こうして時は過ぎ、時刻は午後一時半ぐらい。
「むむっ」
「どうしたんノーラ」
「何だか向こうでパーシーがやらかした臭いがします」
「はは、いつものことだべ」
温室で駄弁るヒルメとノーラの二人。ノーラは園芸部で種の販売中。ヒルメは午前のシフトを頑張ったので、現在はのんびりと学園祭を見て回っている。
「今回のレース運営、辞退して本当に良かった。あっち回ってたらこんなゆっくり学園祭を楽しめないですもの」
「ウチはパーシー同様出場すればよかったかなって思ってる」
「しないんですか?」
「何かねー、最近バチバチしてさ。暴発しそうだなって」
彼女の黄色い髪を撫でると、静電気の影響か不自然に浮き立つ。
「そりゃあ卒業研究でストレス溜まってんですよ。発散してください」
「そうするわー。んみゃー」
「チーズカレーパン私にもください」
「園芸部の販売だろってワラ」
これも生徒会から横流しされたカマンベールで作っている。
「そういや知ってる? カーセラムの新メニュー」
「ああ、カレーライス。大きめの皿にカレーと米を盛るっていう」
「このカレーパンに入ってるやつより水っぽいらしいぜ。それが米とよく合うんだとか」
「想像つきませんねぇ」
「学園祭終わったら行ってみる?」
「そうですねぇ……」
そこに見慣れた顔が入ってくるのが目に入る。
「サラァ~チーズカレーパン奢ってよぉ~」
「自分で買いやがれエリスさんよぉ」
「わたしにも奢ってよぉ~」
「お前は何でいるんだギネヴィアさんよぉ」
「わたしは明日働きづめだから~今日はだらだらするの~」
「フォルスさん、どうですか温室は。心安らぐでしょう?」
「……ああ」
「どうぞ気持ちが落ち着くまで、ゆったりしていってくださいね」
「いやあやっぱり植物は気持ちいいですねえ」
「セシルはそういうの感じるのか?」
「まっ緑豊かなウィーエルで育ちましたから。ルドベックはどうです?」
「俺はまあ……そこそこ、かな」
「あれサネットは何処に行きました?」
「こっちでーす!! 先ずはお腹を満たしていってくださーい!!」
慣れ親しんだ後輩が、友人を連れてぞろぞろやってくる。
思えば彼等とこうして過ごす日々も残り少なくなってきた。
「おっすエリっちにぎぃちゃん」
「ヒルメ先輩こんにちは!」
「いや~うめ~ぞこのカレーパン。食え!」
「あふぅ!」
熱々カレーパンを口に突っ込まれて、口を必死に動かすエリス。
「……おいひいです!」
「おっほっほそうじゃろ!」
「何でヒルメが偉そうなんですか」
「ノーラ先輩お疲れ様です」
「うむ、ジャミルも息災で何よりです」
労わろうと思い肩に向かって手を伸ばす。が、届かずぴょこぴょこ。
「……」
「はいどうぞ」
「むみぃ~……!!」
屈んでやるジャミル、自身の身長の低さにぷりぷりしているノーラの隣で、フォルスは温室で栽培している植物を眺めている。
「ジャミル、君が連れてきた連れてきたこの生徒は何者です?」
「知り合いって感じですね。彼が親しくしている友人がいるんですけど、彼女今チーズ転がしレースの方に行ってしまっているので、僕が付き添っているんです」
「成程成程ぉ~」
そういやリリアンがそれらしき生徒の話をしていたなと思い出す。
「ジャミル、向こうにリフレッシュハーブを栽培している区画があったはずです。ちょっと採ってきては?」
「それ、ハーブの中でも高級品じゃないか……いいのか?」
「ハーブはちゃんと使ってあげてこそです。最も試験栽培中で上手く育ったかどうかはわかりませんので、テストって名目でなら採ってもいいと思います」
「仮に怒られたらノーラ先輩に責任擦り付けますね」
「身体は弱いのに口だけは達者になっちゃって」
こうして二人は指示された方向に向かっていく。
