ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第百九十七話 出立準備

公開日時: 2020年12月6日(日) 21:53
更新日時: 2022年3月18日(金) 22:47
文字数:3,556

 ガゼル、クオーク、シャゼムの三人はゼラの店を訪れ、積み荷の準備を行っている。店から学園に対して、支援物資として送る物だ。






「にしてもやーっとお前達も初めての対抗戦かい。やれやれ、入学の時期が悪いと死んでいい好機を逃しちまう」

「ばあちゃん、これはどこに……い゛っ!?」



 シャゼムの持ってきた物を奪い去り、ついでに平手打ちを一つ。



「これはあたしの下着だ。勝手に触ってんじゃないよ」

「あたしのって、売り物だろこれ」

「旅行には新しい下着を持っていくものだろ?」

「え……ゼラさんも来るんですか?」

「折角孫の勇姿をこの目に納める機会なんだからねぇ。ついでにリネスにいる友達にも会うつもりだ」




 懐かしむようなゼラの顔を、いつの間にか三人は覗き込んでいる。




「……ヴー、ヴァンッ!!!」

「ひいっ!! ごめんハワード!! あとばあちゃん!!」

「ふん、わかってんなら手を止めずにさっさと働きな!」


「働けって……びた一文も出さねえくせによぉ……俺だけ帰ってもいい?」

「逃がさないぞぉ生徒会役員君?」

「堪忍してくれよぉ~……」











 こちらはグレイスウィル騎士団管轄区。寮一階の団長室を中心に、対抗戦に向けた準備が着々と進められている。






「カイル、ウェンディ、ダグラス、レベッカ……以上、帝国暦1057年度入団者二十九名。彼らが入団したのは四年前だから、対抗戦は二回目の参加か」

「そうなりますね」

「因みに君は何回目だ?」

「自分は四回目になりますかね」

「じゃあ結構参加しているんだな。どうだ? 学生達の戦闘を見ながら防衛ラインを警備する業務には慣れたか?」

「慣れました。でも、毎年楽しいと思った頃には終わっちゃうんですよね」

「ははは、わかるよ」




「にしても今年は時期が悪かったなあ。アルベルトの奴がいたら、喜んで準備をしてくれるのに」

「今はドーラ鉱山でしたっけ。駐屯業務も大変ですよね」

「私も若い頃はな~。各地を転々としていたんだよな~」

「懐古してないで手を動かしてください」

「へぇい」






 机に並べられた書類に目を通しながら、ジョンソンはてきぱきと確認を進める。






「失礼します団長。カイルです」

「お疲れ様。して、用件は?」

「発注の件です。基礎魔法草の在庫が切れていたので行おうと思いまして」

「んーあー……どこに?」

「アリクソン商会です。地上階から産地直送ですよ」

「それはいい心がけだ。んじゃ書類ちょうだい。ちょちょいと捺印するから……」


「団長! お疲れ様です! ダグラスです!」

「お疲れ。して何用だ?」

「はい! 重装部隊が用いる鎧を磨き終えたんですけど、どこに置いておけばいいですかね?」

「えーとそれは第一階層の港に……じゃないな。重装部隊の鎧は大きいから、一旦別の所に置いておこうってことになってたんだ。確か重装部隊の倉庫前って言われていたはずだ」

「了解しました!」


「だ、団長~! 大変ですぅ~!」

「団長室に入る時は名乗ってから入ること」

「し、失礼しました! ウェンディです! あの、寮の裏庭から凄い物が掘り出されてしまって……!

