過敏なまでに白く磨かれた壁。満たすように覆う蔦。
遥か先をも照らすランタン式の照明。久遠の時を咲き誇る山査子の花。
形成する壁にも床にも魔力回路が走り、胎動するかのように、音を上げて輝く。
そして周期的に刻まれた花園の紋章――
転移してから目に入った光景全てが、自分の心の隅々までも奪っていく。
「……凄いな」
「超文明って感じするわ」
「こんなのがバレずに千年も……」
転移魔法陣を通り抜けてきた少年少女、次々と思い思いの感想を漏らす。
だが感嘆している暇はない。早速気になる物を発見したからだ。
「きゅぴぴーん! 謎の魔法陣を発見!」
「何だって……おおっ、こんな所に」
現在は長椅子が規律正しく置かれており、正面扉の反対側に先程使用した魔法陣が設置されている、そのような部屋にいた。恐らく転移の際の待機所だろう。
左右対称の構造、一片の偏りもない整然とした部屋。しかしそれを乱すように別の魔法陣があったのだ。
「これ……消えかかっているけど多分経年劣化ってやつだ、故意に消した痕跡がない」
「ってことは作った後に放置していたと。魔力は何年前のものだ?」
「……十年ぐらい。あと色がね、黒いよ。真っ黒なの」
先程の考古学者の話を踏まえると、もう答えは出たようなものだ。
「……別ルートでカムランもここに来て、何かしてたんだね」
「魔法陣を消さなかったということは、痕跡も消す気がなかったようだ。追跡ができるぞ」
ヴィクトールが扉に向かい、それを開いて手招きする。
「……先ずは行ってみるか。ここに何が眠っているのか検討もつかないしな」
「そうだ、手がかりがあるならそれから手を付けよう……ついて来い」
廊下はそれなりに広く、人が余裕を持ってすれ違える程度の幅があった。横いっぱいに広がって、壁や床も観察しながら慎重に進む。
踏み締める音がやけに反響して鳴る。それは自分達以外に誰もいないことを、より一層確信させてきた。
「部屋がいっぱいあるぜ。気になる……ぜー」
「クラリア、勝手に開けるんじゃないぞ。ほら、ここに表札があるから読め。中は見なくても目的はわかるぞ」
「うげえ、これ神秘文字じゃねえか。アタシ頭痛くなってきたぜ」
「やはりあったな神秘文字……くっ、私も頭が痛くなってきた」
なので隣にいたカタリナが神秘文字を読み上げた。
「えーと、『R・E・S・T』……休憩室かな」
「他にも同様の表札がありますぞ、お嬢様。ここから見た所殆どがそのようになっております」
「多くの魔術師が来て、休憩が必要なぐらいの研究をしてたんだなー」
構造が少しわかった所で、四人は前方に追い付くべく少し走った。
「お前ら……何か気になるものを見つけたか」
「言っちゃえば全部が気になるものだよ。二手に分かれても……いいんじゃないかなあ」
「そうだな……十一人で行動するのは少々狭いし。半分に分けても戦力は申し分ないだろうし。でも一先ずはこの部屋だ」
「魔力の気配はこの先に続いている。カムランの者はここに用事があったのだろう」
アーサーは扉近くの表札を見上げる。例によって神秘文字でしかも細かい字体だったので、目を細めてじっくり解読。
「『R・E・S・E』……『R・C・H』。あと下に数字の……七十九?」
「第七十九研究室ってか? ええ、少なくとも七十ぐらいは研究してたの?」
「それだけ色んな事象に古代の魔術師達は興味を持っていたということだ……開くぞ」
アーサーの手により、研究室に閉ざされていた神秘が解き放たれる。
「……あー。一目見ただけでもわかるよ。これ盗掘されてるなあ」
「カムランが目の前の台座にある何かを持っていったと。で、それが……」
主を失った台座。二本の棒が特定の高さで前後に広がり、そうしてできた支えで細長い物を保持していたことがわかる。それで思い浮かべる物は多々あるが、答えは既に台座の向こう側に明示されていた。
投影映像の技術で古代文字と物体の絵――槍が、誰に読まれるでもなく延々と浮かび上がっている。
「……わたし、神秘文字なんてよくわかんないけど」
「……でもここに書いてある文字を見てると、何だか嫌な気分になる」
エリスは何もなくなってしまった空間をじっと見つめる。
「……文字の状態は良好だから解読は可能だ。ただ時間は要するけどな」
