「ぐっ……」
「ぐあああああっ……!!」
上空から落ちてきて、寸前で魔法を行使。
風が吹いたがそれでも衝撃を全て和らげてはくれなかった。
「っ……」
「何だここ……?」
そこは城だった。とは言っても、人が住んでいるとは到底思えない、古びて寂れた城の跡。
しんと静まり返って、時の流れが止まった――隔離された、ような。
「……!!!」
うふふふふっふっふふふふふはははははははふふふふふふ
「てめえ……」
おほほほほほおっほはやはややややひゃひゃひゃひゃきゃかかっか
「理想の世を作るのに、あの平原は狭すぎる!!!」
「この、聖なる力に満ちたこの場が!!!」
「貴様の墓場になるのだ!!!」
ウオオオオオオオオーーーーーーーッッッ
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!
「……」
「何だよこれ……!!」
暴風が止んだと思ったら、次は怪奇現象の番。誰もいないのに勝手に壁が壊れる。椅子が浮かび上がり、扉は飛ばされただの板と化す。
「くそっ……!! どうだ!? 状況は把握できたか!?」
「はい――決闘結界です!! よりにもよって聖杯の城の中で展開されています!!」
「何だと――」
辛酸を飲むのは、ティンタジェルの防衛を任されていた魔術師。青褪めるのは、ティンタジェルを研究していた考古学者。
早くしろ、でないと取り返しがつかなくなる。
そう思えば思う程、思考が止まって石の山を崩したくなる衝動に襲われる。
「--今ここにいる人間全部呼んでこい!! 大至急解除を行うぞ!!」
「はい!!」
「くそっ、何で城の中なんだ、何で気付かなかった――!! おい!!」
「はっ、はいっ!!」
「お前、動転してんのか何なのか知らねえけど、さっきからちょろちょろ目障りだ!! そんなんでいられると迷惑だ、今すぐ出てってルドミリア様に連絡を取ってこい!!」
「りょっ、了解しました!!」
いい子悪い子、強いの弱いの、人間異種族、平民貴族、
どうしてみんなそうなんだ? どうして二つに分かれるんだ?
分かれるから悲しみは産まれるんだ。分かれるからいがみ合うんだ。
ならば混ぜ込んでしまえばいい
さあ
おいでよ
すべてのみこむ
うつくしいしんえん
「ぐっ……!!」
それは人とは到底呼べない形をしていた。
ウィリアムズの肉体にはくっきりと黒い筋が浮かび上がり、
そこから化物が這い出ている。
角が数十本ある牛、足が蛸のようなコボルト、生命の形を成すことを諦めた液体が床を滑る。
それを統制するのは、深く淀んだ風。
「ああっわわわわわわあおおあおあおおあおほほほほほほはははっへへへぺへぺへぺへぺ!!!!!!!!!」
「ぐっ……ちぃっ!!」
平原で逃げ回っていた時よりも出力が上がっている。一つ避ければ三つ命中、一つの怪我が十の血を流す。
黒い存在達は血が滴る度嬉しそうにうねる。その衝撃波すらも今は十分痛手だ。
「いだっ……くそがああっ!!」
「いたい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!いたいかそうか!!!!!!!!!!!!!!!!!」
それはぼくのぼくたちのせかいのいたみだ!!!!!!!!!!!!!!
「――」
避けるか攻撃か気が迷った。
その刹那を見逃さず、
爪が抉りに襲い来る。
「ぐわあああっ……!!!!」
背中から赤い巡りが噴き出す。
遂に風を操る気力もなくなり、地面に伏せてしまった。
「ぐ……う……」
「きゅぇあははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!」
奴は傷口を踏み付け、ぐりぐりと力を加える。唾を撒き散らして愉快に。
「せかいのいたみ!!!!!!!!!!!!おまえはせかいをいじめた!!!!!!!!!!!おまえさえいなければ!!!!!!!!!!!!!ぼくはこんなになることはなかった!!!!!!!!!!!!!!!!これはせかいのいしだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!おまえはしぬ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
甲高い声が耳に障る。
もう鼓膜も壊れてしまったのだろう、声以外の周囲の音が聞き取れない。
「ぺりのあみてるか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ぼくやった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!えらい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ほめて!!!!!!!!!!!!!!!いまころすよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおはっはーーーーーーーーーーーーーーいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
嬉々として手を振りかざし、
その手に黒い刃を発現させ、
首筋に振り下ろし――
頭と胴体を分担され、
血を吹き出し、無残な姿と化して、
死ななかった。
「……エ」
だーっ……だーっ……
「ハ」
間に合った……間に合ったぞ!!!
