<午後六時 演習区>
「ふっひ~~~~っ いい汗掻いた~~~~」
「そうねリーシャ、十一月だというのに熱くなってしまったわね」
「はははははいその通りでございますううううう!!!」
「……」
訓練を終えたリーシャやカタリナと共に、水を飲むのはヘカテ。折角の最終戦間際ということで、相手をしてもらっていたのだ。
「女王様……陛下。ここにいらしていいのですか?」
「折角の対抗戦ですもの。より多くの生徒と関わりたいと思いまして」
「いえ、カタリナはそういう意味で言ってないです。イズエルトを放っておいてグレイスウィルに来ていいのかってことだと思います」
「まあ……そのような。でも大丈夫よ、今日はお休みで来ているから」
「左様でございましたか!!!」
身体を休めながら、カタリナはきょろきょろと周囲を見回している。探しているのはヴァイオレットと名乗った彼だ。
(ヴィリオさん……気付かない間にいなくなっちゃった)
(訓練途中だったのに……忙しいのかな……)
そこに友人がまた一人。但し顔は顰めっ面だ。
「まあ、クラジュ王子。貴方も訓練のお付き合いを?」
「これはこれはヘカテ女王。ええ、僕の知り合いがいたもので……」
互いに会釈するエレナージュの王族とイズエルトの王族を前に、リーシャは緊張のあまり吐きそうになる。一方でサラは不機嫌そうな顔を少し戻した。
「……リーシャ、アナタ女王と知り合い?」
「そりゃあイリーナ様ともお知り合いだったら……ねえ?」
「ああ、そういえばそんなことも話していたわね……」
「サラの方こそ何でエレナージュの王子様とお知り合いなのよぉ」
「その話はするなしたら殺す」
「お、おう?」
そこにハンスを伴ってヴィクトールも戻ってくる。
ヴィクトールは二人の前に到着するや否や、片膝をついて頭を下げる。ハンスはそれすらもせずに、見下すような視線を二人に送っていた。
「これはこれは、クラジュ殿下にヘカテ陛下。お会いできて光栄でございます」
「あら、お辞儀なんてして……そのお顔と黒髪。確か、ヴィルヘルム様の?」
「はっ。ヴィクトール・ブラン・フェルグス、ケルヴィン賢者の一人ヴィルヘルムの長男でございます」
「こんにちはヴィクトール。ヴィルヘルム様やミュゼア様にはお世話になっていますよ。それからサラのこともね」
ヴィクトールが話している間に、ハンスはのらりくらりと女子達の元に移動する。
「挨拶しなくていいの?」
「ぼくは寛雅たる女神の血族だぞ」
「いや女王陛下にはしてもらうから!!」
「おい!?」
ハンスを引っ張りヘカテの前に立たせるリーシャ。
「あらハンス様、ごきげんよう」
「……こんにちは」
「うふふ。リーシャと仲良くしてくれているようで何よりだわ……」
「ふん……」
「よしこれぐらいでいい」
リーシャがハンスを押し退けた所に、鐘の音が聞こえてくる。
「おおっ、午後六時の鐘だ!」
「ということは飯の時間か」
「美味しいご飯だー!」
「あら、何かあるのかしら?」
「魔術戦に出場する生徒の為に、他の生徒が豪華なお料理作ってくれるんです! 朝から仕込み頑張ってたんですよー!」
「まあそうなの……気になるわねぇ……」
「流石に女王陛下がお越しになられると大騒ぎになってしまいますので!!」
「そうよね……でも、生徒が主体の催し事ですもの。外部の者が入ってしまってはつまらないですわね」
「僕もこっそりと……」
「テメエ訓練だっつって臣下だまくらかしたんだろ。これ以上の横暴は許さねえ。説得してもこっちまで来んじゃねえ、引き籠ってろ」
「そ、そこまで言わなくても……」
サラの変貌ぶりに愕然とするヴィクトール。しかしすぐに気を持ち直した。
「……先ず食事の前に片付けだ。杖とプラクタライトを倉庫に戻すぞ」
