ナイトメア・アーサー

Honest and bravely knight,Unleash from the night
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第五百七十話 円卓の騎士・ケイ

公開日時: 2021年4月13日(火) 06:13
文字数:5,159

「魔力結晶、五キロ分持ってきました!!」

「直接ぶち込んでください!!」

「はい!!」



 滝のような大きな音を立てて、変換が容易なように粉末状にされた魔力結晶が、耐暑結界を構築していた魔法陣に注がれる。



「これで一時間は持つでしょうか……!」

「休めますか!!」

「ほんの少しだけですね!! 外で奈落の者を観測したとの情報があります!!」



 ウグエーと泡吹いて倒れる魔術師。



「倒れてる場合じゃありませんわー!!」

「そうですよ!! 今は緊急事態なんです!!」



 起き上がらせるのはリティカとリュッケルト。尚寝起きを叩き起されたので、リティカはフリル特盛りのネグリジェ、リュッケルトは紺のスウェットと完全に就寝スタイル。



「きゃあ!!」

「危なっ!!……やっぱネグリジェは無理があるって!!」

「着替える時間も惜しかったから……!」



 しかし状況を見るに、どうやら着替えができるぐらいの時間はできたらしい。



「失礼する」

「邪魔するぞ!」



 ここで扉を開けて入ってくる男二人。教師のケビンと竜賢者である。


 そして、現在発動させている魔法陣を急遽改良し、熱波にも耐えられるように組み直し、加えて総魔力量の五分の一を供給したのもこの二人。



「ケビンさん、竜賢者さん……! お陰様で、お陰様で、どうにかこの街も持ち堪えられそうです……!」

「持ち堪えられそうっつっても、状況はやっぱり厳しいけどな!? だから頼む、また魔力供給を行ってくれ!!」


「……いや」



 魔法陣に描いた術式を一つ一つ点検し終え、ケビンは立ち上がる。



「確かに私の魔力量は膨大で、まだ有り余ってはいますが……これが尽きないうちにやらないといけないことがある」

「右に全く同じ。つぅわけで、俺とケビンは外に出る」

「そんな!! お二人がいなくなったら、どうして魔法陣を維持すれば……!!」

「今しがた魔法陣を改良し、維持の方法もしたためた――」



 ケビンが渡してきたメモには、実にわかりやすく魔法陣の運用方法が書かれてあった。



「……何て的確なんだ」

「教師やってますからね」

「いや、それもそうなんだが――この術式は――」



 一昔前に廃れたような術式が、綺麗に当て嵌り組み込まれている。


 今用いられている最新の術式と組み合うように、その場で改造も行われており、それすらも正確だ。



(……)


(人間じゃない、みたいだ)



 だがその直感は寧ろ、有難いものであったかもしれない。


 何せこの状況は、人間がどうにかできる範囲を超えていると、そう思えたから。


 縋れるものなら人外であってもいい――



「……もういいですか?」

「ああはい、構いません。くれぐれもお気をつけて!」

「よし……」



 早速向かおうとするケビンを、リティカとリュッケルトの二人が引き止める。



「お待ちくださいませ! 私達もお供してよろしいこと!?」

「仮にも四貴族の血を引いてますからね。魔法には自信があります! ナイトメアもいますし!」

「……」



 竜賢者と目を合わせた後、二人に向かって頷く。



「ですが、くれぐれも死なないように。ルドミリア様やアドルフ様の顔を思い浮かべながら戦ってください」

「心に留めておきますわー!!」

「よし、それじゃあ……先ずは着替えに行きましょう!!」


「……ええ、着替えは肝心です。私も着替えようと思っていたので」

「俺も着替えねえといけねえなあ。一緒に行こうぜ」

「そうと決まったら宿に直行ですわー!!! わー!!!」

「く、くれぐれも裾に気を付けてねリティカ!?」















「ぐ……う……」


「なの……で……」

「スノウ、無理に出ようとしないで……!!」

「うう……」



熱い、暑い、熱い暑い熱い暑い熱い暑い熱い暑い熱い暑い熱い暑い熱い暑い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い





