「ぬっ、あっ……」
「きゃあっ!?」
凍った地面でバランスが取れず、正面から倒れ込むエレーヌ。
「ん!? 急にどうした!? 手を貸そうか!?」
「舐め腐りやがって……!!! ちくしょう、魔力供給が、何で……」
そのまま這うように動く彼女を見て、リーシャは一旦杖を降ろす。ハンスとサラも合流してきた。
「……何かあったなこれは!!」
「ていうか寒いんだけど!! ああもう――帰りてえよ!!」
「というか帰らないといけない状況になってきてるんじゃない? ほら――」
サラが指差した方角。雲が依然として広がる空から、舞い降りてくる一匹の黒竜。
それが親しい友人達を乗せたジャバウォックであると、認識できると安堵が満ちる。
「リーシャ、ハンス、サラ……!」
「ルシュド!! 無事だったか、よかった……!!」
「クラリア、アナタまだまだ元気そうね。狼だから寒いのには慣れっこかしら?」
「何かもうわけわかんない戦況で、大して戦わなかったってのもあるぜ! とにかくアタシは生きてるぜー!」
「アーサー! お疲れ! 大分疲れてるんじゃない貴方!?」
「そりゃあ、マーリンと一対一だったからな……ただでは済まない! そんなことよりもだ!」
「逃げるんでしょ!? でなきゃマーリンが貴方を逃がす理由がないもん!」
「概ねその通りだ――他の皆も探すぞ!!!」
魔法人間達の、声にならない怨嗟がひたすらに漏れていく。
それは悲しみか恨みか、或いはそのどちらでもないだろう。或いはどちらも含んだ上で更に何かを主張しているのだろう。いずれにしても、誰もそれの内容を認識して、見合った方法で報いてやることができないのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……!!!」
「うふふ、どうしましたの? あれだけ啖呵を切っておいて、
今はわたくしの方が優勢じゃない!!!」
「ぐっ……!」「させるっ、かっ!!!」
炎天下からの寒冷化という環境も相まって、エリスとギネヴィアの集中力は途切れようとしていた。
目の前にいるヴィーナは、まだまだ力が有り余っているのか、八方向に動いて攪乱させてくる。
「これは元々の力の差、体力の違い!!! わたくしは千年も生きているのよ? その間に培った執念深さ、貴女達の比じゃない――ものぉ!!!」
「ぎゃあーっ!!!」
「こっちに気付いていたのね……!!!」
ヴィーナの背後から奇襲を仕掛けようとしていたのは、カタリナとイザーク。彼が妨害している間に彼女が斬りかかる算段だったが、見事に敗れ去った。
「待てっ、待ちやがれ、貴様等……はあっ!!!」
「あらぁ~モルゴース。貴女どうしてこちらまで来ているのかしら?」
「ヴィーナ様!!! こ、これは、その……!!!」
「まさかこのガキ共を、みすみす逃がしたような真似、しでかしたんじゃないでしょうね!!!!!」
エリスもギネヴィアも正面にいるというのに、ヴィーナはモルゴースに向かって茨の鞭を振るい始めた。
その合間をくぐってカタリナとイザーク、そして数歩離れた位置から安全を確認しながら来ていたヴィクトールと、二人は合流する。
「カタリナ!! 無事でよかった……!」
「エリスも……息災そうで何より。ねえ、寒くない?」
「寒いよ……でも遺跡を抜けたら夏模様なの、身体壊しちゃいそう……」
「へーぶっし!!! あーさみいよ!!! 風邪引くわ!!!」
「唐突で魔法を行使する時間もなかったからな……どれ、先程の礼だ」
「サンキュー先生……ギネヴィア、オマエも大丈夫そうか?」
「わたしは大丈夫……」
ずしん
ずどん
ずしん
ずどん
ずどん
――――――――――
「……地震か? こんな時に!?」
「違う、地震の揺れじゃない!!」
「何かが――近付いて――」
べちゃべちゃしたものが幾つか、壁がある方角から、壁を越えて投げ付けられてきた。
「うっわっ!? これ何、だ……」
「……肉塊? でも、消えかかってる……?」
「魔法人間……?」
ヴィクトールは首だけを後ろに向けて、ヴィーナの状況を確認する。
自分達と同様に、それを見て顔を真っ青にしていた。モルゴースも同様だったのを確認した直後、
それが来た。