「そうね、お料理は食べられないけど、せめて片付けはお手伝いしますわ。んしょーっ」
「女王陛下は杖をお持ちになられてください!! この大きいのは若者の仕事でございます!!」
「ふふ、実は今腰が音を立てた所だったの。ありがとう」
「えっと、僕は……」
「何もしなくていいからとっとと天幕に戻れ」
「……うん。そうさせてもらうよ」
「……何でそんなに当たり強いの?」
「五月蠅いわね。個人の感情に首突っ込まないで、カタリナ」
「……ごめん」
<午後六時半 中央広場>
冬が近付いているので、夏と違ってこの時間はかなり日が落ちている。角灯や灯籠で照らせば何たることはないが。
「にゅー」
「にゅー!」
「にゅにゅにゅ……」
「にゅー! にゅーにゅー!」
『何言ってるの』
「んぐっ! ……これ結構伸びるな!?」
エリス達の天幕では、揚げ立てのモッツアレラコロッケを、それぞれ堪能している所だった。齧るとチーズがじゅわり、ほくほく旨味が口いっぱい。
「にゅー。自分で作ったからか、もっと美味しく感じます!」
「ボクもだよファルネア。エリス先輩と料理できて良かったな?」
「あ~っ! それは、言わないで……!」
『かわいい』
「ふえええっ!」
『で アーサーの所は』
「ああ……まあ、こんな感じに」
紙を敷いたバスケットに、程よく揚がったポテトチップが程々に盛られている。
それを一枚つまんでぱくり~
「……」
『しょっぱい』
「なあっ」
「確かにしょっぱいです!」
「水が欲しいです……」
「くっ……皆はこれで良いって言ってくれたんだぞ?」
「多分皆味濃いもの好きでしょ。そんな中で味付けたら、ねえ?」
「ワンワン~」
レベッカとソラもコロッケをつまみながら出てくる。カヴァスも皿に冷めたのをよそってもらい、はふはふ言いながら食べている。
「カヴァスって犬なのにチーズとかいいんですか?」
「ファルネア、ナイトメアの食性は主君と同様になるんだ。つまり主君が野菜を食べるなら、姿に関係なくナイトメアは色々食べる」
「そうなんだ。アーサー君、詳しいね?」
「キャシーが大食いだからさ……あはは」
『ローザさんは さっきまでいたのに』
「クラリアちゃんがやってる天幕の所行ったわよ。因みに内容は包み焼き」
「やっぱり食べたかったんじゃないかぁ」
「ウェンディは演劇部のキャンディ食べに行ったわ。もうちょっとで戻ってくると思うんだけど……あと、その時は私と交代ね」
「レベッカさんは何処か行く予定は?」
「私はあまり食に対して執着がないのよね。それよりも、騎士連中が調子に乗って騒ぎ立てないかってことの方が心配……」
「なのだわー!!」
「ああっこいつ!!」
ボナリスがコロッケの入った金属皿を前に、中身を見ようとぴょんぴょん飛び跳ねている。
「イザークの所に行ってきたのだわ!! ポテトチップ美味しかったのだわー!!」
「そ、そうでしたか! ありがとうございます!」
「なのだわっ!! それでアーサーの話を聞いたら、こちらに向かったと聞いて遥々やってきたのだわー!! で!! いい匂いがするこれは一体何なのだわっ!?」
『モッツアレラのコロッケです 食べますか』
「頂くのだわー!! 私の腹はまだ三分程しか満たされていないのだわー!!」
はふはふ にゅー
「にゅー!! にゅにゅにゅー!!」
「ぷくくく……」
「にゅー!! にゃほだにゃー!!」
「ぶぐーっ!!」
コロッケをはふはふする姉妹を、笑いながら見つめるアーサー。
しかしその視界に奴を捉えてしまう。
「……!」
「あれはストラム……何やってんだか」
「ロザリンがアーサー君に預けたとか言ってたけど」
「暫くはこっちで対応していたが、課題を真面目にこなし出した辺りから面倒臭くなって、イリーナさんに引き渡した」
