前回の対抗戦では一年生だった生徒は、今年は四年生。すっかり対抗戦に出場できる実力が着いてきた。されど初めての対抗戦を前に、胸の高鳴りは収まらない。
故に収める為にも訓練に励むのだ。そんな彼等を、既に対抗戦に出場したことのある生徒は温かく手伝う。
「ふんっ!」
「うおっ!? やるなっ!?」
予想外の横攻撃に、とっさに身を翻すアーサー。
相手は四年生の後輩、アデル。本人の自己申告で二メートルを超えた体長からは、想像もできない程の細やか且つ大胆な剣技を扱いこなす。
「まだまだっすよ先輩!! どりゃー!!」
「ぐっ、鋭いな!?」
いつまで経っても自分達の後を付いてくるもんだと思っていると、予想外の成長を見せ付けてくる。
それに振り回されるのもまた快感というもの。
「よーし、タイムアップ! オマエら休めー!」
「ぷげらぁー!!!」
「休憩に入るのも早いな!?」
イザークが持ってきた魔力水を浴びるように一気飲み。そして身を地面に投げ出すアデルとアーサーであった。
「イザークせんぱぁぁぁ~~~いオレ先輩の斧術見たいっすぅぅぅ~~~」
「ボクの斧術は付け焼刃だから、あまり当てになんねーぞ。というか当てにされても困るレベル」
「斧術ならほら、向こうからプロがやってくる」
アーサーが指差した方角からは、これまた一対一の手合わせを終えたクラリアとルドベックの二人が。
「斧は結局刃の部分を敵に食い込ませて扱うから、面よりかは線を意識した方がいいんだぜ。ルドベックはちょっと面になっている感じがあったぜ」
「……内部強化を併用すると、どうしても」
「んー……だったら先ずは戻ってみることが重要かもな。手順をもう一回見直して、そしてゆっくりと過程を繰り返す。それから速度を上げていけばいいぜ」
後輩に向かって真剣にアドバイスをしていたクラリアは、アーサー達の姿を見ると一目散に駆け付けてくる。その時の眼と言ったら無邪気な狼のそれだ。
「アーサー! お疲れ様だぜー!」
「ああ、クラリア……お前もちゃんと先輩やっててオレは地味に感動しているよ」
「アタシは武術のことなら冷静に教えてやれるからな! 魔術も少々! それ以外はからっきしだぜ!」
「清々しい宣言だなあ……」
「ルドベックゥーお疲れぇー!! オレもアーサー先輩にしごいてもらっていたんだぜ!!」
「アーサー先輩に……ふむ。先輩、次は俺もお願いできますか」
「先ずはクラリアが言っていたのを実践してからかな。それが慣れてきたら、オレともやってみよう」
「お願いします……」
それからもまた別の後輩がやってきて、アーサーに手合わせをお願いしてくる。今日は頻繁にそんなことが起こっていた。
「何かアーサー、武術部の人気者になっちまってるな!」
「そりゃあレオナ様やハルトエル殿下と互角の打ち合いしてたらなぁー!」
「言っておくけど、あの二人との手合わせは本気を出していたが、今はそうじゃないんだぞ?」
「ええっ、今の段階でも結構強いと思ったんすけど!?」
休憩がてら与太話をしていると、
風と共にやってきたエルフ一名兎っ子一名。
それぞれ友人の背に隠れてどうにか存在を消そうと模索している。
「ハンスどうした? また筋肉部門か?」
「よくわかったな畜生が……!」
「メルセデス、お前ハンス先輩と弓の訓練してたんじゃ?」
「そこに目を付けられてこのザマだよ!!!」
ルシュドとアデルの背中でこそこそするが、筋肉は逃さない。
「鍛え抜かれた筋肉は心眼を宿すのだぁー!!!」
「ぎゃあーーー!!!」
「よし!!! じゃあしごきに行くぞ!!!」
「「てめっ、待てっ、ぎゃあああああ……!!!」」
連行されていく友人を見送ることしかできなかった。というかそれしかしなかった。
「……アイツら、エルフと獣人で特徴正反対だけど、性格がクソ程似てるよなあ」
「普段は温厚そうなのに、いざとなったら腹黒!」
「腹黒……? ハンス、メルセデス、いい奴」
「どうかルシュドは純粋なままでいてくれ……」
一方で魔術戦に出場する生徒も休んではいられない。半年も先のことだが、それが来るまでにしっかりと準備しないといけないのだから。
特に魔術戦に出場する生徒は、特別講師に訓練を着けてもらっている。
「――宴の時間だ、驕慢たる炎の神よ! それっ!」
小さい身体から強力な魔法が放たれる。森羅飲み込まんばかりの巨大な炎の渦。
そのギャップも相まって、他に訓練を受けていた生徒は皆たじろいでしまう。
そして魔法を放った当の本人、ファルネアは上手くいったと胸を撫で下ろしている。
「うふふ、心配していたようだけど、上手くできたじゃない!」
「ひゃあっ! おかあ……先生! ありがとうございます!」
ぺしっと頭を下げるファルネア。先生と呼ばれた彼女の母親、メリエルは相も変わらず清楚な笑みを浮かべる。