「どうですどうです二人共、こちらの植物の種は! 園芸部の品種改良の成果ですよ!!」
「ぬぅ。種類が多くて迷うな」
「ぼくはこの……紫陽花の種でも買いましょうかね」
「おやサネット、営業ですか。結構結構」
よっこいせっとサネットの隣に並ぶノーラ。
「他に作物とかはないかな」
「大根とかどうです? 今が植え時ですよ!」
「大根……を使った美味い料理とは」
「巷では大根ステーキなるレシピが流行っているようですよ?」
「それは気になるな」
「ほれ、そこの四年生さん。サラのお友達ですよね?」
「エリスです」
「ギネヴィアです」
「ウチの後輩でもある~」
「ほうほうそうですか。お二人は種は買わないんです?」
「え~どうしましょ~」
陳列されてある机に近付く二人。今年は種の販売量を少なくした分、値段と質をちょこっと上げている。
(だって活動の維持費が足りませんからね~)
「これでかぼちゃ育ててポタージュでも作ろ~」
「さんせ~」
「それは品種改良を行ってプランターでも育つようにしたやつですね。まっ、そのプランターもかなり大きめのが必要になっちゃうんですけど」
「それでも土地を取らないってのは大きいですよ~。三つくださ~い」
「はい、毎度」
サラが銅貨を受け取り、釣銭を返す。
「あとは花の種でも買おうかな。どこに植えるかは考えてないけど」
「保存は利くからゆっくり考えなさいな。ほい会計」
「どうもどうも~」
粗方買い物も済んだので、椅子に座ってのんびりとする。
「……いやあ、今年もたくさん買っちゃったねえ」
「エリスちゃんこれ~。手芸部で買ったポシェット~」
「わたしもブローチ買ったの~。カタリナのお手製だって~」
学園祭の成果を見せ合う二人。サラは介入せず、成り行きを見守っている。
「……サラ。今笑ってましたよ」
「は?」
「あの二人見て微笑ましそうにしてました」
「……チッ」
「反論しないってことはそういうことですね」
ノーラはポケットからパイプを取り出す。それは先端が丸くなっていて、穴が空いている。反対方向から息を吸って扱うようだ。
「何それ」
「誕生日に両親から貰ったんです。大人になるんだから、葉巻の一つでも嗜めって」
「え、マジでやんのそれワラ」
「さあ、それは味を確かめてみてからですねぇ……」
あまり見られない道具に興味を示す、三年生の後輩三人。
「ノーラ先輩それって魔法具か何かですかぁ?」
「いえ、魔力回路は通ってないんですよ。ちゃんと機構が成立していて、手を汚さずに葉巻を吸えるんだそうで」
「それは便利。俺の父も葉巻を吸っていましたが、よく手が汚れて洗うのに苦労していました……」
「ぼくは葉巻ってそんなに好きじゃないんですよねえ。臭いがより感じられちゃうんですよ」
「エルフって辛いですねえ」
「ドワーフの言う台詞かいっ」
ここでふと時計を見るヒルメ。
時刻は午後一時五十分を指していた。
「ヤバ。曲芸体操部の発表、もう直ぐ始まるやん」
「何ですってー!!」
「エリっちとぎぃちゃんも行くん?」
「リーシャが出ますので!!」
「そりゃあ重大だ。ウチと一緒に行くべ行くべ」
「待ちなさい、私も行きます。どうせ彼もいるでしょうから会いに行きます」
「おういいぞいいぞ~。ってウチが言う台詞でねえわ、いいのか園芸部さん?」
「ワタシが受け持ちましょう」
「先輩は最後の学園祭、楽しんできてくださいね!」
「……いい後輩ジャン♪」
「貴女も大概だと思いますよ、ヒルメ。ふふっ」
サラとサネットに見送られ温室を後にするノーラと、エリスとギネヴィアと共に講堂に向かうヒルメであった。
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