「何その盥回し」
「んぐんぐ……」
ボナリスはコロッケを片手に、アーサーと同じ方向を向く。
すると、
「……!?」
驚いて持っていたコロッケを落としてしまう。
「ちょっと! 何やってんのよ~……土ついたじゃん!」
「そ、そんな……まさか……」
「……何よ?」
「申し訳ないのだわ! 私は向こうに行ってくるのだわー!!」
後始末を全部レベッカに放り投げ、ボナリスは一心不乱に走り出してしまった。
「……珍しい。あいつがあそこまで戸惑うなんて、何があったんだろ」
「さあ……?」
困惑している暇はない。
遂にお目当ての友人がやってきたからだ。
「エリス……」
「!」
「カタリナ、よく来てくれたな」
「やっほ、お嬢さん。俺のことは覚えてくれているかな?」
「……!」
エリスは頭を下げ挨拶をする。それ以外は全て知らないので頭を下げない。
「……知り合いか?」
『カタリナのお師匠さん』
「う、うん……そんな感じ」
「ヴァイオレットだ。エリスとはこの間の訓練の時に初めて会ったんだ。その時いた友人達は今はいないみたいだね」
「……アーサー・ペンドラゴン。エリスとカタリナの友人だ」
「ファルネアと右がアーサー君です! エリスせんぱいとカタリナせんふぁいと!」
「噛むな噛むな。ボクらは一年生なんですよ」
「へえ、これまた賑やかだ」
そう言いながら、すっとコロッケの皿に手を伸ばすヴァイオレット。
「!」
「おっと、何故止めるんだい。これは自由に食べていいものだろう?」
「作った人に欲しい許可を取ってから食べてください。これはこの立食会のルールです」
「そ、そうかい……悪かったな」
「えっと、こういう場所に慣れていないから。ごめんね」
「いいよカタリナ、俺が悪いんだからお前が謝る必要はない。で、話題を変えるんだが」
「このコロッケ、持ち帰りとかできるのかな」
かなり真面目な切り返しに、きょとんとする一同。
「……誰に?」
「俺と一緒に来た客人。事情があって天幕から出れないんだよ」
「あ~それなら……いいよね?」
『いいですよ』
「ようし。でもそれはそれとして、運ぶための器がないのよねー」
「このバスケットを使うか? 紙を新しく敷き直せば十分だと思うぞ」
「んー、他にないしそれにしよう。ちょっくら持ち帰り用の容器も購買部からくすねてこよう」
ポテトチップが入っていた器から、手際良く紙を敷き直し、
準備ができた所にヴァイオレットはそこにコロッケを十個ぐらい乗せる。
「こ、こんなに……?」
「普段は摂食制限していて、こういうのに触れる機会が早々ないんだ。今日ぐらいはいいかなーって思ってさ」
「まあお祭りみたいな雰囲気はあるしね。はい!」
レベッカからバスケットを受け取りながら、ヴァイオレットはもう一個コロッケをつまむ。
「これ美味いなあ、手が止まらないよ……じゃあ俺はこれを渡しに行ってくるから。楽しむんだよ、カタリナ」
「は、はい!」
「んじゃあ皆様ご機嫌よう」
ぴっと手を挙げ、それからヴァイオレットの姿は生徒達の波に飲まれていく。
「……何か軽い人だな」
「でもいい人だよ」
「カタリナが言うならそうなんだろうな」
『美味しいかな』
「うん、とっても。エリスの想いが伝わってくる。勿論他の人のも……」
『ありがと!』
「はむ……もっと、食べてもいい? あたしも手が止まらないや……」
「いいよー。魔術戦前夜祭なんだから、カタリナちゃんは精をつけなくっちゃ!」
「そうだ、オレ達が作ったポテトチップも持ってこよう。一旦戻ってくる」
「はいはーい!」
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