ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第五百二十八話 戻れない理由

公開日時: 2021年2月8日(月) 12:24
更新日時: 2022年7月14日(木) 22:16
文字数:4,593

 常夜を疾走する馬車が数台。



 徐々に月は昇って星々がぽつぽつと輝き出す。風を感じている余裕はない。








「ひゃあっ!?」

「済まない、舗装されていない道を通っているが、耐えてくれ……!!」




 ヴィルヘルムが操る馬車に乗せられたエリス。同乗しているのはヴィクトール、アーサー、イザーク、リーシャの四人だ。ギネヴィアは人数を詰める為、直前にエリスの中に収まってもらった。




「馬の扱い上手っすね……!!」

「ケルヴィン賢者の嗜みだからな!!」

「ヤベえっす!!」

「無駄口を叩いている暇があるなら、貴様、荷台に出てみろ――!!」

「げえーっ!!」






 イザークはヴィクトールに強引に押し出される。そこから周囲の状況が把握できた。






「他の馬車もついてきてる……!!」

「全員手慣れだ。加えて夜の闇が、力を与えてくれる!!」

「そりゃあいいっすね!! んでも――」



 豪勢な鞍を着けた馬車が、尚も数台喰らい付いて来ていたのが、視界に入る。



「……あいつらもうざったいなあ!!」

「リーシャ! 何をするつもりで--」




「決まってんでしょ--ヴィルヘルム様ぁー!! 追ってくる馬車に、魔法で追撃とかしていいですかー!?」

「ああ、構わないぞー!! 寧ろどんどんやってくれー!!」

「おっしぇーい!!」






 リーシャに続きヴィクトール、イザークも荷台に出る。エリスとアーサーも出て行こうとしたが、スノウが近付き止めてきた。






「二人はがんばったのです! だから休むのです!」

「でも……」


「だぁーいじょうぶだって! これ戦闘じゃなくって牽制だから! それに私今回いい所見せてないから、やらせてちょーだいなっ!」

「貴様等に頼ってばかりと言うのはだな、倫理観以上に不安定な作戦なのだ。貴様等の魔力が尽きたら敗北確定、そのような策など選んでられん」

「それに見ろ!! どっからか霧出てっと!! 沼の皆さんも頑張ってくれてるんだ、ボクらでも十分十分!!」

「みんな……」




 三人は荷台から魔弾を飛ばし、音を鳴らしていく。


 接近してきた馬車が少し速度を落としていった。






「……なら任せるぞ。うおっと!!」

「あじゃー!! ……オマエら揺れには気を付けてろよ!?」

「リーシャもな……!!」











 白い布で覆われた馬車の中には、多数の水晶が積まれ、複雑怪奇な魔法陣を展開している。


 凡人が見れば思考停止に陥り、学者が見ても躊躇う代物。されど女は完膚なきまで構造を理解し、部下共に指示を出す。






「おい二十三番目に入れろ」

「えっ!?」

「二十三番目!!! 八割までだ!!! 魔法妨害フェンサー魔法支援ビショップを六・五と三の割合で入れろ!!!!」

「直ちに!!!」




 司祭が魔力を供給すると――



 馬が暴れ出し、あらぬ方向に馬車も動いて、揺れる揺れる。



 周囲の毒を吸ったのだ。