「がっはっはっはっは!!! ここか!!! この小童の愛し子がいるのは!!!」
「ほうほう、そこなニンフの女か? がっはっは!!! この小僧に相応しい、見るに堪えない年増よ!!!」
壁に拳を突き立て、奴は穴を開けて歩いてきた。衣服も肌も赤黒いものにまみれて、肩にはまだ人体を留めているそれを背負っている。手にはそれを握った痕跡すら見えた。
歩幅は人間のそれだし大きさも同様、歩く速度もゆっくりで、何の形容もできないただ普通の歩行。
しかしその姿からは、音と大気の振動とが容易に想像できて、そして極めて当たり前のことのように脳内でそれが流れるのだ。
心臓が当然のように鼓動を早め、肉体が必然のように従属を申し出ているのだ
「き、さ、ま、ああああああああああああああああ……!!!」
「私を、侮辱するな、愚弄するな、馬鹿にするなあああああああ……!!!」
また反対の壁の向こうから、男が死ぬ物狂いでやってきて、そして魔術で動かした建造物の破片を衝突させた。
最初に出会った時と比べると、今のマーリンの姿は、高貴さに隠れていた真の醜態が晒し出されていると思えた。
「何だ、あれだけ殴ってやったのにまだ動けるとは!」「マーリン様!!!」
「私の計画を、下劣な貴様なんぞに妨害はさせん――!!!」
「女王陛下!!! 戦うのです、我々と共に!!!」
突然会話に引き摺り込まれたので、エリスを含めた一同はぎょっとする。
加えてこのタイミングでアーサー達も合流してきた――
「エリス!! 無事か!!」
「アーサー……!」
<がっはっはっは!!! 相も変わらずだな、小僧共よ!!!
「っ……」
「騎士王サマー、これで十一人っすけどやばい状況ですぜ……」
「ハンニバル、あれパーフェクト回復しちゃってるねえ……」
ヴィーナは態勢を整え直し、攻撃の機会を今か今かと窺っている。モルゴースは気絶してしまったようだ。
マーリンは期待を込めた眼差しでエリスを見つめている。どちらかというと自分の言うことだからやってくれるよなという、無言の圧力が主体的に感じられた。
ハンニバルが一番余裕を見せている――その気になれば、今の奴は全てを蹂躙できるのだと、誰もが確信していた。
「囲まれてますねえ。でもこのまま、何も手立てを打たないってわけにもいかない」
「さっさと結論出さないと、寒さで凍え死ぬぞ……!!」
「そうでなくても、どっちかにはひどいことされる!!」
「……くっ」
(どうする……どうすればいい)
(今取れる選択肢、どれを選ぼうとも、損害は免れない……)
(ならば一番損害が少なくなる方法を……!!!)
(どうすれば……)
(……)
『そして五回目の体当たりをした時、オージンのこしもとで何かが光りました』
『それは魔法のはちうえでした。へいし達は剣を持っておそいかかってくることはあっても、はちうえでなぐってくることはないだろうと思ったのでしょう』
(……!?)
(何だ、急に言葉が流れてきて……? 魔法の鉢植え……? 腰元……)
(……)
アーサーは腰にかけてある道具を確認する。
すると一つだけ、しっかりと握れる物があった。それは砥石である。
(ユーリスさんから誕生日に貰ったやつだ……)
(確か、血を注いでどうのこうのって……っ!!!)
一瞬だけ零れた日光に透かしてみると、確かに視認できた。
最早何が書いてあるのかわからないぐらいに――複雑技巧な術式。
「――オレが走り出したら後に続け。皆いいな?」
「え?」
「何をするつもりなのアナタ?」
「策があるってなら――信じるけど――」
「……」
「剣で襲いかかれないのなら、鉢植えで殴ればいいんだ」
そう呟いた直後、
アーサーは手にした砥石が、真っ二つに割れるように、地面に叩き付けた。
「――なっ!!!」
「ほう、ワシへの宣戦布告か? 受けて立つ、ぞ……!!!」
「貴様、一体何を、し……!!!」
その場にいた誰もが、騎士王達が遺跡の出口に向かって走り出すのを、
立ち竦んだまま見届けることしかできなかった。
「がああああああっ!!! 何だ、何だこの……魔法は!!!」
「……っ!!!」
「身体が動けない――何故だ、何故だ――!!!」
(あの砥石、お父さんからのプレゼントじゃ……?)
