ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第七百三十七話 狂月と射手

公開日時: 2021年10月8日(金) 02:49
文字数:5,428

<魔法学園対抗戦・武術戦 二十一日目 午前八時 一般天幕区>




「兄者ー、今直ぐ目覚めてくれい。見てほしいもんがあるんだ」

「ん……」



 弟のイーサンに身体を揺すられ、マットはゆったりと目を開ける。腕を伸ばして血行を促進させた後、彼が持ってきた物体に視線を移す。



「傭兵新聞……またですか?」

「ああ、どうもここんとこは号外の発行が多い。近々大きな争いが起こるのかもな」

「……情報を仕入れて、どこに属するかよく考えろってことですよね」



 マットが新聞を読み始めると、彼のナイトメアであるリズも身体から出てきて、主君と一緒に新聞を覗き込む。



「ほう、寛雅たる女神の血族ルミナスクランがエレナージュ王国と……」

「協定を締結だとさ。貿易、魔術や魔物の研究、そして植物学の研究……を大々的にやっていくとは発表しているが、どうだが」

「エレナージュは先日の撤退の件がありますからね。この締結も、不穏な動きの一部と見ていいでしょう」

「傭兵仲間の間でもエレナージュに対する不信感は高まってるからなあ……」



 それって意外と致命的なんだよな、とイーサンは呟く。



「有事の際に傭兵を募っても来ませんからね」

「だから報酬を吊り上げる。すっと金に釣られた無法者が増えて、治安が危なくなる」

「信頼は金で買えるように見えて、実は買えないのかもしれませんね」



 あと寛雅たる女神の血族ルミナスクランにも不自然な動きがありますし、とマットは強調して言う。



「カムランの関係者が出入りしてるんだってなあ。加えて最近は魔力結晶集めに奔走しているとか」

「以前の差別活動は鳴りを潜め出してきてますものね。寛雅たる女神の血族ルミナスクランと手を組むということは、実質カムランとも手を組むこと」

「エレナージュは前から協定結んでるから、繋がりが強まったことになるな」

「……変なことをおっ始めないといいのですが」




「……そういや寛雅たる女神の血族ルミナスクランも今回来てるんだっけ?」

「出店はしているみたいです。先に言った通り、差別活動を表立って展開しているわけではないので、いまいち影は薄いですけど」

「だよなあ、普段だったら十悶着ぐらい起こしてるだろうし――」







<午前十時 出店区画>




「……来ましたよ」



 ふてぶてしくハンスは、目の前の相手に声を掛けた。



「……おお、我が息子よ。急に手紙を出して済まなかったね。ふぅ……」



 彼はジョン・エルフィン・メティア、メティア家当主にして自分の父親。




 敬意を取り繕うのは言葉遣いだけでいい。







「……来てるんなら最初から知らせてほしかったのですがね」

「知らせようと思ったが、お前がいなかったようでな」

「それは最初の数日間だけでしょう」

「忙しかったのだよ、私も。ふう……カムラン魔術協会も今回来訪しているからね」

「……」




「そうそう、最近のことだが聞いているかね、ふう。我が|寛雅たる女神の血族《ルミナスクラン》はエレナージュ王国と協定を結んだ」

「小耳には挟んでおります」

「発展の為に必要な協力だ。理解してくれるね。ふう」

「アルトリオス様が判断されたことなら、私は何も言いません」

「エレナージュはカムラン魔術協会と古くから協力関係だ。我々も彼等とはより一層の関係を築くことができただろう。ふう」




「お前の方はどうかな。手紙に書いていた以上の出来事は何かあったかな」

「いいえ、何もありません。ただ自堕落に人間共の授業に顔を出して、エルフが如何に素晴らしいかを実感する日々を送っています」

「そうかそうか、ふう。本当にできた息子だよ」




「ふう……」






 近況を報告し合っているが――




 息子の方はというと、やけに溜息が多いなという程度の感想しか抱いていない。




 とはいえ知りたいことができた。寛雅たる女神の血族ルミナスクランに出入りするようになったカムラン。話は聞いているが実情は全く知らない。


 何故なら知らなくてもいいと思っているからだったが――折角話を聞ける今は、踏み込んでもいいだろう。





「父上、一体どうして――」



寛雅たる女神の血族ルミナスクランは、カムラン魔術協会の者を内部に受け入れたのでしょうか」




 眉が吊り上がる。何故そんなことを訊くんだと、驚くように。




「……アルトリオス様はエルフ以外を受け入れる姿勢になられた、ということでよろしいのでしょうか?」

「違う。それは断じてない。ただこちらの目的を達成する手段として、彼等を利用しているだけだ」

「目的?」

「エルナルミナス神をイングレンスに顕現させる。そうしてエルフによる恒久たる世界を築き上げるのだ」

「……」




 胡散臭い、という感想しか出てこない。



 だがどうせ罠だろと思った所で――拒否する権限も、どうにかする力も、持ち合わせていないのだ。




「彼等の協力の元、顕現の儀式が着々と進んでいる。時が来たらお前の方にも連絡が来るだろう」

「……」

「……私が知っているのはここまでだ。メティア家に……且つて潰されそうになった所を、アルトリオス様の慈悲でどうにか生き永らえさせてもらった弱小貴族に、儀式の内容なぞ教えてくれるわけがないよ」

