ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第一章一節 学園生活/始まりの一学期

第六話 アルブリア島

公開日時: 2020年11月20日(金) 18:16
更新日時: 2021年10月14日(木) 23:20
文字数:3,359

 こうしてやってきた四月。桜はまだ旅をする季節である。




 旅する距離は千差万別。徒歩で済ませられるものもあれば、海を渡って別の地域を求めるものもある。





 そしてミダイルと呼ばれる海原を、軽重に流れる花びら一枚。






 船室で眠る少女を横目に、一足お先に海を舞う。









「……ううーん……」



 エリスが目を覚ますと、そこはベッドの上。


 だがそれは自分がいつも寝ていたアヴァロン村のベッドではない。航海の安全を願う模様が彫られ、装飾が施された宿泊客用のベッド。





 今エリスは船の中のベッドで目を覚ましたのだ。




「……」




「……海って広いなあ……」



 まだ眠気が残るまま、エリスはぼんやりと窓の外を眺める。




 遠くにはぽつんと島があり、そこから大陸に向かって建造物が伸びているのがわかる。





(ローディウム島……鉱石がいっぱい採れる島だっけ。島からはアンディネ大陸に向かって橋が建設されていて、それから……)




 頭を少し掻いて、そして腕を組んで伸びをする。




(……この後が思い出せないっ)




 そして勢いに任せて、ベッドから立ち上がった。






「……はぁ」



 そのままベッドの隣にあったドレッサーを見て、自分の状況を鮮明に思い出す。

 

 紺色のブレザーの中に白いブラウス、首元には赤いリボン。茶色い膝丈のプリーツスカートに黒いロングソックス、そしてこれまた黒いパンプス。胸元には赤薔薇をモチーフとした校章がつけられている。




 彼女は所謂学生服に身を包んでいた。そして鏡に映った自分の姿が、これまでの日々が夢ではないことを物語っている。




「……わたし、学園に行くんだ」




 そう呟いた途端部屋の扉が開く。


 入ってきたのは白い犬だった。





「ワン!」

「ん……おはよ、カヴァス」



 犬の名前を呼び、頭を撫でる。その名前は村にいる間にハインリヒから教えてもらった。




「ワンワーン……」



 騎士王に仕えた偉大なる犬は今、エリスの愛撫にとろけて地に伏している。そこにまた誰か訪ねてきた。



「大丈夫か」

「ワン!」

「え、大丈夫って……わたし何かした?」

「甲板で酔っていた。気持ち悪いと言ったから部屋に連れてきた」

「ああ~……そうだったね」



 紺色のブレザーに白いシャツ、赤いリボンではなく赤いネクタイ。茶色いスラックスに黒い革靴。エリスとほぼ同じ学生服にアーサーも身を包んでいる。


 ただエリスと異なる点は、腰に鞘を携帯しており、そこには彼の使っている剣が入っている。グランチェスターの街で抜剣したあれだ。



「あと数十分で着くそうだ」

「そっか。それならそろそろ出る準備をしようか。手伝ってほしいな」

「わかった」






 十分程度で身支度を済ませ、





 エリス達は甲板に出る。














「わぁ、いい天気……」

「……」

「海と太陽が反射して、こんなにも眩しいんだ……」

「……」



 手すりにもたれかかり、水面を覗き込む。




 自分達の姿に加え、静かに船が通っていく軌跡が、波となって微かに映る。











「……」




「……ふんふんふーん……」




 

 




『我らは人形、刹那の傀儡……』




 忠犬だけが、彼女の声に耳を澄ます。




『生まれついたその日から 定められた歌劇を踊る


 喜劇に生まれば朽ちても歓笑 悲劇に生まれば錆びても涕泣


 その時望む結末は 誰にも知られず虚無の果て』




 尻尾を立てて、舌を出して、彼女の足元をくるくる歩き回る。






『遥か昔、古の、


 フェンサリルの姫君は、


 海の蒼、大地の碧を露知らぬ、空の白のみ知る少女


 誰が呼んだか籠の中の小鳥、彼が呼んだは牢獄の囚人』





 一方騎士は、その一切に興味を示さない。


 

 


『心を支え、手を取り、解き放つには、一粒の苺があればいい』




『さあ――あわっ!?」







 船体が揺れる。




 かなり大きい揺れだったようで、慌てふためく乗員の姿が他にも見えた。






「おや、二人とも来ていましたか。もうすぐ着きますよ」



 肝を抜かれた二人の元に、ハインリヒがやってくる。出会った時と同じように、彼の瞳は閉じられていた。それでいて人込みの中をすたすたと歩いてきたものだから、エリスは少し驚く。





