ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第六百五話 名も無き騎士ぎぃちゃん

公開日時: 2021年5月9日(日) 09:07
文字数:3,776

 ということで、



 魔法学園の図書館に爆速で向かい、



 『名も無き騎士の唄』関連の書物を適当に借りてきて、



 ついでにタピオカも調達してきて現在午後一時。




「よっしゃー読むぞぉー!!」

「こんなに本が出るぐらい有名なのか。オレはあまり耳にしたことがないのだが」

「華々しい騎士が武功を上げていく物語と、何の個性もない一般人がグダグダ日常を送ってるだけの日記。どっちが好まれるかって言われたらそりゃあ前者よ」

「ひどい言い様だなあサラちゃん!!」



 すっかり同一人物だと思い込んでいるギネヴィア。彼女の前で次々と内容が暴かれていく。






「『ある日のこと、私の隣を馬車が脇目も通っていき、まだ残っていた水溜まりを通っていったものだから私は泥を頭から被ってしまった。今日はなんて最悪な日だと嘆いた』」

「『そこにあの人は通り掛かって、こう言った。泥だって立派な色を持っているのだから、悲しむことはない。今のあなたも素晴らしく着飾られていると』」

「『そんなことはいいから一緒に泥を拭ってくれないかと言うと、それも当然やってくれた。当時はそれで完結したのだが、こうして振り返る今になると、あの言葉が非常に重みのあるものだと実感できる』」




「『今日、私は隣に住んでいるミリィと大喧嘩をした。互いに魔法使いだったものだから、魔弾を飛ばして周囲も破壊するぐらい激しい喧嘩をした。へろへろになってきた所に、噂の騎士がやってきた』」

「『その登場の仕方はというと、まさかの乱入。私とミリィの魔法を両方から思いっ切り喰らって、ずたぼろになりながら私達を説得してきた。どうしても喧嘩をしたいなら自分を納得させてみろと』」

「『私達は喧嘩の邪魔をされたのが不快で、色んな言葉を使って騎士を説得した。騎士があれやこれやと訊いてきたので、それに回答する形で問答を行った。するとどうだろうか、どうして喧嘩をしていたのかが整理されて、頭の中がすっきりして、段々と怒りが収まってきたのである』」

「『互いに騎士にごめんなさいをして、傷の手当てを行った。どう考えても悪いのはこっちなのに、騎士は自分達が仲直りしてくれたのならよかったと笑顔だった。申し訳ない気持ちになると同時に、救われた気もした』」




「『とうとう僕の前にもあの騎士が現れた。その時僕は下を向いて歩いており、騎士は物にぶつかってしまうから下を向いて歩いてはいけないと言った』」

「『だけど面倒臭かったので顔を上げなかった。するとこともあろうに、あの騎士は歌を歌い出した。噂通りの下手くそな歌だった。それでも僕が顔を上げないでいると、今度は歌いながら踊り出した。五月蠅いと思いながら下を向いていたら、自分で勝手に盛り上がって笑っていた。狂気そのものだった』」

「『だから耐えられなくなって顔を上げたら、その狂気はぴたりと止んで、騎士は満面の笑みでこう言った。顔を上げられるのなら、もう大丈夫だねと』」

「『どうせ何をやっても無駄だと、僕はそう思っていた。騎士の家系に生まれなければ騎士にはなれない、平民生まれの僕には華々しい未来なんて絶対実現できない。日頃からひねくれた、薄暗い心持ちで生きてきた』」

「『でもあの騎士の姿を見たら、少しは世界は明るいのかもしれないと、そう思えることができた。よく考えたらあんな狂気染みたことやっていても、あいつだって騎士なのだから、自分だったらもっとまともな人生送れるかもしれない……』」







