ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第五百七十一話 彼の誇りは

公開日時: 2021年4月14日(水) 07:09
文字数:4,308

(……)


(……ああ)


(空って、こんな黒かったのかぁ)



 瞼が落ちていても、それとなく視界に入ってくる。



(チェシャ……あたしの為に戦って、力尽きて、強制的に収納されたか)


(ごめんね、あたしの為にさ……)




 その時、急に体勢が変わった。




(ん……)




 自分を担いでいたであろう男共が何かに襲われたらしい。


 投げ飛ばされる、と思った次の瞬間には、誰かが受け止めてくれた。




「……!」


「……ちゃん!」


「姉ちゃん!!」




 目を開くと、そこには今にも泣き出しそうな、ぼろぼろの弟の姿があった。





「……ルシュド」

「姉ちゃん!! 縄、解いた!! 魔法、魔法使う!!」

「いや……」

「えっと、二ブリス、二ブリス……!!」



 弟は魔法が得意ではないということは、姉である自分が一番わかっている。


 震える腕をそっと握った。



「……無理すんな。お前だってぼろぼろじゃないか。姉ちゃんは、何とかなる……」

「でも、でも……!!」

「……それよりも、先に向かわないといけないんじゃないのか?」



 その言葉にはっとするルシュド。



「キ、キアラ、いない……」

「あいつら更に二手に分かれたんだ。キアラを連れた連中が先行していって……あたしは予備なんだろうね。仮にも族長の娘だから……」

「……!!!」



 拳が震える。今度は恐怖や焦燥ではなく、怒りによって。



「キアラ、キアラ、出来損ない、違う……!!!」

「……」

「キアラ、先祖返り!! 皆違う、竜族、頑張ってきた……!!!」

「……ルシュド」

「あいつら何も分かってない!!! 馬鹿にしやがって!!!」

「ルシュド」

「おれが、おれが教えて……!!!」

「ルシュド!!!」






 叫んだ勢いで、咳き込んでしまう。



「……あ……」

「ごほっ……大丈夫だ、もう落ち着いた。ルシュドの気持ちはわかるさ……でも、怒っちゃいけない」

「それは……嫌だ!!! おれ、もう無理だ……!!!」



 今まで溜め込んできたものが溢れ出すように、彼は怒り、泣く。



「違うんだルシュド、怒っちゃいけないってことじゃないんだ。今は怒っても……無駄なんだ……」

「……」

「あいつは……あの馬鹿共が収めようとしいているあいつは。あたし達みたいなちっぽけな存在の感情なんて、全部飲み込んで灰にしてしまう。そういう奴なんだよ……」



 地震も熱波も益々強まり、並の人間ならば逃げ帰りたくなる状況だ。





「……なあ、ルシュド。お前の誇りって何だ?」

「……え?」


「お前はずっと、竜族の皆に認められることが目標だったよなあ。こんな……姉やカノジョを傷付けるような連中と」

「……」

「強くなるだけじゃない。それよりも、それ以上に大切なこと、魔法学園で見つけてきたはずだ」



「それに従い……闘い抜け」





 それだけを言い残して、彼女は瞼を閉じた。






「姉ちゃん……」

「……眠っただけだ。この熱に晒されていたからな、疲れ切っちまったんだろう」



 ジャバウォックが声を掛けたこのタイミングで、奈落の者の殲滅を行っていた友人達が、合流してくる。





「ルシュド!! ルカさんは!?」

「……眠った。疲れてる、火傷もしてる、治療、必要……」

「治療ならできないことはないけど……」



 ふと後ろを振り返ると、竜族の男共が、気絶して倒れてるのが見える。



「……治療以外にもできるよ。みんな守っていくことも、街に瞬間移動させることも……」

「エリス、アナタは優しいからそうするでしょうけどね。コイツらは何をしでかした?」



 敢えて厳しい口調で、サラは詰め寄る。



「ワタシ達の身内に酷いことをしたでしょう。恐らく守り切った所で、恩も忘れてまた危害を加えてくるわよ。竜族って無駄にプライド高いもの」


「それに相手は恐るべき八の巨人。聖杯の力はなるべく温存するべき。こんな、名前も素性も知らないような連中助けて、いざ自分達が焼き尽くされそうになって、そこで全員死んだらどうするの?」





