試験前最後の日曜日。今日も今日とてエリスはカフェに赴く。カタリナとリーシャの他に、今日はクラリアやサラとも日程が合った。
「ううーん疲れたよお……」
「勉強疲れー?」
「いいえ洗濯です」
「はあ」
「アーサーの服の臭いがこっちに移ってきてさ……落とすの大変なの~」
「筋トレ部に入り浸りよねアイツ」
「この前なんて草の臭いも酷かったんだよ! 全く何をしてきたんだか、もう~!」
ぷりぷり頬を膨らませ、ココアを飲み干す。因みにこれで五杯目なので、
「……うう、むずむずする。お花摘み!」
「はいよぅ」
「行ってらっしゃい」
ロビーに出てみると、他にも女子生徒が集って駄弁っている。魔術空調が働いているので、日光が入ってくる割には涼しく快適だ。
その中に見知った生徒がいた。取り敢えず声をかけようとするが、すんでの所で留まる。
(気付いていないかな……)
(……よし。いじわるしーちゃお)
こっそり背後から近付き――
「……えいっ!」
「ひゃあっ!?」
突然両手で目を覆う。
「は、はわわわ……!!」
「だーれだっ♪」
「幽霊さん! お化けさん! 可愛い可愛い妖精さんっ!」
「んー、ちょっとだけ正解。正解は……」
手をぱっと離して、顔を向けさせる。
「……妖精よりも可愛い可愛いエリスちゃん、だよっ」
ちゅどーん
「……で、連れてくる羽目になったと」
「ハイ」
「……これはアレね。その程度でぶっ倒れる方が悪いわ」
「ぷきゅう……」
カフェに戻ったエリスの隣には、興奮のあまり伸び切ってしまったファルネアが横たわっている。
「エリス、まだファルネアは起きないのかー? 早く挨拶したいぜ!」
「うーん、まだみたい……わたしも早く謝りたいのに……」
「失礼します!」
大慌てで入ってくる生徒が三人。その中にはエリスの見知った顔も。
「あっ、キアラちゃんだー。おはよー」
「エリス先輩……ひゃっ! どうしたんですかファルネアちゃん!」
「驚かせたら蒸発しちゃった……あはは」
「ふええ、一体何をやったんですかあ!?」
「メルセデス! 元気か!」
「げっ」
「何してるのよサネット」
「サラ先輩!! おはようございます!!」
それぞれ話をしている所で、ようやく彼女は覚醒。
「んみゅう……」
「あっ、起きた起きた~。おはよ~」
「……ひゃっ!? エリスせんぱい!?」
「ファルネア! アタシはクラリアだ! エリスの友達だぜ!! よろしくお願いしやがれー!」
「!?!?」
「寝起きに叫ぶんじゃないわよ、驚いてるでしょうが」
耳をぴんと立てて、状況が飲み込めない様子のファルネア。
「せんぱいがいっぱい……」
「ファルネア? ファールーネーアー!?」
「おっぱいもいっぱい……」
「ばかーっ!!」
ぽかぽか頭の後ろを叩くリップル。それを見て、安心したように息を漏らすキアラ。
「ファルネアちゃん、こんにちは。無事なようで良かった」
「キアラちゃん……? はっ!」
「そうよファルネア! あなたこんな所で倒れてる場合じゃないでしょ!」
「え、まさか何かあった感じかな……?」
エリスの視線にサネットが口火を切って答える。
「第二階層で適当なカフェを見繕って、勉強会をする予定だったんですよぉ!」
「一年前のワタシ達と同じことしてるわね」
「それで、塔の外でアーサー君と待ち合わせすることになって、私達は四人で集まってからってことに……」
「やっちまったわねえエリスぅ」
「うう……ごめんなさい……」
「先輩は知らなかったのでぇ、仕方ないと思いますぅ! 肩を落とさないでくださぁい!」
「でもでも~、何かしらの形で~、お詫びは必要だと思うんだよね!!!」
エリスの腕を引っ張り、立ち上がらせるリーシャ。
「というわけで皆にドリンク奢ろう! はい!」
「え! 待って一理あるけど予想外の出費!! 何でこんなことするの!!!」
「そんなんついでにタピオカもう一杯奢ってもらうからでしょぉ~!!!」
「この人自分の目的を白状したー!!!」
ということがあり、一年生達はドリンクでほふほふになりながらお出かけしていった。
