ナイトメア・アーサー

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第七百二十八話 狂月と魔術師

公開日時: 2021年10月2日(土) 23:22
文字数:4,676

<午後二時 課題査定区画>




「……リーシャ先輩、これでどうですかぁ?」

「んー……まだ足りないかなー。もっと薬草しごいて! ぶちぶち潰す!」

「はいぃ!」


「ふえええ!」

「どうした!!」

「ふ、フラスコがヒビ入って割れちゃって……!!」

「何だとぉ!? むー……せんせぇー!! 来てくださーい!!」





 大手を振って教師を呼んでくるリーシャ。



 それに応えてやってきたのはハンナ。リーシャにとっては顧問に魔法学に散々お世話になっている教師である。




「はいはい、何か器具が壊れちまったとか聞こえてきたけど」

「でーん!!! こんな感じです!!!」

「すみませぇん……!」

「はいはい、泣くんじゃないよ。こういうことはよくあるものさ。直ぐに代えの器具を持ってくるからね。それまで硝子片を踏まないように、箒とちり取りで片付けてるんだよ」

「はぁい……」




 尚も項垂れる生徒に向かって、飛び出してきて慰めるのはスノウ。特徴的な小さな身体で精一杯頭を撫でる。




「失敗さんは成功さんのママなのです。ママがいないと何も生まれないのですから、気を強く持つのです!」

「うう……スノウ先輩、ありがとうございますぅ……」

「硝子片、全部片付けておいたよー」

「リーシャ先輩本当にありがとうございます……!!」

「何のこれしきってよぉー!」




 そこにハンナが新しい器具を調達して戻ってくる。




「先生この破片は何処に捨てればいいですか!」

「私が受け取っとくよ。全くリーシャ、後輩達の面倒見てくれてありがとうね。お前も忙しいはずなのに」

「いえいえ! 私もちゃーんと課題終わらせた上で手伝いしてますし!」

「でもぉ、先輩すっごく手伝ってくれてるって話ですよぉ」



 そうですよね、と他の後輩達も口々に言ってくる。



「先ず課題の段取りから丁寧に教えてくれましたし……」

「薬草採りに行く時も一緒に来てくれました!」

「種類とか採り方をめっちゃ丁寧に教えてくれて……」

「こうしてポーションにする所まで手伝ってくれて……」

「感謝の言葉しかないです!」



 ありがとうございまーすと最後に口を揃えてお礼攻撃。



 そこまで褒め千切られるとちょーっと満更でもなくなってくる。



「うはははは……別に!! 大したことじゃないわよ!! 先輩として当然のことですわよ!! あれですわな!! 自分の勉強の復習にもなるからインプットがスムーズに進むといいますか!!」