 目を丸く見開き、暫し無言になった後――



 うんと頷いて、両頬をぺちんと叩く。



「……サラが来てくれて本当によかった。サラの言葉じゃなかったら迷っていたと思う」

「そうだな……こういうことを言えるのは、サラかハンスかヴィクトールだけだ。今は二人と分断されてしまったからな……」

「……フン」


「んじゃルカさんだけを安全な街まで連れていくってことでオーケー?」

「そうだね、安全に行ける為の魔法なら掛けれるよ」

「でも誰か一人は連れていかないとならないが……」

「……私行くよ」



 リーシャが手を挙げるが、その声には覇気がない。



「……マジでごめん。私、もう限界だわ。これ以上進んだら……絶対溶ける……」



 悔しさと恐さが混じってぐたぐたの声だ。


 涙として流れ出る水分も今はない。



「……リーシャ」

「……神々と張り合った奴が相手だぞ。ここまで来れただけでも……もう十分だ」

「うん……うん……」





 アーサーには、ルカを背負う為の補助具を生成してもらい、それからエリスに聖杯の魔法を掛けてもらう。


 行先もそれらが教えてくれる――




「じゃあ……絶対帰ってきてよ!!! 帰って美味しい物、しこたま食べようね……!!!」





 それを最後に彼女は街の方角へと走る。






「……イザーク」

「北東東一キロ……この辺高台になっているみたいでさ。連中はそこを登っている……ある程度の高さまで来たら、口に直接放り込むつもりだろうな」



 唇を噛んで言葉を切る。



「……カヴァス出てこい。オレだけでも先行して、食い止めるぞ!」

「そ、それなら!! おれも行く!!」

「ルシュド……いやいい、一緒に行こう!」

「二名様ご乗犬!!」



 狼のカヴァスが出てきて、それに跨る二人。



「より接近するなら、溶けないようにしないと――それっ!!」



 ルシュドに対してより強い耐熱結界を付与する。




 ――一瞬だけ、視界が切り替わった。


 大勢の黒いローブの魔術師が、机に並んで座っている――



「っ……!」

「エリス!!」

「……危険信号入った。まだ行けると思うけど、そろそろあいつが……!」

「……あたし達は結界を強めなくてもいいように、慎重に行こう。だから、どうかお願い……!」

「……騎士の誓いに懸けて、必ず!」

「助ける!!」

「よっしゃああああ!!! 振り落とされるなよーーーー!!!」




 白狼一匹、勇ましく炎の海を駆る。














「グルルルルルルル……!」

「ガルルルァァァ!!!」

「ガウッ……」



 其れの姿を視界に捉える頃には、熱だけでなく音も凄まじく、認識すらも困難になってくる。


 しかしそのお陰で位置関係はわかった。要はより熱くより音が煩いのが其れである。


 最も、わかった所で灰塵と還るだけだが。




「グルルルルルルル……!!!」

「グオオオオオオオ……!!!」



 元より火に対して耐性が高い彼等は例外だ。目の位置、鼻の位置、口の位置も何とか区別できる。


 現在は並行して移動し、あともう少しで口に物を放り投げれそうだ。



「ガウガウガウ、ガアッ!!!」

「グルルルルルルル……グオオオオオオオ!!!」



 ここまで連れてきた少女はすっかり気絶してしまっていた。しかし心臓は動いているようなので、彼等からすれば理想的な状態。


 あと少し、あと少しだ。


 この生贄を捧げれば、ラグナルの火山の怒りも鎮まる――





「ギャアギャア五月蝿い蜥蜴共……」


「ちょっくらワタシと遊んでけや……!!!」




 進行方向に女が立ち塞がる。


 即座に指示を出し、生贄を担いでいた者だけが前に進み、残った護衛が女に襲い掛かった。



「ハンッ、蜥蜴の割には連携してるじゃねえかよ!!!」




