(……)
(……ああ)
(空って、こんな黒かったのかぁ)
瞼が落ちていても、それとなく視界に入ってくる。
(チェシャ……あたしの為に戦って、力尽きて、強制的に収納されたか)
(ごめんね、あたしの為にさ……)
その時、急に体勢が変わった。
(ん……)
自分を担いでいたであろう男共が何かに襲われたらしい。
投げ飛ばされる、と思った次の瞬間には、誰かが受け止めてくれた。
「……!」
「……ちゃん!」
「姉ちゃん!!」
目を開くと、そこには今にも泣き出しそうな、ぼろぼろの弟の姿があった。
「……ルシュド」
「姉ちゃん!! 縄、解いた!! 魔法、魔法使う!!」
「いや……」
「えっと、二ブリス、二ブリス……!!」
弟は魔法が得意ではないということは、姉である自分が一番わかっている。
震える腕をそっと握った。
「……無理すんな。お前だってぼろぼろじゃないか。姉ちゃんは、何とかなる……」
「でも、でも……!!」
「……それよりも、先に向かわないといけないんじゃないのか?」
その言葉にはっとするルシュド。
「キ、キアラ、いない……」
「あいつら更に二手に分かれたんだ。キアラを連れた連中が先行していって……あたしは予備なんだろうね。仮にも族長の娘だから……」
「……!!!」
拳が震える。今度は恐怖や焦燥ではなく、怒りによって。
「キアラ、キアラ、出来損ない、違う……!!!」
「……」
「キアラ、先祖返り!! 皆違う、竜族、頑張ってきた……!!!」
「……ルシュド」
「あいつら何も分かってない!!! 馬鹿にしやがって!!!」
「ルシュド」
「おれが、おれが教えて……!!!」
「ルシュド!!!」
叫んだ勢いで、咳き込んでしまう。
「……あ……」
「ごほっ……大丈夫だ、もう落ち着いた。ルシュドの気持ちはわかるさ……でも、怒っちゃいけない」
「それは……嫌だ!!! おれ、もう無理だ……!!!」
今まで溜め込んできたものが溢れ出すように、彼は怒り、泣く。
「違うんだルシュド、怒っちゃいけないってことじゃないんだ。今は怒っても……無駄なんだ……」
「……」
「あいつは……あの馬鹿共が収めようとしいているあいつは。あたし達みたいなちっぽけな存在の感情なんて、全部飲み込んで灰にしてしまう。そういう奴なんだよ……」
地震も熱波も益々強まり、並の人間ならば逃げ帰りたくなる状況だ。
「……なあ、ルシュド。お前の誇りって何だ?」
「……え?」
「お前はずっと、竜族の皆に認められることが目標だったよなあ。こんな……姉やカノジョを傷付けるような連中と」
「……」
「強くなるだけじゃない。それよりも、それ以上に大切なこと、魔法学園で見つけてきたはずだ」
「それに従い……闘い抜け」
それだけを言い残して、彼女は瞼を閉じた。
「姉ちゃん……」
「……眠っただけだ。この熱に晒されていたからな、疲れ切っちまったんだろう」
ジャバウォックが声を掛けたこのタイミングで、奈落の者の殲滅を行っていた友人達が、合流してくる。
「ルシュド!! ルカさんは!?」
「……眠った。疲れてる、火傷もしてる、治療、必要……」
「治療ならできないことはないけど……」
ふと後ろを振り返ると、竜族の男共が、気絶して倒れてるのが見える。
「……治療以外にもできるよ。みんな守っていくことも、街に瞬間移動させることも……」
「エリス、アナタは優しいからそうするでしょうけどね。コイツらは何をしでかした?」
敢えて厳しい口調で、サラは詰め寄る。
「ワタシ達の身内に酷いことをしたでしょう。恐らく守り切った所で、恩も忘れてまた危害を加えてくるわよ。竜族って無駄にプライド高いもの」