「キュエ?」
あ゛ーっ……!!! いや!!!
「ナジェ?」
こっちだ!!! 一先ず隠せ!!!
耳は壊れているはずなのに、彼らの声ははっきりと聞こえた。
目も朦朧としているはずなのに、彼らの姿ははっきりと見えた。
それは――
「へへっ、させねーよ!? ボクらの友達に手を出すことなんて、許さないかっな!?」
「おまえ……友達、傷付けた!!! おれ、許さない!!!」
「ハンスとの間に何があったか知らねーけどよー!!! アタシの友達をここまで追い込みやがって!!! ぜってー許さねえ!!!」
「……そういうことだ。友への傷は、戦の十分な動機になり得る!」
アーサー、イザーク、ルシュド、クラリア。
「ともだち」
「トモダチ」
「徒喪堕血?????????????????????????????????」
武術戦に出場した面々。
「うえうえうえうえうえうえやややぐぐぐぐこここいうつよううおうおうおうおうおういおいういうおい
あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ともだち!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!あのあくまそういう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!きちがいだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
武器を持った戦闘を得意とするはずなのに、
「きちがころせかいかみさまためああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その武器がない。
(無茶だ――!!!)
敗算を導き出した瞬間、戦闘は始まってしまった。
「おい――おい!? どういうことだこれは!?」
「反応が四つ増えて……!!」
「まさか、今開けた穴から潜り込んだのか!?」
「何のためにそんな無謀な真似……!!」
「考えるな、手を動かせ!! 手順を踏むことだけを今は考えろ!!!」
大勢の大人達が、中庭に集まって魔法陣を展開している。
その様を、木の後ろに隠れて、こっそり見守るエリス。
「……」
自分達で助けてくるから問題ない。
アーサーはそう言って、イザークも、ルシュドも、クラリアも、それに頷いてくれた。
「いや……」
しかし今感じている気配は、彼らだけでどうにかなるのか?
失う恐怖、それに巻き込んでしまった後悔。
二つの感情に苛まれて、一人蹲る。
「……聖杯。この城にあった聖杯……」
「全ての願いを叶えるもの……」
今は聖杯なんて存在しない、新時代なんだ。
こんなことを思っても、無駄だって、わかっている――
「お願い……お願い、聖杯……! どうか、みんなを守って……!!」
「ターシア――ぐううううううっ!!」
腹に伸びてきた腕が叩き込まれ、
そのまま壁まで飛ばされる。
「クラリアッ!!」
「後ろだ!!」
「っ――!!」
サイドステップで爪を躱す。
しかし爪先が僅かに、脇腹を抉った。
「~~~~っ!!!」
「イザーク!!!」
「こ、こんぐらい、平気だしっ!?!?」
「足が震えている!!!」
「武者震いだ!!! もう血が流れ出したから怖くねえ!!!」
敵は今度はその間に入り込もうとするが、
「ガァァァァァァァァァァァッ!!!」
炎を纏って、ルシュドが突進。
「きゃきぃ!!!!!!!!!!!!」
直撃して、何かを吐き出す軌道を逸らすことはできたが、
「うぴゃぴゃぴゃあやああああああああきょきょううううこっきょ!!!!!!!!!!!!!!!!」
すぐさま切り返し、
ルシュドに化物を差し向ける。
「――!!!」
「ああああああああっ!!!!」
持ち上げられ、叩き付けられ、さながら玩具のように弄ばれる。
三回繰り返された所で、脱出できたが、
骨が折れたのかあちこちが痛む。
「くっ……」
「のこりふたり!!!!!!!!!!!!!!」
「ちっ、くしょぉ……!!!」
「まとめてころす!!!!!!!!!!!!!!!」
歪み。
痛み。
赤み。
「……」
自分が知覚できた僅か数十秒。
その間で、腹が貫かれた。
「アーサー!!!」
「……!!」
「待ってろ、今助けに――」
「来るな!!!」
「え――」
がらがらと背後から音が鳴る頃には、
もう、柱の下敷きになることは、決まっている事象――
「……ははははははは」
「あきゃーーーーーははははははふっぴゃぷあやっやりゃりゃらららああああああああああ!!!!!!!!!!」
