様……
さま……
サマ……
様ぁ……
「……親方様!」
その男は、強引に揺り起こされて目を覚ました。
「……おい?」
「目当てのガキがこっちに来ますぜ! だから起こしました!」
そう言われると、一気に汚い笑顔を咲かせる。
「そうかそうか、ぐっへっへっへ!
ぐっへっへっへっへ!!」
天高く拳を突き立て、そこから波動が全身を伝っていく。
それを恐れ敬い、囃し立てる者達。
全員が襤褸を着て、皮膚は汚れて歯は欠けて、目は突き出て唾を撒き散らす。
猿の様に拍手をし、魔物のように媚びへつらう。
「……こっちか」
そこは対抗戦が行われる領地を出た所。完全に干渉不可能な外の領域だった。
中央広場からかなり歩いてきた。十分程経っていたかもしれない。
「こんな遠くから、臭いが……」
カヴァスも呼び出し、周囲を警戒するように指示を出す。
そして、
「おう!! 来たかクソガキ!!」
発生源を遂に見つけた。
「……」
「ぐへへへへ! なぁにそんな怖い顔すんなや!」
大口開けて笑う大柄の男。太っていて腹がぼてりと出ている。丁寧に仕立てられた背広には、獅子を模した紋章が刻まれていた。
口周りの髭は雑に切り揃えられ、まだ肌の色も浅黒い。髪にも白髪が混じり、目も濁りつつある。
脇に控えていた小男から橙色の飲み物を貰って飲み干す。恐らく蜂蜜酒だろう。
「ヴァンッ!!」
「……あの臭いは、オレにだけ感じるようにしていたな」
「よぉくわかったな!! その通りだ!!」
「何が目的だ?」
「ぐへへへへへへ!!」
腹を抱えて笑った瞬間、
濃度の高い魔力の波が。
「っ……」
男の周囲にいた汚い連中も、それに煽られて目を回している輩も少なくない。
「そんなのおめえを誘い出す為だ!! お前は正義感とか、そういうのが強そうだからな!! わしが何かすれば追ってくるだろうってな!! ぐへへへへへ!!」
「……」
まんまと乗せられてしまった。
しかし乗っていなければ、被害が出ていたかもしれない――
「んじゃあ――わしは話すのがそんなに好きじゃないんでな!! さっさと、さーーーっさと、やろう!!!」
すると、
周囲の男達が、
球体を地面に叩き付けていく。
「何……だっ!?」
話していた男も拳を突き上げ、彼を中心にして渦を巻いていく。
その渦が見えていたわけではない。しかし感覚としてそう思えたのだ。
「増幅……? これは……」
「――ワンッ!!」
カヴァスがアーサーを突き飛ばし、
先程までいた場所には土煙が残る。
「……!?」
其れは――
「どうしたガキ!! わしの力に驚いて、声も出ねえか!!」
全身が石に覆われ――
石に魔が宿って、一つの命を構成した――
「だったら、もっと驚かせてやろうか――ぐへへへへへへ!!!」
「……んん?」
「う゛え゛っ!!」
地震だ。地面が揺れた。
一瞬だけ縦に突き上げるような衝撃が繰り返し襲う。
「……横揺れが来ないな?」
「まあ……魔物か何かが、暴れているんだろう……」
「は……はきそ……」
<ルドミリア様ぁぁぁア゛ッ!!!
へろへろになって走ってきたかと思いきや、喉を傷めたジャネット。
「どうしたんだ~ジャネット~また解析が進んだか~」
「解析ではございません!! ぬ゛お゛っ!!」
「……何か不自然だよな、この地震」
「そんなこの地震についてかもしれないんですけどお゛っ!!」
「付近で高濃度の魔力結界が展開されております!!」
引っ張ってきていたフィルロッテをその場に捨てる。身内より知り合いに対する態度の方が丁寧なルドミリア。
「詳細は?」
「ええと、単純に魔力濃度が高い!! 以上!!」
「……はぁ?」
「私も訳わかんないんですよぉ本当にぃ~!! だって計測器がぶっ壊れたんですよお゛っ!?」
「はぁぁ゛!?」
突き上げられる感覚は益々回数が増え、更に力も増している。
「フィル!!!」
「はっ、えっ、あっ?」
「お前はさっさと天幕に戻れ!!! 早急に体力を回復して、こちらに合流しろ!!」
「えっ、何の話!?」
「キャメロン――ああいい、私自ら召集に向かう!!!」
「こちらで纏めておきますんで大丈夫っす!!!」
「助かるぞジャネット!!! 全く君は本当にフィルより優秀だな!!!」
「ぁあ゛っ!?」
どれ程の時間が経っただろうか。
数分、数時間、果ては数日。
時間の認知を狂わせる程に、
目の前にいるのは、暴力であった。
「がはっ……!!」
「ぐえっへっへっへっへっへ!!! へーっへっへっへっへ!!!」
一度腕を振り下ろせば、大地が穿たれる。
一度衝撃が与えられれば、広い範囲が震え上がる。
一度腕を上げれば、後に残るは痛々しい変貌の跡が残る。
それが幾度もなく繰り返されているのだ。
「クゥン……」
「カヴァス……っ」
カヴァスを中に入れ、身体強化の魔法を行使。
それで逃げに徹していたのだが――
「ぐはははははははぁ!!!」
「ぐっ……!!」
一撃は逸れたが、破片が当たった。
足に食い込んできてじんじんと痛む。
「今のはなあ、わざとだぞぉ!! わ、ざ、と、避けてやったんだぞぉ!!」
「何だと……?」
