ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第七百五十話 絶望の悪天

公開日時: 2021年10月19日(火) 23:20
文字数:5,961

<試合経過二時間 残り一時間>




「ヴィクトール……ヴィクトール!!!」



「何処にいる、出てこい!!! 僕がこうして出てきてやったんだ!!!」



「さもなくばこいつらを殺す!!! お前が苦しむように、丁寧に殺してやる――!!!」




 高らかに狂った宣言をする声の主、ウィルバート・ブラン・フェルグス。



 彼は魔法で作った刃を、苦しみ悶え横たわる生徒の数センチ隣に、突き刺した――




「ひっ、ひいいいい……」

「死にたくないか? 死にたくないよなぁ!? だったら祈れ、ヴィクトールが来るようになあ!!!」

「ああああああ……!!!」



 誰もが彼に傅くしかなかった。この場において、彼が展開した結界の範囲において、彼は王であった。



 女王と騎士王をも差し置いて、彼が王であった。





「……ねえ。あなた達、今度はカムランと手を組んだの?」

「組んではいない。これは偉大なるウィルバート様のお力だ」

「お力って言うけど、こんな結界ルール違反じゃない……?」

「ルール違反ではない。偉大なるウィルバート様こそが秩序だ」




「あんたら……ウィルバートの横暴について何も思わないのか?」

「ウィルバート様の行動は全て正しい。貴様はウィルバート様に敬意を払え」

「このままじゃこの試合はどうなることかわからないんだぞ。あんたらの言葉でなら、ウィルバートは止まるんじゃないのか」

「ウィルバート様は下賤の者の言葉は聞かない。貴様はウィルバート様に敬意を払え」





「「……」」




 エリスとアーサーには、結界に加えて術式が行使され、全身の力が失われていた。身体を動かそうにも力が入らない。


 加えて魔力そのものに圧力がかかっており、魔法を行使することもままならない。極め付けに複数のケルヴィンの生徒が手足を抱えている為、傍観者に徹するしか務めがないのだ。




