「イザーク、飯の時間だ。エリシアさんお手製サンドイッチだぞ」
「マジかよもうそんな時間……わーった、今行く」
空き部屋でギターとペンを片手に作曲していたイザーク、アーサーに呼ばれて立ち上がる。
「よっこらああああああがあああああああ」
「お前、さっきのオレより変な声出すな……」
「座りっ放しだったもんでね……んがー」
腰をゆっくりと回し、心底丁寧に労わってやる。
「進捗はどのぐらいだ?」
「八割かな。あとは歌詞をちょい調整すればオッケー。例にもよってタイトル思い浮かばね」
「そもそもどういうコンセプトで作っているんだか」
「駆け抜ける夏の陽炎……」
イザークは言葉を切り、はっと気付く。
「午後は村散歩してみて、それでタイトル決ーめよっと」
「それならオレも一緒に行こう。お前と一緒に散歩したい気分だったんだ」
「何それ照れるんですけど~」
魔女の茶会の広告はイングレンスのあちこちに張り出されているが、当然アヴァロン村も例外ではない。
「あ、ここにも広告がある……」
「なぁにぃ、恥ずかしいの!」
「ち、違うよ。こんな田舎の村にも広まっているって、改めて凄いことだなあって思ってさ」
アヴァロン村に広まってるぐらいなら全世界中に広まっていると言っても過言ではない――とカタリナは確信した。
そしてまた別のことをふと思った。
「ねえリーシャ、このアヴァロン村さ……確かに辺鄙だけど、少し過剰だとあたしは思うんだ」
「何急に真面目になってぇ。でもちょっと同意しちゃうな~」
「周囲が結構森に囲まれていて、確かに行くのは苦労するんだけど……」
「人はともかく、ここまで魔物がこないとん~ってなっちゃうよね~」
周辺には魔法学園で魔術を学んでいない村人でも退治できる、そのような魔物ばかりが生息している程度だ。最もここ一、二年でそうとも言ってられなくなったが。
「他にもアヴァロンって名前の村はいっぱいあるけどさ……中でもここは特別なんじゃないかって、思っちゃうよね」
「まあ実際エリスが生まれ育った村だけどね」
「育ってはいるけど生まれてはいないんじゃない?」
「おっと、確かにそうだ。ここに訂正しておこう。誰に対してかは知らない」
友人と他愛ない話をしている間も、村人達は散歩しているカタリナの姿を見ると、有名人が来たとひそひそ噂話をするのであった。
「うう、皆があたしを見ている……」
「有名になるってこういうことよ」
「……リーシャは慣れてる感じだね。やっぱり曲芸体操やってるから?」
「舞台の上ではもっと真剣な眼差しが注がれるのよ。静かだし石灰灯あるし。でも慣れていないとやっぱり辛いんだから、店に入ってしまおう!」
「うん……よし、気を取り直して。こんにちはー」
訪れたのは前日に話していた仕立て屋である。木目が初々しい壁、それに溶け込むような優しいデザインの服を多く取り揃えているそこは、数ヶ月前に開店したばかりなのだとか。
呼び鈴を聞いてやってくる店員。同時に先に店にいたのであろう、エリスとギネヴィアも駆け付けてきた。
「いらっしゃいませー。カタリナ様ですね?」
「え、そんな、様なんて付けられる程の者では」
「謙遜してらっしゃりますけど、村でも話題になっていますよ。まだ学生なのに一念発起、貴女は仕立て屋の希望であります」
「そ、それ程でも……」
「カタリナ、部屋から出てきたんだね。ずっと部屋にいるもんだと思っていたからわたし達だけで来ちゃったよ」
「私が連れ出しました。どう、気分転換になったでしょ」
「うん……やっぱり服を見るのは楽しい」
「あとでたぴおかのお店にも行こうね!!!」
店員に友人と見て回ることを伝え、四人になった所で早速歩き出す。
「さっき店長さんに会えてね、言ってたんだ。このお店、カタリナに触発されて作ったんだって」
「え……?」
「あんな若い子がやってるんだから自分にもできないことはない、だって」
「……」
「サインでもしに行ったら~?」
「……挨拶してくる」
村は益々栄えるばかりで、人口も施設も土地も増えていく。耳を澄ませなくとも賑やかな声は耳に入ってくる。
それなりに規模の大きい集落だと、そのような声を聞いているだけでも楽しいものだ。
「ふー……お茶、ごちそうさま」
「はいよ。ありがとねえ、わざわざこんな店に来てくれて」