「だっておめえ、本気出してねえだろ!?」
身体が石と化し、その中に埋まっている、目のように見える赤いだけの無機物。
それは明らかに腰に下げている剣を見ていた。
「でぇじょうぶだ!! ここなら抜いてもセンセェに怒られねえから!! わしの魔法で結界を張ったからな!!」
「……」
「増幅させたんもその為だ!! おめえに剣を抜かせる!! わしはな、それ抜いたおめえと戦ってみたいんだよ!!」
「……!」
「鈍いガキだな――それ抜かねえんなら、一生ここから逃がさねえぞ!!!」
苛立ちを含んだその一撃を、
辛うじて避ける。
「……カヴァス!!」
片膝で立ち、そして、
覚悟を固めた。
この状況は合理的である。
誰がどう見てもだ。
「ワン!?」
「抜くぞ、態勢を取れ……!!」
「ワ……ワンッ!!」
主君の喚呼は開戦の号令――
「おおっ!?」
主君の涙は戦の象徴――
「強え魔力だ……!!」
主君の敵は己が仇敵――
「そうだ、わしが求めていたのは……!!」
我が剣は闇を断つ
全ては主君の御心のままに
「こっちだ!! 騎士団諸君、前へ!!」
ルドミリアの指示を受け、魔術師達に加えて騎士達も動員されていく。
「魔力結界解除するのになーんで騎士なんて……」
「ウェンディ、前方を見ろ」
「えっ!?」
カイルに背中を叩かれ、前を振り向くウェンディ。
そこには襤褸を纏った集団。右肩には見慣れた紋章が――
「タキトス! 何でまた!?」
「前回は一般の客を狙ったと思ったら、今度は場外で一騒ぎですか。困ったものですね」
「ふーむ。よりにもよって魔力結界が広がりし場所を重点的に守っているわね。オーマイマギアステル!」
考察の片手間に、ユンネは狙撃銃で盗賊の一人を射抜いた。
「前衛部隊、交戦開始してるわね。二人はさっさと合流しなさい」
「了解」
「後でダグラス君のことぶん殴らないと……!!」
「ならばアルベルトを懲罰に至らせるのは私の使命ね!」
戦いは益々熾烈を極めていくばかり。あの薄汚い賊達が、その様を一目見ようと近付いてくるが、魔力はおろか普通の衝撃波にすら耐える力すらも持っていない。
この戦闘を前にしては、数秒持てばいい方だ。どちらか二人の姿を目に収めることができたのなら更に幸運だ。
最も、それが叶った人間はいないのだが。
「ぐえっへっへっへっへ!! そうだ、そうだそうだ……!!!」
「――」
「もっと攻めてこい!!! わしを楽しませんか!!!」
避け切れないなら剣で受け止める。
衝撃は魔力を巡らせて耐える。
傷を負うなら無理矢理傷を塞ぐ。
それを幾度もなく繰り返していくのだ。
「ふん……」
「がっはっはっは!!」
アーサーがこれまで負った傷は、鎧に変貌した瞬間全て塞がった。今負った傷も何とか治すことができる。
(――)
治すということは今までやったことはなかったが。
やろうと思ったらすんなりとできた。
魔力をそのように操作することができたのだ。
(これが、あいつらとの日々の中で得た――)
(技、とでも言うのかな)
「おめえ、楽しいかぁ?」
男は突然攻撃の手を止め、
にたにたと嗤いながら話しかけてくる。
「……楽しい?」
「そうそう、楽しい! 楽しいだろぉ?」
「何がだ」
「この、戦いがよぉ!!」
地面を抉って生まれた衝撃波を、
後ろに引いて避ける。
「どこが――」
「久々に!! 剣を抜けて、楽しいんだろぉ!?」
「……!?」
「顔になぁ、浮かんでるんだよぉ!! わしと戦えて楽しいってなぁ!!」
「ほざけっ……!!」
剣を掲げて飛び上がり、
上空から斬り付ける。
その攻撃は、石の肉体に入っていったが――
「ナイトメア!!! 原初のナイトメア、騎士王アーサー!!!」
「聖杯を守るだの騎士だの知らねえが!!! おめえの本質はそうだ!!!」
「破壊と殺戮の為、戦う為の兵器!!! 熾烈な戦いを生き抜き、勝ち残る為の道具!!! 身に余る力を持った者は、みぃんなそうなるんだ――わしにはわかる!!!」
気が迷った。
体勢を崩し、
顔から転げ落ちそうになった時、
男は腕を振りかざした――
「進捗は!?」
「ただいま八割――っと!?」
「……!?」
ドォンと地響きが起こる。
先程まで続いていた地震は、それを最後に止まったようだった。
「賊が逃げていきます!!」
「一人残らず追えー!!」
「了解ー!!」
騎士や手の空いた魔術師が、蜘蛛の子を散らすように逃げていくタキトスの賊達を追っていく。
ルドミリアは彼らと離れ、周囲を捜索する――
「主君!」
「何だ……っ!!」
彼は血を流して倒れていた。
呼吸も苦そうにして、制服には傷が目立っている。
「アーサー!!」
「……あ……」
「キャメロン、今すぐ治療班を!!」
「御意!」
「……せん、せ……」
「喋るな!! ……訊きたいことは山程あるが、それは傷が治ってからだ。いいな!」
「は……」
ルドミリアに回復魔法を行使されながら、アーサーはその瞼を落としていく――
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