「……」
「……クライヴ」
「来てくれたか……げほっ」
咳き込んだ父クレヴィルの背中を、先に来ていた息子クラヴィルがさする。さすられる背中に覇気はなく、何かに蝕まれていることは明白だ。
「父上……」
「おお、クライヴよ……こうも立派に成長してくれて……当然だな、直に式を挙げるからな……」
「……」
「あの人が死んでからお前には苦労を掛けた。私が背負うべき責任を、お前は半分も背負ってくれた。感謝してもし切れない……」
「嫡男としての……務めです」
「そうか、そうか。ああそうだ、お前はいつだって責任感が強い、しっかり者だった……だからそうではない者の尻拭いをさせられてしまう……」
「でもせめて、私の罪だけはお前に背負わせない」
「知っての通り私は長くはない……故にこの命、相討ちに使わせもらう。連中と――」
その先の言葉を、お待ちくださいと遮るクライヴ。
「父上、貴方が何を思うかは父上の自由です。貴方は私よりも多くの物を見てきた。それを踏まえた上で考えたことは、若輩者の私には口出しできぬことです。相討ちしようというのなら、引き止めは致しません」
「……ですが貴方は死んではならない。クラリアに……本当のことを話すのは、私の役目でもクラヴィルの役目でもない。他ならぬ父上にしかできない務めだ」
「父上がそれを成さねば、あの子はずっと不幸なままだ。母上も――それを望んではおられない――」
目を見開くクレヴィル。
合間を縫うように、クラヴィルが溜息をつく。
「……言っただろ、親父。兄貴は絶対に断るって。それも俺とほぼ同じ理由でだ。相討ちって言うけどよ――本当はクラリアが思い出すの、恐れてるんじゃねえか?」
「別に今じゃなくていいんだ。次の帰省時、魔法学園の卒業時、幾らでも考えられる。ただ親父が言うって条件を満たしてくれればいい」
「だから、せいぜい考えればいいさ。クラリアにどうやって伝えるか――」
リネスでの立ち往生も終わり、ようやく馬車に乗り出発。移動中はやれることの選択肢が少ない。
「ヴィクトール、流石に馬車の中で課題はできないんじゃないかな……凄い揺れるよ?」
「……」
無言で鞄に仕舞うヴィクトール。一方で話し掛けてきたカタリナはご機嫌だ。
「カタリナぁ……どうだった? お姉ちゃんとのひと時」
「うん……」
小袋に入ったブレスレットを見つめるカタリナ。姉と、オレリアと一緒に選んで、買い物したお揃いのアクセサリー。
「ちょっとだけだったけど、最高だった」
「そっか、それは良かった」
事情を知らないヴィクトールが、何の話だと尋ねてくる。
「カタリナね、お姉ちゃんと会ったんだよね。偶然の再会って感じだったんだけど、会えたんだよね」
「うん……」
「姉だと? 確か、貴様の姉は……行方不明だが生存はしているという話だったか」
「今回居場所も確認したもんね。グロスティ商会でメイドさんやってるんだもんね」
「そう、そうだね……」
姉と会えたことが嬉しすぎたのか、カタリナは話の内容が頭に入ってこないようだった。
「う~ん、やっぱりお姉ちゃんだもんね。お姉ちゃんは最高だもん。ねっ!」
「そうだねっ!」
エリスは隣に座っていたギネヴィアと、肩を寄せ合いいちゃいちゃするのであった。
女子の空気にヴィクトールは耐えられなくなったので、隣に座って景色を眺めていたアーサーを小突く。
「何だ、お前の方からオレにちょっかい出してくるとは」
「口が寂しいのだ、相手になれ」
「お前も口が寂しいなんてことあるんだな」
「殺すぞ」
「ハンスの口癖が移っているな」
「……」
アーサーの視界には、徐々に青々しい緑が薄れ、寂れた色に緩やかに移っていく平原が目に入る。アンディネ大陸の北方にあるパルズミール地方は、寒冷でえる故植物はあまり育っていないのだ。
「ヴィクトール、お前はパルズミールに来るのは初めてか?」
「フィールドワークで何度か。貴様は?」
「初めて……かな。記憶にはないから、きっとそうだ」
それからも馬車での旅を続け、遂に到着。
結婚式会場、ロズウェリ家の屋敷である。
「とうちゃーくしましー「ぶもおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「……何アンド事!?」