「いいえ、全然。お団子、美味しいです」
ルシュドは訓練場でひと汗流した後、村の中心部を散策していた。
そこで狐の獣人の老婆が経営している茶屋が目に入ったので、休憩場所に選んだのであった。
「ぼっちゃん、見てごらん。私は昔からアヴァロンに住んでるんだけど、随分と人も店も増えてきた。皆が憩ってくれる場所が欲しくてこの店をやり出したんだけど、そういうのは他にもできてきたねえ……」
「それは違うぞ、お婆さん。この店ならではの雰囲気。それはどこの店にも作れない」
「……」
「淹れたてのお茶のあったかさ。お団子のもちもち感。饅頭の懐かしい感じ。この店にか作れない。お婆さんの持ち味、大切な所。素敵ないい所だ」
目の前にいる若者が力説するものだから、思わず目がうるうるとしてしまう。
「……ありがとうねえ。まだもうちょっとだけ店を続けてみようと、そう思えたよ」
「よかった。でも、無理はしないで。人はいっぱいいます。何かあったら助けを求めるように」
「親切な子だねえ、ありがとうよ」
「色々と聞こえちまったぞルシュドーン!!」
「うわっ!? ……イザークか、びっくりした!」
ベンチに座って会話していた所に、イザークとアーサーが手を挙げて入り込んでくる。そしてルシュドの隣に座った。
「おやおやペンドラゴンさんとこの。元気そうだねえ」
「お陰様で。この二人はオレの友達なんですよ」
「ども! イザークっす!」
「ルシュドです。って、おれは自己紹介したよ」
「ははは……お婆さん、オレもお団子ください。代金はこいつのツケで」
「ブッホォ!!!」
飲んでもいない飲料を噴き出して、イザークは咽込む。
「あらまあ大変。これ布巾ね」
「あざっす……」
「これから有名になって大金を手にできるんだから、別にこれぐらいいだろう」
「オマエなあ!!! クッソー……もういいよ!! 団子二人分!!」
「はいよー。全く今日は大繁盛だ」
団子を待っている間、中央広場の方を見る。屋台が沢山出て人が殺到していた。
誰が元から村にいた人で、どのぐらいが村の外から来たのかはわからない。ただ、昔とは違って賑やかになったことは理解できる。
「それにしても、散々辺鄙な村だと言われてきたのに……この賑わいようよ」
「流石に移住者は落ち着いてきた頃合いじゃねーの? そんなに安全な場所がないのかログレス」
「実はだね、ここに来ている人には移住以外にも理由があるんだよ」
老婆が団子を携えながら言う。
「はいこちら、お待ちどう。ザイカ自治区特産品の蜂蜜団子だよ」
「あざーっす。こちらお会計っす、先払い!」
「あいよ、ありがとさん」
「いただきます。にゅー」
「美味しいー。はちみつ、とろーり。うまー」
かなりコシの強い団子のようで、一口二口噛んだだけでは中々形を変えない。歯ごたえ抜群だ。
「もぐもぐ……ふう。それで、何で人が来てるんですか」
「ああそうだったね、危うく説明を忘れる所だったよ。実はね、この村には魔術研究で人が来てるのさ」
「……魔術研究?」
「前にでっかい蜘蛛が出てきたって騒動あったろ。あん時にユーリスさんが結界を張ってくれてねえ、それでこの村はほっとんど損害がなかったんだわ」
「それはまあ、話は聞いております」
「んでもまだログレスの魔物はおかしくなったまんまだろう? だからユーリスさんが続けてやってくれてんだけど、それがかなり高性能らしくてねえ。あの人が好意で術式を開示したら、参考にさせてほしいと殺到したのさ」
「確かにこのご時世だ、防衛魔術の強化は必須だもんなー」
だからといってこの村が魔術の村として知れ渡るのは、少しこそばゆいような、そうじゃないという気持ちが沸き上がってくる。
「ユーリスさん……正直、魔術得意だったんだなあって感想しか出てこないです」
「私らだってそうだよ。もっと早くから言ってくれればよかったのにねえ。十五年前にこの村に来た時は、魔術が得意だと微塵も思わなかったさ……」
「……十五年前?」
驚くアーサーに、老婆は何も聞いていないんかと言う。隣の友人二人は黙々と団子を食べ、そして茶を飲んでまったりしている。
「まあでも、十五年も前のことなんて、今更話さなくてもいいと思ってるのかもしれんねえ」
「十年も超えりゃあ異世界の話聞いてるようなもんすからね~むぐむぐ。ユーリスさん、この村生まれじゃなかったんすか」