「それに相手は恐るべき八の巨人。聖杯の力はなるべく温存するべき。こんな、名前も素性も知らないような連中助けて、いざ自分達が焼き尽くされそうになって、そこで全員死んだらどうするの?」
目を丸く見開き、暫し無言になった後――
うんと頷いて、両頬をぺちんと叩く。
「……サラが来てくれて本当によかった。サラの言葉じゃなかったら迷っていたと思う」
「そうだな……こういうことを言えるのは、サラかハンスかヴィクトールだけだ。今は二人と分断されてしまったからな……」
「……フン」
「んじゃルカさんだけを安全な街まで連れていくってことでオーケー?」
「そうだね、安全に行ける為の魔法なら掛けれるよ」
「でも誰か一人は連れていかないとならないが……」
「……私行くよ」
リーシャが手を挙げるが、その声には覇気がない。
「……マジでごめん。私、もう限界だわ。これ以上進んだら……絶対溶ける……」
悔しさと恐さが混じってぐたぐたの声だ。
涙として流れ出る水分も今はない。
「……リーシャ」
「……神々と張り合った奴が相手だぞ。ここまで来れただけでも……もう十分だ」
「うん……うん……」
アーサーには、ルカを背負う為の補助具を生成してもらい、それからエリスに聖杯の魔法を掛けてもらう。
行先もそれらが教えてくれる――
「じゃあ……絶対帰ってきてよ!!! 帰って美味しい物、しこたま食べようね……!!!」
それを最後に彼女は街の方角へと走る。
「……イザーク」
「北東東一キロ……この辺高台になっているみたいでさ。連中はそこを登っている……ある程度の高さまで来たら、口に直接放り込むつもりだろうな」
唇を噛んで言葉を切る。
「……カヴァス出てこい。オレだけでも先行して、食い止めるぞ!」
「そ、それなら!! おれも行く!!」
「ルシュド……いやいい、一緒に行こう!」
「二名様ご乗犬!!」
狼のカヴァスが出てきて、それに跨る二人。
「より接近するなら、溶けないようにしないと――それっ!!」
ルシュドに対してより強い耐熱結界を付与する。
――一瞬だけ、視界が切り替わった。
大勢の黒いローブの魔術師が、机に並んで座っている――
「っ……!」
「エリス!!」
「……危険信号入った。まだ行けると思うけど、そろそろあいつが……!」
「……あたし達は結界を強めなくてもいいように、慎重に行こう。だから、どうかお願い……!」
「……騎士の誓いに懸けて、必ず!」
「助ける!!」
「よっしゃああああ!!! 振り落とされるなよーーーー!!!」
白狼一匹、勇ましく炎の海を駆る。
「グルルルルルルル……!」
「ガルルルァァァ!!!」
「ガウッ……」
其れの姿を視界に捉える頃には、熱だけでなく音も凄まじく、認識すらも困難になってくる。
しかしそのお陰で位置関係はわかった。要はより熱くより音が煩いのが其れである。
最も、わかった所で灰塵と還るだけだが。
「グルルルルルルル……!!!」
「グオオオオオオオ……!!!」
元より火に対して耐性が高い彼等は例外だ。目の位置、鼻の位置、口の位置も何とか区別できる。
現在は並行して移動し、あともう少しで口に物を放り投げれそうだ。
「ガウガウガウ、ガアッ!!!」
「グルルルルルルル……グオオオオオオオ!!!」
ここまで連れてきた少女はすっかり気絶してしまっていた。しかし心臓は動いているようなので、彼等からすれば理想的な状態。
あと少し、あと少しだ。
この生贄を捧げれば、ラグナルの火山の怒りも鎮まる――
「ギャアギャア五月蝿い蜥蜴共……」
「ちょっくらワタシと遊んでけや……!!!」
進行方向に女が立ち塞がる。