 視界が揺らぐ度、汗が吹き出ては蒸発する度、それに迫ってきているという事実を嫌程体感する。


 氷は溶け、土は熱され風は無意味。光は飲み込まれ文字通り焼け石に水。




「ぐ……うう……!」

「エリス……ありがと……」

「やっぱ戻った方がいいのではっ!?」

「ううん……」



 自分の頭上に雨雲を作り、豪雨を降らせる。びしょ濡れになったがそれも心地良い。



「……気分すっきりしたわ」

「リーシャ……」

「友達が戦ってるのに、何もしないのは、嫌だから……」



 クラリア、ハンス、サラ、ヴィクトールの四人も、その言葉に頷く。



「……あー、クッソ!! こんな時に限って快晴無風!! 雨でも降ってくれりゃあなあ……!!」

「愚痴る暇あったら進もう。もう、間近に来ている……!!」








 カタリナの言う通り、少し走れば追い付きそうな距離に、大男の集団が見える。


 多少足が遅くなってはいるものの、ずんずんと進んではいる。



「竜族って火属性ばっかだからなぁ!! ボクらよりも耐性高いんかなぁ!!」

「でも、奈落に苦戦してゆっくりになってるみたい。今なら追い付ける!」

「急ぐ!!!」




 全員が走り出す――





 その瞬刻に。





 殿を務めていたハンスとヴィクトールの二人が、




 空から雨が降るのを見た――





「――奈落だ!! 雨粒に変化して、襲おうと――!!」

「くそっ――!!!」















 爆風が舞った。


 含まれていた水分が結界の役割を果たし、みるみるうちに蒸発して蒸気になっていく。


 勢いは確かなものであった。





「あ……」



「あああああ……!!」




 着地した後、自分達はそれに飛ばされてきたと自覚し、


 そして八人しか見当たらないことに気付く。




「ハンス……ヴィクトール……!!!」

「……庇ってくれたのかあいつら!」

「うああああああああ……!!!」



 涙声になるルシュドの顔に、


 クラリアの拳が飛んでくる。



「ルシュド!! 今は泣いてる場合じゃないんだ!! ほら――前見ろ!!」

「え……」









 周囲を竜族の大男共が、警戒して取り囲んでいる。


 こちらに牙を向けつつも、襲ってくる奈落の者の対処も行う。しかし無残にも敗北していくのが殆どであった。


 そしてその中の複数人が、





 少女を一人、担いでいた。






「あの髪色……!」

「ルカさんだ!! テメエらルカさんを離せ!!」

「……」



 激昴する面々をよそに、ルシュドは前に出る。




「グルルルルルルル……」



(キアラは何処にやった?)




「ガウッ……」




(キアラ?)


(ああ……)




(あの、竜族もどきの、出来損ないのことか?)





「ガアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!!」




 彼の咆哮が響いた次の瞬間には、


 拳が飛び交い炎が踊る。



「ルシュド!!」

「マズいぞアイツ、我を忘れて……!!」

「ていうか!! そろそろやるっきゃないでしょ!!」

「オレが前に出る。無理はするな!!」

「クソ、視界が歪む……!!」

「オラアアアアアアアアーーーーー!!!」



















 魔力をつぎ込んで、爆風が舞って、叩き付けられたのは覚えている。


 ここは何処だ?


 見渡す限りの火の海で、果たして自分がいるのはイングレンスの世界であるのか、それすらもわからなくなる。


 皆は無事だったろうか?





