「そういうことで命辛々得てきた諸々がこちらになります」
ルドミリアが出してきた黄色い石、加えて論文と思われるそれを手で差して、シルヴァは胸を張る。
「へいへーい、今日の甘味はブルーベリーとクリームチーズのサンドイッチでございますよっと。リティカ嬢が張り切って作った料理だ」
「頂くよ」
「言う前に手が伸びたな」
料理と共に部屋に入ってきたのはアドルフ。キャメロンに呼ばれるや否や、仕事を全て引き上げてウィングレー家の屋敷にやってきた。
「ごちそうさまでした」
「全部食うなよ!!」
「私頑張ってきたんだから全部食べる権利はあるでしょ!!」
「だとしても言えよ!! 勢いで食うな!!」
ここでトレックが、自分の屋敷から菓子を持って合流。
「パウンドケーキを持ってきたぞ……おい」
「もぐもぐもぐもぐ」
「トレック、気持ち多めに持ってこないとこいつに全部食われるぞ」
「クレーベ、追加で調達してこい」
「あいあいさー!」
馬鹿やってないで始めるぞ、と紅一点ルドミリアの招集が掛かる。
それを受けて資料がどっさり乗ったテーブルを囲う領主四人であった。
「で……何から知りたい? 自由に質問していいぞ」
「じゃあ私から。この黄色いのってさあ、要は魔石でしょ? しかも只の魔石じゃない……サイクロプスに埋まっていた、膨大な魔力を持つ魔石だ」
「……大方それで間違いないだろう」
ルドミリアは資料を漁り、地下の遺跡の最深部にあった壁画の写し絵を手に取る。カルファが記録していた物を魔法で再現して、それを模写した物だ。
「まさか少数派だった三つ目説がここに来て急浮上するとは……」
「砂漠の奥深くに埋まっている程、三つ目のサイクロプスについて言及している遺物が多い可能性があるな」
「一つ目のやつを敢えて表に出してたってわけだね。何の為だろう」
「それは壁に答えらしき物が書かれてあった……」
今度は壁の古代文字の写し絵と、雑に書き殴られたメモを引っ張り出す。
「まだ全部は読めていないから、重要な箇所だけ。どうやらこの神殿に出入りしていた者は、サイクロプスを復活させる研究をしていたらしい」
「はあ!?」
「まさに邪教じゃないか……でも、上手くはいかなかったのだろう?」
「ああ、連日失敗が続くことが多くて、それを嘆く文章が散見された。あとは実験の内容や方法が雑多に書かれていて……因みにこれは細かい古代文字の方だな」
「じゃあでっかいのは?」
「憎悪を感じたというお前の所感からすると、恐らく神殿自体にも魔法を掛けて、サイクロプスの復活を模索していたのではないかな。或いはバレないようにする保護結界か、本当に憎悪を宿して書いていたか」
「いずれにしてもやばそ~……」
改めて写し絵の数々を眺める。一体全体どんな動機があったらここまでの建造物を遺せるのだろうか。
「巨人を復活させて、倒してほしい敵でもいたのかな……」
「トールマンが迫害を受けていたという話は聞いたことがないが……」
「単純に巨人に興味を持っていただけだったりして。若しくは普通に、偉大なる八の神々を憎んでいたとか」
「……だとしたら、ひねくれた連中もいたものだ」
資料に埋もれた片隅では、黄色い石――サイクロプスの魔石が、凛然と輝きを保っている。
「にしても、これが魔石だと推測ができている現状。あの記述には感謝しないとねえ……」
「全くだ……できればあれを書いたであろう人物には、姿を現してほしいものだが」
王立図書館で発見された既存の書籍、それに綴られていた存在しないはずの文章。それは秘密裏に学者達に伝えられ、新たな見地を与えてくれた。
「これはペスタで会った宮廷魔術師の所有品だと、そういう話だったな?」
「うん、名前はマクシムス。上の名前は聞き忘れたからわかんない」
「おい」
「俺達が領主でよかったな、全く。エレナージュにマクシムスという名の宮廷魔術師がいることを確認できているぞ」
「おおっじゃあそれじゃんそれじゃん」
「ふーむ……」
マクシムスという宮廷魔術師は、シルヴァに魔石を保管してある場所に向かってもらい、そのまま魔石を持っていくように誘導している。
「シルヴァに魔石を託した……いや、グレイスウィルにと言った方が正しいか」
「話した感じではいい人っぽかったよ。酒の代わりに葉巻で情報くれたし」
「判断基準はそこか。というかアドルフ、さっきから黙ってどうしたんだ。思うことがあるのか?」
「……まあなー。学園長として、さ」
ルドミリアも、ああと溜息を漏らす。
「学園にいるんだ、マクシムスの娘……サラって名前なんだけど」
「ん! 女の子かな!」
「名前からしてそうだろう」
「そうかそうか! えっとねー、家族絵があったんだよ! サラとマクシムスと多分嫁の三人が描かれてる!」
「嫁ってことは……サリア・マクシムスか?」
「あの有名な植物学者か」
流石に領主ともなれば、彼女の論文にも軽く目を通している。シルヴァに関しては記憶から抜け落ちていたが。
「魔石が置いてあった場所、硝子張りで温室っぽかったんだよね。多分だけど……これの魔力を用いて設備の管理をしていたんじゃないかな?」
「確かにサリア程の学者ともなれば、大規模な研究施設を持っていてもおかしくはないな」
「んー……何だか、サリアが良心的な人間でよかったって感想しか出ないな。やってたことが温室の管理って」
今でも魔石からピリピリとした魔力が感じられる。厳重に布でくるんでいるにも関わらずだ。
「魔石が八つ揃ったら創世の女神をも超える……だろ?」
「雷の魔石だけに関しても、サイクロプス三つ目説を採用するなら、これを同じなのがあと二つある。そして一個でもこの魔力……悪巧みをしている奴に渡ったら、惨事を招きかねん」
「でもって三つ揃ったらやばいと。はー」
「厳重に管理しながら残り二つを探す、ということになりそうだな。一つ目説が完全に捨て切れたわけではないが……もう三つ目という前提で動いてもいいのではないかな」
話も纏まってきた所で、部屋の扉が開けられる。
「ルドミリア様、頼まれていた資料になります」
「ご苦労」
彼女は直々にそれを受け取り、集まっていた来客用の机ではなく、自分の作業机に置く。
「何の資料?」
「魔術師ヴォーディガンに関わる情報だ」
「ああ……」
キャメロットに所属しているという、有名な天才魔術師。しかし十年ぐらい前に消息を絶ってしまったということは、いつぞやのマルティスの尋問で得た情報だ。
「私は先の巨人に関する記述を残したのは、ヴォーディガンではないかと踏んでいるんだ」
「おっとそれは可能性ありそう。人となりも明らかになっていないんだ、どんな性格であっても不思議じゃあないしね」
「流石にこの情勢なんだ、グレイスウィルに協力してもらえないかと思って、交渉する為に情報を集めているんだが……如何せんちょっとずつしか集まらないな」
「気長にっていうか……駄目元でやっていくしかないと思うぞ。結局僕達がどう対策していくかが、一番重要だ……」
「……そうかもしれないな。だが……可能性があるなら、それに賭けてみるべきだとも思う」
「……何せ敵は可能性の向こう側から迫っているからな」
飄々としている彼等だって、内には信念を秘めているのだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!