「テメエ何しくじってるんだぁーーーーーーー!?!?!?」

「申し訳ありません!!!!!」

「私の命令すら聞けない奴は死ね!!! とっととここから降りろ!!!」

「ひっ……!!!」




「クソがよ!!! この毒霧さえなければ……!!! ああもうじれってえなあ!!!!!」











 聖教会の馬車群の周囲を、紫の霧が纏わりつくように覆う。


 沼の者が普段用いている暗器の一つだ。姿を眩ますのにも使うし、敵によってはそのまま殺せる。


 しかし願わくば死んでほしいと思っても、そうはいかないのである。






「依然として早いですね……!!」

「もう致死量は放っているはずだが!? 魔法で結界作ってんのか!?」

「流石は三騎士勢力ってこと……おわあっ!!」



 馬車から魔弾が飛んできた。幾つかは逃げても追尾してくる。



「攻撃に出たか……!!」

「出れる余裕があるでやんすね……!!」

「どうする、このままではジリ貧だ……っ!?」











 馬車の後方から、軽やかに追い付いてくる影が一つ。




 それは馬車と横並びになった後、トムに接触してきた。








「……ヴィリオ!!」

「族長お久しぶりです。ソールさんも」


「なななな、何の用でやんすか!?」

「族長達と同じ目的です。こちらの上司を攪乱させるのに時間がかかって、こんな遅い合流になってしまった――」




 気が付くと、馬車達は一面の荒れ地に出ていた。岩と土しか見当たらない、木があっても枯れている。




「フォード荒野に出てしまった……目的地とかわかります?」

「はっきりとはわかっていないが……カタリナ達はグレイスウィルに帰還するんだ。それには船に乗らないといけない」

「なら手頃な港になりますね。そして、そこに着いたら行き止まり」

「そこまでに巻かないといけないでやんすが、食い付いてきそうでやんす……!!」




「……もう強引な手段に出るしかないな」






 ヴィリオは懐から煙玉を取り出す。



 つんとくる薬草の臭いに火薬の臭いも充満して――






「……我々の暗器ではないな?」

「革命軍の兵器ですよ。研究の過程で生まれた副産物、揮発性の魔術大麻。それを大量に押し固めて膜で覆い、衝撃を与えて解除。そして一気に空気に触れさせ誘爆するんです」

「革命軍はそんなものを……」

「かっぱらってきたのが五十個程。他の連中も呼んできてください、全員で打ち付けます」

「……」






 迷う素振りも一瞬だけ。



 すぐさまトムは行動に移る。













「ぬおっと!!」

「クラリア!!」

「ぜー!! グラグラするぜー!!」

「だったら無理に立とうとしないで!! こっち来なさい!!」

「行くぜー!!」




 また違う馬車には、カタリナ、ルシュド、サラ、クラリア、ハンスが同乗。それぞれ魔法を駆使して、空から来る痩せた鳥の魔物を撃ち落としている。




「ああ、向こうにもあっちにも……!! まさかこれ、聖教会の家畜とかそんなんじゃないでしょうね!?」

「でも、噂は……ふんぐっ!! 聞いたことあります!! 聖教会は魔物を捕え、それを融合させる実験を行っていると……!! その材料を放逐しているのかもしれません!!」