「具体的には?」

「黒いノートです! 闇属性の結界が張られていて、物々しい雰囲気で……!!」

「あ~……それユンネの持ち物だな。まあ処分していいぞ」

「え、でもユンネ先輩の許可は……」

「必要ないから埋めたんだろ。いい機会だ、火にぶち込んで存在を抹消してしまえ」

「わっ、わかりました!!」






「失礼しますわ、ジョンソン様……」

「ふぁっ、ふぁい!!!」






 鼻の下を伸ばして立ち上がるジョンソン。おかげで書類がいくつか散らばった。






「レ、レオナ様! ご機嫌麗しゅうでございます!」

「うふふ、お仕事お疲れ様ですわ~。学生の皆さんが対抗戦に打ち込んでいけるのも、貴方達騎士団の皆様が頑張ってくださっているからですわね!」

「そそそそそれは感無量でございます!!」




 しゃきっと背筋を伸ばすジョンソン。一緒に作業をしていた騎士は、狐につままれたような顔で行く末を見守っている。




「とっ、ところで! レオナ様、対抗戦の予定は如何程でございましょうか!?」

「勿論観戦に向かいますわ。武術部の皆の戦いぶりを目に焼き付けておきたいですもの~」

「そそそそうでございますか! そ、それでしたら――」

「武術部のハスター先生からお誘いを受けていまして。特等席を用意してもらいましたのよ!」

「う゛っ」




 胸を抑え込みたい衝動に駆られるジョンソン。そんな彼を横目に、レオナは机に箱を置く。




「……あ、あの?」

「マフィンを焼いてみましたの。わたくしからの差し入れですわ。お仕事頑張ってくださいね~」

「はっ! ありがとうございます!」

「ではわたくしはこれで~」






 見るも見事な直角お辞儀。レオナは気にも留めず団長室を後にしていった。




 数秒後、ジョンソンが震えながら頭を上げる。






「……オレサマハスターゼッタイユルサナイ……」

「また団長の敵が増えたよ……」

「ハスター先生って黄色いスカーフの人でしたっけ? 結構ハンサムで女性人気も高い「ちょっとおまっ「ぐほおおおおおおおおおおお」


「……言わんこっちゃない。団長の精神にダイレクトアタックだ」











「……ハッ、クスン!!」

「先生? 風邪ですか?」

「いや……」




 ハスターが鼻をすする隣を、ロシェがひらりと飛んでいく。




「いーっすリリアン。これ、参加生徒の名簿な」

「ありがとロシェ」

「どってーことはねえ。んで……」




 ロシェはハスターを見上げ、怪訝そうに見つめる。




「なぁんで俺達三年四組の担任がこっち来てるんすかねえ」

「リリアン達が困っているかなって思って来たんだぞ?」

「いや、他にも三年生いるから大丈夫だし。大体お前生徒会担当じゃないだろ」

「おっと、生徒会室には関係者以外も訪れてよいのではなかったのかな?」

「お前がここに来てるのが不自然だって――「はいはい落ち着こうなぁ……」




 ロシェとハスターの間にユージオが割って入る。



「というのも先生、武術部顧問じゃないですか。そっち行かなくていいんですか?」

「ん? それならさっき見に行ったぞ。大変元気そうに訓練に励んでいたよ」

「そ、そっすか。え~っと……おい、アザーリア!」

「お呼びになりまして~!?」




 アザーリアが座ったまま首を伸ばす。勢いで髪が揺れた。




「そっちはしおりの製作だろ!? ハスター先生が手伝ってくれるって!」

「まあ、それは大変助かりますわ! お願いしますわ~!」


「……つーわけです。先生は向こうの手伝いをお願いしますね!」

「……」




 ハスターはリリアンに目を向けるが、彼女もまたアザーリアに視線を向けた。お願いしますという無言の圧力だ。




「……わかった。私は向こうを手伝ってくるよ」

「お願いします先生~!」








 ハスターが完全に向こうに行ったのを確認してからユージオは――






「……お前、何でハスターにはそんなに」

「見りゃわかるだろう。それに噂もある」

「……」




 ロシェとユージオの視線の先には、アッシュと共に生徒の確認を行うリリアンがいる。




「……いや、全くわからん。二人は単に仲が良いだけじゃないのか?」

「じゃあいいよ。お前は知らないでいい」

「知らないでいいって……」

「お前はお前の立場で、あの二人に関わってくれや」




 どすんと紙の束を机に置く。ロシェの懐から、鼠が一匹そそくさと出て行った。











「……」




 慌ただしい様子の学園やその他関係者。




「……」




 その様子を見ながら、ヴィクトールは、




 静かにほくそ笑む。








「あっ、何だよヴィクトールここにいたのか」

「……」



 生徒の一人が紙を振りながらこちらに走ってくる。散々見慣れた生徒会役員、同学年の生徒だ。



「……何用だ?」

「いや、出発直前にもう一度確認しておこうかなって思ってさ。ほら、お前が考えた計画!」



 生徒は手に持っていた紙を押し付けてくる。





「……どの辺りが訊きたい?」

「えーと、中盤付近。ここの動き方……前進でいいんだよな」

「……ああ」

「でもこの辺りって、開始一時間でそこそこ疲れてる所だろ。休憩とかしなくていいのか?」

「それは敵も同じことだ。安心しろ、後方にも部隊を控えさせておく。彼らを動員すればいい」

「そうか……はぁ」



 生徒は溜息をついて、頭を掻く。



「試合時間三時間……正午から午後四時まで。その間ずっと動きっ放しってのはなあ……」

「貴様は参謀だから本拠地だろう」

「頭動かすのだって疲れるんだよ。こちとら普段から頭動かしてるお前とは違うんだよ」

「そうか」

「そーゆーこと! んじゃあ疑問も解消されたし、俺戻るわ。お前も早く戻れよ、人手がいるに越したことはないからな!」



 片手を軽く上げて、生徒は小気味よい音を立てて階段を降りていく。








「……」




 所詮は偽りの策。そこまで気に留める程ではないのだが。




 それでも無意識のうちに、奴のことを考えてしまっていた。






 奴は懇切丁寧に策を練る。まるでチェスの一手を打つように。




 だから、それを承知で堂々と攻め込んでやれば――

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