ナイトメア・アーサー

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第六百四十二話 円卓の騎士・パーシヴァル

公開日時: 2021年5月26日(水) 18:57
文字数:3,118

 次に意識が戻った時、真っ先に感じたのは寒さであった。


 だがそれも只の寒さではない。皮膚を通り越して血管や神経をも凍て付かせる、峻厳な冷気。雪や風も当然のように吹いている。




 それで思い起こされるのは一つの記憶。


 小さい頃父に聞かされた、ビフレストと呼ばれる島についての話。




 年中吹雪が吹いていて、当然地面も雪に覆われている為人が住むのは不可能。住人といえば、その島が別名氷牙の島とも呼ばれる理由になった、厳しい環境が育んだ凶暴な魔物達だけ――




「うわああああああああ!!!」

「きゃああああああああ!!!」





 悲鳴が聞こえた。自分の向いている方向の、少しばかり前方に行った方から。


 続けて火が燃える音、雷が落ちる音、地面が隆起する音。金属の音は僅かしか聞こえなかったので、周囲にいるのは魔術師が大半だろう。



「な、何よ今のヒキガエル……!! あんな大きいの初めて見たわよ!?」

「それがこの島なんだよ……凶暴な魔物が住んでいるということは判明しているが、環境の所為で調査は中途半端にしかできていない。奥地には図鑑に載っていない新種がウロウロしてるんだ……」

「だとしてもよ!! 小聖杯のある場所まで、魔法陣で移動とかできたでしょう!? 場所は特定できたんだから!!」

「こんな島にたったそれだけの目的で乗り込む方が、損害が大きいとは考えないか?」



 その声は最も近くから聞こえてきた。自分の耳元に非常に近い場所で発したのだろう。



「……申し訳ありません」

「まあ君の気持ちもわからなくはない……そもそも、このような島に一度でも乗り込むこと自体、狂気と形容できるからな」

「でもレインズグラスの連中は、何度もその狂気を繰り返して小聖杯を守ってきたわけでしょう?」

「小聖杯を安置する神殿は動かすことは不可能だから、そうなるだろうな」

「だからといって昔っから面倒臭い結界を施していたってわけではないでしょう。レオナの父親が指図してたんだから」

「昔と今は違う。魔術師達の研究が実を結び、勇敢なる者共が白い地図に様々な情報を加筆していった。この島の全貌が明らかになるのも、まあ時間の問題だったろう……」

「だから例のライムライト作戦と。はえぇ……」




「……にしてもクリングゾル様、そいつ抱えて重くないですか? 代わりましょうか?」

「心配には及ばん。これは私が確保していなければならない……大事な交渉材料だからな」

「交渉……例の選定の?」

「そうだ、どうやら互いに大切に思っているようでなぁ――ククッ」





 全てを思い出した。


 ここは何処だ。先程まで大劇場にいたはずなのに、何故ここまで寒いのだ。自分は刃を手に立ち向かった筈なのに、どうして動けない。


 そうだ、リーシャ、リーシャはどうなった。あの男に酷いことはされていないだろうか。心から愛した、自分の大切な人――何処にいる、無事なのか、




「リーシャは……!!」




「……っと、遂に起きたか」

「開口一番叫ぶのが彼女の名前ですか。これは相当ですね?」

「まあ神経を麻痺させている、声は出せても動けはしない――さて諸君、交戦の構えを」



 クリングゾルが命令すると、聖教会の司祭達は一様に杖を構える。


 正面に敵の気配を感じたと、そういうことだ――



「今度は何でしょうか……コウモリ? ゾウ? それとも空飛ぶカワセミとか――」

「どうやら石の魔物らしいぞ。ゴーレムというわけでもない、只の石ころに魔力が宿っている」



 先導して司祭が、その石を手に取ると。




 瞬く間に大気に溶け入り消滅し、




 加えて橙色の泥が飛び散る。




「なっ!! このっ……!! こいつ、魔力を吸収している!! 罠だ!!」

「――警戒方向を全方向に向けろ」

「包囲ですか!? 魔物如きがそんな真似を!?」

「違うなあ――人だ!!」




     正解だァァァァーーーーー!!!!!