「ああ……それもそうですね」




 暫くぶりに思い出した、自分の生家の成り立ち。寛雅たる女神の血族ルミナスクランに自分から加入したのではなく、周りを固められて仕方なく加入したという経緯がある。



 父が言った通り、名目上はアルトリオスに許されたということになっているので、メティア家は寛雅たる女神の血族ルミナスクランの中でも地位は最底辺に近いのだ。




「……」




 そうだ、成り立ちを思い出したついでに訊いてもいいだろうか。




 いや訊いてやる、吐かせてやる、あれの意味を教えろ。




 小さい頃に見た、あの洞窟――







「父上――」



「もう一つお訊きしたいのですが――」



「『ロビンフッドの洞窟』について、なのですが――」





 ジョンはハンスの言葉を聞き届ける前に、出店の表の方に身体を向けていた。



 ハンスも一緒になって向いてみると、どうやら前方が騒がしい。




「カムランの者が来たようだ。それで皆総出で歓迎に行っているのだろう」

「でしたら我々も赴かないと後でどやされますね」

「……口が悪いぞ、ハンス。ふう。とにかく行こうか」











 前の方に向かっていくと、確かにざわつくだけの理由があった。



 来訪者は二人だけ。しかしその二人は、一般の黒魔術師が千人束になっても敵わない程の優遇を受けている。




「これはこれは魔術師殿に参謀殿……来訪してくださって感謝申し上げます」

「フン、そんなものいらん。ワガハイは貴様等の淹れおった茶なぞ飲みたくないわ」

「私は頂いておこうかな。エルフィンハーブとやらの味を堪能しよう」

「……」



 主君のモードレッドが口を付けたのを見て、アグラウェインも無言で手を伸ばす。



「参謀様、如何ですか。我等がエルフが丹精込めて育てたエルフィンハーブでございます」

「栽培から加工に至るまで穢れた人間の手は一切入っておりません」

「壮麗なる風の味がするでしょう?」



 畳み掛けるように言ってくるエルフ達。彼の舌は言葉程度で狂う程参ってはいない。



「ああ、君達が述べる通り素晴らしい味がするよ」

「スースーし過ぎて返って気持ち悪いですな」



 不機嫌な様子のアグラヴェインは社交辞令というものを知らない。だがエルフ達はもてなす態度を崩さない。



 彼等がいないと目的は成就されないのだから。



「さて、今日私がここに来たのは、例の儀式について詳細を知りたいからなんだ」

「アグラヴェイン殿から何も聞いていないのですか?」

「愚か者が。我が主君はワガハイから報告を受けた上で、自分の目で詳細を確認しようと思われたのだ」



 頭脳特化である故、アグラヴェインは理知的で扱いやすい。



「そういうことだ。計画書があるなら見せてもらいたいのだが……」

「かしこまりました。おい……」



 上司のエルフが、部下に言わせて三枚の紙を引っ張らせてくる。



「こちらになります。現在アルトリオス様は祭壇を完成させるべく動いています故、ここには来訪していないのです」

「……」






(『悪食の風』をユディに導き――)



(そしてエルフの豊富な魔力を喰わせる。量が足りない場合は、街の者の魔力も喰わせることも想定している)



(力を得た『エルナルミナス』は、神の顕現を受け入れる為の祭壇に舞い降りる――)






 エルフ達が何かに付けて口を挟んでくるのも真に受けず、彼は計画書を読み終えて机に置いた。






「内容は確認したよ。それから順調に準備が進んでいるということもね。これからもアグラヴェインや私の部下共々と進めていくように。エルナルミナス神の降臨は私も期待していることだからね……」

