ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第七百七十四話 アヴァロン村での夏休み・その一

公開日時: 2021年11月14日(日) 23:37
更新日時: 2021年11月15日(月) 22:22
文字数:3,836

「ふー……どっこいせっと」



「あら……私ったら。ガラにもない声出しちゃったわ」

「お疲れの証拠だにゃー」

「だって使ってない部屋まで掃除したんだもの……ふー」



 何度も息をつきながら、エリシアは立ち上がる。


 家の外に立て掛けてある時計を確認すると、午後五時を差そうとしていた。そろそろ予定の時間になる。



「もうすぐ来るのね……何だかわくわくしちゃう」

「クロは家事の多さに眩暈がしそうにゃ」

「それすらも楽しみだわ。今まで経験したことなかったもの。この日の為に本を沢山読んで、想像を膨らませてきたのよ?」

「……ああ、エリシアはそういう奴だったにゃ。長いこと『お母さん』だったから、忘れていたにゃ」








 物思いに耽っていると、彼らの姿がとうとうお出まし。



 娘エリスと、その騎士アーサーとギネヴィアの、大切な友人達だ。






「あ~着いた着いた。よっこいせ……」

「ジョージお疲れ。部屋に戻ってていいよ。あとは僕が何とかしておくから」

「頼むぜ。ったく、これが仕事とは言えど堪えるものがあるなあ」



 のっそり家に入っていくジョージの隣を掠めて、エリシアは子供達を歓迎する。



「遠い旅をお疲れ様。ようこそアヴァロン村へ。そして我が家へようこそ」

「ここがわたしの家だよー! 広いでしょ!」

「確かに広いな。家ではなく畑の面積がな」



 ヴィクトールが周囲を見回すと、そこには一面の苺畑が。



 彼の本能が疼く。この畑に用いられている魔術について知りたいと。



「ユーリス殿、こちらの畑を見学させていただくことは可能でしょうか」

「え、別にいいけど。畑仕事手伝ってくれるって絶対条件を飲んでくれるならいいけど」

「……」

「真剣に考え込むなや先生」


「そうだ、ワタシ魔法陣を用いた研究を行いたいのですが。空いている場所はありませんか」

「あーそれなら今後拡張予定でまだ使ってない土地があるよ?」

「また広げるの? ていうか二人共、それ訊く前にやることあるでしょ!」

「荷物を置かなきゃ話にならないぜー! 邪魔したいぜー!」



 既にクラリアは玄関まで移動して、ご丁寧に入るのを我慢していた。



「あらあら、ごめんなさいね。そうね、外は暑いし中に入ってしまいましょう」

「部屋の中は涼しいしな! というわけで、お邪魔しー!」











 ユーリスとエリシアの自室、エリスの自室、アーサーの自室。これらを除いても二階には使われてない部屋が三つも存在している。この家を建てた者はどうしてこんなに部屋を作ったのかわからないが、取り敢えず今はそれが大活躍だ。


