<魔法学園対抗戦・武術戦 二十四日目 午前八時 男子天幕区>
「ごちそうさまー……」
「……」
朝食を食べ終えたアーサーは、天幕の中に張られていたカレンダーに目を向けた。そこには六月の暦と共に武術戦の日程が細かく書かれている。
既に終わった日には斜線を引いていき、残っているのもあと数日。特に明日の所にはぐりぐりと丸が描かれて強調されていた。
「おっすアーサー、カレンダー見てたのか?」
「イザーク。この位置関係からわかったのか」
「だって天幕の中じーっと見てたし」
イザークも一緒になって覗き込む。見にくいから天幕の中に移動するという考えはすっかり抜け落ちていた。
「明日だなアーサー。エリスにカッコいいトコ見せるんだろ?」
「今回はエリスも戦場に立つけどな」
「だからこそ魅せてやんだよ騎士王。怪我させんじゃね~ぞ~?」
「お前に言われなくてもそのつもりだよ」
ここで何故か互いに沈黙する。
それからふふっと笑い合った。
「……前回は色々あったよな」
「ああ。ボクがのんべんだらりと訓練やってた間に、オマエは泣いて叫んで笑っていた」
「お前にバレないようにするのは本当大変だったよ」
「今じゃ真っ先に言ってくれるけどな」
「ははは……三年で本当に変わったものだ」
本当に肩の荷が降り切った。広がる青空を、何の心配もなく楽しめるのだから。
<午後三時 演習区>
「ふんっ!!」
「おおっと!!」
「いい太刀筋だ――だがっ!!」
「ぬおっ!!」
ダレンが大剣の中腹で切り返した為、
即座に身体を捻って避けるアーサー。
空中での体勢が上手く整い、特に無理なく着地することができた。
「おおっアーサー! 今のは見事だったぞ!」
「ありがとうございます!」
「僕は避けられないって思ったんだけどね~。やるじゃん」
魔力水を手にラディウスが軽口を叩く。アーサーとダレンのそれぞれに投げて寄越した。
「やっぱお前も三年で成長してるんだな!」
「修羅場を潜り抜けてきましたから」
「んなこと言ったら僕らだって。そしてこの先、もっとしんどい修羅場が待ち受けてるんだろな~」
「気が滅入ること言うのはよそうぜラディウスー!!」
試合前日ということで、五年生の殆どが演習区に集って最終調整中。アーサーは先輩のダレンとラディウスに手伝ってもらい、同じく調整を行っていたのだった。
「……」
「ん? 何だアーサー、昔を思い出すように遠くを見て?」
「はい……先輩に色々激励されたのも、丁度三年前だったなあって」
戦は享楽だと言われたあの日の光景が目に浮かぶ。
「あれからちょっと肩の荷を下ろして戦えるようになれました」
「そうかそうか、それは先輩冥利に尽きるぜ! やっぱり色々考えてちゃあ集中できないもんな!」
「色々考えて敵を欺くのも楽しいもんだよ?」
ラディウスが自前の長剣を研ぎながら逆張りしてみる。
「そりゃあお前は頭いいからな! 俺馬鹿だから、そういうのは性じゃねえ!」
「お前は馬鹿じゃねえよ。どっちかって言うと筋肉」
「ぷっ……」
休んでいると、他にも休息を取っていた友人が続々集まってくる。
「アーサーっ」
「ん……おお、エリス。そうかエリスも訓練してるか」
「わたしも忘れないでよ!」
「ギネヴィアもか。そうか、前回に比べて大所帯なんだな……」
二人の背後から、同じく訓練に付き合っていたアザーリアが顔を出す。
「おおーそっちにはアザーリアが。さぞかし優雅に相手してもらったんだろうな」
「優雅に的確にご指導もらいましたっ」
「如何に効率良くトーチライトを叩き付ければいいかをご教授していただきました!!」
「お二人共よくできました、ですわ!」
頭を撫でるアザーリア。撫でられた二人はとても嬉しそうだ。
「見てくださいよイザーク先輩!!! 何かとっても仲良さそうですよ!!!」
「わーったから叫びながら背中バンバンするんじゃねえよアデル!」
「ふふ、先に来ていた方が沢山ですね、先輩」
「そうだな、キアラ。大所帯だ」
「メーチェ!! 恥ずかしがるな!! 一緒に混ざれー!!」
「いやあのこっちの気持ちも考えやがれよクラリアァー!!!」
イザークはアデルと、ルシュドはキアラと、クラリアはメルセデスと。それぞれ気の許せる後輩と一緒に、訓練に打ち込んでいた。
「皆もお疲れ。調子はどうだ?」
「ばーっちり! ……まあボクはそんな前線出る予定ないんすけどね?」
「そーんなこと言ってると絶対引き摺り出されますから!! ね!?」
「おれ、絶好調。どんな敵でも焼き付くす。かかってこい!」
「先輩明日は応援してますからね。頑張ってください」
「へへ、ありがと……」
「先輩ぃ、凄い物メーチェに見せてくれてありがとうございますぅ。クラリスさんもかっこよかったですぅ」
「だろー!! アタシとクラリスの渾身の一撃だぜ!!」
「本番も期待してますねっ☆」
今日を労う友人達。成果を褒める先輩と後輩。