「神が降臨された暁には、カムラン魔術協会が崇める黒き翼の神も降臨させてみましょう! ははっ!」

「……」




 言葉から逃げようと天幕の中を見回すと、興味を持っていた人物が一人。



 偶然にも彼と視線があった。予想通りの露骨な嫌悪感を表情に浮かべている。




「頼みがある。そこにいる糸目の彼と話がしたい。個室を用意してもらえるかな?」

「直ちに準備致します!」


「アグラヴェイン、君はここから先は自由だ。ここに留まって計画を進めるも良し、騒ぎを起こさないと誓えるのなら外を見て回っても良しだ」

「ならばここに留まりましょうぞ。気分転換なぞ最も時間の無駄な行為だ」

「実に献身的な態度だ、素晴らしいよ……」










 五分後。




「てめえ……気付いていたのかよ」

「気付くも何も、ここにいると思っていた。そして一番の用事は君に会うことだったのだよ、射手殿」

「……射手?」

「君はエルフ達が使っている魔法よりかは、弓の方が似合う雰囲気だ。故に射手と名付けさせてもらったのだよ」

「……」



 天幕の奥の個室にて、ハンスとモードレッドは机を挟んで椅子に座り、エルフィンハーブの紅茶を啜っている。


 ハンスはモードレッドから射手と呼ばれた瞬間に、紅茶を一杯瞬時に飲み干した。因みにこれで五杯目である。



「……ぶはあ。へえ、例の儀式よりぼくなんだ。ぼくは儀式以上に意味のあることを提供できねえと思うけどなあ?」

「君は意味がないと思うが、私は意味があると思うことだ。君自身のことと、君と騎士王とのこと。二つ尋ねてもいいかな?」




 ああそういうことかよ、とハンスは益々機嫌を悪くする。




「ぼく自身のことだって? あ゛? メティア家の嫡男の純血エルフ、それだけなんだけど?」

「それだけでここまで態度が悪くなるとは思えないが」

「色々あったんだよぼくにもよ。一々言わねえとわかんねえのか」

「君の人生は君にしか語れない。私に纏められた所で益々不快を顔に刻み込むだけだろう?」

「そーれーもーそうだけどよぉ……」




 目の前のいけ好かない彼の顔面に当たるように、ハンスは唾を吐いた。それは顔に届く前に机に落ちた。




「……あ゛ー。もう実家離れて五年の間、ずっとアルブリアで魔法学園行ってたからなあ。貴族気質なんて抜け落ちたわ」

「おやおや、ちゃんと語ってくれたじゃないか」

「うるせえ殺すぞ……」

「本当に殺すつもりがない時にだけ、君はそうして威圧を掛ける。違うかな?」

「殺すぞ!!!」



 とはいえ実力的に殺すのは不可能だとわかり切っているので、机や椅子を蹴り飛ばし、貧乏揺すりを強く行うだけで済ませる。



「おい!! もうこれでいいだろ。貴族っぽくない貴族のエルフ!! 以上だ!!」

「もう十分だよ、ありがとう。では二つ目の質問についても語ってくれるかな?」

「あ゛? そっちも言わねえと駄目かよ?」

「君自身の口から騎士王についてどう思っているかを聴きたいのだ。これまで尋ねた全員そうしてくれたよ」

「んだよぼくの知らねえ所で手出ししやがって……」




 次はハンスの言葉を待つだけだったが、途端に彼はあーあーうーうーと唸り出す。




「……恥ずかしい。言葉にすると昔を思い出してこそばゆい、と見た」

「てめえ何でそこまで人の感情を表現しやがるんだよ!!!」

「人間観察は好きな方なのでね。特に君のような感情を表に出してくれる、わかりやすい人種は特に」

「くそがぁーーー!!!」




 とうとう立ち上がり、地団駄を踏み、壁を叩き出した。




「ああもう!! わかったわかったよ!! ぼくとあいつは魔法学園で出会った!! ぼくは最初あいつで遊んでやるつもりで接触した!! それが今となってはすっかり友達!! ちょっかい出したぼくを許して友達なんて言ってるあいつは相当な変人だよ!! 知ったことじゃねえけど!!」




「あああーーー!!! くそがーーー!!!」




 モードレッドが何か言う前に、ハンスは部屋を飛び出していってしまう――








「お、おいハンス。先程から騒がしい音だけが聞こえてくるのだが……」


「参謀殿に何か、無礼なことは……あ……」




 寛雅たる女神の血族ルミナスクランの天幕をも飛び出していき、当然ながら父のことなぞガン無視だ。


 彼が自分の天幕区に戻っていく様を、ジョン含め数名のエルフは呆然と眺めることしかできない。




「行ってしまった……」

「あいつ、いつの間にあんな騒がしくなったんだ?」

「これもジョン殿に責任があるのでは……」



「……」



「……いや、あれでいいんだ」





 徐々に暖まっていく世界に、彼は唄う。





「『同胞達よ笑うといい その声は活力を与える』」


「『同胞達よ泣くといい その涙は大地の糧となる』」


「『同胞達よ怒るといい その意志は困難を切り開く』」


「『同胞達よ喜ぶといい その感謝は畑を実らせる』」




「『忘るるなかれ同胞よ 真の宝はその心也――』」





「……ジョン殿。その詩は……ロビンフッドの……」

「……アルトリオス様がいらしてなくて僥倖だったな」

「ふふ……私はもう長くない。わかってるんだ。だから残された時間、本能のままに唄うよ」





「よく笑い、泣き、怒り、喜ぶ――」





「やはりあの子は狩人の血筋だ」

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