それから如何だったかしら、と後ろで訓練を見ていたエリスに呼び掛ける。
「あわっ、はい! んーっと……全体的に見ると、かなり上手だったと思います。でも……えっと、これは指摘って言うより、あーこういうんだなーって納得のようなものなんですけど」
「それでもいいわ、話してみて?」
憧れの先輩のお言葉に、胸がドキドキするファルネア。杖を持つ手に力が入ってしまう。
「ファルネアちゃんの魔法って、自分の持っている魔力をとにかく放出している感じだなーって。がむしゃらって感じがして、いかにもファルネアちゃんらしくてかわいい」
「へえっ!?」
「あら~いいこと言うわね! でもがむしゃらすぎるのも、それはそれで課題があると思うわね?」
グレイスウィル王太子妃メリエルは、高貴なる妃であると同時に、魔術に関しては王族の名に食われぬ程の実力者である。
「だって魔力を敢えて弱めないといけない時って、どうしても来るじゃない。魔術が上手っていうのは火力が高いことではないわ。その場に応じた調整が上手ってことなのよ!」
「はい……」
「うふふ、そんなにへこたれなくてもいいじゃない! 今こうして自分の手癖を知ることができたんだもの、次に活かしましょう! 火力で殴る訓練もだけど、調節の訓練もしなくっちゃ! 私がメニュー考えてあげるわ!」
「いえ……自分でできます、先生! 自分のことは、自分がよくわかってますから!」
それでは! とファルネアは返事をしてせかせか去っていく。
「はぁ~、我が娘ながら本当に可愛いわ……私のこと、お母様じゃなくって先生って呼んでるのよ? 自分で自分を律するなんて……成長したわぁ……」
「うーん……」
「あらエリスさん、私の意見とは別に何か考えているようね。どうされたの?」
「あ、じゃあえっと……ファルネアちゃん、お母様だからって気を抜かないのはいいんですけど、それで焦ってないかなーって」
先輩にとっては、母にいい所を見せようと張り切りすぎて、空回りするのが心配事であった。
「エリスさんにはそう見えたのね。そうね~……私はあの子が赤ちゃんだった頃から見ているから、甘くなってる部分はあるのかも。あの子が自分で色んなことをできるなら、それでいいと考えていたわ」
「それは仕方ないことだと思います。わたしもメリエル様の立場だったら、同じこと考えていたと思いますから」
「まぁ~フォローしてくれてありがとう! やっぱりエリスさんは……あの子にとっての理想の先輩ね!」
「そ、そこまで褒めてくれなくても……」
終始上機嫌な彼女の指導に振り回されながらも、魔術の訓練は続く。
また、メリエルに連れてこられた宮廷魔術師達も、張り切って指導に興じていた。
「祝歌を共に、奔放たる「はい待てーーー!!!」
「ちょっとね!! いーまのは杖を振りかぶるのが急すぎたね!! もうちょっとゆっくりと!! よし今から手本見せてやるから「クソ姉貴が!!!」「あでえ!!!!!」
脛を蹴られたのは宮廷魔術師のカベルネ。蹴ってきたのは弟のマイケルである。
「テメエ指導に熱入って呪文遮ってんじゃねえよボケカス!!!」
「うう~……うあああ!!! いいじゃん!!! あたしは後輩達に指導してんのが楽しいの!!!」
「とんだ我儘だなお~~~ん? これ以上白熱すんだったら帰れ!!!」
「やだ!!! まだやるもん!!!」
という姉弟の喧嘩をぽかーんと見守るのはマイク。呪文を遮られたことも含めて情報量が多すぎてついていけてない。
そんな彼のフォローに入ったのはカベルネの同僚ティナである。
「すまないな、友人があのような惨状で」
「い、いえ。カベルネさんがあんなに楽しくなるってのも、おらちょっとは理解できるだですから」
「優しいなあマイク君は……」
とか言いながらディレオが登場すると、カベルネは忽ち静かになる。
「おっ想い人の登場じゃ~ん」
「黙れこの天パ!!!」
「僕ら教師に代わって生徒を指導してくれてありがとう、カベルネ」
「べ、別に、これも卒業生としてのよしみっつーか……」
よしみでここまでやるかよー、とマイケルが言うと今度は肘でどつかれる。
「お前は余計なことをほざくな!!!」
「そうして突っ込んでる時点で気があると解釈してよろしいか???」
「!!!」
「やーい顔真っ赤!!!」
「待ちやがれー!!!」
追い掛けっこが始まったので仲がいいなーと囃し立ててみたり。
「あ、そうだディレオ先生。先生にもおらの魔術を見てほしいだです。色んな人に見てもらって、実力を確認したいだです」
「そういうことなら仕事を返上してお付き合いしよう!」
「カベルネがそれどころではなくなったから、私も付き合うぞ」
生徒同士の戦いとは銘打っているが、実際は大人同士の戦いでもあるのかもしれない。
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