ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第四十六話 トレック

公開日時: 2020年11月23日(月) 17:53
更新日時: 2021年11月2日(火) 19:44
文字数:3,863

 数分後、とある店にハンカチを拾った少年が入店した。




「……失礼するよ」

「いらっしゃいませー。あらまあ、お戻りになられていたんですか」

「ほう。僕のことがわかるのか」

「だってここで商売させてもらっている身ですから」

「殊勝な心掛けだ。ところで、さっき五人組の少女達が入店してこなかったか」

「あら、その子達でしたら奥の方にご案内しましたよ」

「そうか。ちょっと落とし物をしたみたいでな、届けに来たんだ。入るぞ」

「わかりましたー」






 そこから数分もせずにエリス達を発見する。






「……おい、お前達」

「あ! さっきの!」

「……何の用?」

「あのなあ……人の顔を見て鬼の首を取ったようになるな。このハンカチは誰の物だ?」

「あっ、それ私の!」

「……何となくそんな気はしていたが、やはりか」



 少年はリーシャにハンカチを渡す。



「じゃあ僕はこれで……あ?」




 ハンカチを受け取るのと同じタイミングで、


 リーシャは少年の服の裾を掴んでいた。




「そんな帰るって言わないでさー! 宿題手伝ってよー!」

「おおおっ……やめろぉぉぉ……!?」




 少年はそのままずるずると引き摺られ、


 リーシャとサラの間にちょこんと着席させられた。




「じゃあ注文頼もう! カタリナ、鈴鳴らして!」

「うん、わかった」



 ちりんちりんと鈴を鳴らし、店員を呼び出す。






(こいつら……僕のことを生徒だと思っているな!?)




 少年はやってきた店員に目配せをする。先程会計口にいた店員と同一であり、少年の様子にも気付いたようだったが。




(待て、微笑み返すな……!! お前は誠実だと思ったのに……!!)




「――オレンジジュース一杯、レモンティー一杯、ホットココア一杯、コーヒーが二つでよろしいでしょうか?」

「貴方もコーヒーでいいよね?」

「……」

「返事がないならそうするね。コーヒー一杯追加でー」

「かしこまりました。ではごゆっくりどうぞ」



 店員は伝票をポケットにしまうと厨房に向かって行く。少年は呆然とその後ろ姿を見送るしかなかった。






「よーし宿題宿題ー! ただの女子会にならないようにさっさと出せー!」

「出すぜー!」

「はぁ……」



 サラ以外の四人は次々とプリントを出す。少年は圧迫感からか居心地が悪そうにしていた。



「サリアは……そうね。彼の側にいて緊張を和らげてあげて」

「だったら僕をここから逃がす手伝いをしろ」

「それは無理。ワタシこれに付き合ってるだけでもう手いっぱいだから」

「くそがぁ……」



 少年の頭にサリアが乗っかる。



「あははっ、可愛い! スノウも膝にいてあげなよ!」

「はーいなのです!」



 少年の膝に座った瞬間、スノウの目が忽ち丸く見開かれる。



「この人……すごく冷たいのです! すごく氷なのです!」

「わかるのかナイトメア。というかお前達も見ればわかるだろ」

「え、じゃあそのマントみたいなのって氷なの?」」

「そうだ。僕はウェンディゴなんでね。その特徴がこうやってマントみたいに発現した。かっこいいだろう?」



 少年は得意そうに前髪を掻き上げる。



「うん、かっこいいと思う」

「あたしも」

「……否定できないのがムカつく~」

「すっげーかっこいいぜ! ロマンだぜ!」

「……フン」




 五人の反応を見て少年は益々得意気になる。




(どうやらこいつらセンスはあるみたいだな……まあ女子だもんな)




 少年がほくそ笑んでいる所に、頼んだ飲み物が運ばれてきた。




「おっ来た来た。じゃあ始めようか。皆何やるの?」

「えっと、帝国語」

「裁縫だぜ!」

「私は地理学!」

「算術……ねえ、教えてもらってもいいかな?」



 カタリナはサラと少年の前にプリントを差し出す。



「ふむ。文章題で詰まっているのか。文章題は誰でも引っかかる所だよな」

「何でそんなに懐かしそうなの?」

「悪いか?」

「別に。じゃあこの問題アナタが教えてね」

「はぁ!?」



 サラは紅茶を啜って窓に視線を向ける。



「サラ! お前はこっちだ! 裁縫!」

「チッ……」




 そして顔を顰めながらクラリアのプリントに視線を落とす。




「ていうかエリス意外だね。もう宿題終わってると思ってた」

「え~あ~それは……」



 エリスは目を泳がせたが。



「……みんなになら言ってもいいか。実はケビン先生から個別レポート出すように指示されているんだよね」

「ケビン先生というと、魔法学? それはどうして?」

「い、色々ありまして……」

「……あまり訊かないであげてよ」

「おお……わかったわカタリナ。何かごめんねエリス」



 リーシャがプリントと対峙し始めた時を見計らって、エリスはカタリナに耳打ちをする。



「……リーシャは知らないんだったね。魔法使いとか合成魔法とか」

「うん……あれは流石に実際に見ていないと信じてもらえないと思う……」

「そうだね……」



 しかしその会話は、唯一少年の耳だけに入っていた。






(……魔法使い? そうか彼女が……こんな普通の少女が?)