そして皆が等しく明日を語る。皆と等しく明日を語れる。
イザークとダレンに双方から小突かれ、ようやく自分の目から涙が零れていたことに気付く。
「え……あ」
「何で試合始まってないのに感極まってんだよアーサー!」
「そうそう、泣くなら勝ってから! 或いは負けてから! 今流しちまうと枯れるぜ~?」
「……」
手で拭いながら、今の気持ちを口にする判断をした。
「……オレの周囲には沢山の人がいるってことが嬉しくなって」
「何だそんなことかよ。そりゃあそうだぜ、人は一人じゃ生きていけないんだ」
「……いや! 確かにそれってスゲーことだよな!」
事情を知ってるイザークは、言葉の方向が少し異なった。
「誰かに聴いてもらえなかったら音楽は成り立たねーしな!」
「……」
「な、何すかダレン先輩。ボクの顔じーっと見ちゃって」
「いや、お前ってそういうこと言うんだなーって……」
「真顔で感心しないでもらえますかー!! めっちゃ恥ずいっす!!!」
「……はははっ」
<午後五時半>
「じゃあアーサー、また中央広場でねー!」
「ああ、また後でな」
エリスとギネヴィア、クラリアとは別れて先に演習区を出る。イザークやルシュドと話し合い、汗をかいたので着替えることにしたのだ。
着替えた後に向かうは中央広場。前回も行われた立食会に参加する予定だ。
「今回は王国騎士と宮廷料理人が振る舞ってくれるんだってな!! 楽しみだぜ!!」
「絶対美味しい。おれ、わかる……ぐへへ」
「ルシュドさん変な笑いが漏れてまっせえ!!」
「えへへ、おれ、お腹空いてきた……」
両側から楽しそうな声を聞きながら、アーサーは天幕区への道を歩いていく。
変わりない日常。現在こそ遠征で少し風景が異なってはいるが、それももうじき終わりだ。また決まった時間に起きて、魔法学園に通って勉学に励む日々が戻ってくる。
そんな未来が待ち受けていると、橙色の黄昏に思いを馳せていた――
「ん?」
「どうした?」
「何かこっちの茂みで光ったような……」
「え、どれどれー?」
イザークとルシュドは、興味のままに茂みの中に向かっていってしまう。
では自分はそれについていくかというと、そんなことはない。二人がいつ帰ってきてもいいように、動かず立ち尽くした。
「……」
「……あの二人を、わざとオレから遠ざけたな」
正面を見つめた。演習区と中央広場を繋ぐこの道は、三年前とほぼ変わらない構造。歩きやすいように整備され結界代わりの森が生える。
そこには勝手にやってきた小動物が生態系を作り、さながら最初からそこにあったかと錯覚してしまう。
だが――
「――ふんっ!!!」
右手に聖剣を呼び出し、直後に来た衝撃を一身に受け止める。
足が僅かに地面に食い込み、鈍い音を立てて後ろに下がる。抵抗しているとはいえ、自分の位置を変えさせる程の勢いだ。
そして、その衝撃を放ってきた相手は――
「今のを受け止めたか」
「正直、頬の一部を掠ると思っていたのだがな」
涼しい顔をして自分の進行方向に現れる。道を塞ぐように。
「……モードレッド」
「何の用だ、あんた……」
攻撃が飛んでこない距離を保ちつつ、アーサーは様子を窺う。なるべく聖剣《エクスカリバー》は解き放たないようにして。
そんなアーサーの警戒心など意に介せぬように、モードレッドは穏やかに返答を返す。
「君と二人で話がしたかった。それだけだ」
「ブランデーでも嗜みながらどうかと思ったが、今は何処かに向かっていると見た。立ちながらでも構わないよ」
「……そもそもオレはまだ酒を飲める年齢ではないんでね」
「君がそれを言うのか。原初のナイトメア、騎士王アーサーが。ほう……」
何かしらの挑発に乗ったら負け。今ここで影響が出なくても、回り巡って何かされるのはエリスだ。
周囲には他に生命の気配を感じない。黄昏が不気味に広がり嗤っていた。今ここにいるのは、自分と彼の二人だけと圧をかけて教えてくる。
だがそんなことに驚いてはいられない。目の前の彼に集中しなければいけない。彼はどう動くか全く読めないのだから。
「オレは騎士王であると同時に、一人の人間として生きていくことにした」
「そうか、そうか。故に君は脆弱になり、他の人間と訓練を行わなければならなくなったのだな。無駄な時間だと私は思うな」
「感情がないことが強さなら、オレはそんなものは必要ない。それに、先輩や友達に、後輩や大人達と共有できる時間を無駄とは言えない」
「君は感情無き強さを身に着けなければ私には勝てない。力の差は歴然で、私は今の君を捻り潰すことができる。その無駄にした時間でそれは身に着けられたはずだ」
「あんたにとって無駄だろうが、オレにとっては大切な時間だ。それはオレに新しい強さを齎してくれている」
「絆の力というものか。虚無に堕ちてしまえば全ては無意味だ」
「――無意味にならないような強い絆で、オレはあんたを倒す。オレ達はあんたを食い止める」