「頼む。その間に……別の場所を探索して、怪しい所に目星を付けておこう」
「わたしはここに残るね。ヴィクトール一人じゃもしもの時危険だもん」
「じゃあわたしも……エリスちゃんの騎士さまだから。ついでに何か他にないか見ておこう」
早速シャドウを呼び出し、二人がかりで古代文字の複写と解読を始めるヴィクトール。エリスはその隣に向かい、ギネヴィアは部屋全体を見回している。
「ではオレ達は行こう。難しい解読は任せるぞ、サラ」
「ええ……任せて頂戴」
程なく歩いていき、最初の部屋よりも遥かに広く、そして天井の高い部屋に到着した。
長椅子も多数設置されているが、それ以上に目を引くのは壁一帯に描かれた絵。
銀の長髪に王冠を被った男を、多くの人間が跪いて崇めているのだ。
「マーリン、自己顕示欲が強すぎだろ……」
「めっちゃ天井高いけど、ここ……一体どこにあるんだろう?」
「どっかかはわからないけど、とにかく地下。ここに触ってみろ」
ルシュドが近付いたのは壁の一部。彼は耳を近付けて何かを確認すると、うんと頷いた。
それから言われた通り全員が触れてみると、少し盛り上がっているのが確認できる。
「この壁の向こうから音がした。ごぉーって音。空気を通す管が壁に埋まっているんだ」
「あー、地上から空気を取り入れて循環させてんのね」
「地下に部屋作る時、こうしないと窒息する。これは昔からそう。おれ、学んだ」
「建築学の知識が発揮されましたぁ……ん! あれは!」
突然駆け出すイザーク。その先にあった大きな四角形の水晶をちょこちょこ弄る。
そして光を放ち起動したのを見ると、よっしと手を鳴らした。
「オマエらー! 施設案内だー! この場所のことが丸わかりだぞー!」
イザークが起動させたそれを確認すると、想像以上にこの施設は広いことが理解できた。現在地はやはり丁度施設の中心部で、主に集会が行われていたとのこと。転移魔法陣が設置されている部屋は最初のあそこだけということもわかった。
そして肝心の研究室の数は百、休憩室及び仮眠室は二百以上にも上る。
「研究内容ってのはここから……あ、出てきたわ」
「これで目星を付けられるね!」
「七十九研究室、『ロンゴミニアドの分析及び対抗策研究』だってさ。さっきのやつだね」
とはいえ百ある研究室のうち、重要な情報が眠っていそうなのは数ヶ所だけ。そうでない研究室には『現在稼働していません』の案内が出ていたからだ。
「放置されたからぶっ壊れてるってことかしら。わざと壊した可能性もありそうだけどね」
「壁や床の魔力回路がびんびんなのを見ると、後者の可能性が高いと思うよ。それでも壊されていないということは……」
「それだけ留めておきたい、門外不出の情報ということだ」
アーサーは第十研究室の案内を指差す。
「『巨人の王リトーについて』……」
目星を付けた複数の部屋の中でも、真っ先に向かったのがそこだった。
「……」
「……でっかい壁画。あれが……巨人の王?」
「それで、手前に人間が描かれているなあ。金髪紅目の王冠を被った少年」
「対峙している人間は……白いチュニックをロングスカートの誰かだね」
「……これ、壁画の内容を弄れるわ」
サラが魔法具に魔力を走らせるとそのように動く――
壁一面を覆い尽くす、髭をぼうぼうに生やした大男はそのままに、少年と二人組だけが消える。
代わりに現れたのは、大男と共に今にも迫ってきそうな、八人の巨大な体躯を持つ者共だった。
「あーこれー! 歴史の教科書で見たことあるぜー!?」
「恐るべき八の巨人についての記載が出てくると、セットになって出てくる壁画だよな。ボクでも覚えてるわ」
「なるほど、なーるほど。こうして事実を隠蔽して歴史を操作していたってことね。やること為すことこっすいわあ」
「……」
無言で壁画を戻すサラ。アーサーは同じく無言でそれを見つめ続けている。
目の前に描かれている少年が自分であると――自分の知らない自分の過去を見つめていると。そんな奇妙な感覚に襲われながら。
「……アーサー、解読するわよ。アナタワタシの護衛に付いて頂戴」
「……わかった。カヴァス、出ろ」
「アオンッ! さあ、一体どんな内容なんだかねぇ……?」
「……ここはオマエらに任せて、ボクらは別の部屋回っててもいい?」