 暫くして、エリスを凝視していた少年は二人と目がばったり合う。




「どうしたの? 何か言いたいことでもあるの?」

「何でもないぞ。いいからさっさとやろう……」






 こうして女子達の宿題は着々と進んでいく。










「……お疲れ様っしたああああああああ!!!」



 時間はすっかり夕暮れ。勘定を終わらせ店を出た後、リーシャは思いっきり伸びをする。



「いやー結構サクサク進んだね。やっぱり宿題は皆でやるに限るね!」

「そうだね……何だか楽しかった」

「今日は誘ってくれてありがとう!」

「どういたしまして。次やる時も誘うね」



 五人が思い思いに気持ちを吐き出している中、少年が咳払いをした。



「……お前達。僕に何か言うことがあるんじゃないのか」

「あ……今日はどうもありがとう。勝手に巻き込んじゃってごめんね」

「まあいいよ……こういう休日もありっちゃありだ」

「貴方も学園に戻るんでしょ? 一緒に行こうよ」

「いや、僕の家はこの階層にあるんでね。気遣いは無用だ」

「そうなの? じゃあここでお別れだねっ」

「また会ったらよろしくね」

「さよならだぜー!」

「……ありがとう、さようなら」

「バイバイ」


「……ああ」



 五人が第二階層を立ち去る後ろ姿を、少年は見送っていた。











 そして、完全にその姿が見えなくなった後、


 真後ろに迫ってきていた、氷塊のゴーレムに向かって――





「……来るのが遅いぞクレーベェェェェェ!!!」





 突進し、肉体をごすごす殴る。






「いや、来るのが遅いって……ご主人が勝手にいなくなるのが悪いんでしょうが!!」

「お前が!!! お前が僕に追いつくのが遅れたせいで!!! 今日は散々な目にあった!!! お前の責任だ!!!」

「そんな理不尽な!! アドルフさんも何か言ってやってください!!」

「アドルフだと……?」



 ゴーレムの後ろには赤いローブの男性が立っている。



 彼は少年と目を合わせると、手を挙げて微笑みかけてきた。



「やあトレック。久々だが元気そうで……」

「どういうことだアドルフーッッッッッ!!!」





 トレックはクレーベの肩まで昇り、アドルフと同じ高さまでよじ登った所で、顔を睨みつける。





「今日は五人の女生徒共に絡まれてな……確か一年生だったな!!! それで日が暮れるまで宿題に付き合わされた!!! 貴様魔法学園でどういう教育をしている!? 何故一目見て僕のことを理解できない!?」

「……無茶言うなよ。お前のその見た目と声を聞いて、一発でアールイン家現当主だって見抜くのは不可能だぞ。まして一年生なら尚更だ」

「貴様ぁー!!! 貴様まで僕のことをそう言うのか!!! 人が気にしている所を躊躇なく突っ込むのか!!! くそ……グレイスウィル史の教師は誰だ!?」

「一年生ならルドミリアだよ」

「ルド……!? あの女か……!!! 今度会ったら抗議してやる!!! グレイスウィル史の授業の時は、必ず現当主の肖像画を見せるように言いつけて――」

「お前の肖像画って大分身長盛ってなかったか?」

「……ぐわあああああああーっ!!!」




 トレックはクレーベから降り地団駄を踏む。




 数分もすると、流石に落ち着いてきたようで、




 息を切らしながらも、沈着さを取り戻しつつあった。




「ぜぇぜぇ……それで何の用だ。まさか僕に会いに来ただけとでも言うんじゃないだろうな」

「実はそうなんですよ……と言いたい所だが、重要な話がある。聖教会についてなんだが」

「何?」




 聖教会という単語を聞いた途端、トレックは瞬時に顔を険しくさせる。




「……こんな人気の多い所でする話じゃない。僕の家で話せ」

「言われなくともそのつもりさ。それでお前を探していて、ばったりクレーベに会ったというわけだ」

「成程な……」
















 第二階層で最も大きい建物に向かって三人は足を進めていく。





 その途中、細々と人がいなくなりつつある所を見計らって、





「……先程の生徒についてなんだが」

「まだ文句が言い足りないか?」

「それはもう十分だ――そのうち一人が『魔法使い』、貴様の言っていた騎士王の主君だった」

「……」

「至って普通の少女だったぞ。魔法使いがどうこうって話を聞かなかったら、ずっと誤解する所だった」

「……そうか」

「ただ、確認しておきたいことがあってな――」




「――セーヴァとシルヴァには、彼女のことを伝えてはいないんだよな?」





 ぴたりとアドルフの足が止まる。





「……ああそうだ。その二人は彼女のことを知らない。前者はルドミリアと話し合って、それが一番安全だと判断した。後者はその話し合いをする時に、偶々たまたまアルブリアの外にいたから伝えられなかった。これまでに一度も戻ってきていないので、まだ伝えられていない」

「そうか――なら安全だな。シルヴァはともかく、セーヴァに……」




 丁寧に掘削された、岩の天井を仰いで。




「『帝国主義』に彼女と騎士王が渡ってしまったら、どうなるかわからんからな……」

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