常夜を疾走する馬車が数台。
徐々に月は昇って星々がぽつぽつと輝き出す。風を感じている余裕はない。
「ひゃあっ!?」
「済まない、舗装されていない道を通っているが、耐えてくれ……!!」
ヴィルヘルムが操る馬車に乗せられたエリス。同乗しているのはヴィクトール、アーサー、イザーク、リーシャの四人だ。ギネヴィアは人数を詰める為、直前にエリスの中に収まってもらった。
「馬の扱い上手っすね……!!」
「ケルヴィン賢者の嗜みだからな!!」
「ヤベえっす!!」
「無駄口を叩いている暇があるなら、貴様、荷台に出てみろ――!!」
「げえーっ!!」
イザークはヴィクトールに強引に押し出される。そこから周囲の状況が把握できた。
「他の馬車もついてきてる……!!」
「全員手慣れだ。加えて夜の闇が、力を与えてくれる!!」
「そりゃあいいっすね!! んでも――」
豪勢な鞍を着けた馬車が、尚も数台喰らい付いて来ていたのが、視界に入る。
「……あいつらもうざったいなあ!!」
「リーシャ! 何をするつもりで--」
「決まってんでしょ--ヴィルヘルム様ぁー!! 追ってくる馬車に、魔法で追撃とかしていいですかー!?」
「ああ、構わないぞー!! 寧ろどんどんやってくれー!!」
「おっしぇーい!!」
リーシャに続きヴィクトール、イザークも荷台に出る。エリスとアーサーも出て行こうとしたが、スノウが近付き止めてきた。
「二人はがんばったのです! だから休むのです!」
「でも……」
「だぁーいじょうぶだって! これ戦闘じゃなくって牽制だから! それに私今回いい所見せてないから、やらせてちょーだいなっ!」
「貴様等に頼ってばかりと言うのはだな、倫理観以上に不安定な作戦なのだ。貴様等の魔力が尽きたら敗北確定、そのような策など選んでられん」
「それに見ろ!! どっからか霧出てっと!! 沼の皆さんも頑張ってくれてるんだ、ボクらでも十分十分!!」
「みんな……」
三人は荷台から魔弾を飛ばし、音を鳴らしていく。
接近してきた馬車が少し速度を落としていった。
「……なら任せるぞ。うおっと!!」
「あじゃー!! ……オマエら揺れには気を付けてろよ!?」
「リーシャもな……!!」
白い布で覆われた馬車の中には、多数の水晶が積まれ、複雑怪奇な魔法陣を展開している。
凡人が見れば思考停止に陥り、学者が見ても躊躇う代物。されど女は完膚なきまで構造を理解し、部下共に指示を出す。
「おい二十三番目に入れろ」
「えっ!?」
「二十三番目!!! 八割までだ!!! 魔法妨害と魔法支援を六・五と三の割合で入れろ!!!!」
「直ちに!!!」
司祭が魔力を供給すると――
馬が暴れ出し、あらぬ方向に馬車も動いて、揺れる揺れる。
周囲の毒を吸ったのだ。
「テメエ何しくじってるんだぁーーーーーーー!?!?!?」
「申し訳ありません!!!!!」
「私の命令すら聞けない奴は死ね!!! とっととここから降りろ!!!」
「ひっ……!!!」
「クソがよ!!! この毒霧さえなければ……!!! ああもうじれってえなあ!!!!!」
聖教会の馬車群の周囲を、紫の霧が纏わりつくように覆う。
沼の者が普段用いている暗器の一つだ。姿を眩ますのにも使うし、敵によってはそのまま殺せる。
しかし願わくば死んでほしいと思っても、そうはいかないのである。
「依然として早いですね……!!」
「もう致死量は放っているはずだが!? 魔法で結界作ってんのか!?」
「流石は三騎士勢力ってこと……おわあっ!!」
馬車から魔弾が飛んできた。幾つかは逃げても追尾してくる。
「攻撃に出たか……!!」
「出れる余裕があるでやんすね……!!」
「どうする、このままではジリ貧だ……っ!?」
馬車の後方から、軽やかに追い付いてくる影が一つ。
それは馬車と横並びになった後、トムに接触してきた。
「……ヴィリオ!!」