「……」
深淵が燃え盛る紅の瞳を見つめる。
睨まれても舐められても怯まない。決然と存在している心が見つめ返してくる。
暫しそうされた後、モードレッドは肩を竦めてこう言った。
「……その風格、まさに王と呼ばれるに相応しいといった所か」
「まさか君にそのようなものが備わるとは思わなかったよ。マーリンに被せられた偽りの王冠ではない、本当の意志――」
それを呟いた後、モードレッドは地面を蹴り、
アーサーとの間合いを一気に詰める――
「――っ!! ぐっ!!」
「ああ、懐かしい――ティンタジェルが崩落した日のことを、今にも思い出しそうだ」
今度は黒槍を持ち、喉元を貫かんと一撃を放つ。
聖剣越しに見るその目には、より冷徹な殺意が込められていた。
「最後に一つ問おうか。君はあの子の何だと言うのだ?」
「私は再び舞い戻り、伴侶のあの子も共に来た。私の抑止力として君やギネヴィアが蘇るのも、あの創世の女神なら仕向けることだろう」
「だが只の道具である君と、君と一切関係のないあの子が、どうして惹き合ったのか、そればかりが理解できない――」
それを聞いたアーサーは、
勝ち誇ったように笑った。
「はっ、それならはっきりと教えてやるよ――」
「オレはな、元々それを目的として造られたんだ」
聖剣に力を込めると、光が刀身を覆う。
それを見たモードレッドは、攻撃態勢を解き、黒槍を降ろした。話を聞いてやろうと思ったのだ。
「ひとりぼっちの可哀想な女王。力を行使することだけを強いられて、それ以外に自由のない聖杯。そんなエリスにとっての、理想の騎士さまがオレだ」
「最も時間と実力が足りなくて、それは叶わなかった。だが千年も時間が経った今は、当初の目的を果たすことができる。オレはエリスを守り抜き、傍にいる。どんな時であろうとも」
「……いいか? いつかオレとお前が再び戦う日まで、よく覚えておけ。最後に勝つのは運命じゃない――この小指に結ばれた赤い糸だ」
見せ付けるように出した小指を目の下に持っていく。そのまま目尻を降ろし、舌も出して馬鹿にする。
彼は騎士王としての意志、使命を果たす覚悟の上に、年相応の少年らしさも兼ね備えているのだ。
「……さて、どうだがな。そのような細い糸で運命を断ち切れるものか――」
全てを聞き届けたモードレッドは黒槍から手を放す。離した瞬間黒い雷に覆われて、その姿は一瞬にして消えた。
そしてローブを翻し、自分の向かう方向に歩き出していく。悠然と余裕を持って。
一方的に話を持ちかけておきながら、一方的に切り上げる、この行為自体がそもそも強者の余裕と言えるのだろう――
アーサーがその背中を見送り、聖剣を手放した後、何かが割れる音がした。硝子でも木でもない、世界そのものが割れる音。
「結局イザークの錯覚だったな」
「んだよー、確かに目に入ったんだけどなー」
「……アーサーさーん! ちょっとお話がありますのー!」
「イザークにルシュドも一緒か、じゃあ一緒に訊くかな」
イザークとルシュド共々、前から走ってきたレオナとフォーを見て、若干驚き何事かと知りたくなってくる。
「レオナさん、フォーさん、どうしましたか?」
「ふう、ふう……急いで来たから息を切らしてしまいましたわ~。あのですね、この辺りで決闘結界を感知したとの報告が……」
「決闘結界? あれ例によって持ち込み禁止じゃなかったっけ?」
「その通りだ。だから一体誰が使ったんだかと駆け付けたわけだな。お前ら何か目撃してねえか?」
「……ボクはなーんも。ルシュドもだよな」
「ああ、おれも……」
すると必然的にアーサーの言葉を待つことになるが、
「……使った場面を目撃しましたが、オレに見られて不味いと思ったのか直ぐに逃げたようです」
そう言われたので納得がいくレオナとフォー。
「そうだったんですの~。アーサーさん、ご苦労でしたわ~」
「先公達に話して注意喚起の掲示でも作ってもらうか。お前ら、急に来て悪かったな」
「いえいえ! レオナさんらもお努めご苦労様っす!」
「うふふ、ありがとう~」
一人と一匹はあくせかと来た道を戻っていく。
(……モードレッドの奴。決闘結界を使ってまでオレに接触しに来たのか)
(そうまでして……オレとエリスの関係を問い詰めなければ気が済まなかったか)
(ははっ……なんて嫉妬深い行動だ)
「さーてボクらも行こうぜ。なあアーサー?」
「……ああ」
「どうしたアーサー。黄昏空が恋しいか」
「ルシュドさん風流なことを言いますねえ!」
「へへ。もっと褒めてもいいぞ」
「本当に帝国語が上手くなったよなルシュド」
語らいながら見据える地平の先には、自分の忠誠と覚悟が渦巻いて見える――
(……あんたには負けない。エリスは渡さない。絶対に)
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