていたんだけど……先ずは買いに行くわ」
「了解」
『わかった』
<午前七時十五分 中央広場>
「ふう……幾ら魔法を行使しているとはいえ、持ち上げるのは苦労しますよね」
「これ作ったのは確かフィルロッテだったか。いい仕事するな、フィルロッテの癖に」
「素直に褒めてあげてくださいよ」
「……」
「如何だろうかクラジュ殿。バランスは取れているかな?」
「左に少し傾いていますね……」
「っと……難しいなあ?」
「慣れないことするからですよ……むむむ……」
「欠伸なら構いませんよ。こんな朝方から駆り出されているんです。我慢しろって方が疲れますよね」
「ふわ~あ……ありがとうございますぅ……」
カベルネやマーロン、遠くにはブルーノやアドルフ。大勢の魔術師達が総出で、広場に特別に設けた区画に設営を行っている。
ルドミリアはクラジュの様子に気を払いつつ、配置や日程確認といった魔術師達の指揮を行っていた。薄手のローブに身を包んだ彼は、体調は良好に見える。
「それにしても、こうして並べてみると壮観だな」
「ティンタジェルとかウィングレー家とか、あと博物館に設置する予定の諸々、片っ端から持ってきましたからね~」
「博物館?」
「この度研究していた結界魔術の成果が実ってな。歴史的遺物や歴史書を展示する施設を建設することになったんだ」
「単に皆さんに見てもらうだけじゃなくって、ウィングレー家の負担が分散されるんですよ。今までは特注の倉庫作ってそこに保管していましたからね」
「五重の魔術壁に加えて三重の防衛結界。外敵は取り敢えず死ぬが維持費が莫大だった。それが解決するから、全て移動し終えた暁にはあそこで爆薬の実験でもしよう」
「さらっと物騒な展望を掲げないでください」
「……」
まだ未完成の展示会場を、きょろきょろと眺めるクラジュ。中央には剣を掲げる少年の像が設置されている。
「あの騎士王像も、遺跡から発掘されたものなのですか?」
「あれはレプリカです。ティンタジェルで発掘されたオリジナル、それを帝国初期の彫刻家が模倣したもの、それを更にウィングレー家が彫刻家に頼んで模倣してもらいました。流石に手垢とか着けられたら洒落になりませんので」
「そう言われると、質感がつるつるしていますね」
「指紋がつかないように魔術で膜を張っているんですよね」
「へぇ……」
ふんふんと納得している所に、生徒の姿が。
「ルドミリア先生、これは……」
「おお、誰かと思えばアーサーにエリス。そして……」
「久しぶりだね、サラ」
挨拶をされたにも関わらず、サラはクラジュと目を合わせようとしない。
「……サラ?」
「ああ、いいんです。彼女は昔から気難しい子だって、わかってますから」
「……フン」
まるでクラジュから逃げるかのように、サラは騎士王像に向かって歩き出していく。
「おい、そっちは購買部じゃ……」
「……」
「……もう行ってしまったな。追いかけよう」
二人の姿を見送った後、ルドミリアはクラジュに視線を投げかける。
「……忘れ形見とでも言うんでしょうか。昔僕に仕えていた、ある魔術師の一人娘なんです」
「サリア・マクシムスか?」
「ご存知でしたか。まあ確かに、彼女は植物学の権威みたいな所はありましたからね」
「七年前のある日……突然気が狂った夫に刺し殺されたと」
クラジュは力なく首を振り、目を俯ける。
「……悲しい事件でしたよ。その一件があってからというものの、あの子は父親を信用しなくなった。無理もありませんが、僕はそれが心配で……ある意味では一番気にかけている子なのかもしれません」
「……」
「サラ……逃げるようにこっちに来たな」
「……何よ」
『そんなにあの人のこと 嫌なの』
「……先ずは教えてあげるわ。あの人はクラジュ・ラング・リューヴィンディ・エレナージュ。エレナージュの第二王子、あの砂漠一帯で三番目ぐらいには偉い人よ」
「!」
「……そうだったのか」
「何でか知らないけどここに来ていて……身体ぶっ壊しても知らないっつーの……」
「逆に言うと、遠出するだけで壊れてしまうのか?」
「普通の喘息に加えて肺が機能不全を起こしているのよ。ただでさえ呼吸困難に陥りやすいのに、大気中の魔力を取り込む力が他人に比べて格段に弱い。だから遠出する体力はないし、魔力濃度が高い地域に行っても倒れる。魔法もそんなに使えるわけじゃないから、魔物や賊に襲われたとなったらもう……」
「色々と難があるんだな……」
「そうよ、そうなのよ。他人に比べて病弱な癖して、身分を引け散らかしてちょっかい出すのだけは達者なんだから……困るわ……」
額を拭いながら、サラは寄りかかる。よりにもよって騎士王像に。
「……それ、壁じゃないぞ」
「……確かにぼこぼこしてるわね」
「……」
滑らかな石のような物質でできた彼と、エリスは目を合わせようとする。
「……立て看板があるわね。騎士王アーサーを模した像、凱旋式の際に作られた特注品、そのレプリカ……だって」