「族長お久しぶりです。ソールさんも」
「なななな、何の用でやんすか!?」
「族長達と同じ目的です。こちらの上司を攪乱させるのに時間がかかって、こんな遅い合流になってしまった――」
気が付くと、馬車達は一面の荒れ地に出ていた。岩と土しか見当たらない、木があっても枯れている。
「フォード荒野に出てしまった……目的地とかわかります?」
「はっきりとはわかっていないが……カタリナ達はグレイスウィルに帰還するんだ。それには船に乗らないといけない」
「なら手頃な港になりますね。そして、そこに着いたら行き止まり」
「そこまでに巻かないといけないでやんすが、食い付いてきそうでやんす……!!」
「……もう強引な手段に出るしかないな」
ヴィリオは懐から煙玉を取り出す。
つんとくる薬草の臭いに火薬の臭いも充満して――
「……我々の暗器ではないな?」
「革命軍の兵器ですよ。研究の過程で生まれた副産物、揮発性の魔術大麻。それを大量に押し固めて膜で覆い、衝撃を与えて解除。そして一気に空気に触れさせ誘爆するんです」
「革命軍はそんなものを……」
「かっぱらってきたのが五十個程。他の連中も呼んできてください、全員で打ち付けます」
「……」
迷う素振りも一瞬だけ。
すぐさまトムは行動に移る。
「ぬおっと!!」
「クラリア!!」
「ぜー!! グラグラするぜー!!」
「だったら無理に立とうとしないで!! こっち来なさい!!」
「行くぜー!!」
また違う馬車には、カタリナ、ルシュド、サラ、クラリア、ハンスが同乗。それぞれ魔法を駆使して、空から来る痩せた鳥の魔物を撃ち落としている。
「ああ、向こうにもあっちにも……!! まさかこれ、聖教会の家畜とかそんなんじゃないでしょうね!?」
「でも、噂は……ふんぐっ!! 聞いたことあります!! 聖教会は魔物を捕え、それを融合させる実験を行っていると……!! その材料を放逐しているのかもしれません!!」
「連中ならやりかねないのがなぁ……!! おらあっ!!」
揺れに耐えながらも魔法を繰り出す、繰り出していく。
この牽制がいつ終わるのか。
誰かが疑問に思ったその時であった。
「「――!!」」
「――風向きが変わった!!」
「凄いの、来る!!」
「え――」
砂塵が舞う。
地より舞い上がったそれは、立ちどころに天まで届く。
右にも左にも拡がり、瞬く間に彼方は灰色に覆われる。
「爆発か……随分と派手にやったねえ」
「……カタリナ?」
「……」
「……無理もないわね。こんな爆発、巻き込まれたら――」
「ぎゃーーーー!!!」
サラが隣を見ると、クラリアがギリギリ弓矢を回避していた所であった。
「しししししし死ぬかと思ったぜえええええーーーー!!!」
「私が内部から強化しなければやられていたな!! さて……」
クラリスが壁から抜いたそれは、俗に矢文と呼ばれる物であった。細い矢に丸めた紙が括り付けられている。
「時代錯誤だな……ん? 時代錯誤とはいえ、魔術がかけられているな」
「……それ、見せて!!」
「おわっ!?」
カタリナがそれを奪い去り、中を開く--
『爆発の前に魔術を使った 族長 ソールさん 皆 無事だ
都合が合わなかった 会いに行けなかった すまない
俺も元気にやっていく お前も元気でな
次に会える日まで ヴィリオ』
「……」
「うああ……」
文章を読み終えたカタリナは、その場に崩れ落ちる。
「カタリナ? 大丈夫?」
「うん……大丈夫……あたしも、皆も……」
「そうなのか? そんなことが書いてあったんだな?」
「まあ沼の人達つえーからな!! 生きてるってアタシは信じていたぜー!!」
「どう? 連中もう追ってこないと思うけど……」
サラが御者に確認を取り、顔を出す。
「へへっ、ばっちりですよ。流石に馬達も疲れが溜まってますが……港までは到着します。あとはこちらに任せてください」
「ん、ありがとう……」
