ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第六百二十二話 気持ちに応える準備

公開日時: 2021年5月17日(月) 06:46
文字数:2,939

「……はい、これが船の切符だ」

「毎度ありぃ。あれ、兄さん荷物はそれだけかい?」

「これだけあれば十分なんだ。何せ画家をしているものでね」

「そうかそうか、アルブリアには絵になる名所があんまりとあるぞぉ。よい観光をな~」



 船頭とやり取りをした後、船を降りたのはヴァイオレット――本名をヴィリオというその人。


 深緑の髪を切り揃え、白のワイシャツに黒のスラックス、クロンダインで取り寄せた可能な限り一般的な私服に身を包み、彼はアルブリアに降り立つ。



「……で、待ち合わせの場所はどこだったかな」



 事前に渡されたいたメモを確認する。そこには第一階層の地図が、ある程度は描かれていたが。



「実に広いなあこの島……元祖帝国のお膝元だから、ひょいひょい飛び回るわけにもいかないし」


「まあ……偶にはのんびり歩くのも……いや、早く帰らないとカストルの気に触れてしまうな……」



 そう呟きながらも彼は歩き出す。






 幸いにもその地図は丁寧に描かれていたので、目的の場所には難なく到着することができた。



「カタリナ、来たぞ」

「……! ヴィリオさん!」



 彼女がいたのは、もう誰も住んでいないような空き家の前であった。ぼんやりを空き家を眺めていた所に声を掛けたことになる。


 更に空き家の中からは、見たことがある人物が次々と顔を出す。



「あら、来たのねお兄さん」

「初めましてだぜー! アタシはクラリアで、ナイトメアのクラリスだぜー! カタリナの友達だぜー!」

「まーワタシも自己紹介しないといけない流れ……サラ・マクシムスよ。この妖精がナイトメアでサリアよ」

「二人共何でため口なの……」

「いや、カタリナの友達なら別に構わない」



 手を胸の前に持っていく洒落たお辞儀で返すヴィリオ。クラリスとサリアがそれに返して頭を下げる。



「おや? エリスやリーシャがいると思ったが、そうでもないのか?」

「二人は最近忙しいんだ。理由はそれぞれ違うけどね」

「成程……まあ色々あるんだな」

「さっ、ヴィリオさん早く入って。お茶を出すから」

「はは、すっかり歓迎されているねえ……」








 空き家と言っても集合住宅の形態で、数室の小部屋が密集しており更に四階建てとそれなりに大きい。


 ヴィリオが通され、更に今現在カタリナ達が拠点にしていたのは一階の少し広い部屋。管理人室とでも言った所か。





「ん、やっと来たのか……思いの外遅かったな」

「この人がめたくそに絵が上手い人なわけ?」

「……何か初めて会うのにボロクソ言われてるんだけど」



 これは失礼と二人揃って頭を下げるのは、ハンスとヴィクトールの二人であった。



「ヴィクトールだ、こちらがナイトメアのシャドウ」

「ハンスだよ。これがナイトメアのシルフィな」

「!」

「……」

「……俺ってさ、そんなため口使っていい程気さくな感じに見えるか?」

「見えるわ」

「あはは、そうかそうか……」



 でもそこがヴィリオさんのいい所です、とカタリナがフォローする。



「あたしもヴィリオさんが相手だったからこそ、やっていけてましたし……」

「ん……ああ、そうか」




 昔、昔の話だ。カタリナの訓練から日常まで、何かと面倒を見てやったものだ。


 沼の者の訓練は、年齢の近い人間が若手の育成を行う。自分とカタリナの年齢差は七歳で、程々年が離れていたのだ。




「……懐かしんでいる場合じゃないな。返信にも書いた通り、俺には時間があまりないんだ。必要な道具は全部持ってきたから早速やりたいんだが……」

「わかった、こっちも準備するね」



 カタリナと同時にサラも立ち上がる。



「準備って何をするんだー?」

「ん? クラリアは聞いていないのか?」