「……」
サラはここでエリスに、アーサーの正体を知っていることを話してもよかったが。
ただでさえ発作に苦しんでいる現状、それは痛手にしかならないと判断した。
「……顔が平坦というか、心がないというか」
「石像なんてこんなもんでしょ」
「まあな……」
「……!」
エリスはアーサーの腕を引っ張り、ある物体を指差して見せる。
「どうした……ん、あれは」
「ああー、聖剣岩。実物かしら」
「……」
「……何よ二人して黙って」
『故郷にあの岩あったの』
「あらそうなの。だったら益々気になるでしょ……行くとしましょう」
その岩は人間の体長と同じ程度の高さで、階段が設置されて昇ることができた。一番上には長方形の穴が空いていて、中を覗き込むことができる。
アヴァロン村にある岩とほぼ同じ構造をしていた。唯一違いがあるとすれば、立て看板が二つ立ち、更に立てかけられた剣のレプリカが設置されているぐらいだろうか。
「聖剣のレプリカまであるのね。何かこう、随分と力入れているじゃない」
「聖剣……」
「騎士王が用いていた剣。名を冠する武器の中では最も有名な、聖なる力を宿す武器……」
エリスが聖剣岩に夢中になっている間を見計らって、サラはアーサーの腕を引っ張り耳打ち。
「……って何よ、アナタ騎士王本人でしょ。何でそんなことも知らないの?」
「……」
「……ワン?」
突然の問いにカヴァス共々困惑を隠せない。
言われれば確かにそうであった。
「……率直に思ったことを言いなさい。口外はしないわ」
「……自覚がない」
「ふむ」
「これに聖なる力が宿っていることもそうだし、そういった力を振りかざしていることも。何度か剣を抜いたことはあるが……その時は魔力が溢れて、力が漲る感覚なんだ」
「へぇ……ていうか、その剣を抜くと勝手に力が発動する仕組みなのね」
「そうだな……そう、なっているようだ」
「今まで疑問に思わなかったの?」
「……日常を過ごす方が大事だ」
「一理あるわね。でもそれって不便じゃない? 転がっている剣を拾わないといけないし、それがなかったら剣で戦えない。まあ、その為の格闘術なんだろうけど」
「……」
いざという時に、自分の正体やエリスの安全と緊急性を秤にかけないといけないのは、正直辛い。
だがそれをしなくていい方法もわからないのだ。
「あと何かある?」
「あったしても、キリがないからこれぐらいで」
「懸命」
「ワンワン!」
「――」
「……あっちも戻ってきたみたいだしね」
岩を観察していたエリスは、ホワイトボードを見せながら戻ってくる。そこには文字が書かれていた。
『選定の剣 だって』
「……何がだ?」
『岩に刺さってるの』
「……ん?」
『わたしも初めて知った 村長とか教えてくれなかったもん』
『伝わってないってことは アヴァロンにあるの偽物だね』
「……サラ」
「エリスの言ってる通り、あの岩にぶっ刺さっていた剣。何でもマギアステルが直接作った剣で、それを抜ける人間は女神に選ばれたってことらしいよ」
「聖剣との関係性は? あの石像から察するに、この辺には騎士王関連の遺物が展示されているようだが、何か関係しているのか」
「色々あるわ。どちらも女神が手がけた兄弟説、選定の剣の方が早くに歴史書に出てるから、聖剣はそれのレプリカ説、関係なくて名前だけを似せた説、騎士王が手にしたことにより名前が変わった説……」
『そんなにあるの 頭沸騰しちゃう』
「まあ二対の剣なんてロマン溢れる逸品、興味がそそられないわけないでしょ。それだけ多くの魔術師が魅せられていたってこと」
「……」
今腰に下げているのは、聖剣か選定の剣か。
それは何も答えず静かに鞘に収まっているだけ。
「おーい!!」
そこに聞き覚えのある声がしたかと思うと、軽快な足音と共に近付いてきた。
「あら、クラリアにクラリスじゃない。珍しいわね」
「珍しい? もう八時だ、アタシは起きる時間だぜ!」
「えっもうそんな時間なの」
「朝練やってるかなって思って演習区に行ってんだけど、そこにいなくて。飯食ってるのかな思って、購買部にきたんだ」
「で、何やら騒がしい催し物があったから来てみたと。そういうことだ」
「あ゛ーーーーーー」
頭を抱えて悶えるサラ。アーサーとエリスもはっとした。
『わたし達 買い物に来たの』
「買い物? 飯か?」
「魔力結晶だ。飯は食べたから問題ない」
「クッソアイツのせいだ……アイツがいたからこんなことに……」
「呪詛が漏れてるぞ」
「今からでも間に合うだろ! 行こうぜ!」
「行くわよ、こんなんに構ってる暇はないわ」
ずんずんと進むサラ。怒りながらもクラジュがいそうな広場は的確に避けていっている。
『本当に 嫌いなのかな』
「……それはオレ達の知る所じゃないだろ。とにかく行こう」
「ここまで来たんだ、アタシもお供するぜー!」
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