「とは言っても、リーシャ程熱心に手伝ってくれる先輩はそんなに見掛けないなあ」




「……カルに何か言われたんだろぉ~?」




 その一言だけはこっそり耳打ち。



 思わず固まるリーシャ。数秒後に手を激しく振って自己主張を開始。




「断じて!! そのようなことは!! ありませんです!!」

「あっはっは! んでも顔に出てるよ! 何か言われてはないけど、何かされたって、そんな屁理屈な予感がするなあ!」

「ぬわーん!!」




 前回の折に、カルに助けてもらったことが嬉しかったから――



 という理由でやっていたのだが、ハンナには見透かされていたようだ。




「リイシア! そろそろ時間なのです!」

「へ!? 何の!?」

「別の後輩ちやん達のお助けの時間なのです!」

「あーそういえば!! もうそんな時間か!! じゃあ私いなくても大丈夫かな!?」

「平気です! 先輩の教えてくださったこと肝に銘じて、頑張ります!!」

「その意気やよーし! でも何かあったら直ぐにヘルプミーしろよなっ!!」








<午後二時 第十四森林区画>




 こうして今度は薬草採取の手伝いにやってきたリーシャ。向かっている森林区画には氷属性の薬草が多く生えており、もれなく自分の得意分野である。



 そういうこともあってノリノリでやってきたのだが、どうも様子がおかしい。入り口で生徒や教師がざわざわしている。






「……何事ぞやー?」

「あ、リーシャ先輩! 来てくれてありがとうございます!」

「あの、今お取込み中でして、ネヴィル君が……」

「……ネヴィル君?」



 生徒達の壁に囲まれるようにして倒れていたのは、確かに後輩のネヴィルであった。


 現在彼は治療を試みられており、それを行っている教師が担任のヘルマンだったので、行けると思って事情徴収に向かう。




「ヘルマン先生! お疲れ様です!」

「ん、おおリーシャか。後輩の手伝いに精が出るな!」

「ああああああああリーシャさああああああああん……!!!」

「喋るなネヴィル! 血が逆流するぞ!」

「……血ぃ!?」



 改めてネヴィルの容態を見ると、彼の学生服や髪が赤く濡れており、顔には苦悶が浮かんでいた。



「実はなリーシャ、この区画に猛獣みたいな大男が現れて――」

「まさかネヴィル君がそいつに襲われて!?」

「いや、そいつが咆哮した際に起こった衝撃波に吹き飛ばされて、近くの木に思いっ切り身体をぶつけて地面に落ちた」

「そ、そうでしたか……はぁ」



 いやいや出血してることには変わりないでしょと自分自身に突っ込む。



「ぼがぁ皆さんにいいとこ見ぜだくでぇ……!!!」

「だから何で喋ろうとするんだネヴィル!? そもそもお前魔術で戦うタイプなんだから、突っ込むのは最初から無謀だって」





グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!





「……リーシャ、今のが猛獣の咆哮だ。聞いての通り危険だから行かない方が……とは、薦めておくが」

「すみません先生。私ビフレストから帰還した女なので。これぐらいでビビるタチじゃないんですよ」



 













「ゴフッ、ゴフッ、ゴフッ……」



「……アア!!! ニガイ!!! マズスギル!!!」



「デモクウ!!! コレワガシュクンノメイレイ!!!」





 その大男は何をしていたかというと、地面に生えている薬草を片っ端から食い散らかしていた。


 

 生態系なぞ知るかと、目に入る草を全て。品質なぞ知るかと、我儘に毟り取って。そしてこの行為によって困る人間の姿なぞ、微塵も想像できなかった。



 想像を巡らせられないからこそ、人間の知性を持たない獣と称されるのである。





「ゴホッ、ゴボッ、ウオオオオオオオ!!! ワレ、サイキョウ!!! ヤクソウ、チカラツヨメル!!! スナワチワレサイキョウ!!!」




「へえー、それがわざわざこの区画に侵入した理由ってわけねぇ?」






 猛獣ライオネルがその言葉を耳に聞き入れた瞬間、




 足元が凍り付き、それに自分の足が巻き込まれていることに気付く。




 周囲の木々も凍り付き、うんざりしたような表情を見せる彼女を引き立たせる為の舞台と成り果てる。





「独り言で独白どーも。幼い子供は未熟だから自分の気持ちを発言することが多いって言うけど、あんたもそうなのかなあ?」


「まあどうでもいいのよそんなこと。問題は生徒が活動する区画に、何で関係のないあんたがいるのかってことよ。モードレッドに何か言われたわけ?」




 主君の名前を出された瞬間、ライオネルは獅子の毛皮の下から、荒々しく鼻息を出す。




「ソウダソウダ。ワガシュクンハワレニ、モットキョウジンニナルコトヲモトメテイル。ソシテワレハキヅイタノダ。ニクヲクウダケデハゲンカイガアルトナ!」

「謝るつもりは更々ないんだけどよく聞こえなかったわ」

「……」

「肉をどうこうって所だけは聞こえたんだけどね。要するに蛋白質だけじゃなくってベタミーンも取りましょうってことね。それに気付いたと。頭いいのね見た目の割に。まあ人間社会では一般常識だけどね」