 女が指先から針を生み出し、糸を伸ばし、


 それらを操り男共をバラバラに刻んでいく。







「っと……いけねえいけねえ……」


「あいつらに小聖杯の情報聞き出すつもりが……カッとなっちまった……」


「キャハハハハハハァ……!!!」




 アーサーとルシュドが追い付いたのは、そうして全てが刻まれた後であった。





「っ……あんた……!!」

「そのお姿は騎士王サマァ♪ 我が主君の宿敵――潰すべき敵!!!」



 右手を刃に変え、斬り掛かってきた彼女を、


 アーサーは聖剣エクスカリバーで受け止め、カヴァスがその腕に噛み付く。



「ガアッ……いってえなあ!!!」



 悪態をつき、血を流してはいるが、気にせず彼女は攻め込む。


 二人の攻防が始まった――





「……ルシュド!!! 先に進め!!!」

「!!!」

「この肉塊の中に、キアラっぽいのが見当たらないってことは――先に進んだ!!!」


「あと少しで取り返しがつかなくなる――!!! ぐうっ!!!」



 肉塊に躓いた彼を、忠犬は雑に起こす。



「倒れてるんじゃねーよバーカ!!」

「……悪い!」

「ということだ、喋ってると気が散るんだよ!!! さっさと行け……行くんだよ……!!!」




 返事はしなかった。



 ただ後ろ姿に頷いて、彼は走り出す。










(あいつらは許さないし、許されない)


(それはそうだ、その通りだ――でも、今は怒る時じゃない)



『あたし達みたいなちっぽけな存在の感情なんて、全部飲み込んで灰にしてしまう。そういう奴なんだよ』



(怒った所で無駄。今は怒らずに――)


(そうだ――集中するんだ)



『闇雲に突撃するのではなく、ここぞと思った瞬間に一撃で決める。案外そちらの方が最善の結果になることは往々にしてあります』



(……)



 周囲を見回すと、奴の真横に立っていた。


 前方には坂があって、その上に何者かがいる。


 連中は担いでいた何かを坂の上から放り投げる――



(……)



 奴は立ち止まって咆哮を上げ――


 そして、大口を開いて、それが口に入るのを待つ。


 焦るべき状況。しかし心は、至って冷静であった。





(無闇に突撃しても、燃え尽きてしまうだけだ)


(ならば燃え尽きる前に――終わらせればいい)





『大事なのは性格とか心とかです! せんぱいはいい人ですから、見た目は関係ないんです!』





(おれはおれで、おれでしかない)


(おれが重んじるのは、意に反するようなことをさせられる、誇りなんかじゃない――)


(今まで学んできた、沢山の大切のものだ)




 遂に少女の姿も視界に捉える。


 いよいよ生贄が捧げられるのだ――





(――今だ!)











「やっと来たぜ相棒よ。今こそ扉を開く時」


「鍵は探し求めるものじゃない。最初から此身に宿っていたんだ」


「俺はお前のナイトメア。お前に仕え、お前の願いを叶える騎士」


「戦場は戦士を待っている。この炎で、燃やし尽くしてやろうぜ!」




***origins advent***





喜べ竜よ、角を掲げて、決意を秘めて!


怒れよ竜よ、鱗を撫でて、仲間の為に!


哀しめ竜よ、爪を突き立て、未来に向けて!


楽しめ竜よ、牙を鳴らして、心のままに!



恐れは要らぬ黒き竜。誇りが総じてお前の鎧。


敢然こそが無双なる所以。纏いし炎は矜持の権化。


刮目しろ世界、威風たる竜の咆哮を聴け――!







「おれはもう迷わない。只真っ直ぐに闘うだけ!」


「おれ自身が大切にしている物の為に、敵は全て焼き尽くす!」


「――矜持に闘え、イグニスレイズ・敢炎の黒竜ウォークライ!」

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