「そうだよぉ~、エリスちゃんが一歳の時だ。最初に見た時、あの子はエリシアさんに抱かれて寝息を立てていてねえ。可愛らしい寝顔だったのを今でも覚えているよ」
「……エリス本人は聖剣岩の近くで拾われたって言っていた」
「そりゃあ出生のことだもの、下手なこと言ったら心が傷付いちまう。だから敢えて嘘を付いてんのさ。でも村の中で拾われようが、村の外で拾われようが、結局血は繋がっていないんだから同じだとは思うけどねえ」
「でっすよねー。一体どうしてそこで嘘付いてるんすかねえ」
――村の外にいた時のことを、探られたくないから。
「うおー。おれ、友達の過去、思わぬ所で知った。だがまだまだ知りたい」
「わかってんねえルシュドさん。ほれアーサーも、大事なカノジョォーのことだと思って気軽に聞けや」
「あ、ああ……」
大事だからこそ身も入って真剣になるのだが。
「よし、私はお喋り大好きだから、どしどし話しちまうよ。当時からこの村は森に囲まれてひっそりしてたんだけど、そこに迷い込むように三人はやってきた。そんでここに住みたいって言うもんだから、ボロの空き家と捨てられた畑が広がる土地をやったんだ」
「ええ、あの辺捨てられてたんすか。めっちゃ畑広がってますけど」
「私らも無理だと思ってたんだがねえ、十年であんなに広がっちまったよ。最も最近は森を切り開いているから、それもあるんだろうけど。とにかくユーリスさんが苺を売り上げた税金が村に入ってくるから、私らは潤うばかりだ」
「ストレートに言いますねえ。一体どんな魔術を使ったんだろうなぁー」
老婆もいつの間にか茶を持ってきて、一息ついていた。
「……思えば魔物をあんまり見なくなったの、ユーリスさん達が来てからかもしれんねえ」
「そうなんすか?」
「ああ、確かにこの村は森に囲まれてるけど、どのみち魔物にはそんなことは関係ないさぁ。昔は村にも結構手慣れが多くてねえ。村ぐるみで魔術師部隊なんてのも準備されてた。で、魔物が最近見なくなってきたから維持する理由がないよなあってことで」
「解散したと。んでも再結成すべき状況になってますけどね」
「村の整備が忙しくて、魔術師を雇う金なんてないのが現状さね。まあ防衛のことはユーリスさんに一任しているような状況だ」
「農家もやって魔術師もやる、大丈夫なんすかあの人」
一通りあの家を見てみた印象では、忙しそうにしている形跡は見られなかった。
「本人が大丈夫だ、やらせてほしいって言ったんだから、信じるしかないわな」
「忙しい、身体壊す。エリス悲しむ、言っておかないと」
「そうだねえ、あんたらからも是非……おや、噂をすればだ」
「ん! あの人影は!」
買い物袋を抱えたカタリナとリーシャ、そしてまた別に袋を下げたクラリア。
三人を追うようにしてエリスとギネヴィアがアーサー達の前に姿を見せる。
「やっほー、ここにいたんだ。お団子美味しい?」
「ああ、絶品だ。エリスも食べるか?」
「じゃあお持ち帰りで貰おうかな。もう夕方だし」
「夕方?」
時計を確認すると午後四時を過ぎた所。
どうやら昔話と昔懐かしい味合いの甘味に興じすぎていたらしい。
「もうこんな時間か。じゃあオレ達も帰るとするか」
「帰ろ帰ろ~。でもお団子まだだから、待ってて!」
「私も買うか! おばあちゃん一人分くーださい!」
「わたしは五人前で! これはわたし一人で食べる量です!!」
「ええ、そんな細いのに~! 若いねえ!」
「クラリアは何買い物してきたんだ? 袋がやけに角ばってんけど」
「これは魔力結晶だ! そりの燃料、買い足した方がいいかなって!」
「ああ~そういう話もあったねえ」
「本来の目的。忘れるな、イザーク」
「じょじょじょ冗談ですよぅ~~~。クラリアはちゃんとしてますなあ!」
「アーサー、どうしたの。ぼーっとしてるけど」
「……ああ。少し考え事をしていた」
「そっか……」
「……エリスとリーシャは団子買いに行ったけど、お前はいいのか」
「あたしはいいかな。アルブリアから持ってきたおやつあるし」
「そんなものを……オレも何か持ってくればよかったかな。いや、イザークから貰おう」
「聞こえてるんだけど~!?」
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