リーシャは即座に、馬車から降りてきたばかりのイザークの背に隠れる。
「ふんす!!! ふんす!!! クラリアたんは!!! クラリアたんはどこ!!!」
「これこれ我が息子よ! 焦るでない! 焦らなくともクラリア嬢はいらっしゃるからな~~~!!!」
散々見たことのある、ラズ家嫡男ジルについてはともかく、彼を抱き締めている大柄な男性が視界に入り妙に印象的。他の従者に対しては手厳しいのに、ジルに対しては甘々の文言を吐く。
「確かクーゲルト・パルズ・ラズ様だっけぇ……?」
「ラズ家現当主。獣人団結の姿勢に反対を示している頑固者。そんでもって息子には激甘ってな……」
ハンスが説明しながら降りてくる。次いでルシュドも降りると、馬車は舎に戻っていく。
「実物見ちゃうときついわ」
「おいリーシャ、下手に口を動かすなよ。獣人って大抵耳がいい――」
と言い掛けた矢先、クーゲルトがこちらに向かってきているのが視界に入る。
「やば!!」
「ああもう、ちょっとは騒ぎ起こす覚悟しとけ?」
「何でハンスは戦う気満々なの!?」
と、焦った所で再びクーゲルトを見ると、
彼は猫の獣人の女性に話し掛けられていた所であった。ターナ家領主のキャサリンである。
「やっほー、猪のおじ様。公の場で会うのは久々だね」
「ふん、お前はキャサリン! お前の方も最近健全な交易に目覚めたとか何だかで、まともになった素振りをしているようだな?」
等と会話をしているのを傍観していると、他の馬車に乗っていたエリス達も合流。
そして最後にクラリアもやってこようとした時、騒ぎは起こる。
「クラリアたん!! クラリアたーーーん!!!」
「えっ……」
突然猛烈に呼ばれて困惑するクラリア、意にも介さず追い掛けるジル。
ここで一歩踏み出したのはサラ。クラリアを背中に誘導して自分はジルの前に立ち塞がる。
「何だお前!!! おれ様の邪魔をするな!!!」
「残念だけど邪魔させてもらうわ。クラリアが困っているのが目に入らなかった? 獣人の目鼻は、人間のものよりも優れていると聞いたのだけど?」
「な、何だと……」
「じゃあ言葉にしないとわからないかしら? あの子が困っているから止めろっつってんだボケナスがよ」
苛立ちを募らせるジル、それ以上に事を起こす気満々のサラ。
友人達は普段見せない彼女の姿に、困惑して中々行動が取れなずにいた。
そういう時は事情を知らない第三者に介入してもらって幕を引いてもらうのが手っ取り早い。
「クラリア! 来たか!」
「他のご友人様も、ようこそいらっしゃいました!」
「皆元気にしてた~!? 私は元気だよ!」
今回の祝宴の主役、クライヴとレイチェル。二人に加え、クラリアの兄のクラヴィルも、屋敷の方から走ってきて出迎えてくれた。
三人に押し退けられて、ジルはぶもおおおとよろめく。そのまま人波に飲まれて何処かに流されていった。
「イヴ兄ー! ヴィル兄ー! レイチェルさん! 来たぜ来たぜー!」
「ようこそ……じゃないな、お帰りクラリア。長期休暇以外に帰ってくるのは何だか新鮮だね」
「クラヴィル先生も、何だか会うの久しぶりな感じっすね」
「お前達は四年になった途端担当することがめっきり減ったからなー。でも俺は元気にやってるぜ! 今回も先立ってこっち来たからな!」
この時、再びジルがクラリア達に接近しようとするが――
今度はロズウェリ家の使用人達によって流されてしまう。
「さあさあ、皆様長旅でお疲れでしょう。早くお屋敷の中にお入りください。それから挙式前という貴重な時間を堪能なさることをお薦めします」
「うん、確かにその通りだ。皆荷物を置いておいで。クラリアは……荷物を置いたら、父上に会ってほしいな」
「父さん? そういえば、何で父さんは出迎えに来なかったんだ?」
「それはまあ、会えばわかるよ……」
「そっかー……」
寒冷なパルズミール特有の、空っ風が一つ吹く。どこか寂しい気配がしたのは気のせいだろうか。
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