ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第百七十五話 好敵手

公開日時: 2020年12月6日(日) 17:52
更新日時: 2022年2月23日(水) 22:46
文字数:2,365

「……ふっ」

「おっ、お前今笑ったな。久々に見た」

「……どうにもここ最近、また笑えるようになったみたいだ」




 そう言ってカルは窓から離れ、ヒルメも彼の隣まで歩き出す。




「へえ、それは何より。あれか? リーシャからチョコレートもらったから?」

「何故君がそれを……ああ、そういや君の差し金だったな」

「アンタに渡したいーって相談されたら、そりゃあ断るわけにはいかないっしょ。愛と感謝の祭日にオチカヅキーで、これにはシュセ神も布団の中からにっこりスマイル」

「……そうだな。確かに君の言う通りだ」




 そう言って二人が向かった先は、体育館の吹き抜けだった。


 後をついていたヒルメは眉を釣り上げる。




「……おいおい、ウチの言う通りだとか言って、今日もここからなのかい」

「ああ」

「なぁんだよ、折角ウチがキュウピッドになってやったっていうのに。あまり関係進んでないじゃねーか」

「俺と彼女はそのような……」




 その時、カルの口が止まる。




「……」

「……どした?」

「……あの生徒、中々やるな」


「んー……? 今マットで練習している子か?」

「そうだ。身体がしなやかでしかも流れるように動かせている……」

「……メリーさん、視力強化頼むわ。ウチも見てみる」

「バウッ!」











「……ふんっ」




 バトンを上に投げ、地面を蹴る。

 



「はぁっ!」




 前方に進んで側転を二回、右手でバトンを取ってから、更に加えて身体を前方に向けながら、空中捻り回転。




「……うっし。お嬢さん、中々いい調子でっせ」

「ありがとうございます、シンシン」




 バトンを手渡し、ミーナはシンシンの頭をそっと撫でた。








「……」






 生徒達が各々の練習を行っている中で、ネヴィルは呆然としてそれらに目を向けていた。






「おいおいどうした、マネージャー君よ。仕事してもらわないと困るよ」

「……へあっ。申し訳ありません」

「起きてたか、よろしい。あまりにもアグレッシブで衝撃受けたか?」

「受けてます。正直。女性の方があそこまで身体を曲げて、素早く身体を動かすなんて……間近で見たら、やっぱり衝撃ですよ」



「優雅極振りなんて、そんなの曲芸体操じゃないからね。ルーツは知ってるでしょ?」

「当然です。初代女王イズライルが、曲芸で見世物にされていた時の演技が起源。苦汁を飲んでいたウェンディゴ族の歴史そのもの、ですよね」

「やっぱターレロさんの息子さんだ。わかってんじゃん!」




 先輩部員は持っていた水筒を、ネヴィルの頭にぐりぐり押し付ける。




「いだだっ! いだいですよぉぉぉ!!」

「ただ単に女子生徒の尻追っかけてきただけじゃねえってことだ! ねえリーシャ!」





「……」



「……リーシャ? 大丈夫?」

「えっ、ああ……うん」





 リーシャは軽く頭を振り、正面に向き直る。





「……私、行ってくる」

「ああ、リーシャさん! これ僕が作ったドリンクなんですが、飲んでくださいませんか!?」





 恭しくボトルを差し出すネヴィルの隣を、リーシャは無視して歩いていく。





「……」

「固まるなよマネージャー君。それ私が貰うから。にしても、どうしたのかなリーシャ……」











「……」



 ちらちらとミーナの方を見ながら、リーシャはマットの準備をする。



「……へいき、なのです……?」

「……わからない」

「……」








「たあっ」




 バトンを上に飛ばして、




 前方に向かって側転二回――






「――あうっ」

「……! 大丈夫なのです?」

「痛たぁ……」




 丁度側転から上がった脳天に、バトンがこつんと落ちてきた。






「……ふむ」



「全体的に統一感がないですね」






 隣で水を飲んでいたミーナが、水筒を置いてすっと歩き出してくる。






「……統一感」

「ええ。ポイントは二つで、まずバトンの投げた方向が曲がっていました。そんなでは取れるわけがありません。もう一つ、側転の方向も曲がっていました。これでは観客は失望するでしょうし、あと怪我や事故に繋がりますよ」


「……よく見てるんだね」

「私と貴女では積んできた差がありますので。では失礼」

「……」






 ミーナが次の練習を行う姿を見て、リーシャは指を噛む。






「……事実、だけどさ」


「……何か、ムッと来るなあ……」




 言葉にならない何かを抱えながら、バトンを上に向かって飛ばす。そのいずれもが真っ直ぐ上には飛んでいかなかった。











「……うーむ。ライバル出現って言ったところかのう」

「バウッ!」




 視力を強化していたメリーが出てきた所で、ヒルメはカルの顔を窺う。


 彼もずっと感心しきりで彼女の様子を見ていたようだ。




「どう見ますよカル先生。リーシャン、あの子に追いつけるかなあ」

「それは練習次第って言った所だな」

「じゃあどんな練習をすればいいと思う?」

「先ずは基礎練習は欠かせないだろう。何度も同じ動きを繰り返して、身体に染み込ませる。それを組み合わせて大技に繋げばいい」

「じゃあそれを誰があの子に教える?」

「……」




 そこまで言われて、カルはヒルメの顔色に気付いた。




 普段彼女が見せないような、憮然とした目付き。


 それは聳え立つ壁、あるいは――雷を落とすか悩んでいる黒雲。






「『俺が直接指導してやる』」







         

「……ヒルメ」



   「『当たり前だろう、俺は君の』「やめて、くれないか」



   「君にはやはり才能がある。俺の見立てには「やめてくれ」



   「『そうだな、俺も一緒に――』「やめろ!!!」








 静まり返った講堂に、悲壮が混じった声が響く。






 下で活動している生徒達は吹き抜けを見上げるが、声の主をしっかりと捉えることはできなかった。









「……アンタ、やっぱり過去から逃げているだけじゃん」





         「……」





「リーシャとあの子を照らし合わせてしまって……そうして思い起こされる自分の罪と、真正面から向かい合うことを怖がっている」





         「……」





「――ウチはさ、アンタに前に進んでほしいんだよ。だって友達だから」





「壁ばっかり恐れていても、何も変わらないんだよ――」







 それだけ言い残すと、ヒルメは吹き抜けを出ていった。



 後にはカルが、悩み苦しむ彼だけが残される――

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