「頼むわ。完全解読までとはいかなくても、複写や雑な解読はできるでしょ。あとくれぐれも最低二人一組で行動するのよ。人の気配はないけど油断しないようにね」
「あいさー……何か、何もないってのが逆に怖いね。今更かもしれないけどトラップについても調べながら行くかあ……」
『ロンゴミニアド』
『かの安寧たる帝国への反逆者、モードレッドが使用していた槍』
『ティンタジェル崩落後の第三次探索において、聖杯の城の玉座の間にて発見。城の内部の殆どが焼けていた中、この槍だけは奇妙なまでに輝きを保っていた』
『回収を試みようと手にした瞬間、眩暈に襲われた。続けて運搬しようとすると吐き気、頭痛、倦怠感等様々な人体への不調が見られた。よって防護結界を含ませた布で厳重に包み、本工房へと移転』
『後の研究にて、回収する際に感じた症状は、黒魔術を初回に行使した時の感覚に似ていることが判明。似ているというよりは強化したものだとの証言もあり』
『モードレッドは黒魔術の総本山、カムラン魔術協会にも関わりがあった為、そこで培った技術を応用したと推察される』
『黒魔術に耐性のある捕虜を用いて実験を行ったが、誰一人として、これを武器の用途で運用できた者はいなかった』
『奴にしか扱えぬように黒魔術が行使されている、或いは奴にしか扱えない黒魔術か。いずれにしても、この槍には強力な魔力が込められている』
『それを証明するのが、魔力を流した際に表面に浮かび上がる黄金の模様。これは複数の文字が重なり模様のようになっている。一つ一つを分解して見ていくと、フサルク文字であることが判明。小さな文字に宿っている魔力が、幾多にも折り重なり魔術にも匹敵しているのだ』
『しかし文字が示している術式の内容は不明。加えて表面を覆っている黒色に関する成分も解析不能。ここまで黒を保ちながら、魔力も抱擁する物質は該当なし。採取を試みようとも、物理的にも魔術的にも傷一つ付けられない』
『重ねて黄金を構成する成分も不明。黄金は刻まれているならともかく、魔力に反応して出現するのならば、何らかの魔術であると推測できるが、そう断言する材料もない』
『未知の物質で構成されている槍――ともすると、この槍とモードレッドという男には、あの影の世界との因縁が推測されるかもしれない』
「……以上が槍についての記述になるな」
ヴィクトールが纏め上げた文章を、エリスとギネヴィアは眉一つ動かさずに聞く。
「……でもまだ文章自体は続いているよ?」
「ここからは字体が変わっているんだ。誰かの殴り書き、恐らくマーリンだろうと勝手に推測したが……」
「……内容はなんて?」
「そもそもモードレッドには謎が多すぎる、どこの馬の骨とも知れない奴なのにと始まっているな」
益々エリスの顔は険しくなっていく。
「まだ断片的にだが……読み取れた単語だ。聖騎士探索、優勝、決まる、乱入」
「聖騎士って……優勝者は即ティンタジェルに行ける馬上槍試合じゃん」
「んーと、こうかな。聖騎士探索で優勝者が決まった瞬間に、そいつに決闘を申し込んで勝って、それが何か圧倒的だったからあいつを騎士にしようって流れになったのかな」
「まだ確定ではないがな。だが乱入自体は別に珍しいことでもないと思うが……それを題材にした話もある程だしな」
「……そんなことがあったのに、急に上り詰めたから不審がられたんじゃない?」
エリスの瞳には、彼に対する嫌悪感が滲み出ていた。
今の彼女に文字を書かせたら、この神秘文字のような、衝動に任せた殴り書きになるのだろう――
「……ん」
彼女を慰めようとしたギネヴィアは、足元に何かが転がっているのに気付く。
「これ……紙だね。文字は……ギリギリ読める、古代文字だ」
「何だと」
ヴィクトールは丁寧にギネヴィアから紙を受け取る。エリスも気になって俯いていた顔を上げた。
「神秘文字が使われている中での古代文字……」
「神秘文字に面倒臭さを感じた、つまりキャメロットに対する反抗心を抱いていたということだな」
「内容が気になるけど、解読するー?」
「……時間がそれなりにかかった。区切りをつけて合流したい」
「そうだね、他のみんなの進捗も気になるし……行こうか」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!