「連中ならやりかねないのがなぁ……!! おらあっ!!」






 揺れに耐えながらも魔法を繰り出す、繰り出していく。




 この牽制がいつ終わるのか。




 誰かが疑問に思ったその時であった。






「「――!!」」




「――風向きが変わった!!」

「凄いの、来る!!」

「え――」











 砂塵が舞う。






 地より舞い上がったそれは、立ちどころに天まで届く。






 右にも左にも拡がり、瞬く間に彼方は灰色に覆われる。











「爆発か……随分と派手にやったねえ」

「……カタリナ?」

「……」


「……無理もないわね。こんな爆発、巻き込まれたら――」

「ぎゃーーーー!!!」




 サラが隣を見ると、クラリアがギリギリ弓矢を回避していた所であった。






「しししししし死ぬかと思ったぜえええええーーーー!!!」

「私が内部から強化しなければやられていたな!! さて……」




 クラリスが壁から抜いたそれは、俗に矢文と呼ばれる物であった。細い矢に丸めた紙が括り付けられている。




「時代錯誤だな……ん? 時代錯誤とはいえ、魔術がかけられているな」

「……それ、見せて!!」

「おわっ!?」




 カタリナがそれを奪い去り、中を開く--











『爆発の前に魔術を使った 族長 ソールさん 皆 無事だ



 都合が合わなかった 会いに行けなかった すまない



 俺も元気にやっていく お前も元気でな



 次に会える日まで ヴィリオ』











「……」



「うああ……」



 文章を読み終えたカタリナは、その場に崩れ落ちる。






「カタリナ? 大丈夫?」

「うん……大丈夫……あたしも、皆も……」

「そうなのか? そんなことが書いてあったんだな?」

「まあ沼の人達つえーからな!! 生きてるってアタシは信じていたぜー!!」

「どう? 連中もう追ってこないと思うけど……」



 サラが御者に確認を取り、顔を出す。



「へへっ、ばっちりですよ。流石に馬達も疲れが溜まってますが……港までは到着します。あとはこちらに任せてください」

「ん、ありがとう……」



 後ろに重心をずらしたかと思うと、そのまま倒れ込む。






「あ゛ー……今度こそ死んだかと思った」

「思えば徹夜だもんな。ちょっと目でも瞑ろうぜ」

「ぐー」

「ぐー」

「早いなきみ達……」

「あたしも……ちょっとだけ、寝るね……」
















 その爆発は地面を抉った。




 巨大な石が空から降ってきたかのように、円状に抉れている。




 深さは一見では計り知れない。計り知れないが――






「……どうにかして這い出てきそうですよね」

「お前も感じるか、ヴィリオ」


「感じますとも。何てったって三騎士勢力だ、そんじょそこらの手段で死ぬような連中じゃない。まだ生きている」

「こ、これぐらいしても死なないって、本当何なんですか……」






 沼の者達はぼっくり空いた大穴を前に会話を続ける。青年達の中には、脚が震えてしまっている者もいた。






「ヴィリオ……さん。話には聞いてます。先の制圧戦、唯一の生き残り……」

「止めろ」

「あうっ……」



 思わず腹を殴ってしまう。そのあとではっと我に返り、頭を下げた。



「……俺も本当は死ぬ筈だったんだ。でもあの人が逃がしてくれた……本当は、あの人と……」

「それを繰り返すのは止めろと言ったはずだ。お前があれを……魔法学園への入学書を持ち帰ってくれたから、あの子は今も笑っていられている。殺す以外の生き方を見つけられている」

「……それは知ってます」



 見上げた方角には、眩い朝日が昇る。



「でもそれとは話が違うんです。俺の中にはずっとあの日の光景が染み付いている。あの人は……カティアさんは。信念の元に散っていったのに、俺はそれを背に逃げ帰った。あそこで隣に立ててたのなら、どれだけ幸せだったか」

「……」






「……ヴィリオ。あんた、まだ村に戻るつもりはないでやんすか?」

「申し訳ありませんが、すみません。そっちの話も聞いています、最近の若者は敵を取りこぼすことが多くなったとか」

「……」




 悔しがる、泣き出す、唇を噛む。



 青年達は感情こそ表出するが、反論はしない。




「いや、別に責められることじゃない。殺すのが上手くなったって何の得にもなりやしない。それにさっきわかったように、俺達の術が通用しない敵がこの先出てくる。実際俺も一度体験した……一族を存続させる手段そのものに、限界が来ているんだ」

「……」


「そ、それなら、カタリナが……カタリナが、どうにか……」

「ああ、あの子はどうにかできるさ。ただな……それにも限界があるんだ。幾ら知識を得たとはしても、一人で状況を改善できる程、イングレンスの世界は甘くない」




「……だから俺は戻れない。あの子が少しでも世界を変えやすくなるように、俺は動かないといけない」






「それはきっと、カティアさんの願いでもあるから」








 嗚呼、紫は毒の色。蝕む害の色。許されざる奪う色。




 それなのに、朝日と共に空に浮かぶと、どうして美しく映えるのだろう。








「……昔からお前はそうだ。周りの大人には何も言わず、自分だけ単独で動く。仕事ついでに画材をたんまり買って、絵を嗜んでいたと知った時は驚いたぞ……」

「そんな趣味すらも、今は役立っていますので」

「……そうだな。もう殺すだけではやっていけない、本当にそんな時代なのかもしれない。所謂新時代ってやつだな」




「……早く行きなさい。お前の今の上司は、お前がいないと知ったら不味いことになるのだろう」

「俺の上司は今も昔も貴方です」




「……ああ。どうかその志が蝕まれないように。そして何よりも、生きて戻ってくるように。あの子に元気な姿を見せるように。これは、族長としての命令だ――」

「――了解致しました」






「お互い、生きて会いましょう」




「生きて生き延びてその上で、人を殺すことを強いられない世界で暮らしていきましょう――」








 朝焼けに照らされ、紫紺が大気に溶けていく。

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