再会はある程度終わらせることができた。一向に疑念は晴れないが今はやれることを済ませよう。
そう思った矢先に彼女は戻ってくる。
「氷賢者様~~~!!! ねえ私の話聞いてくださるかしら!?」
「ああ……構わないよ」
クンドリーの表情はそれはそれは怒っていて、今すぐにでもこの理不尽を叩きつけてやりたいとうずうずしていた。
「私氷賢者様に頼まれて見に行ってきたんですの!!! 中庭に落ちていた謎の物体!!! そして近付いたら、それはそれは汚い色と臭いの煙を放って……!!! 今も臭いが落ちませんの!!!」
「災難だったね……」
「そうなの災難だったの!!! だから私を慰められるのは貴方しかいないのよ~~~氷賢者様!!!」
「はいはい、またお茶会を再開しようか……」
氷賢者は視線だけをカルに送り、ここはいいから早く行けと圧を掛けている。
「……では、また近いうちにお会いしましょう」
それだけを言い残し、返事も待たずにカルは廊下から去る。
城の外では使用人達が集まって何やら掃除をしているのが目に入った。先程の異臭騒ぎの後始末だろう。
直接の原因は恐らく氷賢者にあるだろうが、元を辿ればそうせざるを得なかったのは、クンドリーが近くにいたから――よくよく考えてみれば、彼女は一体何者なのだろう。
クリングソルの近くにいる、ということしかわからない。あとは異様に氷賢者に執着しているということ。素性も実力も一切が不明――だがクリングソルの近くにいるという点で、大方碌でもない人物で実力者であるということは予測がつく。
今度は彼女にも注意しないといけないと、そんなことを考えながら歩き出す。
「……」
王城から出て暫し歩き、ふと空を見上げると、灰色の空が雪を吐き出していた。今年はアルブリアでもよく雪が降った為、結構見慣れた光景でもある。
だが大気の温度の関係だろう、イズエルトで見る雪の方が、とても輝いて見える――
「ほら……ヴェローナ。やはりアルーインには雪がよく似合うよ。君も感じてごらん……」
学生服の胸ポケットに畳んで入れておいた黒いチュチュを取り出し、ひらひらと振る。
これはあの子の遺品。つまりあの子の想いはここに宿っているのだ。だからこれを通せば、実質的にあの子に様々な体験をさせてやれる――
「せんぱい……?」
聞き慣れた声に呼び止められる。加えてそれは目的地の方角から聞こえてきた。
振り向くと、そこには人はいない。代わりに雪だるまのような少女がびっくりした表情で立ち尽くしていた。
「……スノウか」
「せんぱい……その……」
「主君の隣にいないなんて、不義な騎士だと咎めはしないよ」
伝えながらチュチュを仕舞う。そしてカルはスノウに歩み寄り、その小さい身体を持ち上げた。
「リーシャは集中しているのだろう、周りの声も聞こえないぐらいに」
「はい……なのです」
「明日が本番なんだ、今はそうさせてやれ。それと……話があるなら聞くぞ?」
持ち上げた身体を自分の首の上に回す。
肩車をしながら、二人は雪の降る空に歩いていく。
「……こなれているのです」
「ヴェローナにもこうしてやっていてな。動きはもう覚えたよ」
「ヴェローナ……」
「話は聞いているな。俺のナイトメアだ。俺が殺してしまった……」
「それは……どうして……」
カルが憂う表情をしたので、スノウは慌てて口を噤む。
「ごめんなさい……なのです」
「別にいいさ。不謹慎だ、傷を抉るなと罵った所で、全ては終わったことなんだ……」
「……」
「……彼女は騎士の務めを全うしたんだ。命を懸しても主君を守る……そうしただけなんだ」
「すごいのです……スノウはそんなこと、できないのです」
言葉の端から、自嘲するような意図が読み取れる。
「……己が消滅することに対する恐怖か?」
「それは、べつにこわくはないのです。騎士のつとめについてはりかいしているのです……でも力が足りないのです」
「……」
「リイシアに何かあった時、スノウがかけつけても力が足りなくて……リイシアを死なせてしまうのが、とてもこわいのです。そしてそれは、げんじつになってしまうのです」
「きようまで色々してきたのに、いっこうに強くなったけはいがしなくて……スノウは、スノウは……」
それは違うと言って、再び彼女を肩から降ろす。
「……え?」
「君はもう十分に強いさ。彼女と共に成長し、痛みを分かち合ってきたからな。だがそれを目覚めさせる為の、切っ掛けがまだ見つかっていないのだろう……」
「そんな、それは……」
「こうして君を抱っこしてみて、それは伝わってきたよ。君は真っ直ぐに頑張ってきた。その成果は確実に現れてきている」
彼女を下ろした所は、奇遇にも目的地の目の前であった。
雪華楽舞団の拠点、アルーイン大劇場。曲芸体操部の生徒達はここで前日練習を行っている真っ最中だ。
リーシャに声でも掛けて励まそうと思い、やってきたのだが――
「……やはり俺はここで引き返すよ。リーシャに伝えてくれ、明日は楽しみにしていると」
「それは、もちろんなのです……」
「まだ行くなよ。君に託したい物があるんだ」
「え……?」
「これを……」
胸ポケットにしまったチュチュを取り出し、じっと見つめる。
「……これさえあれば、君は永遠に傍にいてくれると思っていた」
「……だがそれは、君をこの世に縛り付けてしまうことになるのだろう」
「……もう振り返らないさ。過去に執着するのは、これで最後だ」
誰に向けた物でもない言葉を呟き、
カルはチュチュをスノウに渡した。
「あっ、とっ、えっ……」
「軽く念じてみろ。すると魔力体になって消えるから。手に取る時はもう一度念じるんだ」
「う、うーん……」
言われた通りに行うと、チュチュは消えて再び出てきた。見届けたカルは笑顔になって立ち上がる。
「どうしても力が必要になった時、それを使うといい」
「あの子は優しい子だ。必ず君の力になってくれる――」
立ち去っていく彼の背中を、ただ見送ることしかできないスノウ。
いや――それだけでいいのだ。
今の自分にはやるべきことがある――
自然とそう考えられるように、彼に励まされた。
「……」
「……きっと、考えていても仕方がないのです」
「スノウはやれることをやるのです……リイシア!」
人混みを掻き分け少女は主君の元に帰る。
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