「……グヌヌヌヌヌヌ……!!!」

「どれだけ怒ってもらっても、あんたと私の力の差は歴然。現に私の氷で動けないじゃない!」

「ミクビリヤガッテエエエエエエエエ!!!」




 直後に響いた猛々しい咆哮と共に、氷がパリンと音を立てて割れ始めた。



 慌てず直ぐに攻撃魔法の構えを行った途端、黒い閃光と共に状況は一変する。











「……全く君もか、ライオネル。一日に渡って何故部下が二人も命令無視を行う?」




 モードレッドと呼ばれる端正な顔付きの男。その背中には未だ出血を続けている女を背負っていた。


 一方でライオネルはというと、黒い雷によって捕縛され、全身で苦痛を受け止めている。そして全身でその苦しみを表現していた。




「ウゴオオオオオオオオオオ!!! グオオオオオオオオオオオオオ!!! ガアアアアアアアアアアアアアアア!!!」




「……ペリノアの痛みと比較するのなら、この程度でいいだろう。それよりもだ……」




 彼の視線がリーシャに向かう。ですよね、と半ば彼女は覚悟していた。



 愛用の杖に魔力を流しながら睨み付ける。輝雪が周囲を舞い、大気の温度が下がっていく。




「魔術師殿。取引をしよう。彼には二度と森に侵入しないと命令する代わりに、私と今ここで話をしてくれないか」

「はぁ……? それに私が応じたとして、何の得があるのよ」

「君や他の生徒が彼という危険に晒されることがなくなる。恐らく君は、私があの子の私生活について尋ねたいと考え、その点で不利益を被ると思っているようだが……それは聞かないよ。いつでも知れるからね」

「キモッ……もっと具体的に教えてくれないと信用できない」

「君自身についてと、君とあの子の関係について。二つだけだ」

「……じゃあ乗るわ。絶対にその、猛獣みたいな奴に命令してよ。皆怖がってる」




 全然話を聞きたくないからちょっとだけは聞いてやろうに変わった程度。警戒心は一切解かない。




「で、私自身についてってどういうこと。私はイズエルトの出身でーとかそういうことかしら」

「君は曲芸体操の世界では、随分と名を馳せているようだね。それに関して尋ねたい」

「ああ、そっちね……今ので褒めたつもりでいるんだろうけど、私なんてまだまだよ。どれだけ演技が上手くても、その評価には『学生にしては』って枕詞が付いて回る。本当に素敵なプリンシパルにはまだ及ばない」

「そういうものか。私には素晴らしい演技を披露する者は、全て同一に思えてならないが」

「はんっ、それは必死に技を磨いている演者達への侮辱ってもんよ。そもそもねえ、あんたなんかに褒められてもちっとも嬉しくないんだから」

「……ふむ」




 足元に侍る雪だるまの如き少女は、じっとモードレッドから視線を外さず、次の出方を窺い続けている。




「ほいほい、曲芸体操については以上。次は? エリスと私の関係だっけ?」

「単刀直入に言うと、前後の席とやらだったのかが知りたいのだ」

「何でそこまで具体的なんだが……私とエリスは課外活動が一緒だった。そこで同じ机を囲んで、隣だったから声を掛けた。前後っつーか席が近かっただけ」

「要するに接点は存在していたと。その接点こそが席であったと……」

「言っとくけど誰も私とエリスを引き合わせたくて隣同士にしたわけじゃないわ。それこそ運命よ、あんたの大好きな言葉」




「でもね、運命であってもなくても、私はエリスと仲良くしようとは考えた。だって同い年の女子だもの、そうするのは必然でしょ!」






 あんたには決してわからないと、雪が映えるような水色の目が訴えている。





「……そうか、そうか。君がどのような心持ちであの子に関わっているのか、その一端を知ることができたよ」






 モードレッドはそう言うと、ライオネルの身体を片手で担ぎ上げ――



 リーシャが驚愕している間に、魔法陣を呼び出して中に入っていった。






「……消えた」

「転移魔法陣なのです。おそらくカムランの本部に帰ったのです」

「概ねそうだろうとは思ってるけどさ……ああ、緊張したあ」





 黒に堕ちた者が消え去った森には、冷え冷えとした空気だけが流れる。





「取り敢えず、現状報告しないとね。ここの薬草もう一回生やしてもらわないと課題できないもん」

「なのです! 来た道を戻るのです!」

「そうだね、戻ろう!」






 春は巡る、前を向く君に。


 春は君に前を向く力を与えてくれるから。





 魔術師は自分が望む未来に駆け抜けていく。

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