「う……」

「おー、起きたか畜生」



 ヴィクトールが無理くり意識を覚ますと、真っ先にハンスの糸目が視界に入る。



「……酷い煤だな」

「互いになあ」

「ここは何処だ?」

「ログレスのどっか」

「彼奴等は助かったろうか?」

「今はそう確信しなきゃやってられない」

「俺達の状況は?」

「身体起こして地面を見ろ」

「……」



 言われた通りに見てみると、確かにあったのは、魔法陣。



「多分回復魔法だろ……ここにいるだけで傷が治る感じがする」

「……」

「おい? 話聞いてる?」





 白く、時々薄いクリーム色に、光り輝く魔法陣。


 その術式に彼は見覚えがあった。


 魔法学の授業で散々と――







「気が付いたか?」



 声を掛けられその方向に振り向く。



「……」

「……居場所知ってるって、こういうことかよ、ストラムの野郎……」








 薄いクリーム色の全身鎧。腰に刺された長剣。穏和そうなベージュの瞳。


 彼の周囲を、同様の色をした波動が覆う。


 眼鏡こそ外しているが、顔には見覚えがある。





「……ケビン先生」

「違えだろ。今は、こうだ――円卓の騎士ケイ」




 ハンスの言葉を聞いて、鎧の騎士はふっと笑う。




「……一年生の時、我が主君に私を襲わせた君が、まさかそれを覚えているとは」




 そして近付き容態を確認してくる。






「……何でそれ」

「教師にして被害者だからね? 顛末は全て聞かせてもらったよ」

「……」

「この魔法陣は、魔法学の授業で用いていた物ですよね。魔法陣の内容で」

「私が最も使い慣れている魔法陣だ。何せ物理支援《ストラテジスト》系なもので」



 よし、と言って彼は手を叩く。魔法陣が即座に消滅した。



「……騎士王の御学友よ。我が主君は何処におられる?」

「ぼく達にもわかんねえよ。只、あいつ含めて奈落に襲われそうになったから、二人の魔法で防いだんだ」

「では……無事ということか?」

「寧ろこっちが聞きてえよ……というかさ」



 ヴィクトールの肩を小突く。



「きみさあ、円卓の騎士が目の前にいて感動してんの? ストラムとかあったのに今更?」

「貴様には実感が湧いていないだろうが、散々世話になった先生だぞ。驚くなと言う方が無理がある」

「まあ確かに、ぼくもセシルの奴が円卓の騎士だったら、腰抜かす自信は――」




 誰かの咆哮と共に、炎が飛び散る。



 しかしその炎は、火の海を覆っているのとは違う、気高く勇ましい赤をしていた。




「この声、この炎は……!」

「連れが何者かと交戦したようだね。結構距離はあると見るが……」

「じゃあさっさとそっちに行こうぜ。はぐれたからって何もしないでずけずけ帰るわけにもいかねえだろ?」

「今日の貴様はやけに口が回るな? 脳を炎に焼かれたか?」

「殺すぞ……」











「ったく……」


「随分と手間取らせやがってよぉ……」




 荒れすさぶ煉獄の檻を眺めながら、男はぼやく。


 白を基調としながら紅の紋様が刻まれている。悠々と靡く髪は黄金色をしていた。



「ガウェイン! 無事か!」

「おうおう、お前も無事か、ケイ」



 振り向いた時にハンスとヴィクトールと顔を合わせる。


 二人は、アーサーがいい感じの中年になったらこんな風になるのだろうと、そういった印象を受けた。



「てめえらはアーサー……我が主君のダチだったか」

「……ルシュドと一緒にいたおっさん」

「そうでもあるな。付け加えておくと、あいつ俺の正体に気付いているぜ」

「そう……なのか」

「ガキの頃から一緒にいたからなあ。何となくわかるものがあったんだろう――」



「竜賢者様ー!! ケビン先生ー!!」





 そんな話をしていると、螺旋を描く炎の方角から二人組の男女が。


 すっかり魔術師のローブに身を包んだリティカとリュッケルトだ。



「こちら、魔法陣は破壊し終えましたわ!!」

「ぜえぜえ……ぜっ、ぜえぜえ」

「よくやった少し休め。あとはこいつをどうするかだが……」

「……魔法陣とは?」

「今炎で閉じ込めている奴がな、服従の魔法陣を展開していたんだ。恐らく操るつもるだったんだろう」

「まさか、巨人をか!?」




「……ふん、その通りだ小僧」







「っ……!」






 ガウェインが力み直した時にはもう遅く、



 囚人は檻の全てを破壊し、姿を見せていた。



 それはそれはしわがれ、今にも臓物が飛び出そうな風貌の、老人である。





「……ワガハイはモードレッド様に造られた存在。円卓の騎士なんぞに引けは取らん」


「モードレッド……」

「その名が出るってことは、やっぱカムランが何かしたのかよ?」

「説明すると長くなるがな――」



 真っ先に飛び掛ったリティカとリュッケルトの攻撃を受け流しつつ、じりじりと老人は近付いてくる。



「くっ、ううっ……!!」

「若造!! 無闇に攻撃するな!! こいつは只者じゃねえんだ!!」

「それは、今思い知りました……!!」



 老人の周囲を黒い結界が覆う。二人は下がって様子を窺う。



「……雑魚が二名、騎士王の身内が二名、円卓の騎士が二名」



「確実に潰してやらねば――」







 ただでさえ歪んだ彼の顔が、どんどんと形を変えていき、


 終いには魔物とも形容できない、醜いものとなる。






「……!」

「声も出ないか? なら都合がいい。断末魔も上げさせずに仕留めてやろう……」




「……戦うつもりか?」

「やる」

「見ているだけは性に合いません」

「――どうか死なないでくれよ。教師として責任を問われてしまうのだから」


「若造も無茶はするな。今ならまだ引けるぞ」

「若造じゃなくってリティカですわー!!」

「僕にはリュッケルトっていう名前があるんです!!」

「……ははは!叫べるってんならまだ大丈夫そうだな!」





 ふと怒号が聞こえる。その方角を見ると、未だあの巨人の姿が見えた。


 何を思い、何の為に行くのか。誰も知らない、推測はできても理解は決してできない。


 もう夜も十二分に更けた。更に暗くなっていく世界が、破滅の炎をより鮮明に照らし出す。





 その隣に浮かぶ満月を見て、老人はほくそ嗤む――





「……我はモードレッド様の忠実な下僕、醜騎士アグラヴェインなり」



「我が主君の野望、新たなる神の降臨の為に――」



「先ずは貴様等を始末する――!!!

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