後ろに重心をずらしたかと思うと、そのまま倒れ込む。
「あ゛ー……今度こそ死んだかと思った」
「思えば徹夜だもんな。ちょっと目でも瞑ろうぜ」
「ぐー」
「ぐー」
「早いなきみ達……」
「あたしも……ちょっとだけ、寝るね……」
その爆発は地面を抉った。
巨大な石が空から降ってきたかのように、円状に抉れている。
深さは一見では計り知れない。計り知れないが――
「……どうにかして這い出てきそうですよね」
「お前も感じるか、ヴィリオ」
「感じますとも。何てったって三騎士勢力だ、そんじょそこらの手段で死ぬような連中じゃない。まだ生きている」
「こ、これぐらいしても死なないって、本当何なんですか……」
沼の者達はぼっくり空いた大穴を前に会話を続ける。青年達の中には、脚が震えてしまっている者もいた。
「ヴィリオ……さん。話には聞いてます。先の制圧戦、唯一の生き残り……」
「止めろ」
「あうっ……」
思わず腹を殴ってしまう。そのあとではっと我に返り、頭を下げた。
「……俺も本当は死ぬ筈だったんだ。でもあの人が逃がしてくれた……本当は、あの人と……」
「それを繰り返すのは止めろと言ったはずだ。お前があれを……魔法学園への入学書を持ち帰ってくれたから、あの子は今も笑っていられている。殺す以外の生き方を見つけられている」
「……それは知ってます」
見上げた方角には、眩い朝日が昇る。
「でもそれとは話が違うんです。俺の中にはずっとあの日の光景が染み付いている。あの人は……カティアさんは。信念の元に散っていったのに、俺はそれを背に逃げ帰った。あそこで隣に立ててたのなら、どれだけ幸せだったか」
「……」
「……ヴィリオ。あんた、まだ村に戻るつもりはないでやんすか?」
「申し訳ありませんが、すみません。そっちの話も聞いています、最近の若者は敵を取りこぼすことが多くなったとか」
「……」
悔しがる、泣き出す、唇を噛む。
青年達は感情こそ表出するが、反論はしない。
「いや、別に責められることじゃない。殺すのが上手くなったって何の得にもなりやしない。それにさっきわかったように、俺達の術が通用しない敵がこの先出てくる。実際俺も一度体験した……一族を存続させる手段そのものに、限界が来ているんだ」
「……」
「そ、それなら、カタリナが……カタリナが、どうにか……」
「ああ、あの子はどうにかできるさ。ただな……それにも限界があるんだ。幾ら知識を得たとはしても、一人で状況を改善できる程、イングレンスの世界は甘くない」
「……だから俺は戻れない。あの子が少しでも世界を変えやすくなるように、俺は動かないといけない」
「それはきっと、カティアさんの願いでもあるから」
嗚呼、紫は毒の色。蝕む害の色。許されざる奪う色。
それなのに、朝日と共に空に浮かぶと、どうして美しく映えるのだろう。
「……昔からお前はそうだ。周りの大人には何も言わず、自分だけ単独で動く。仕事ついでに画材をたんまり買って、絵を嗜んでいたと知った時は驚いたぞ……」
「そんな趣味すらも、今は役立っていますので」
「……そうだな。もう殺すだけではやっていけない、本当にそんな時代なのかもしれない。所謂新時代ってやつだな」
「……早く行きなさい。お前の今の上司は、お前がいないと知ったら不味いことになるのだろう」
「俺の上司は今も昔も貴方です」
「……ああ。どうかその志が蝕まれないように。そして何よりも、生きて戻ってくるように。あの子に元気な姿を見せるように。これは、族長としての命令だ――」
「――了解致しました」
「お互い、生きて会いましょう」
「生きて生き延びてその上で、人を殺すことを強いられない世界で暮らしていきましょう――」
朝焼けに照らされ、紫紺が大気に溶けていく。
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