 部屋の一つに男女で分かれて入る。一先ずは荷物を置いて寝床を確認。



「ベッドじゃなくて布団かぁ……」

「流石に五人もベッドを用意できなかったか。ハンス、貴族生まれのお前はベッドじゃないと眠れないか?」

「べ、別に眠れるし。貴族生まれを言うんだったらヴィクトールはどうなのさ」

「俺は別に……劣悪な環境でなければどこでも」



 布団はふかふか羽毛布団。エリシアが丁寧に干してくれたのだろう。



「それはそれとして五人寝ると狭くね?」

「二、三人程度で部屋は分けてくれるだろう。後で言いに行くか」

「サラが個別の部屋を要求して研究を始める所まで読めたわ」

「他人の家だぞ……全く」



 やることもなくなったし、まだ掃除し立ての特有の埃臭さにも慣れないので、男子五人は部屋を出ることにした。











 一階リビングに降りると、既に女子達は集まって一思いにリラックスしている所だった。



「おっつ~。まあ座ってよ」

「リーシャここは他人ん家~。まあ座りなさい座りなさい」

「エリスが家主さんみたいだあ」



 するとエリシアが果実水の乗ったお盆を手にやってくる。



 十一人分のコップが机にどんどん置かれた。



「さあ先ずは飲んでいってちょうだい。新鮮オレンジの果実水よ」

「いただきまー!」



 あっという間に飲み干すのがエネルギッシュな若者というもの。




 当然のようにお代わりも要求されるので、クロは早速白目を剥いていた。



「く、クロ達も座りたいにゃ……」

「ワオン! 元気していたか、猫!」

「シャアー!! クロって呼べにゃー!! この犬ー!!」

「ガルルルル……!!」

「はいはい。カヴァス、何でお前はクロと仲良くできないんだよ」



 アーサーがカヴァスに毛並みを逆立てる罰を与えている隣で、口を開くのはサラ。



「すみません、空いている部屋を一つお借りできないでしょうか。ワタシの研究に使いますので」

「まあ、研究ですって。家を破壊しないこととちゃんと掃除してくれることが条件よ。それを飲んでくれるなら、一番奥の部屋が空いてるから使っていいわよ」

「あ、ボクらももう一つ部屋借りたいっす! 寝る時狭いっす!」

「それなら寝る時だけ主人の部屋を使うといいわ。あの人今いないから」

「え? つまり、家じゃない所に寝泊まりしてるってことっすか?」

「『十一人もいると狭いだろ』ってさ。あいつは村の宿屋にいる。そして俺も今から行く」



 ジョージは風呂場からのっそり出てきたかと思うと、そのまま玄関まで歩いていった。



「……な、何か大変なことになっちゃった」

「いいのよ。エリスが友達連れてくるなんて初めてのことだもの」

「アヴァロン村は辺鄙な所だから、招待し辛いんだよねー……」

「んなこと言ったらアルブリアの外から来てる学生皆そうだろ」

「辺鄙な所なんて言うけれど、それを知ってわざわざ来たということは、余程の事情があるのね?」

「実は実益も兼ねてまして……」



 ログレス平原の調査の宿題が出ていること、その調査の為にこの先数日に渡って村を出ていくこと。


 事前に用意しておいた作り話を手短に伝えるエリスであった。



「そっか、学園の宿題なのね。頑張りなさいな」

「頑張りまーす……」

「でもそれはそれとして、アヴァロン村で夏休みを満喫していって頂戴。折角の夏なんだから」

「それはもちろん……」

「でもあんまり村にいすぎて、調査やりたくないーってことにならないようにね?」

「わかってますよお。五日! 五日はとりあえずここにいよう!」

「そうこなくっちゃ。こんなものもあるから、先ずは見てみたらいいんじゃない?」



 追撃をかけるように、エリシアはアヴァロン村の地図を持ってきた。



「うわ、こんなのできたんだ」

「施設が益々増える一方だから。中心部なんてそこらの村より栄えているわよ」


「へー、ちょっとした訓練場があるんだな。アーサー行くか?」

「お前が訓練するってならいいぞ」

「ボクがそんなのしないってわかってる癖にぃ~。てかボクはそもそも無理だぞ、新曲が優先だ」

「じゃ、おれは行く。感想、伝える」

「俺はユーリス殿に魔術をだな……」

「ぼく何もすることねえや」

「じゃあ新曲作り手伝えやハンスちゅわ~ん♡」

「何でそうなるんだよ!!!」


「みんなは他に気になる所あるー?」

「仕立て屋……かな。でもあたし、殆どこっちに残らないといけないから」

「カフェやらレストランやらがたーくさん。美味しい物美味しい物……」

「たぴおかやさんができてる!!! この四ヶ月で!!! 行きたいで候!!!」

「ワタシも家かしらね~。研究したいし魔術も気になるし」

「魔法具の店とか行ってみないのかー? 何かこう、田舎ならではの物があるはずだぜ!」

「別にいいわ。勝手に行ってきて頂戴」











 と、このように早速翌日の日程を立てる一同であったが、


 どのみち今日は日が暮れてしまうのでそれはできない。今できることといえば――




「飯だー!!」

「これも十一人分、疲れるにゃあ~……」

「リーシャさんにギネヴィアも、手伝ってくれてありがとうね」

「何のこれしきー!」

「お母さん、わたしも手伝ったんだからね。忘れないでよ」

「あら、やきもち焼いちゃって。勿論よ、ふふっ」



 美味しいシチューが机に並ぶ。それから食器を動かしたりする音、コクのあるシチューの香りが十三人分。



「ってユーリスさんいつの間に」

「飯だけ頂いて帰るわ。母さんのシチューは絶品だからね」

「もう、またそんなこと言って……」


「ところで君ら、調査とやらはいつ出立する予定だい」

「五日後ですかね。さっきエリスが提案したので」

「そうかそうか、んー、おっけい」



 どこでそのことを、と訊く前にユーリスは台所に向かう。そしてお代わりを自分で持ってきたのだった。



「ま、くれぐれも……危険な真似はしないように。絶対に生還してくるんだよ」

「……それは勿論です」

「ふー。じゃあこれ食べたら僕は帰るよ。よい夏休みを」






 そしてユーリスが帰ってから五分後。



「はいこれ、食後のデザートよ。摘み立て苺をたーくさん食べて頂戴な」

「「「やったー!」」」



 籠いっぱいに盛られた苺に、続々と手を伸ばしていく一同。




 数分もしないうちに籠は空っぽになる。



「あらあら、あの人随分な量を用意してくれたのに」

「あっという間になくなったにゃ。食べ盛りは怖いにゃあ~」


「ごちそうさまでした。そして、これからお世話になります」

「あらまあルシュドさん、わざわざありがとう。遠慮しないで楽しんでいってね」

「アヴァロン村はまだまだ地味な村だけど、旅行したって記憶には残るからにゃー」




 間もなくして全員が食事を終え、団欒の時間に入る。




「取り敢えず風呂にさっさと入ってほしいにゃ。家の風呂は狭くて多くても二人しか入れないにゃ。あと火起こしする時間もあるんだにゃ」

「じゃあ私最初に入るわ! スノウ行くよ!」

「なのでーす!」


「先女子達で入っていいよ。ボクらは枕投げでもしとくから」

「何でそうなるんだ」

「重ねて言うけど家を壊さないでね?」

「今の圧力がありましたぞエリシアさん」






 夏の夜が長いのは、楽しいことを沢山するから。

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