「ウチらの友達、返しやがれえええええーーーー!!!!」




 吹雪の曇り空から雷が落ちる。


 内包するは彼女の怒り、よくも友人を傷付けたなと、大気を震わせ稲妻走らせる。


 落ちてなお大地に突き刺さる雷は、聖教会の連中を一人残さず取り囲む。




「……トールマンか!」

「そのとぉーり!!! しかも純血だぜ!!! オラオラァー!!!」



 褐色肌の彼女は、今度は雷を手に収め、球体を作り出して投げ付ける。



 司祭達は反撃できず、避けるので手一杯。というのも先程の泥が、段々と量を増して飛び交い出したからであり、攻撃の隙を与えないからだ。




「ぎゃあああ!!!」

「フンッ、一発命中ッ!! まだまだウチの怒りは止まないぜぇー!!!」



「全く――!!!」




 クリングゾルはカルの身体を自分の前方に出し、盾代わりにするが――




「ヒルメの雷撃、私の地烈撃、パーシーの爆発!」



「全てを味わった貴方に対して、毎回のように言っていた言葉――」



「『とにもかくにも根性で耐えろ』!!!」




 雪の下に埋まっている地面を呼び起こす。


 並みの人間ならできない所業、しかし純血のドワーフなら話は違う。




「があっ!!! 地面が、地面が……!!!」


「あうっ……ああああああああーーーーー!!!」




 雷に包囲されていた連中を、地面から突き上がる尖岩が強制的に接触させる。



 当然その顛末は一つだけ。身体に電気が走り、痛覚と神経がこれでもかと刺激され、



 最後は機能不全に陥る――




「まだまだパーティはこれからだぜー!!! ソロネ!!!」

「――!!!」




 痺れた司祭が何とか起き上がろうとする所に、爆発舞い込む。



 何処かで見たことあるような、そして低俗だと馬鹿にするような、無差別で行き場のない爆撃。それが自分の直近で発生し、鼓膜は破け、肌が焼かれ、痛みも感じぬうちに事象は帰結する――



 自分の命が世界の理に帰結する。




「――息の根は止めないつもりでやったぜ」


「お前らを殺すのは、この島だからな――」





「……なんつって。なんつってなぁ!?」




 それが自分が殺人を犯したと実感させない為の自己暗示であると、クリングゾルだけが気付いた。


 加えて、この行軍中一言も喋らない、自分の腹心である彼女も。




 


「――ジャスティンの奴。クソッ、やはりエリザベスの直属だからと調子に乗りやがって――」



 蝙蝠に糞を落とされただけでも息絶えそうな、神に救済を乞うている部下だった連中を横目に、クリングゾルは悪態をつく。ほぼ無傷でいられたのは自分と彼女だけ、何とか立ち上がった数人は出血欠損腐爛何でもござれの大損傷――


 否、自分も無傷ではなかった。交渉材料を取られた。



「カルさんよぉ~……まだおネンネ中か? おフレンズが助けに来てやったのによぉ~……うぼおっ」

「パーシー、嘔吐ですか出血ですか。いずれにしても向こうでやってくださいよ」

「しゅ、出血……無理に魔力動かしたから、な! うげえっ!」

「お前魔術師っつっても、戦う方じゃなくってアタマ使う方だもんな! ぎゃはは!」



 箱を背負って眼鏡を掛けた、アーリマンを連れた青年が、他でもないカルを背負っている。隣にいるのは寒さを感じさせない電気に纏わりつかれたトールマンの女、雛に暖められているドワーフの女。


 態度からすると、カルの友人だろう――彼と同じく十八歳であるならば、この島に堂々と乗り込んでもくるはずだ。





「……うふふ」


「うふふふふふふふふふふふふふふふ……!!!」





 彼女が笑った。心の底からでないと、こんな笑い声は出さない。


 つまり彼が来たということ――それも、仮面を被らずにだ。





「有り得ません、有り得ませんわ……!!! そんな薄い学生服で、この島の冷気に耐えられるなんて!!!」


「いるんでしょう、貴方!!! 彼等に魔法を付与して、ここで戦えるように仕向けた!!!」


「そして自分も私達を止めに――!!! もう一度言いますわ、いるんでしょう!!!」





     ああ、ここにいるともさ



     できれば二度と、仮面を剥がしたくはなかったがな――

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