「うう……痛い出費ぃ……」
「なーにかあったらアーサーくぅんに奢ってもらえばいいんだし平気平気よぉ!」
「……この度は、つるぺたリーシャはぷっぷっぷーとか言って、貴女様の名誉を毀損してしまい、誠に申し訳ございませぇん……」
「うむ!! それが聞きたかった!!」
そこに扉が開き、新しい客。
「……久々に来てみたけど、大分混んでるな」
「今は期末試験だからねえ。皆頑張ってるのさ、ローザちゃんにソラちゃん」
「ガレア店長! 僕達のこと覚えてくれていたんだ!」
「卒業生の顔はそんなには忘れないよ。また来てくれてありがとうっ!」
「さて、席はどこに……おっと」
二人が近付いていったのは、エリス達の席。
気だるそうな雰囲気のアールイン家宮廷魔術師ローザと、お洒落なフリーランス魔術師ソラだ。
「ようお前ら、元気してたか」
「ローザさんにソラさん。こんにちは」
「こんにちは! あ、ここ座ってもいーい?」
「どうぞどうぞ」
「私は立ちっ放しでいいかな。狭いし」
そうして席に入ると、プリントに視線を落としていたクラリアがばっと顔を上げる。
「初めましての人だ! アタシはクラリアだぜー!」
「元気がいいなあ。灰色の髪も素敵だ! アレンジしたい!」
「アレンジだと!? そいつは美味いのか!?」
「こんなヤツだから髪には一切興味を示さないわよ。やめときなさい。ところで、どうして宮廷魔術師がこちらにいらしているのかしら」
「たーまの休暇だよ。んで、暇だし魔法学園にでも顔出すかーって」
机に並べられたプリント類をざっと眺めるローザ。
「前期末試験かー。懐かしいな」
「他人事のようにぃ」
「人生なんてそんなもんだよ。過ぎたことは他人事のように見ているしかできないのさ」
「でもあれだろ? お前ら二年生だろ? じゃあこれ終わったら臨海遠征じゃん」
「あ……」
途端に色めき出すエリスとリーシャ。カタリナも思わず手を止めてしまう。
「なーなー、アタシよくわかんねーんだけど、臨海遠征って結局何するんだー?」
「アルブリアより南、ラピニア海に浮かぶブルーランド諸島に赴いて、一週間程度の学外実習。内容はフィールドワークと武術と魔術の訓練って所ね」
「訓練やんのか! そいつは楽しみだぜ!」
「でもフィールドワークの方に重きを置かれているから、そっちちゃんとやんないと成績に響くわよ」
「そうなのか? そもそもフィールドワークって何なんだ?」
ここでローザが右手を少し上げたので、サラはそちらに解説を任せることにした。
「実地調査とも呼ばれる、調査の手法だな。四年生以上になるとそれが主体になる授業が増えるから、ここでやらせて慣れさせようって算段らしい」
「数人のグループ組んで、そこで調べたいことを決めて、それについて街の人に訊いたり、自分で記録を取ったり、博物館に行ってみたり。その後の調査結果のまとめ方まで、ぜーんぶ自分達でやるのさ!」
「難しそうだぜ!」
「多分そのグループってクラス内で決めるでしょ。アナタはヴィクトールに全て丸投げすればいいんじゃないかしら」
「そうするぜー!」
「酷い擦り合わせを見た」
ここで飲み物を持ってきていないことに気付くローザ。そんなローザに気付くソラ。
「僕持ってくるよー。コーヒーでいい?」
「そうだな……今日はモカで頼むわ」
「オッケー」
「ソラさーん、わたしのもお代わりー。アイスココアー」
「私もータピオカミルクティー!」
「れ、レモネードで」
「水!!!」
「グリーンスムージー」
「……」
「立ってしまったもんの宿命だ。受け入れろ」
「とほほ……」
全員分のカップを持ってカウンターに向かうソラ。その間にも、女子達の口は留まる所を知らない。
「ローザさん」
「どうした?」
「その様子だと、ローザさんも臨海遠征に行ったんですよね?」
「……まあそうだな」
「それなら……何について調べたか、訊いてもいいですか?」
「言っとくが記録は学園のどこにも存在しねーから、パクリは無理だぞ。私自身も覚えてねーし」
「そういう意味で訊いてるんじゃないですよぉ」