「ハインリヒ……先生。この揺れ、大丈夫なんですか?」

「どうもこの辺りは岩礁が多いんですよね。手慣れの船乗りでないとよく揺れてしまうんですよ」

「そうなんです……かっ!?」

「おっと、気付きましたか」

「……ええ!?」



 吃驚するエリスの視界に入ったのは――



 巨大な岩山。





 その高さは天まで届きそうな程で、広さはこの船が十隻も余裕で入りそうな程である。



「あ、あの、このまま行くと事故になりませんか……!?」

「大丈夫ですよ。その証拠に、他に慌てている人がいないでしょう?」

「あ……た、確かに」

「まあ驚くのも無理はありませんけどね……ふふっ」



 悪戯な笑みを浮かべた後、口をつんと尖らせて。






「さて、到着する前にもう一度確認します。貴方達は主君とナイトメアという関係ではありますが、学園ではどちらも生徒として扱います。ナイトメアであること、まして騎士王であることは知られてしまっては何があるかわからない。そしてそのことを知っているのは一部の教員だけです。なので他のクラスメイトには決して話さないように」

「……ナイトメアがいないことを訊かれたら」

「恥ずかしがり屋で出てこないと言っておいてください。実際そういうナイトメアはいますから。貴方もいいですね、アーサー」

「……」



 ハインリヒに視線を向けたと思いきや、すぐにエリスに戻す。



「……あのね、アーサー。ずっと無言だとちょっと怖い感じになっちゃうから、その、相槌を打つとか返事をするとかしてほしいな……」

「わかった」

「あ、うん。それでいいよ。よくできました」

「……」



 瞬間、大きく汽笛が鳴った。


 エリスはまた岩山に目線を移すと、それは先程よりも大きく視界の半分を埋めようとしていた。




「……あの、本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。何せこの岩山こそがグレイスウィルですからね」

「え、それって……」

「まあ見ていてください」



 船は岩山に向かって静かに進んで行く。







 そして近付くに連れて、空洞が見えてくる。







 船が進むにつれて、一つ二つと明かりが灯っていく。











「わぁ……!」

「……」

「すごい、すごい……!」





 空洞の中に入るとまず目に入ったのは港。そして港を出た先にあるであろう空間には、数多の家々が立ち並んでいた。



 それはアヴァロン村はおろかグランチェスターの街よりも、豪勢で整然としており雅である。



 街全体に灯る数多の明かり、天井から包むように輝きを放つ魔術光球。それがこの街が栄えていること、そして世界一の大国であることを証明していた。





「この島はアルブリア島。グレイスウィルと呼んだ時はこの島のことも指します。そしてここはグレイスウィル四貴族の一つ、スコーティオ家が治める第一階層、居住区域です。グレイスウィルの殆どの民はここを生活の拠点としています――さて、行きましょうか」



 船は静かに着岸し、船笛を鳴らしたのを合図に乗客が次々と降りていく。


 エリス達もそれに続いてグレイスウィルの港に降り立つ。











「お疲れ様です、ハインリヒ先生」



 船を降りたエリス達の元に男性が駆け寄ってきた。背はとても高くて筋骨隆々、連れているナイトメアもかなり筋肉質だ。故に種族がよくわからない。



「アレックスさん、そちらこそお疲れ様です。早速ですが二人を案内するのでよろしくおねがいします」

「わかりました、こちらも準備万端ですよ。おっと、その前に自己紹介だ。俺はアレックス、こっちがナイトメアのブロットだ。学生寮の寮長をしている」



 ブロットは何も言わない代わりに上腕二頭筋をこれでもかと見せつけてきた。



「よ、よろしくお願いします、アレックスさん」

「……」

「おっ? 男の方は性格が悪いみたいだな?」

「す、すみません……」

「なあにそういうこともある。それじゃあ行こうか」


 

 アレックスはその場に留まり、透き通って光を放つ球を地面に落とす。そしてそこには円状の模様が浮かび上がった。


 エリスがしげしげとそれを――一般的に魔法陣と呼ばれる物を興味深げに見つめていると、ハインリヒが優しく説明してくる。



「この魔法陣の中に入ってください。今から双華の塔――生徒達が生活する学生寮に直行します」

「ちょ、直行ですか……」



 恐る恐る魔法陣の中に入るエリス。アーサーも彼女に続いて入る。



「では、これは軽い詠唱が必要な種類――呼び声に応え給え、創世の女神よ――」





 ハインリヒが全員入ったのを確認して呪文を唱えると、その姿が忽ち消えた。

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