(どうして――)「エリス!!! そりを出せ!!!」
「あ……うん!!!」
言われた通りにエリスはそりを亜空間から引っ張り出す。
そして走りながら前方に放り投げた。遺跡の出口が視界に入っている。しかしまだ小さいので、見えているのに遠い距離であった。
「ぷはあ!! それで、あれに――」
「乗るんだ!! 止めはしないぞ、一気に加速させる!! 迅速に乗り込め!!」
魔法人間と思わしき生命体が、そりに群がろうとする前に――
アーサーはカヴァスにそれらを威嚇させながら、飛び込むように突入。先頭の操縦席まで飛ぶように移動し、直ちに『加速』の魔法球を発動。
「ボクは他の皆を見てくる。アーサー、事故んなよ!!!」
「頼んだぞ!!」
カヴァスが車体から飛び出すのと同時に、アーサーは魔力供給を全開にする。
そりから風が吹き荒れる。急に魔力を流し込んだ為に予期せぬ方向に動く力が働く。敵を振り切ったと思っても、制御できないのでは本末転倒だ。
だが今はそれを抑え付けるしかない。やっと手にした逃げ場を失ったら、今度こそ本当に終わるのだ。
仲間達に追い付くことを強要している今、自分が道を切り開かないといけないのだ。
「……うおおおおおおおおおおおーーー!!!」
「アーサー、早いー! おれ、びっくりー!!」
「到着、したぜーっ!!!」
豪速で飛んできたジャバウォック、その背にはルシュドとイザークを乗せ、更に手にはクラリアを掴んで飛んできた。
彼がそりに仲間達を降ろした後、続けて第二陣が到着。
「ちょっとどころかめちゃくちゃ雑だけど、とりゃー!!!」
「くそが!!! 温度差で風邪引くわ!!!」
「ちょっとアナタ達、乗る時はもっと丁寧になさい!?」
リーシャとハンスが風魔法を行使し、それにサラが便乗する形で登場。
流石に六人も勢いを殺さずに乗ってこられては、大きく揺れない方が無理があるというもの。
「ぐっ……!!!」
「大丈夫アーサー!? 維持できる!?」
「何とか、っ……してみせるっ!!!」
次にどこに動いていくかを読んで、その方向に沿わせるように舵を切る。
全く出口に向かおうとしないことが焦燥感を募らせる。加えて視界には残った魔法人間《ホムンクルス》もちらついていた。
「くそっ、このままじゃ……!!」 「アーサー!!」
「……っ!!! エリス!!!」
「ギネヴィアは、わたしの中にいる――とりゃあっ!!!」
アーサーに抱き着くようにして、カヴァスの背からそりに乗り込むエリス。
そしてカヴァスはもう一人、背中に乗っていたヴィクトールを放り投げた。更に後ろからはカタリナが自力で追い付いてきていた――
「カタリナとヴィクトール……全員、揃ったな!!!」
「あとは逃げるだけだよ――でも、気を付けて!! 嫌な感じがする!!!」
「何だと――」
後ろを向いていたアーサーは、
自分達の背後から、黒い煙が発生して、
瞬く間に広がっていくのを目撃した。
「――!!!」
「皆、伏せていろ!!!」
即座に正面を向く。幸いにもそりの暴走は殆どなくなって、自由に操作が利くようになっていた。
真正面に向かって、全力で加速して、煙に触れるすれすれを行く。正面に見える夏に向かって、アーサーはそりを走らせる――
「あ……あああああああああああああああああああ……」
「うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
術式は次第に丸屋根の形に広がっていき、その内容を空に開示させていく。
凡庸な魔術師ならその内容を直ちには見抜けない。しかしここにいるのは少なくとも凡庸とは言えない知識を蓄えた者達なので、見抜いてみせた。
内容が理解できればできる程、彼らの顔は憎悪に歪む――
「ウォ……ウォーディガン!!! ウォーディガンッ!!!」
「どこにいるの、出てきなさい、この裏切り者!!! 近くにいるんでしょう!!!」
「マーリン様の裁きを受けるのが怖いのね!!! だから出てこないのね!!! だからわたくし達の妨害をするのね!!!!!」
「出てきなさい、出てきなさい、観念しなさい!!! わたくし達の理想を踏み躙る反逆者が――!!!」
我を忘れて血眼になったヴィーナが、ふらふらと歩き出していく。
その直後だった。
「ふうん!!! ――ウォーディガンだが何だか知らんが!!!」
「ワシの自由を制限しようものなら、受けて立つまでよ!!! はぁっ――!!!」
ハンニバルが目を閉じ集中し、大気中の魔力を自身の周囲に張り巡らせる。
「……認めん!!! 許さん!!! 何もかも、何もかもだ!!!」
「私が最強なのだ――私が理想なのだ――私こそが、特別なのだ――!!!」
マーリンの周囲に魔法人間達の肉塊が集まり、それが消滅して魔力になっていく。
そして二人が集結させた魔力を放出したのは、ほぼ同時だった。
二人の魔法が衝突し、遺跡を跡形もなく黒煙で包み上げていく――
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