「わかってるよ。さて……」
五人の顔を見つめるローザは、どこか楽しそうで。
「私が調べたのは、トロピカルフェアリーっていう妖精達についてだ」
「トロピカルフェアリー……」
「如何にもそれっぽいわね」
「ブルーランド諸島に住む固有の妖精で、先ず見た目が凄くてな。柑橘系や緑と主体にした翅に衣装、それに南国の花を大量にあしらったアクセサリー……とにかく華やかだったよ」
「ふんふん……」
話を聞きながら、エリスはその姿を想像してみる。
「しかもそいつらさ、めっちゃ人懐っこいの。私達が船から降りてくると直ぐに群がってきて、荷物搬入の手伝いしてくれたり、長旅を労わってくれたりさ。太陽のように明るい性格の奴が多くて……話してるだけでも楽しかったわ」
「その妖精さん達って、本島にだけ住んでいる感じなんですか?」
「いや、諸島の南西の方にそこそこ大きい島があってな。そこを生活の拠点にしていて、日中はあちこちに外出している」
「へえー」
「何なら僕達、その島に行ったからね!」
そう言うのは、大量の飲み物を抱えて戻ってきたソラ。
「あってめえそれについては黙っておこうと」
「いーじゃんいーじゃーん。僕とロザリンの思い出の地だよ?」
「……けっ」
ソラが再び座り、飲み物を口に含みながら進める。
「多分皆もわかってると思うけど、ロザリンってちょーっと斜に構えた所があってさー。ここに入学したての頃は人付き合いが大の苦手で、ルームメイトも僕ぐらいとしか話さなかったんだ」
「容易に想像できるわね」
「うっせーよ」
「そんな中で臨海遠征に連れてこられてさ、さぞかし居心地悪そうにしてて。きっと妖精達はロザリンの本質見抜いたんだろうね。僕達二人を彼らの島に連れて行ってくれて、そこでおもてなしされたんだ」
「……まあその島には普通に行けるぞ。特に制限はない。でも臨海遠征では、夜には旅館に帰らないといけないんだよ。当然だな。なのにあいつら、私とソラを一晩中拘束しやがって……」
「その時のロザリン可愛かったなあ!! 花の冠作ってもらって、皆で踊り明かして!! 照れてる姿がめっちゃ可愛かった!!」
肩を抱き寄せるソラ、照れて引き離そうとするローザ。
「やめろよ!! や! め! ろ! よ!!!」
「や、め、な、い~~~!!!」
「……本当に仲がいいんですね、お二人は」
「さっきも言ったけどルームメイトだったからさ! それからずーっと続いてる付き合い! そして臨海遠征で、それは強固なものになった!」
「え~……私も熱烈歓迎されたらどうしよ~」
「まあされると思うぞ、あいつらの性格的に」
ようやくソラを引き剥がせたローザは、ふぅと一息つく。
「まあなんだ……今言ったトロピカルフェアリーを始めとして、ブルーランドには楽しい物がいっぱいあるぞ~。何てったって南の楽園だからな。フィールドワークや訓練もあることにはあるんだが、自由散策の時間も勿論用意されている。お土産死ぬ程買えよ!」
「おすすめは!」
「ロコモコ!」
「ろこもこ!」
「挽肉のタリアステーキに目玉焼きとレタスとその他サラダ系野菜を乗っけたてんこ盛りおかず! 白い米が進むってもんだぜ!」
「うおおおおお!! 食い物だああああああ!!」
「んふふ~……」
ほくそ笑みが止まらないエリス。多分他人には見せられない表情を、ここでは沢山見せ付けちゃう。
「どうだ? 楽しみになったか?」
「はい! もうすぐみんなでそこに行くと思うと……わくわくします!」
「そうか!! じゃあその前に試験頑張ろうな!!」
「うぐうっ!!!」
「上げて落とすのやめてくださいよぉ~~~!!」
「ていうか折角来たんですから!! 試験勉強教えてください!! 宮廷魔術師でしょあなた!!」
「ごはぁ!!!」
「このカウンターである」
開いた窓から、穿つような陽の光と共に、微かに潮の香りがやってきた。
盛夏はそこに迫ってきている――
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