即座に指示を出し、生贄を担いでいた者だけが前に進み、残った護衛が女に襲い掛かった。
「ハンッ、蜥蜴の割には連携してるじゃねえかよ!!!」
女が指先から針を生み出し、糸を伸ばし、
それらを操り男共をバラバラに刻んでいく。
「っと……いけねえいけねえ……」
「あいつらに小聖杯の情報聞き出すつもりが……カッとなっちまった……」
「キャハハハハハハァ……!!!」
アーサーとルシュドが追い付いたのは、そうして全てが刻まれた後であった。
「っ……あんた……!!」
「そのお姿は騎士王サマァ♪ 我が主君の宿敵――潰すべき敵!!!」
右手を刃に変え、斬り掛かってきた彼女を、
アーサーは聖剣で受け止め、カヴァスがその腕に噛み付く。
「ガアッ……いってえなあ!!!」
悪態をつき、血を流してはいるが、気にせず彼女は攻め込む。
二人の攻防が始まった――
「……ルシュド!!! 先に進め!!!」
「!!!」
「この肉塊の中に、キアラっぽいのが見当たらないってことは――先に進んだ!!!」
「あと少しで取り返しがつかなくなる――!!! ぐうっ!!!」
肉塊に躓いた彼を、忠犬は雑に起こす。
「倒れてるんじゃねーよバーカ!!」
「……悪い!」
「ということだ、喋ってると気が散るんだよ!!! さっさと行け……行くんだよ……!!!」
返事はしなかった。
ただ後ろ姿に頷いて、彼は走り出す。
(あいつらは許さないし、許されない)
(それはそうだ、その通りだ――でも、今は怒る時じゃない)
『あたし達みたいなちっぽけな存在の感情なんて、全部飲み込んで灰にしてしまう。そういう奴なんだよ』
(怒った所で無駄。今は怒らずに――)
(そうだ――集中するんだ)
『闇雲に突撃するのではなく、ここぞと思った瞬間に一撃で決める。案外そちらの方が最善の結果になることは往々にしてあります』
(……)
周囲を見回すと、奴の真横に立っていた。
前方には坂があって、その上に何者かがいる。
連中は担いでいた何かを坂の上から放り投げる――
(……)
奴は立ち止まって咆哮を上げ――
そして、大口を開いて、それが口に入るのを待つ。
焦るべき状況。しかし心は、至って冷静であった。
(無闇に突撃しても、燃え尽きてしまうだけだ)
(ならば燃え尽きる前に――終わらせればいい)
『大事なのは性格とか心とかです! せんぱいはいい人ですから、見た目は関係ないんです!』
(おれはおれで、おれでしかない)
(おれが重んじるのは、意に反するようなことをさせられる、誇りなんかじゃない――)
(今まで学んできた、沢山の大切のものだ)
遂に少女の姿も視界に捉える。
いよいよ生贄が捧げられるのだ――
(――今だ!)
「やっと来たぜ相棒よ。今こそ扉を開く時」
「鍵は探し求めるものじゃない。最初から此身に宿っていたんだ」
「俺はお前のナイトメア。お前に仕え、お前の願いを叶える騎士」
「戦場は戦士を待っている。この炎で、燃やし尽くしてやろうぜ!」
***origins advent***
喜べ竜よ、角を掲げて、決意を秘めて!
怒れよ竜よ、鱗を撫でて、仲間の為に!
哀しめ竜よ、爪を突き立て、未来に向けて!
楽しめ竜よ、牙を鳴らして、心のままに!
恐れは要らぬ黒き竜。誇りが総じてお前の鎧。
敢然こそが無双なる所以。纏いし炎は矜持の権化。
刮目しろ世界、威風たる竜の咆哮を聴け――!
「おれはもう迷わない。只真っ直ぐに闘うだけ!」
「おれ自身が大切にしている物の為に、敵は全て焼き尽くす!」
「――矜持に闘え、敢炎の黒竜!」
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