「アタシ暇だったし、サラがどっかに行くみたいだったからついてきたんだ!」

「俺もやることがない、と言ったら強引にな……それでやらされているのがこの空き家掃除だ」

「ぼくも巻き込まれたぞくそが。何やるのか話してくれてもいいんじゃねえのかくそが」

「ん~……三人にはまだ言えないなあ」

「えー! 気になるぜー!」

「はんっ、そんな期待度上げていいの? 大したことなかったらいびるぞ?」

「いいよ、絶対に驚くと思うから――」



 それを最後にカタリナは部屋を出ていく。サラとヴィリオも同様にした。





「……凄い自信だな。あそこまで自信たっぷりのカタリナ、初めて見たぞ」

「最近妙に彼奴は行動的だよな……加えてやけに明るくなったようにも思える」

「ていうかこの家、というか集合住宅。買うとしたらえげつない値段になるだろ」

「部屋数も多いし設備もしっかりとしているからな……一体何処で手に入れてきたのか」

「それならカタリナにさっき訊いたぜ! 知り合いが持っているのを借りたらしいぜ!」

「知り合い……? 一体どんな筋の知り合いなんだ……?」













 こうして数時間後、カタリナの用事は終わったようだ。ついでに掃除もある程度は進行した。



「ヴィリオさん、今日は本当にありがとうございました」

「いやいや、こちらも久々にいい仕事ができたよ。どうかお前のこれからに役立ててくれよな」

「勿論です」


「なあなあ、一体何をしてもらったんだー? アタシ気になるぜー!」

「ふふ、内緒」

「ぶー!」

「まあでも素晴らしい仕事はしてもらえたわ、ねえ?」



 サラに同意を求められると頷くヴィリオ。ハンスとヴィクトールは終始ぽかんとしている。



「それじゃあな……カタリナと、その友人一同。身体には気を付けるんだぞ」

「うん、ヴィリオさんもだからね……あっ、待って!」

「まだ何かあるのか?」



 カタリナは空き家の中に入り、


 そして紙袋を一つ持ってきた。



「これ、帰ってからでもいいから食べてほしいな。美味しいよ」

「食べ物……もしかしてチョコレートか?」

「そうだよ。だってもうすぐ愛と感謝の祭日だからね」

「思い出した思い出した……確か女が男にチョコレートを渡すって風習だったな」

「シスバルドの陰謀だがな……」

「余計なこと言うなヴィクトール」



 たとえ陰謀であっても準備してもらったことには変わりないので、袋を受け取るヴィリオ。



「じゃっ、帰ってから美味しく頂くとするよ……今度こそ、さようならだ」

「また会おうね、ヴィリオさん」

「ばいばーい! カタリナの知り合いの兄ちゃんー!」

「さようならー」

「……さようなら」

「まーたいつかーってねーっ!」




 個性溢れる見送りをしてもらい、ヴィリオは港に向かう。














「……」



 そうして港に着いたが、船が到着するまでまだ時間は掛かるようだ。


 その間に袋の中身を確認する――





「……ははは」


「参ったなあ、こりゃあ……」



 袋に入っていたのは三つ。一つ目は高そうな箱に入ったチョコレート、恐らく既製品を買ったのだろう。二つ目は可愛らしくラッピングされた小袋で、中をよく見るとクッキーが入っている。これはカタリナが手作りしたのだろう。


 そして三つ目は、桔梗の花であった。花言葉は『変わらぬ愛』。何を意味するかは、沼の者である彼は存分に思い知っている。





「ご丁寧に三つも……首、胃袋、心……」





 一本は茎を折って、『あなたの首が落ちても共にいる』。


 一本は花の中央を潰して、『あなたの胃袋は私の物』。


 一本はその二本を縛って、『あなたの心を包んであげる』。





「……俺のこと、そう思っていたのか。結婚をするに値する異性だと……」


「……本当に、参ったな」




「俺はまだ、お前の気持ちに応える準備ができていないよ――」

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