「……はい、これが船の切符だ」
「毎度ありぃ。あれ、兄さん荷物はそれだけかい?」
「これだけあれば十分なんだ。何せ画家をしているものでね」
「そうかそうか、アルブリアには絵になる名所があんまりとあるぞぉ。よい観光をな~」
船頭とやり取りをした後、船を降りたのはヴァイオレット――本名をヴィリオというその人。
深緑の髪を切り揃え、白のワイシャツに黒のスラックス、クロンダインで取り寄せた可能な限り一般的な私服に身を包み、彼はアルブリアに降り立つ。
「……で、待ち合わせの場所はどこだったかな」
事前に渡されたいたメモを確認する。そこには第一階層の地図が、ある程度は描かれていたが。
「実に広いなあこの島……元祖帝国のお膝元だから、ひょいひょい飛び回るわけにもいかないし」
「まあ……偶にはのんびり歩くのも……いや、早く帰らないとカストルの気に触れてしまうな……」
そう呟きながらも彼は歩き出す。
幸いにもその地図は丁寧に描かれていたので、目的の場所には難なく到着することができた。
「カタリナ、来たぞ」
「……! ヴィリオさん!」
彼女がいたのは、もう誰も住んでいないような空き家の前であった。ぼんやりを空き家を眺めていた所に声を掛けたことになる。
更に空き家の中からは、見たことがある人物が次々と顔を出す。
「あら、来たのねお兄さん」
「初めましてだぜー! アタシはクラリアで、ナイトメアのクラリスだぜー! カタリナの友達だぜー!」
「まーワタシも自己紹介しないといけない流れ……サラ・マクシムスよ。この妖精がナイトメアでサリアよ」
「二人共何でため口なの……」
「いや、カタリナの友達なら別に構わない」
手を胸の前に持っていく洒落たお辞儀で返すヴィリオ。クラリスとサリアがそれに返して頭を下げる。
「おや? エリスやリーシャがいると思ったが、そうでもないのか?」
「二人は最近忙しいんだ。理由はそれぞれ違うけどね」
「成程……まあ色々あるんだな」
「さっ、ヴィリオさん早く入って。お茶を出すから」
「はは、すっかり歓迎されているねえ……」
空き家と言っても集合住宅の形態で、数室の小部屋が密集しており更に四階建てとそれなりに大きい。
ヴィリオが通され、更に今現在カタリナ達が拠点にしていたのは一階の少し広い部屋。管理人室とでも言った所か。
「ん、やっと来たのか……思いの外遅かったな」
「この人がめたくそに絵が上手い人なわけ?」
「……何か初めて会うのにボロクソ言われてるんだけど」
これは失礼と二人揃って頭を下げるのは、ハンスとヴィクトールの二人であった。
「ヴィクトールだ、こちらがナイトメアのシャドウ」
「ハンスだよ。これがナイトメアのシルフィな」
「!」
「……」
「……俺ってさ、そんなため口使っていい程気さくな感じに見えるか?」
「見えるわ」
「あはは、そうかそうか……」
でもそこがヴィリオさんのいい所です、とカタリナがフォローする。
「あたしもヴィリオさんが相手だったからこそ、やっていけてましたし……」
「ん……ああ、そうか」
昔、昔の話だ。カタリナの訓練から日常まで、何かと面倒を見てやったものだ。
沼の者の訓練は、年齢の近い人間が若手の育成を行う。自分とカタリナの年齢差は七歳で、程々年が離れていたのだ。
「……懐かしんでいる場合じゃないな。返信にも書いた通り、俺には時間があまりないんだ。必要な道具は全部持ってきたから早速やりたいんだが……」
「わかった、こっちも準備するね」
カタリナと同時にサラも立ち上がる。
「準備って何をするんだー?」
「ん? クラリアは聞いていないのか?」
「アタシ暇だったし、サラがどっかに行くみたいだったからついてきたんだ!」
「俺もやることがない、と言ったら強引にな……それでやらされているのがこの空き家掃除だ」
「ぼくも巻き込まれたぞくそが。何やるのか話してくれてもいいんじゃねえのかくそが」
「ん~……三人にはまだ言えないなあ」
「えー! 気になるぜー!」
「はんっ、そんな期待度上げていいの? 大したことなかったらいびるぞ?」
「いいよ、絶対に驚くと思うから――」
それを最後にカタリナは部屋を出ていく。サラとヴィリオも同様にした。
「……凄い自信だな。あそこまで自信たっぷりのカタリナ、初めて見たぞ」
「最近妙に彼奴は行動的だよな……加えてやけに明るくなったようにも思える」
「ていうかこの家、というか集合住宅。買うとしたらえげつない値段になるだろ」
「部屋数も多いし設備もしっかりとしているからな……一体何処で手に入れてきたのか」
「それならカタリナにさっき訊いたぜ! 知り合いが持っているのを借りたらしいぜ!」
「知り合い……? 一体どんな筋の知り合いなんだ……?」
こうして数時間後、カタリナの用事は終わったようだ。ついでに掃除もある程度は進行した。
「ヴィリオさん、今日は本当にありがとうございました」
「いやいや、こちらも久々にいい仕事ができたよ。どうかお前のこれからに役立ててくれよな」
「勿論です」
「なあなあ、一体何をしてもらったんだー? アタシ気になるぜー!」
「ふふ、内緒」
「ぶー!」
「まあでも素晴らしい仕事はしてもらえたわ、ねえ?」
サラに同意を求められると頷くヴィリオ。ハンスとヴィクトールは終始ぽかんとしている。
「それじゃあな……カタリナと、その友人一同。身体には気を付けるんだぞ」
「うん、ヴィリオさんもだからね……あっ、待って!」
「まだ何かあるのか?」
カタリナは空き家の中に入り、
そして紙袋を一つ持ってきた。
「これ、帰ってからでもいいから食べてほしいな。美味しいよ」
「食べ物……もしかしてチョコレートか?」
「そうだよ。だってもうすぐ愛と感謝の祭日だからね」
「思い出した思い出した……確か女が男にチョコレートを渡すって風習だったな」
「シスバルドの陰謀だがな……」
「余計なこと言うなヴィクトール」
たとえ陰謀であっても準備してもらったことには変わりないので、袋を受け取るヴィリオ。
「じゃっ、帰ってから美味しく頂くとするよ……今度こそ、さようならだ」
「また会おうね、ヴィリオさん」
「ばいばーい! カタリナの知り合いの兄ちゃんー!」
「さようならー」
「……さようなら」
「まーたいつかーってねーっ!」
個性溢れる見送りをしてもらい、ヴィリオは港に向かう。
「……」
そうして港に着いたが、船が到着するまでまだ時間は掛かるようだ。
その間に袋の中身を確認する――
「……ははは」
「参ったなあ、こりゃあ……」
袋に入っていたのは三つ。一つ目は高そうな箱に入ったチョコレート、恐らく既製品を買ったのだろう。二つ目は可愛らしくラッピングされた小袋で、中をよく見るとクッキーが入っている。これはカタリナが手作りしたのだろう。
そして三つ目は、桔梗の花であった。花言葉は『変わらぬ愛』。何を意味するかは、沼の者である彼は存分に思い知っている。
「ご丁寧に三つも……首、胃袋、心……」
一本は茎を折って、『あなたの首が落ちても共にいる』。
一本は花の中央を潰して、『あなたの胃袋は私の物』。
一本はその二本を縛って、『あなたの心を包んであげる』。
「……俺のこと、そう思っていたのか。結婚をするに値する異性だと……」
「……本当に、参ったな」
「俺はまだ、お前の気持ちに応える準備ができていないよ――」
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