「……読み上げる度わたしの顔見るのは何なのぉー!?」



 それは目の前にいるこのタピオカ大好き少女が、ここに書かれているようなことを本当にしでかしたのか耳を疑うからだ。



「……これさあ、全部名も無き騎士のやったことの詳細だとすると、こんな量の文字になる程何かやってたってわけ……?」

「やってたってわけだね! えっわたし全然記憶ないよ!?」

「奇行が目立つな」

「ひどいよヴィクトール君!」

「でも……奇行と一緒に、元気付けられたとか、そういったことも書かれてるわ」



 サラが頁を捲りながらぼんやり呟く。紙の匂いが微かにした。



「じゅー。たぴおかうまー」

「本当に元気付けられたのかどうか怪しいわね……」

「サラちゃんー!?」

「……」



 リーシャは無言で本を捲り、時々手を止めて黙読している。



「リーシャちゃん! 元気は出たかな!」

「出ないなあ」

「何でぇ!?」

「私からすると、友達が馬鹿やってるなあぐらいにしか思わないもん」

「そっか……今友達って言ってくれたね! 嬉しい!」



 リーシャの手を握ってぴょんぴょん跳ねるギネヴィア。因みに正座をしながら。



「何でぼく達の前で奇行に走るかな……」

「ハンス君!! 『名も無き騎士の唄』のこと、教えてくれてありがとうね!!」

「おわっ、いきなりこっちに話題を振るな!」

「当時のティンタジェルの人々もこんな心持ちだったのかしらねぇ」

「傍から見ている分には楽しそうだが、付き合うと疲れることこの上ないな」

「頭良い二人ぃー!! 何でぎぃちゃんに対してそんな辛辣なのぉー!!」





 そんなこんなで頁を捲っている中、ルシュドがぼんやり呟く。





「おれ、不思議だと思う。沢山資料ある、でも名前がわからない」

「その理由は不明だと言われているが、今ならはっきりとわかるな……マーリンが恣意的に名前を潰していったんだろう」



 その話題になった途端、しゅんと静かになるギネヴィア。



「……真面目に忘れていたわ。暗獄の魔女、よね」

「かつて聖杯の力を狙った悪女……と、歴史ではされている」

「キャラが濃いから忘れがちではあるがな。俺達のみならず、周囲もそのような感じだろう」

「……」

「何……言わせておけばいいのだ。あの魔術師にも、歴史にも」



 まるでギネヴィアを慰めるように、ヴィクトールは言う。





「今ここに存在している貴様だけが真実で、悪評は全て偽り……そうだろう?」



 彼が滅多に見せない微笑みに戸惑うギネヴィア。



 しかし数秒も経つと、それに全力で頷いて、





「うん……うん!!! わたしはわたしなんだぁーーーーーー!!!」



 机をどーん、身体をばーん。



「よーし!!! 作詞作曲頑張っちゃうよ!!! あのマーリンのクソ野郎に一泡吹かせるような、すんばらしい曲を作ってやる!!! うおおおおおおおーーー!!!」




「……決意表明が終わったらなら足を机から降ろせ」

「にゃい!!!」

「ハハハ、ギネヴィアはそうしていた方がらしいな!」

「そうよそうよ!! 底抜けに明るいのがわたしよ!!」

「底なし、だからね? 言葉は正しく使いましょう」

「あーい!!」





 









 こうしてギネヴィアの慌ただしい作詞作業も終わっていき、




 時間は日が暮れ、塔に戻って皆が寝静まる時まで進む。






「エリスちゃーん……起きてる?」

「ん……」



 目を擦って開くと、ギネヴィアが二段ベッドの梯子を上ってやってきていた。



「今日、満月じゃないから大丈夫だよ……?」

「んーとね、そうじゃなくてわたしがしたい話があるの。いい?」

「……わかった。入っていいよ」

「お邪魔しー」



 ベッドにもぞもぞ入って、二人は布団を被って密着する。



「あったかい……」

「今寒いからね~。一月も二月も、まだまだ雪は降るみたい」

「本当にどうしたんだろう、この冬……これもスルトの影響なのかな」

「スルトは火属性だし、そもそも出てきた所だってログレスの大分西じゃん。単純に気候変動とかそんなじゃない?」

「そうかな……」



 心配そうにするエリスの、頭を撫でてやるギネヴィア。



「よしよし。心配なこと、いろいろあるよね。お姉ちゃんに話しなさい」

「……お姉ちゃんが話あって来たんじゃないの」

「あ、そうだった」



 顔を近付けるように態勢を変える。





「考えてたんだ……どうしてわたしが、『名も無き騎士の唄』に残るようなことをしていたのかって」

「うん……」

「それでね、わたしちょくちょく城下町に行ってたんだよね。街の人達の困り事解決する為にさ。それって、単純に騎士らしく人の役に立ちたいっていうのもあったけど……」

「けど……?」

「……根底には、エリスちゃんへの思いがあったんじゃないかなって」



 ぎゅっと抱き締める。妹が小さい声で、えっと驚く声が聞こえた。



「エリスちゃん、お城の外を知らないし、お城の中で毎日いたいことばかりで……そんなだったから、色んな方法で元気付けたかったんだと思う」

「……」

「だからそのヒント探しだったのかな。町に出ていって、色んなことをしていたの。実際役に立ったかはもう覚えてないけど……」

「……ううん、そういえばしていたかもしれない」



 ふと目の下に当たった手が、微かに濡れるのを感じた。



「お姉ちゃんが、休暇明けに町のお話をしてくれたこと……色んな人がいて、色んなことをして、その話を聞いて楽しんでいた……」

「……そっか」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん……」



 すっかり甘える心持ちになって、抱かれる力を強めていく。



「誰かの話を聞いて、誰かの気持ちになって考えて、誰かのために行動する……お姉ちゃんが、一番得意なこと」

「言ったなあそんなこと。うん……今もそんな感じだ」

「それなら、その気持ちを歌にすればいいんじゃないかな」



 古の時代からずっと大切な妹が、現在を生きる少女に戻った。



「お姉ちゃんの歌……お姉ちゃんが作る歌。どんな風になるのか、期待しているね」

「……任せてよ。せっかくだから色んな人に――昔わたしが関わった人達にも、聴こえるような歌を作ってみせるよ」

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