腹を抱えて嗤い出し、化物達も呼応して震える。
「しんだ!!!!!!!!!みんなしんだ!!!!!!!!!!!!!!きちがいしんだ!!!!!!!!!!!!これでへいわ!!!!!!!!!!!!!かみさまよろこぶ!!!!!!!!!!」
「勝手に殺すなクソがぁぁぁぁぁぁ!!!」
瓦礫から身を引き摺るようにして、何とか這い出るイザーク。他の三人も徐々に態勢を戻し始めた。
「サイリが軽減してくれなきゃ死んでたぞ!!! 手加減しろやマジで!!!」
そう発破をかける割には、
身体は震えて立てそうにない。
今だって崩れ落ちそうだ。
「ふん――刺すのをオレにしたのは見当違いだったな。オレは慣れているからいい、他の連中だったら耐えられなかった」
顔は涼しげだが、
深く息を吐きながら
腹を押さえた手は
鮮血に汚れている。
「……おれ、いける。かかってこい」
この間に三回血を吐き出した。
痛みに耐えかねて弱気な顔を
一瞬することもある。
「よっしゃーアタシふっかーつ!!! かかってこいやー!!!」
目付きだけは獣のそれだ。
腕にも足にも力が入ってないのに。
「……」
「ナンデ?」
「ナンデ、ソノキチガイノタメニソコマデスルノ?」
それは彼以上に、
ハンス自身が気になっていることであった。
(……)
彼らは自分を死角になる小部屋に隠し、代わりに戦ってくれた。
見捨てることだってできたはずだ。
(……何でだよ)
(ぼくは――)「オレはこいつに殺されかけた」
「……興味本位で、面白そうだからって理由で、下僕になれって言われてさ。今みたいに一対一で戦って、文字通りの死闘だった。それから親しくした方が得策だと考えて、交流を始めたが――今でも仲良くやらせてもらってるのは、不思議に思ってる」
ウィリアムズの目はどんどん輝きを纏っていき、犬の様に舌を出す。
「そうかそうかそうか!!!!!!おまえもひがいしゃか!!!!!!!!なかまだてをくもう!!!!!!!!!!!!!!せかいをへいわにしよう!!!!!!」
「……人の話は最後まで聞け。確かに被害者ではあるが、それは――過去の話だ!」
「は???????????????????」
「今はこいつのいい所を知っている!! 確かにひねくれてはいるが、何かとオレ達を気にしてくれている!!」
「今回だってそうだ!! 魔術戦で戦う皆に被害が出ないように、一人でお前の相手を受け持っていた――恐れることなく、立ち向かった!!」
「歯??????????」
……きみも
「……そうだ!! アーサー、それ、合ってる!! ハンス、いい奴!! やさしい、おれ、みんな!! エルフ、魔法、凄い!! 色々、知ってる!! おれ、尊敬!! 友達!!」
「蝦????????????????」
……きみもか
「そうだそうだ!! ハンスはちょっと照れ屋なだけなんだぜー!! それできつい言い方するけど、本当は優しいんだ!!」
「何だかんだでアタシ達の馬鹿騒ぎに付き合ってくれる!! 勉強にも訓練にもな!! それをクズ呼ばわりするなんて、やっぱぜってぇ許せねえ!!」
「屁?????????????????」
……きみまでも
「……まあ他三人と全く同じだわ。だがそれとは別にテメエは気に食わねえ。あれだろ? 昔ハンスにいじめられたとか、そんなんだろ?」あぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
「だったらテメエのやってることは個人的な復讐ってわけだ。それを世界だの神様だの――自分よりも大きい権力に、自分の行為の理由付けをするのは、大方碌なヤツじゃねえんだよ!!!」
……きみ達は、本当に――!!
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「かみさま!!!!!!!!!!!!!!ぼく!!!!!!!!!!!!ばかにする!!!!!!!!!!!!!!!!あくま!!!!!!!!!!!きちがい!!!!!!!!!!!!!」
両手を振り上げて魔力を集める。
この城を飲み込む大きさの、黒い黒い黒い魔弾が、即座に生成される――
「ころす!!!!!!!!!!!!!ぜんぶ!!!!!!!!!!しねえええええええええええええ!!!!!!!!!!」
暗くなりつつある遺跡に響く、鈍く重く蝕むような振動音。
しかし、振動音だけで済んでくれた。
本当はそれだけでは済まなかったのだが、済んでくれたのだ。
「……てめえら」
「てめえらよお」
「ほんっと、てめえらなあ……!!!」
何で大人に報告しないで、突貫しやがったんだ――!!!
読み終わったら、ポイントを付けましょう!