「……」




「ギネヴィア……」





 傍観者に甘んじない彼女は、勇者になろうと戦っていた。







「うっとおしいんだよ、この小娘がぁ!!!」

「ぐっ……!!」




 ギネヴィアは何度もウィルバートに立ち向かっていき、剣を用いて斬ろうとしている。


 だが謎の結界と――屈強な大男に阻まれて、何度も地面をのたうち回ることを繰り返していた。




「ふん、我が主君に盾突こうとは。いい加減に身の程を思い知ったらどうだ?」

「シェイド、そんな奴と言葉を交わす必要はないぞ。意味はないのだから」


「こ、こいつ……」




「ぎ、ギネヴィア、もう無理はするな……」

「まだいけ……ああ、あなた、血が出てる、止血するね……」

「お前……!」



 時折仲間の応急処置、周囲の偵察も済ませながら、



 彼女はどうにかこの状況を打開する方法を探していた。





「もう諦めろよ。君如きに僕は倒せないんだ。大人しくヴィクトールが来るのを祈ってろ」

「そう……そうなの? ヴィクトール君がくれば、あなたは皆を解放してくれるの?」

「さあ、それはあいつ次第だよ……ははは……」




「――とりゃあっ!!!」




 高笑いをした瞬間に、隙だと感じてギネヴィアはウィルバートに体当たりをかます。




 しかしその瞬間、紫の触手が彼女を捕える――




「ぐっ、何、これっ……!!!」


「……僕を傷付けた代償だ。その身を持って味わえ!!!」









「うう、何だか試合どころじゃなくなってきちゃった……」

「あのウィルバートだかって生徒の声、こっちまで聞こえてきたもんなー」

「大丈夫ですかね先輩達……」



「お待たせしましたわー!」

「おっとアザーリア、いつの間にか消えおって。生徒達の治療に出ていたな?」

「よくおわかりで! 頭が痛いと仰る方がいましたから、わたくしが応急処置をしてきましたのー!」

「何だろうな、天気の所為か? でもこんな天気なのに……」




 カムラン魔術協会の影響で、天幕区まで緊急避難を余儀なくされた生徒達――




 彼等の横を、カタリナ、リーシャ、ハンス、サラの四人は走り抜けていく。




「なあカタリナ!? ぼくきみ達がどっか行くみたいだからついていってるだけだけど、何処に行くのか教えてもらってもいい!?」

「戦場! ザイクロトルを倒すの、手伝おうと思って――!」

「そういうことね――」





 と、話しながら森に突入した瞬間、




 木々に紛れて例の樹木が――




「うっわ、ここ戦場外よ!? こんな所まで来たら、天幕区まで行くのも時間の問題だわ!」

「この森近辺を哨戒するのも十分だろうけど……」

「やっぱ友達が気になるよなぁー……?」





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 獲物の気配を嗅ぎ付けて、複数の樹木が集まってくる――





「なんて、悠長なことはやっぱ言ってられないかっ!!」

「ああもう、皆無事でいてくれよ……!?」











「――南から二十八、西から十九、東から八……!」

「生徒の皆ぁー!!! フラッグライトの近辺は安全だぁ!!! 近くのフラッグライトまで集まって、そこから動くんじゃねーぞぉー!!!」




 普段は戦場と領地の境目にある、実況小屋からドローンを通じて戦況を伝えるが――



 今回ばかりは非常事態。ブルーノとマキノは戦場に赴き、地面を走って避難誘導もしながら、空中視点に切り替えつつ全貌を把握しようとしていた。




「っ、ブルーノ!! あっちから血の臭いがする!!」

「……誰も死んでるなよ!!」








 そうして向かった先では、




 戦闘は粗方終結し、奇妙な化物の死体だけが転がっていた。





「ぜーっ、ぜーっ……ああっ、痛いっ」

「ジョンソン様、本当に、本当に……わたくしの所為で……」

「レオナ様、謝らないでくださいよ。女の方を守るのは男の務めです……」




 今も癒えない傷口と共に、彼方の戦場を見ているジョンソンに、




 ブルーノは慌てて駆け付ける。他にも複数人の騎士が、応急処置の後ティンタジェルの方角に向かっていった。




「団長!! その傷……ザイクロトルに!?」

「ああ、レオナ様を庇って噛まれたよ……牙に変な毒でも入ってるんだろうな。レオナ様の魔法の効きが悪い……」

「無理すんなよぉジョンソンっ。お前が死んだら誰が赤薔薇騎士団を率いるっていうんだよぉ……」




 泣き出しそうな声色のマキノと、まだ戦闘を交えていなさそうな様子のブルーノを交互に見て。




「……他の騎士達もティンタジェルに向かっている。そこで別の問題が……我々はここで交戦していた生徒達が、ザイクロトルに襲われているのを見て、救援に入った。パルズミールの生徒は離脱したが、ケルヴィンとグレイスウィルの生徒は……」

「あの……ウィルバートとヴィクトールですか!!」

「……仲間思いのいい奴ばかりなのだろう。どうかお前も、救援に行ってくれないか……」




 直後にジョンソンは血を吐き出し咽た。レオナが背中を擦る――






「……情報提供ありがとうございます。行くぞマキノ!」

「……了解っ!」


















<第十六フラッグライト付近>




「さ~て……残り数メートルちょい、っ……」

「イザーク、指が切れたな……」

「こんぐらい唾付けときゃ治る治る。ん~……」



 舐めた指で弦の張り具合を確認するイザーク。まだ戦えそうだった。



「……どんどん空気が重くなっているぜ。嫌な感じだ……」

「それも……ウィルバートが生み出してるってことかねえ」

「警戒する相手。変わりない」



「後でジョンソン団長にはお礼言いにいかないとな……」

「そうだな、団長来てくれなかったらボクら危なかったよ」




 イザーク、ルシュド、クラリアの部隊と、その他ケルヴィンとパルズミールの部隊――



 彼等が交戦を続けていた所に、ザイクロトルの群れが遂に襲いかかってきた。手こずっている所をジョンソン率いる部隊に助けられ、



 それから仲間達を案じて足を進めていた。




「イザーク、隣だ」

「ん……」





 ルシュドが指差した方向を見ると――




 複数の荷車が自分達に並走してきており、そこから一人の生徒が顔を出す。





「……ヴィクトール。遂に補給部隊を出したか」

「ああ。仲間達を助けるべく総出で来たぞ」

「総出かぁ……」

「……一応俺は断ったのだがな」




 呼ばれているのは俺だけだ、と彼は呟く。




「今も聞こえているよ。めっちゃ叫んでるなあ」

「やはり奴は前回の敗北を覚えていたらしい……」

「起こってしまったからには仕方ない。戦うぞ」


 

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「……音がするな」

「ああ、ボクなんてずーっと前から聞こえてる。これ、話に聞くザイクロトルってヤツの声だと思うか?」

「……それに加えてそうではないのが混じっているだろう」

「あは~、やっぱそうですよねぇ~……」




 黒くてねとねとした、表情のない液体状のソレを思い浮かべつつ――




 四人は仲間達と共に、決戦の場へ――









「……!!」




「……ルシュド、クラリア。わかってると思うが様子見だぞ」

「ああ……!!」

「ぐぬぬ……!!」





 ヴィクトールを始め、やってきた五年生が目にしたのは。




 ウィルバートに首を掴まれ、短剣を突き付けられている――一人の生徒。




 全員が彼女の名前を知っている。ギネヴィアだ。





「やっと来たか……遅いぞ!!! ヴィクトール!!!」




「この小娘も、待ちくたびれて退屈で死にそうだ!!! あはは!!!」





 ギネヴィアはウィルバートの腕から逃れようとしていたが、その力は非常に弱い。



 かなり長い間拘束されていたことが窺える。いつも元気で体力の底が見えない彼女が、ここまで追い込まれているのだ。





「……ウィルバート!!! 目的は俺だろう、早くギネヴィアを解放しろ!!!」



「……さあて、どうしようかなあ。お前は来るのが遅かった、僕を苛立たせた――だから、こいつの処遇は、「腕が塞がっては満足に魔法も使えんだろう!!! また俺に負けるぞ!!!」






「――」





 誰がどう聞いても煽りにしか思えないそれに、




 ウィルバートは非常にわかりやすい反応を示した。




「そうだ、そうだ、そうだ!!! 僕は負けるわけにはいかないんだ!!!」




「がっ……!!!」




 ギネヴィアを道具のように地面に落とすと、即座に杖を構える。






「お前に思い知らせてやる、闇の王の力を――!!! 喰らえ!!!」





 周囲一帯を飲み込まんとする、紫の魔弾を、




祝歌を共に、クェンダム・奔放たる風の神よエルフォード――明朗に、溌剌にフェリクシア!!!」





 水滴が弾け飛ぶ暴風が相殺していく。

 









「……イザーク、アタシ達はどうすればいいんだ? アタシ達、何かできることはあるか!?」

「多分ないと思う、クラリア。ここは二人の戦いだ……」

「そうでなくても、ボクらにはやるべきことがある……」




 サイリを呼び出し、立ち入った瞬間に動けなくなった仲間達を鼓舞するように指示する。彼等もまたウィルバートの結界に立ち入った影響で、身動きが取れなくなっていたのだ。




「うおっ……内部強化ねーとこんなにきついなんてなあ」

「アタシが強化魔法を使うぜ。とにかくイザーク、ここでくたばっちゃ駄目だ……」

「……そりゃあそうだな」







 三人は魔法の応酬を躱し、結界の呪縛を無理矢理押し進み――




 最も安否を心配していた友人、アーサーとエリスの元に向かった。




「よう……ヒーロー参上と言いたい所だが、残念ながら皆満身創痍でなあ……」

「構わない……お前達が来てくれたことが、何よりの安心だ」




 アーサーとエリスを妨害していたケルヴィンの生徒はというと、



 頭を抱えて倒れ込む、体調が悪そうにしている、突っ立って何もしていない、そのいずれかに必ず当て嵌まっていた。




 物理的に拘束する者は減ったが魔術の効果は相変わらず。動こうにも身体が重い。




「ううっ――ふんっ――」

「エリス、何処に行くんだ? そっちは魔法で危ないんだぞ!?」

「ギネヴィア……お姉ちゃん、助けなきゃ……」



 フェルグスの兄弟が魔法で殴り合っている真ん中に、ギネヴィアは打ち捨てられている。



 ヴィクトールは最大限命中しないように配慮してくれるだろうが、ウィルバートがそうしてくれる可能性は皆無に等しい。





「エリス、ギネヴィアはおれ達で助けてくる。だからお前は無茶しちゃ駄目だ」

「でも……うっ……」

「ほら今にも苦しそうだ。アタシ達だって苦しいのには変わりないけど……お前に比べればまだ戦える。じっとしていてくれ……」




 ルシュドとクラリアが魔弾の雨に突っ込んでいくのを、アーサーとイザークは遠目に眺めていた。




「……イザーク、サイリを出しているのか。内部に入れておかないときついだろう」

「そうだけど、今は手数の方が必要だろうし……あとさ、今しんどいの、別要因があるんだわ」

「……それは何だ?」

「……」




 この気持ち悪さと向き合い、原因を模索する。




「イザーク、今お前の中で流れている音楽を教えてくれ。その方がお前の感情を的確に表現できるはずだ」

「……グランドピアノの独奏。少ない伴奏だからメロディーラインが妙に際立つ。音の一つ一つが後味悪く伸びていて、冷たい感触。神秘じゃなくて奇妙。奇妙な場所に訪れてしまった、そんな音楽だ」

「奇妙だと……」




 樹木の怪物か、とアーサーは切り出す。




「ああ、オマエの所にも連絡行ってたか……そうだよ、ボクら怪物共と交戦したんだよ。それだけじゃない、奈落の音だって聞こえた……なのに、この状況は何だ?」

「結界の中だけ……遮断されたように静謐、だな。危機がそこまで近付いているのに……」




「危機……皆が……こんなに……」




 危機と自分で呟いて、改めて自分の置かれている状況を自覚するアーサー。




「……オレは騎士王だ。騎士王なんだ。戦わなければ……」

「おい、騎士王だからって無茶していい理由にはならねーぞ」

「だが……!」





      ……………………―――――――――――っっっっっっっっっっっあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!






「「!?」」






 聞いている方が頭が割れそうになるような声を出して、




 ウィルバートはその場に倒れ伏した。痙攣もかなり激しく、ケルヴィンの生徒が急いで彼の介抱に向かった。




 対峙していたヴィクトールは、血の涙を流しながら深呼吸を繰り返している――




 そんな壮絶な戦闘の結果が、どうでもよくなるような物を>{=)<IOPNU)HBUI#VHTRYUPIJ`*IN)(O+)POJ`NO+(OC+ICNIOB#'IGIHPOOBUYOIH(+IJCIOB(O+IHIOB+'C(R)CJPBE()OPIN)PO()N*ICIUIO'#+B+))P*='=~$J!)PP*$P"KM)N()P*CJ)=)P+OP*JVN'P*J*)=NH*C)P








「――」



「……アーサー、ウィルバートがぶっ倒れたから、結界も壊れて、好き放題動ける、ぜ……?」



「……」



「……エリス、エリス、立ち上がれ、立つんだ……!!!」



「ギネヴィアは、アタシがおぶる……だから、だから……!!!」








 誰もがそれを世界の終わりと言うのだろう




 津波が押し寄せるように、その黒い生命と、樹木の怪物の群れは迫ってきていた




 遠い位置にある自分達を喰らいに来たように




 世界の終わりを覆すことができる、そんな存在がいるのだとすれば――








「神だけだ」



「さてエリス、君はその神の力を、ここでどのように振るう?」

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